【はじめに、目的】 介護予防事業は全国の自治体で積極的に行われているが、その効果は未だ明確ではない。効果検証が困難な理由として、行政事業であるが故に比較対照試験が行いにくい、選択バイアスの除去ができない等が挙げられている。そこで本研究では、選択バイアス等を除去する手段として近年着目されているpropensity scoreによる共変量調整法を用いて、介護予防事業の効果検証を行うことを目的とした。アウトカムは新規の要介護認定者数とし、介護予防事業の費用効果分析も行った。【方法】 The Japan Multi-center Aging Cohort for Care prevention study(J-MACC study)の2008から2010年度のコホートデータを利用した。対象者は2008年度に要介護状態にない65歳以上高齢者7259名(75.8±6.6歳)であった。なお、2010年度までに死亡したものは本解析より除外した。2008年度、2009年度における介護予防事業への参加有無を従属変数に、2008年度における基本チェックリスト、年齢、性別、BMI等の情報を独立変数に投入したロジスティック回帰分析を行いpropensity scoreを算出した。その後、propensity scoreによってマッチングしたコントロール群と介護予防事業参加者群における、2010年度までの新規要介護認定発生の差を検証した(カイ2乗検定)。また、当該地区の当該年度における介護予防事業費から、介護予防事業の費用効果分析を行った。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は京都大学医の倫理委員会の承認を受けて実施した。【結果】 2008から2009年度にかけて介護予事業への参加者は267名(74.6±5.4歳、女性割合73.8%)であったため、propensity scoreでマッチングしたコントロール群も267名(75.5±7.0歳、女性割合74.9%)とした。介護予防事業参加者で要介護認定を受けた者は7名(2.6%:要支援6名、要介護1名)、コントロール群で要介護認定を受けた者は31名(11.6%:要支援13名、要介護18名)であり、Relative riskは0.223(95%CI:0.097-0.516)であった。また、調査地域における当該年度の介護予防事業のための費用は1,221,360円であった。コントロール群の新規要介護認定者数から介護予防事業参加者を差し引いた24名が介護予防事業によって予防できた純人数となるため、介護予防のためには一人当たり50,890円(24/1,221,360円)必要であったことになる。【考察】 本研究の結果、介護予防事業への参加は新規要介護認定を予防する効果があることが示唆された。厚生労働省の報告によると、要支援者1人あたりの介護予防サービス利用額は39,300円/月、要介護者1人あたりの介護サービス利用額は173,000円/月となっている。コントロール群の認定者数から介護予防事業参加者の認定者数を差し引いた24名(要支援7名、要介護17名)が平均的利用を行ったと推定すると、年間で38,593,200(39,300×12ヶ月×7名+173,000×12ヶ月×17)円の介護(予防)サービスコストが削減できたことになり、費用の側面からみても大きく貢献していることが推測できる。今後は、より詳細な費用対効果分析や医療費分析などを加えることで、介護予防事業の効果を本質的かつ多面的に検証する必要がある。また、介護予防事業に参加した高齢者は全対象者のわずか3.7%にとどまっており、現在の介護予防事業の在り方が最適とは言い難い。今後は啓発等も含めたポピュレーションアプローチの効果検証等も行いながら、最適な方法を確立していく必要がある。【理学療法学研究としての意義】 主たる介護予防事業は運動機能向上であり、理学療法士の専門性を活かさなければならない領域である。本研究によって、介護予防事業の効果が示せたことは、理学療法研究としても非常に意義深い。今後は、理学療法士の専門性を活かしながら、ポピュレーションアプローチなども提案していく必要がある。
抄録全体を表示