【目的】転倒の要因には内的要因と外的要因があり,外的要因の一つに履物が挙げられる。この履物のうち,入院病棟において多く使用されているスリッパは,
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と比較して転倒のリスクが高いと考えられる。岡田(2008)らは、跨ぎ動作においてスリッパでは、つまずきを防ぐ為、靴と比べより協調性が必要とされていると述べている。そのため,当院では
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の使用を薦めているが,未だにスリッパを使用する割合が多い。このスリッパの使用による転倒リスク増大は,十分な根拠が明確にされておらず,さらなる検証が必要である。そこで本研究の目的は,動的バランス指標である Timed Up & Go Test(TUGT)に対する
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とスリッパの着用による影響の違いを比較し、転倒の要因を検証するとした。
【対象】対象は当院入院中であり病棟内歩行が監視~自立レベルである患者13名(男性6名女性7名、平均年齢77±10.1)とした。参加者には実験参加前に,本研究目的および内容を説明し,同意を得た。なお,本研究は当院の倫理委員会にて承認を受けている。
【方法】すべての参加者は
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(合成ゴム底)とスリッパ(ビニル底)を着用し、両方にて,動的バランス能力指標とされるTUGTをそれぞれ3回ずつ実施した。
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およびスリッパによる持ち越し効果を排除するため,13名のうち6名は
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での実施後にスリッパにて実施し,7名はスリッパでの実施後に
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にて実施した。
測定項目はTUGT遂行時間(秒)および要した歩数とし,それぞれ3回施行の平均値を算出した。統計学的分析には,各測定項目において
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とスリッパによる影響の違いを対応のあるt検定を用い比較した。なお,統計学的有意水準は5%未満とした。
【結果】TUGT遂行時間は
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着用時では平均20.4±10.1秒、スリッパ着用時では平均21.6±10.6秒、歩数は
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着用時では平均26.6±12.7歩、スリッパ着用では平均29.3±14.1歩となり、歩数ともに
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とスリッパに有意差が認められた(p<0.05)。
【考察】スリッパ着用によってTUGT遂行時間と歩数が有意に増大したことは,
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着用よりもスリッパ着用が足部の固定性を低下させたことによるものと考えられる。これらのことは、スリッパ着用では、動的バランス能力が低下し、転倒リスクが増大すると考えられる。また、表底において、ビニル底では合成ゴム底と比べ、床の状態によってより滑りやすいとJIS(日本工業標準調査会2005)での報告がある。床の状態が変化しやすい院内での歩行において、履物を選ぶことは、転倒を防ぐ手段として重要と考えられる。
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