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全文: "TOKIO" 山口
182件中 1-20の結果を表示しています
  • 井川 寛隆, 葛西 時雄, 山口 功, 村山 英晶
    理論応用力学講演会 講演論文集
    2004年 53 巻 3A8
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/03/25
    会議録・要旨集 フリー
    OFDRを用いた光ファイバ歪み分布計測装置のシステム設計と評価機器の開発を行った。本システムでは、原理的には数百点の同時歪み計測、さらに連続的な歪み分布計測が可能であり、柔軟構造物の振動計測や航空機等の健全性評価に活用できることが期待される計測技術である。本講演では、本システムの計測原理及び、歪み計測試験結果を示す。
  • 鹿間 時夫, 西田 民雄
    日本古生物学會報告・紀事 新編
    1968年 1968 巻 69 号 211-217
    発行日: 1968/04/25
    公開日: 2010/05/25
    ジャーナル フリー
    山口県美祢市於福江原(オフクヨバラ)のウズラ採石場, 美祢市伊佐町正法寺西方および伊佐町山口県立種畜場西方における秋吉石灰岩層群下部より産出したオキナエビスガイ類を検討した結果, Mourlonia (Mourlonia)亜属の1新種, Angyomphalus属の新種2を識別した。こゝに秋吉石灰岩層産軟体動物化石研究の第3報として, それらの記載を行う。
  • 西川 孝治郎
    英学史研究
    1972年 1973 巻 5 号 129-134
    発行日: 1972/04/30
    公開日: 2009/09/16
    ジャーナル フリー
  • 青木 一真, 岡村 維摩, 石田 清, 山崎 順彦, 山口 登喜夫, 中島 煕
    日本消化器外科学会雑誌
    1996年 29 巻 1 号 133
    発行日: 1996年
    公開日: 2011/08/23
    ジャーナル フリー
  • 山口 登喜夫
    日本毒性学会学術年会
    2013年 40.1 巻 W1-4
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/08/14
    会議録・要旨集 フリー
    近年,活性酸素やフリーラジカルによる酸化ストレスは,腎障害,動脈硬化,虚血性脳心血管障害など極めて広範囲の疾患に関与しており,そのメカニズムはかなり詳細にわかってきている。そこで抗酸化栄養素の摂取による予防治療や健康維持に強い関心が寄せられている。しかし,抗酸化成分として何をどれだけ摂取するのが最良かを検定すべき標準的指標は無いのが現状である。従って個人の適時の生体内レドックス状態を示す酸化ストレスマーカーが必要となってくる.ヘム代謝物であるビリルビン(BR)は,非常に好都合なことにそれ自身が生体内の強力な低分子抗酸化物質であると同時に,活性酸素種により酸化されて生成するバイオピリン(BP)は速やかに尿中に排泄されるためリアルタイム型の酸化ストレスマーカーとなりえる。また抗酸化栄養素と異なり,食事量による変化や日内変動が無いので通常BRの血中濃度は一定である.またBRは可逆的な分子内水素結合を形成する特殊な分子構造で,疎水性から親水性への相互変換により細胞膜を自由に通過でき,血液循環系に限らず組織や細胞内に普遍的に存在する理想的な低分子抗酸化物質と言える。さらにBRは自殺的抗酸化物質であり,酸化されて生成したBPはビタミンCやEと異なりレドックス循環により還元されて元のBRには戻らない。従って個人の酸化ストレス度は,BRの酸化分解により生成される尿中BPの増加量として指標化される。またBPの多様性として,ある疾患に特異的な単一或いは複数のBPのプロファイル化によって特定の疾患の鑑別診断につながるバイオマーカーの開発が可能となる。演者は,ヘム代謝を研究テーマとしており,その研究過程で生体内酸化ストレスマーカーとなるBRの抗酸化作用について独自に開発した抗BR単クローン抗体(24G7)を用いて得た幾つかの臨床的知見を報告し,さらに抗体作製プロセスと動物及びヒトの尿分析における注意点についても紹介したい。
  • 橋本 康, 東井 純一, 山口 元吉, 伊藤 時夫
    関東東山病害虫研究会年報
    1986年 1986 巻 33 号 243
    発行日: 1986/11/01
    公開日: 2010/03/12
    ジャーナル フリー
  • Rie ARIMURA
    HISPANICA / HISPÁNICA
    2014年 2014 巻 58 号 113-143
    発行日: 2014年
    公開日: 2016/05/05
    ジャーナル フリー
    Hasta la fecha los vínculos históricos entre Nagasaki y el mundo hispánico habían permanecido en la sombra mientras que se conocían mucho más los nexos entre este puerto y Portugal y Holanda. No obstante, las relaciones con el Imperio español en el periodo Namban fueron estrechas y tuvieron repercusiones hasta entrado el siglo XX. Ello se refleja en el gran martirio de 1597 así como en otros hechos. Así, Francisco Orozco y Jiménez, arzobispo de Guadalajara en México, fue el primero en la década de 1930 en recolectar donaciones para construir un santuario dedicado a San Felipe de Jesús en el lugar del martirio e incluso mandó elaborar planos arquitectónicos. El proyecto no fue llevado a cabo, sino hasta la conmemoración centenaria de la canonización de los 26 mártires de Nagasaki. En 1958, Pedro Arrupe, S.J. apoyó la empresa asignada a Paul Yamaguchi, arzobispo de Nagasaki, de edificar un monumento dedicado a dichos mártires en la colina de Nishizaka. Para ello, dicho jesuita solicitó apoyos a la Iglesia mexicana para reunir fondos. A través de los documentos conservados en el Archivo Histórico del Arzobispado de México se deduce que hubo distintos factores que determinaron la participación de la Iglesia mexicana en este proyecto. En primer lugar, las labores precedentes de Francisco Orozco y Jiménez tuvieron peso. En segundo lugar, la amistad entre Arrupe y Miranda Gómez, arzobispo de México cultivada durante 30 años jugó un papel capital. Un tercer factor determinante fue el conflicto político, militar y social dentro del contexto de la Guerra Fría. Así, la documentación histórica refleja una perenne inquietud ante la amenaza del comunismo. El proyecto de construir la iglesia de San Felipe y el Museo de los 26 Mártires tenía pues unas resonancias globales y tenía el propósito de crear un símbolo visual de defensa política y espiritual ante Rusia y el comunismo. El presente trabajo reconstruye el contexto histórico y financiero de dichos monumentos de Nagasaki. También hace mención al concurso de pintura infantil en homenaje a san Felipe de Jesús, que jugó un papel importante en el marco de la consagración de dicha iglesia en junio de 1962.
  • 井田 好治
    英学史研究
    1986年 1986 巻 18 号 85-100
    発行日: 1985/11/01
    公開日: 2010/02/22
    ジャーナル フリー
    The purpose of this paper is to make something unknown known by describing concisely the contents of the above-named Calendar in terms of the teaching of English in the early years of the Meijiera.
    The description begins with the historical outline of the Tokio Kaisei-Gakko, or Imperial University of Tokio, which derives its origin from the Bakufu institutions for Western learning and studies. The following sections deal with its organization, admission, teachers both oyatoi and Japanese, catalogue and analysis of students enrolled.
    Much has been written about the curriculum of the General Course, especially about the syllabuses of English Language and Literature, Logic and Rhetoric. English textbooks used in the Course are also mentioned.
    The final section is given to some illustrations of questions set at the annual examination in July, 1876 by oyatoi professors. Additionally, the books located in the Kaisei-Gakko Library is classified and counted.
  • 仲上 稔, 宮 憲一
    電氣學會雜誌
    1936年 56 巻 576 号 851
    発行日: 1936/07/10
    公開日: 2008/11/20
    ジャーナル フリー
  • 藤木 時男, 植村 勝, 小坂 勇次郎, 小岩 洋一, 植松 市太郎, 植松 淑子, 藤本 邦彦, 右田 哲彦, 深田 栄一, 押木 満雅
    材料
    1970年 19 巻 199 号 392-395
    発行日: 1970/04/15
    公開日: 2009/07/09
    ジャーナル フリー
  • 百々 幸雄, 川久保 善智, 澤田 純明, 石田 肇
    Anthropological Science (Japanese Series)
    2012年 120 巻 1 号 1-13
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/22
    [早期公開] 公開日: 2012/07/14
    ジャーナル フリー
    北海道アイヌの成立には,オホーツク人の遺伝的影響がかなり強く及んでいたという近年の研究成果に鑑みて,視野の中心を北海道に据えて,東アジアと北東アジアにおける北海道アイヌの人類学的位置を,頭蓋の形態小変異を指標にして,概観してみた。使用した形態小変異は観察者間誤差の少ない9項目で,日本列島の10集団とサハリンおよび大陸北東アジアの3集団を対象に分析を行った。集団間の親疎関係の推定にはスミスの距離(MMD)を用い,棒グラフとMMDマトリックスの主座標分析で集団間の相互関係を図示した。オホーツク人は北海道アイヌとサハリン・アムール・バイカルといった北東アジア集団のほぼ中間に位置したが,北海道アイヌとの形態距離はかなり近く,北海道や本州の縄文人と同程度であった。これに対して,大陸東アジアにその原郷が求められる弥生系集団は,北海道アイヌから遠く離れていた。9項目による分析結果が妥当なものであったかどうかを検証し,さらに,北海道の続縄文人の形態学的な位置づけを明らかにするために,著者のひとりが独自にデータを収集した12集団についても,20項目の形態小変異を用いて,同様の分析を行った。9項目による分析結果と20項目による分析結果はほとんど同じで,北海道アイヌの母体になった集団は,やはり従来の指摘どおり,北海道や本州の縄文人と北海道の続縄文人であると考えられたが,北海道アイヌの成立には,オホーツク人の遺伝的影響をも考慮しなければならないと思われる。
  • 青木 秀夫, 阿美古 征生, 山下 哲男, 松永 登喜雄
    脳卒中
    1988年 10 巻 5 号 446-452
    発行日: 1988/10/25
    公開日: 2010/01/21
    ジャーナル フリー
    われわれは山口県下の脳神経外科医の協力により, 昭和60年 (1985) から脳動脈瘤患者の登録と集計を行なっている. 本症の診断は脳血管撮影, 手術, 剖検等によって確認した.昭和60年に山口県在住者で本症のため入院加療を受けた症例は228例で, 人口10万人当りの発生率は14.3であった.年齢は14歳~81歳男性82例, 女性146例で男女比は1 : 1.6で女性が多かった.この女性優位性は従来の報告を併せ考えると西中国, 九州地区に特異的とも考えられるが, 今後更に検討を要する.今回の集計は脱落例は極めて少ないと思われるが脳血管撮影が施行できなかった重症例は含まれていないので, 今後このような例にも注目して行きたい.また脳神経外科施設近傍の発生率 (16.6) と, 遠隔部の発生率 (12.6) には差があり, 遠隔部へのより積極的な働きかけが必要と思われる.
  • 伊東 尚史, 毛良 明夫, 村田 寿, 吉田 照豊, 境 正, 山内 清, 山崎 義弘, 山口 登喜夫, 宇川 正治
    日本水産学会誌
    2000年 66 巻 1 号 122-123
    発行日: 2000/01/15
    公開日: 2008/02/01
    ジャーナル フリー
    細菌感染によるブリの黄疸発症と酸化ストレスとの係わりをより明らかにするため, ブリに黄疸原因菌を接種した。その結果, 著しい溶血, 肝臓および脾臓の肥大, 血漿ビリルビン含量の増加がみられ, 黄疸が発症した。その発症魚の肝臓トリグリセリドヒドロペルオキシド(TGOOH)含量は, フォスファチジルコリンヒドロペルオキシド(PCOOH)含量と同様に, 対照(原因菌非接種)区と比べ有意に増加した。すなわち, 黄疸発症魚の肝臓ではフォスファチジルコリンと同様に, トリグリセリドも過酸化が進行したことから, 細菌感染によるブリの黄疸発症と酸化ストレスとの係わりがより明確となった。
  • 鈴木 亮, 山口 元吉, 伊藤 時夫, 東井 純一
    日本水産学会誌
    1978年 44 巻 7 号 715-718
    発行日: 1978/07/25
    公開日: 2008/02/29
    ジャーナル フリー
    In order to obtain basic information for genetic improvement of the common carp, Cyprinus carpio, differences in catchability and pulling strength in Japanese and European races were studied. The mirror carp was most catchable, the asagi intermediate, and the yamato and the wild carps least catchable. When artificial feed was the bait, all differences between races were significant except that between the yamato and wild carps; the rank was as follows: mirror>asagi>yamato≥wild. When the bait was earthworms, however, the only significant difference was that between the asagi and wild carps. The mirror carp had the lowest pulling strength, and the scaly German carp was intermediate between that of the mirror and the Japanese carps. Among the Japanese carps the only significant difference was that between the yamato and the asagi carps. These results in pulling strength were the same whether the carps were cultivated in standing- or running-water ponds.
  • 安原 健允
    CANCER
    2000年 9 巻 45-49
    発行日: 2000/05/01
    公開日: 2017/07/05
    研究報告書・技術報告書 フリー
  • 伊東 尚史, 村田 寿, 大山 剛, 吉田 照豊, 境 正, 山内 清, 山口 登喜夫, 宇川 正治
    日本水産学会誌
    2000年 66 巻 2 号 298-299
    発行日: 2000/03/15
    公開日: 2008/02/01
    ジャーナル フリー
    ブリの細菌性溶血性黄疸の症状を, アスコルビン酸(AsA)給与により軽減できることを明らかにするため, AsAカルシウム塩を94mg/100g配合されたシングルモイスト飼料(1区)を対照とし, これに外割で2%L(+)-アスコルビン酸を加えた高AsA飼料(2区)を5日間ブリに給与後, 黄疸原因菌を接種した。原因菌の接種によりすべてのブリで黄疸が発症したが, 高AsA飼料給与区の肝臓および血漿のAsA含量は, 対照区の値と比べ著しく減少した。黄疸発症魚の血液ヘモグロビン含量の減少, 比肝重値および比脾臓重値の増加および血漿ビリルビン含量の増加は, それぞれ1区に比べ2区の方が抑制された。すなわち, 高AsA飼料の短期間給与により, ブリの細菌性溶血性黄疸の症状を軽減できた。
  • 松橋 延壽, 梅本 敬夫, 近石 登喜雄
    日本臨床外科学会雑誌
    2001年 62 巻 4 号 1055-1058
    発行日: 2001/04/25
    公開日: 2009/01/22
    ジャーナル フリー
    腹腔内ヘルニアは比較的稀な疾患であるが,中でも大網裂孔をヘルニア門とする大網裂孔ヘルニアは極めて稀な疾患である.本症は理学的所見に特有なものがなく,術前診断は極めて困難であり開腹時に診断できることが多い.今回われわれは,術前CT検査が有用であった大網裂孔ヘルニアの1例を経験したため報告する.症例は93歳女性.腰痛症にて当院整形外科に入院していた.突然嘔吐,腹痛を認めたため外科転科となり,胃管挿入にて経過観察としていたが,腹痛軽減しなかったため腹部CTを施行した.横行結腸の腹側に小腸の拡張像および腸間膜の集東像を認め,開腹既往のないことから大網裂孔ヘルニアによる絞扼性イレウスと診断し,緊急手術施行したほ開腹すると, Treitz靱帯より約50cmの空腸が直径5cmの大網裂孔に30cmの空腸が嵌入していた.嵌入した空腸は壊死していなかったため,大網裂孔を含む大網を一部切除したのみで手術終了し,術後30日目に退院した.
  • 大谷 金助
    東京化學會誌
    1903年 24 巻 8 号 1052-1159
    発行日: 1903年
    公開日: 2009/02/05
    ジャーナル フリー
  • HIROYUKI KUNII, KAZUNOBU ISHIKAWA, TOKIO YAMAGUCHI, NOBUO KOMATSU, TOSHIKATSU ICHIHARA, YUKIO MARUYAMA
    FUKUSHIMA JOURNAL OF MEDICAL SCIENCE
    2009年 55 巻 2 号 39-51
    発行日: 2009年
    公開日: 2013/10/04
    ジャーナル フリー
    This study aimed to assess the involvement of bilirubin and its oxidative metabolite biopyrrin in patients with acute myocardial infarction (AMI) and to determine the responsible organs that overproduce these molecules. One hundred thirteen consecutive patients hospitalized for AMI were analyzed. Levels of serum bilirubin, plasma and urinary biopyrrins were measured on the day of admission, day 2, 3, 7 and 14. Expressions of biopyrrins and heme oxygenase-1 (HO-1), a stress-responsive bilirubin-producing enzyme, in heart, aorta, kidney, liver and lung were immunostained with autopsied specimens. Serum bilirubin, plasma and urinary biopyrrins were increased within 24 hr, formed a peak on day 3 and then decreased by day 14. These three parameters were well correlated to each other. The maximum biopyrrin elevation was higher in death cases and associated with impaired left ventricular function. Immunohistochemical analyses revealed biopyrrin accumulation and HO-1 expression in the infracted myocardium. Immunoreactive HO-1 and biopyrrins were also observed in renal tubular cells, aortic wall and lung. Serum bilirubin and its metabolite biopyrrins were elevated in patients with AMI. Plasma and urinary biopyrr in elevation were associated with mortality and morbidity. Induction of anti-oxidative enzyme HO-1 seemed to be involved in the activation of bilirubin/biopyrrin pathway.
  • 太田 光輝, 佐藤 允通, 黒田 秀幾, 河合 誠, 伊藤 善文, 石上 茂, 大石 剛裕, 古木 孝典, 牧野 秋雄
    関東東山病害虫研究会年報
    1992年 1992 巻 39 号 25-28
    発行日: 1992/11/01
    公開日: 2010/03/12
    ジャーナル フリー
    1990~1991年にかけて, 静岡県下におけるイネの穂枯れ症状の発生実態及び関与する病原菌について調査を行った。その結果, 従来からみられたごま葉枯病など糸状菌による穂枯れ以外に, 早期栽培では内穎褐変病が, 普通期栽培ではもみ枯細菌病が各地でみられた。
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