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クエリ検索: "銀河英雄伝説" ゲーム
4件中 1-4の結果を表示しています
  • 福江 純
    みんなの地学
    2021年 2 巻 8-15
    発行日: 2021/06/30
    公開日: 2022/07/01
    解説誌・一般情報誌 フリー
  • 全国読書感想文コンクール入選の読書対象作品の集計及び5月読書の統計から
    米谷 茂則
    読書科学
    2008年 51 巻 2 号 74-84
    発行日: 2008/03/01
    公開日: 2020/01/23
    ジャーナル フリー

    The paper examines what kind of books have been read by Japanese high-school students since World War II, based on two types of data concerning the reading activities of high-school students. First, the study collected and analyzed reports by the Japanese School Library Association covering the 40-year period from 1960 which include annual book reading surveys. Second, the study listed up and analyzed the book titles for review essays entered into the All Japan Student Book Review Contest over a 45-year period. In terms of free reading by students, as reflected in the first source of data, while classic books were popularly read during the in 1960s and 1970s, in the 1980s, young adult books came popular, and in the 1990s, there was an increase in violent genres. The most frequently read book was Natsume Sosekiʼs KOKORO. In terms of books for thinking, as indicated by the student reviews, the most frequently reviewed works of fiction were Dazai Osamuʼs NINGEN SIKKAKU, Natsume Sosekiʼs KOKORO and Albert Camusʼ “The Stranger”. As for nonfiction, “Anne Frankʼs Diary” was the most frequently reviewed.

  • 特に『ウクライナ・オン・ファイヤー』と『リヴィーリング・ウクライナ』を巡って
    嶋崎 史崇
    人文×社会
    2022年 2 巻 6 号 49-86
    発行日: 2022/06/15
    公開日: 2022/06/19
    ジャーナル オープンアクセス
  • 今関 光雄
    民族學研究
    2003年 67 巻 4 号 367-387
    発行日: 2003/03/30
    公開日: 2018/03/27
    ジャーナル フリー
    本稿は、「ファン・コミュニティ」の文化人類学的研究というテーマの下に、あるラジオ番組のリスナーたちの行っている「集い」を、フィールドワークによる調査研究に基づいて分析し、オーディエンス/ファン同士のコミュニケーションの重層性を明らかにするものである。リスナーが番組に「告知」を投書し、行う集会を「集い」と呼ぶ。実際に出会うことで友人関係を構築しようという試みである。そこでは、同じ番組に関する情報を持つ「比較可能で代替可能な者」同士の関係を、具体的な「個別性を持った顔のある誰か」同士の関係に変換していくという実践が見られる。これは、メディアを介して作られたファン・コミュニティにおけるコミュニケーションを情報交換のみの関係として語ってきた「おたく」論の一面性を批判するものである。また、オーディエンス研究において「受け手」の能動性を考える場合、受け手の行う「流用」がよく議論される。ここで明らかになるのは、その「流用」がメディア上だけで、すなわち顔の見えない「サイバースペース」だけでなされるのとは違って、「個別性を持った顔のある誰か」との繋がりにおいてなされることが重要であるということである。本稿は、そのような顔の見えない「サイバースペース」における繋がりを「個別性を持った顔のある誰か」との繋がりに変換し、コミュニケーションの重層性を創りだしていることに注目する重要性を明らかにする。それらの実践がメディアによる人びとの分断や抽象空間としての「国民文化」への回収に抵抗する「流用」であるということを示唆する。
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