大正時代の中ごろから激しさを増した東京都東部に位置する下町低地の地盤沈下は, 高潮被害の続出や湿地化による疫病罹災の増加等から昭和初期には社会問題に発展した. 一方, 当初, 地殻変動に起因するとされていた沈下原因は, 多くの原因模索の後, 第二次世界大戦終期に地下水の揚水であることが実証され, 昭和30年代半ばから地盤沈下抑止を目的に地下水の揚水規制が施されている. その結果, 地盤沈下は昭和40年代後半から東京都全域にわたり減少する傾向を示し, 昭和50年半ばから沈静状態にある. しかし, 沈下開始から沈静化に至る約70年間, 下町低地の歴史は相続く地盤沈下と洪水・高潮の被害への対応に終始したと言っても過言ではない. 昭和初期における地盤沈下原因の模索, 地下水揚水説の実証, その後の沈静化に至る一連の地盤沈下問題の整理・集約は, わが国の近代科学史, とくに, 公害史のうえで有意義なことと考える. そこで, 本論では下町低地を中心に, 地盤沈下の推移について, その概要を述べる.
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