ひと筆描きには, 線の交わらないものと交わるものとの2種類がある。ナスカの地上絵に描かれている具象画は, すべて交点のないひと筆描きであった。それらはもっとも素朴なひと筆描きである。しかしそれとは別に, 描線が複雑にからみ合いながら, 具象的な形をなしているひと筆描きがある。以上の2種類のひと筆描きが, 近代画家の作品のなかにいろいろな形であらわれる。例えばマチスには, ひと筆描きのアウトラインで人体の動きを単的に巧みにあらわしている作例があるし, 線描の画家クレーには, 柔軟なひと筆描きの作品や, 複雑な直線の構成の全体がひと筆描きになっていて, それが画面の構造となっているようなものもみられる。またエッシャーには, どこまでも同じ形が連続していくひと筆描きのパターンとなっている作品が多い。あるいはマグリットは, 比較的単純なひと筆描きの形の中に, 異質な空間を描て超現実的な画面を創造している。ピカソの素描には, いくつもの交点をもつ即興的なひと筆描きの作例があって, それらが意外に写実的表現になっている。以上のように, ひと筆描きという視点から見ることで, それぞれの画家の思考過程や作画の特質が具体的にみえてくるように思われる。
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