1 公共交通を利用したまちづくり
公共交通の衰退とその再建はモータリゼーション以降の課題として認識され続けてきた.近年,高齢化が進展する中で,自動車を運転できなくなる高齢者のモビリティの問題が現実味を帯びてくると,まちづくりの中における公共交通の積極的な利用を模索する動きにも注目が集まっている.その一つとして,富山市のクラスター型コンパクトシティ政策を挙げることができる.本研究では,富山市の都市政策を取り上げ,主に鉄道交通の運行頻度や運行経路についての経年変化を元に,公共交通の衰退と政策実施による変化を提示する.その上で,まちづくりにおける公共交通の利用について地理学的視点から考える素材を提供したい.
現在,単純に高齢者人口が増加しているだけでなく,単身高齢世帯や高齢夫婦世帯が増加していることを鑑みれば,高齢者が自立して生活できるための環境を整えることは現在の社会の重要課題である.特に地方都市では自動車利用を前提とした環境が構築されているため,生活関連施設の配置が広域的であったり,公共交通サービス水準は低い状態であったりする.平均寿命が延びると共に健康寿命も延びているが,高齢者による車両事故の増加や高齢者自身の運転に対する不安などを考慮すれば,日常生活における移動の問題は身近なものであり,地域レベルで改善する必要がある.
2 富山市のクラスター型コンパクトシティ政策
富山市のコンパクトシティ政策は,2008年の都市マスタープランにまとめられているが,そのタイトルには「公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり」と添えられている.富山市のまちづくりは特に路面電車に関する施策で注目されることが多いが,マスタープランで述べられているように,都心部だけでなく市域全体について公共交通の活用を目指している.
鉄道交通に関する主な施策には,路面電車の都心環状線化(2009年)とJR
高山本線
における社会実験(2009年)などがあり,それ以前にも富山ライトレールの運行開始(2006年)を挙げることができる.全体的としてみると,運行水準は2005年にかけて低下してきたが,その後,上昇している.
国勢調査1/2地域メッシュの中心点を基準として,最寄駅まで歩き,鉄道を利用して都心(富山駅)まで到達することを想定した場合,一定の所要時間で都心にアクセスできる65歳以上人口割合も2005年にかけて低下していたが,2010年には向上していた.国勢調査を用いて65歳以上人口の分布を確認すると,2010年にかけて郊外における高齢者人口割合が高くなっており,高齢化が市域全体で生じていることが分かる.それにもかかわらず,鉄道を利用した場合のモビリティが上昇傾向にあることは,富山市の政策が一定程度,奏功しているといえる.ただし,都心周辺の郊外より離れた地域では,所要時間が非現実的に長くなるなど,改善のメリットを得られていない地域がある点には注意すべきである.
3 おわりに:地理学的視点による研究アプローチ
本発表で示す研究方法や分析手法は単純なものであるが,市域レベルでの高齢者の人口分布や公共交通のサービス水準を組み合わせたものである.持続可能な交通システムを地理学的視点から検討する際に,複数の空間的指標の統合による分析や,広域エリア内の差異を検討することは重要である.特に,都市政策レベルでのまちづくりを対象とする場合,地域間のバランスや地域的な差異のあり方を改めて検討する必要があり,地理学的研究アプローチが貢献できると考えられる.
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