_I_ はじめに 景観は、従来どちらかといえば一定の広がりを持った地域における、客観的で中立的な意味を持つ語として使われてきた。草原が広がる牧畜景観は、広大で緑豊かな土地であるといった自然要素を反映し、高層ビルが建ち並ぶ都市的景観は、地価の高さや経済的要素を強く反映する。古い寺社や街並みが続く景観は、歴史・文化的要素を端的に反映したものといえる。このようなリアルで客観的な存在としての景観に対し、近年は、景観に対して人間が価値を与えているもの(風景)といった、主観的な存在の側面について論ぜられるようになってきた。人間は自然・社会・文化・歴史など様々な景観構成要素の中から、意味のある・都合の良い要素を抽出し、それらを編集して風景(地域イメージ)を形成・創造すると考えられる。 こうした視点に立って、風景が描かれている事例の一つである郵便局で消印として使用されている
風景印
(風景入通信日付印)を用い、印影に風景を『展示』した風景創出者(=展示者)個人の場所に対するイメージと、見る側(=観察者)に自らの地域を意図的にどう見せたいのか(どのように読みを強要しているのか)の読み解きを試みる。また、これを見た観察者は、果たしてどのような地域イメージを抱きうるのかまでをも、考察を試みたい。
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は、これら一連の読み解きをひとつの素材で可能にする有力な題材と考える。_II_ 研究方法と研究結果 千葉県内735の郵便局(2003年11月末現在)すべてを訪問し、
風景印
を入手した。 次に、
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に描かれた図案要素を分類し、主要要素の分布図を作ることで、展示者の地域観とリアルな景観との関係を考察した。そして、ひとつの
風景印
に描かれている構図の全体を読み解くことで、展示者はどのような意図を持って地域展示をしたのかを考察し、その結果、観察者が抱きうる地域イメージを検討した。 その結果、_丸1_千葉県内、735局のうちの約36%の、264局に
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が配備されていた。_丸2_自然的な景観構成要素は、ほぼその土地の地域アイデンティティとなり得ている。特に「海」が描かれた
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は、内房地域から外房、九十九里、銚子に至るまで、ほぼ海岸線に沿った地域に分布域が確認された。_丸3_高層タワーや灯台など、ランドマーク的なシンボルではなく、意識の中のシンボルとなっている市区町村シンボルとしての動植物を展示者が描くことで、結果的に不明瞭な地域展示となり観察者はリアルな景観を想起させることが非常に困難となってしまっている局も散見される。_丸4_例えば海女が描かれた御宿局の
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(図1)のように、もっともらしい要素を堂々と描くことで、オーセンティシティに裏付けられて伝統が創造され、「読み」の強要が成功している事例が確認できた。_IV_ まとめ
風景印
は、法を根拠に全国で網羅的に同規格・同基準で使用されている。自然・社会・文化・歴史など様々な景観構成要素の中から、意味ある要素を抽出して、それらを編集して形成・創造された
風景印
の印影を読み解くことは、一般的な絵画などと違い、全国的に同一視点で地域イメージの考察が可能である。
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は、地域を代表した展示者自身の地域アイデンティティ・地域イメージはもちろん、公印であるこの印を用いて、我が街をどのようにアピールしたいのかといった意志が強く内在している。
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