ブヌン語は台湾中部で話される言語で,オーストロネシア語族に属する.この言語では,きわめて具体的な
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的意味を表す動詞派生接辞が発達している.他の言語なら自立語の動詞で表されるような事柄,例えば「死ぬ」,「夢を見る」,「燃える」といった出来事や,「走る」,「殴る」,「切る」,「与える」などの行為を,この言語では動詞接頭辞によって表すことができる.こうした性質をもつ接頭辞を本論文では
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接頭辞と呼び,その形態および意味・統語上の機能を記述する.
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接頭辞は動詞の語幹形成において生産的に用いられ,さまざまな種類の語根(あるいは語基)に付いて,それに意味的な修飾を加えた派生動詞語幹を造る.
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接頭辞を含む派生動詞語幹には主に3種類ある.(一)
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接頭辞が先行する行為あるいは出来事を表し,それによって生ずる結果を語根が表すもの(例えば,
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接頭辞「煮る」+語根「柔らかい」→「煮て柔らかくする」).(二)
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接頭辞が行為あるいは出来事を表し,その様態を語根が表すもの(例えば,
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接頭辞「現れる」+語根「不意に」→「不意に現れる」).(三)語根(自立名詞)が表す事物が関わる出来事あるいは行為を
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接頭辞が表すもの(例えば,
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接頭辞「作る」+語根「家」→「家を建てる」).
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接頭辞は一般に「類別詞」と呼ばれているものに似た機能をもつこともある.例えば,英語の'shout again','hear something again','give(something to someone)again'という三つのフレーズをブヌン語に訳す場合には,'again'にあたる語に対し,ブヌン語では異なる三つの
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接頭辞の付いた形を使い分けなければならない.どの動詞とどの接頭辞が共起できるかは,そこで表される出来事あるいは行為がどのようなものかによって個々に決まっている.
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