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全文: ジェンダー 表象
1,620件中 1-20の結果を表示しています
  • ―子どもの学びと教師の関与をめぐって―
    堀内 かおる, 濱崎 タマエ
    日本教師教育学会年報
    2001年 10 巻 126-135
    発行日: 2001/10/01
    公開日: 2020/10/21
    ジャーナル フリー

      The Japanese government passed the basic law for a gender-equal society in 1999. It is important that schools provide education on gender issues for children to realize a gender-equal society. This article is based on a series of lessons in which both the content and the teaching method were gender sensitive. After the lessons were finished, assessment was made of the children's learning process about gender. The course was planned by a home economics teacher at an elementary school and an academic at a university who researches gender issues in education.

      The home economics teacher gave her 6th grade classes 21 lessons from September 1999 to March 2000. All the lessons were recorded by video camera and analyzed by the home economics teacher and the academic.

      The course was composed of three parts. The purpose of the first part was to make the children aware of gender issues around them. In the second part, the children investigated and found gender issues by themselves. In the last part, the children expressed how they felt about gender issues. The children met and communicated with people who had particular views and experiences regarding gender.

      According to analysis of the lessons, children did come to recognize the problem of gender. However, some children could not consider gender problems linking with their own life. The lessons were not effective in teaching the children what they should do by themselves to create a gender-equal society. It is important that teachers explain how gender has been socially, culturally and historically constructed and teach children how society and consciousness have changed regarding gender issues.

  • 吉田 容子, 影山 穂波, 倉光 ミナ子
    日本地理学会発表要旨集
    2019年 2019a 巻 S301
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
    会議録・要旨集 フリー

    1.シンポジウム開催の背景と目的

    1960年代に欧米諸国で始まった第二波フェミニズムの担い手たちがアカデミアにも参入したことで,社会的文化的に構築されるジェンダーという概念が生み出された。1970年代に欧米諸国において誕生し展開してきたフェミニスト地理学の背景には,第二波フェミニズムのみならず,同時代に地理学内に興った人文主義地理学の影響もある。

    1990年代に入り,フェミニスト地理学研究がようやく日本の地理学界で紹介されるようになった。当初は,地理学に内在する男性中心主義や覇権主義に対する批判的議論が提起されるとともに,都市/郊外を事例に公的/私的空間の二項対立構造の中で生産/再生産労働を強いられる既婚女性の生活空間などに,多くの研究者が関心をもった。

    近年では,経済のグローバル化,新自由主義的な福祉政策の導入,労働市場における分業体制のフレキシブルな再編,価値観やライフスタイルの変化,心の性と身体の性の一致を自明視してきた従来の性自認(ジェンダー・アイデンティティ)の揺らぎ,などの影響を受け,二項対立的空間構造を前提としては捉えきれない社会経済的現実が生じてきている。さらに,近年の海外の地理学研究において身体という空間スケールをめぐる事象に関心が集まるようになると,日本の地理学においても,地図上には表象されにくい身体レベルの空間を対象とする研究や,日常空間が異性愛主義に満ちていることをセクシュアル・マイノリティの視点から検証する研究,都市空間における女性の身体をめぐる問題を国家権力の介在に着目して究明した研究など,その視点は多様化している。

    こうした潮流を受け,シンポジウムのテーマを「ジェンダーの視点から何が見えるようになったか」と設定した。各報告者の研究において,ジェンダーの視点から何を語ることができるのか,何を解明できるのかを報告していただき,それらを踏まえ,日本の地理学研究における成果や到達点,今後の課題,さらには,空間・場所を探究する地理学がジェンダーの視点を用いる有効性について議論する。

    2.シンポジウムの概要

    第1部では,各報告者が,自身の研究で「ジェンダーの視点から何が見えるようになったか」を発表する(報告者と題目は以下を参照)。影山穂波氏「地理学におけるジェンダー視点の課題と展望」,久木元美琴氏「福祉サービスの地理学的研究におけるジェンダーの視点—保育・子育て支援の地理学の到達点と課題—」,湯澤規子氏「在来・近代産業を支える「労働」と「生活」の関係と論理—「生きること」を論じるジェンダー地理学—」,原口剛氏「マルクス主義とフェミニズムの接点—寄せ場・野宿の運動からの視角—」,須崎成二氏「空間/場所と性的少数者の視点」。第2部では,熊谷圭知氏とオーガナイザーの吉田からのコメントの後,関村オリエ氏の司会で総合討論の場を設ける。本シンポジウムを通じて,ジェンダーを含めた多様で重層的なアイデンティティの構築に関する検討が,社会的経験の産物としての空間・場所の理解にいかに重要であるかを確認する。

  • 岐阜県営住宅・ハイタウン北方を事例に
    村田 陽平
    人文地理学会大会 研究発表要旨
    2002年 2002 巻 212
    発行日: 2002年
    公開日: 2002/11/15
    会議録・要旨集 フリー

      今日の日本の学際的な空間論(地理学・都市社会学・建築学など)において,ジェンダーの視点は,「新しい」視点として注目されつつある。1970年代の女性解放運動を受けて誕生したジェンダーという概念は,自然とされてきた性差が社会文化的なものであるという認識変革をもたらした。ただしこの概念が,日本の空間論で一般的に認識されるようになったのは1990年代後半になってからである。そのため関連研究は十分ではなく,空間論においてジェンダー概念が適確に理解されているかは疑問である。そこで本研究では,ジェンダーの視点を取り入れたとされる岐阜県営住宅・ハイタウン北方を事例に,その問題を検討したい。空間のなかでも居住空間はフェミニズムが重要視してきた日常生活の場所の一つであるが,今日の居住空間において,ジェンダーの視点のコンテクストや意味などは的確に認識されているであろうか。
      岐阜県南西部・本巣郡北方町にある岐阜県営住宅・ハイタウン北方は,1960年代に建設された県営長谷川団地の老朽化に伴う建て替えとして建設された。このプロジェクトの総合コーディネーターとして選ばれた建築家・磯崎新氏は,南地区をジェンダーの視点による空間の創出と位置付け,すべて女性の設計者を起用した。
      まず日本の建築ジャーナリズムにおけるこの公営住宅の評価を検討した結果,この公営住宅は概ね好意的な評価を得ていることがわかった。一方,2002年6月から9月に実施した住民へのヒアリングを通じて,この住居空間は「新しさ」や「明るさ」といった点では一定の評価が得られているものの,いくつかの問題点があることが明らかとなった。住居空間の大きな問題としては,そこで暮らす生活者の視点が十分には組み込まれていない点である。また非住居空間の大きな問題としては,海外の女性設計者による中庭が住民によって身近なものと認識されておらず積極的には使用されていない点である。そこで設計者の言説などを検討した結果,女性設計者たちが生活者の視点よりも外観などのデザインを重要視する傾向が明らかになった。この空間に対する彼女たちの「まなざし」は,(住居部・非住居部ともに)「外側」の場所から主に向けられており,「内側」で暮らす住民たちの立場を必ずしも反映したものではないのである。
      次にこの空間を岐阜県という場所の意味から検討すると,ハイタウン北方のような公共住宅は全国どこでもみられるものではなく岐阜県に特有の事例といえる。その背景として県知事の強いリーダーシップによる岐阜県政があげられ,この住宅の他にも県内には多くの公共建築がつくられている。その一方で,岐阜県には女性センターと呼ばれる建物が存在しない。地域のジェンダー活動の拠点となる女性センターは,ジェンダーの視点に特徴的な空間であり,男女共同参画基本法が制定された今日では全国のほとんどの都道府県に存在するようになっている。ところが,岐阜県にこのような空間がないのは県政がジェンダーに関わる政策を必ずしも積極的に進めているわけではなく,岐阜県という場所は必ずしもジェンダーの視点の先進地域ではない。すなわちハイタウン北方は,ジェンダーの視点というよりも,主にこのような岐阜県のコンテクストのなかでつくられた側面が強いのである。
      以上から,このハイタウン北方という空間はジェンダーの視点との関連性は低く,むしろ「男性」県知事や「男性」建築家などを頂点とする旧来の男性論理のなかで生産されたものといえよう。ジェンダーの視点を重視するならば,岐阜在住ではない有名な女性設計家のみに依頼することや女性に限定すること自体再検討すべきことであった。このようにジェンダーの視点という名目で生産される空間が,必ずしもその視点と関連しているわけではないことは,まさしく空間論においてジェンダー概念が適確には理解されていない一つの表象といえる。空間論に対するジェンダーの視点の核心は,単に女性の視点を強調することではなく,自己の性別をめぐる空間的な諸現象を主体的に自省することにある。一方,女性設計者たちが「女性=生活者」という与えられた役割を(意識的でなくとも)結果的に果たさなかったことは,旧来の女性観に対する一つの「反逆」と積極的な意味でとらえることも可能である。しかし,その行為がそこで暮らす生活者の軽視に繋がるのなら,必ずしも有意義なことではないだろう。
  • 飯田 祐子
    日本近代文学
    2013年 89 巻 240-243
    発行日: 2013/11/15
    公開日: 2017/06/01
    ジャーナル フリー
  • 永田 麻詠
    全国大学国語教育学会国語科教育研究:大会研究発表要旨集
    2009年 117 巻
    発行日: 2009/10/17
    公開日: 2020/07/15
    会議録・要旨集 フリー
  • 国際女性
    2009年 23 巻 1 号 249-250
    発行日: 2009年
    公開日: 2013/02/11
    ジャーナル フリー
  • オリンピック報道と日常的報道の国際的動向についての分析
    飯田 貴子
    スポーツとジェンダー研究
    2017年 15 巻 22-23
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/12/10
    ジャーナル オープンアクセス
  • 新井 喜代加, 石原 康平, 大勝 志津穂, 來田 享子
    スポーツとジェンダー研究
    2020年 18 巻 97-114
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/09/30
    ジャーナル オープンアクセス
  • 高井 昌吏
    スポーツ社会学研究
    2019年 27 巻 2 号 3-4
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/15
    ジャーナル フリー
  • 永澤 桂
    美術教育学:美術科教育学会誌
    2013年 34 巻 357-366
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/06/12
    ジャーナル フリー
    本論は,美術が家族をめぐる問題に対して,いかなる貢献ができるのかという視点から,西欧で描かれた伝統的な母子像に光をあてることにより,そこで示されたジェンダーに関する考察を目指すものである。西欧で伝統的に描かれてきた聖母子像においては,イエスや聖母マリアが人間としての身体を獲得することと,両者の間に親密な情が交わされることが結びついている。このことから,ジェンダーについての理解を深めるための題材として,母子像の鑑賞が有効性を持つと考え,その実践的な方法として,とくに身体表象について検討する。現在,家族をめぐって多様な問題が議論されているなかで,母子像の鑑賞が,多様なジェンダー観を磨くことに寄与しうる可能性を持つと考えている。結論として,ジェンダーを切り口とした母子画の鑑賞を通して,美術が人間関係,多文化・異文化理解に貢献できる営みであることを言及している。
  • 加藤 秀一
    法社会学
    2016年 2016 巻 82 号 69-80
    発行日: 2016年
    公開日: 2021/05/05
    ジャーナル オープンアクセス
    Gender equality nowadays is (re)defined as equality not so much between men and women as equality between individuals, whose gender identities are various and often complicated. Although such a definition may show the progress in gender studies, what is important is whether or not it is useful as a tool to uncover and criticize inequalities in the real world. In this regard, it seems more and more obvious that the concept has been fraught with considerable difficulties. This paper illustrates some aspects concerning such difficulties and tries to suggest how to overcome them by means of reexamining the concepts of both “gender” and “equality.” First we propose a somewhat newly modified concept of gender, instead of traditional one based on dichotomy such as “biologically determined sex vs. socially constructed gender,” as social norms with respect to which we perform everyday practices of classifying and dividing people into just two groups. As for equality, from the perspective with regard to social norms that are present in our societies, it is necessary to pay much attention to the paradox such that to promote legal and institutional equality sometimes results with the reinforcement of stereotypical notions of masculinity and femininity under the condition that some women themselves desire the gendered norms. There is no sure remedy against such practical dilemma, but at least we can suggest a possible prescription for it: that is, to put greater emphasis on human rights that are provided in Article 13 of the Constitution of Japan than principles of equality in Article 14 when regarding to gender issues.
  • 「ジェンダー・トラブル」論の視点から
    稲葉 佳奈子
    スポーツ社会学研究
    2005年 13 巻 53-67,124
    発行日: 2005/03/21
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    本稿は、日本のスポーツとジェンダー研究の新たな視角を提示することを目的とする。日本のスポーツとジェンダーを問題にしたいくつかの研究をとりあげ、それらがスポーツの何を問題にし、それをどのように分析し、スポーツのどこに変容の可能性を見出しているのかという点に注目しながら、これまでの議論を整理した。このとき理論的に依拠しているのは、バトラーの『ジェンダー・トラブル』[1990=1999]におけるジェンダー論である。したがって、本稿が用いるジェンダーという語には、社会的・文化的な「性」のみならず、身体レベルでの「性」が含まれる。
    これまでの研究によって、スポーツによる/における「男/女」の構築や、それを支えるのが異性愛主義であることなどが明らかにされてきた。それらは日本のスポーツとジェンダー研究の大きな成果である。しかし一方で、本稿がとりあげた先行研究の検討から、それらが異性愛主義の問題性をいかに認識するかという点においていくつかの課題をもっていること、それゆえに、模索されているスポーツの変容の可能性においても、ある「限界」が内包されているということが明らかになった。
    そうした状況の乗り越えを図るために、以下の結論を示した。変容の可能性は、異性愛主義体制において「男/女」が構築されるときの「失敗」に見出せる。したがって、今後の研究に向けて想定され、日本のスポーツとジェンダー研究におけるもう一つの視角として提示されるのは、異性愛主義体制の「内部」からの「攪乱」である。そのような視角からの理論的検討は、スポーツによる/における「『男/女』の完璧な構築」プロセスでつねにすでに起きているはずの「失敗」を、あるいはその瞬間を、そして「失敗」を生みださずにはいられない体制の非本質性を、理論的に可視化して示してみせることになる。
  • 「女同士の絆」の意味と可能性
    阿部 潔
    スポーツとジェンダー研究
    2017年 15 巻 85-87
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/12/10
    ジャーナル オープンアクセス
  • 女性の軍隊経験の語りから
    澤口 右樹
    日本中東学会年報
    2019年 35 巻 2 号 33-70
    発行日: 2020/01/15
    公開日: 2021/03/31
    ジャーナル フリー
    This study analyzes the relationship between the Israel Defense Forces (IDF) and women. Institutional gender equality is being achieved in the IDF because of a universal conscription system, social networks developed by military personnel, and the cultural function of the IDF. The context of sexual minorities in contemporary Israel also influences the IDF’s gender structure. At the same time, the IDF maintains a male-dominated gender structure because of occupational limitations within the military, obstacles to obtaining civil leadership roles following military service, and gender-cultural beliefs. The IDF also faces unique complications, including the political context of the Israeli-Palestinian conflict and the influence of Jewish Orthodoxy. The Israeli-Palestinian conflict encourages the IDF to represent female soldiers as symbols of gender equality in order to obtain international legitimacy. Israel’s occupation policy of West Bank and Gaza Strip also undermines women’s status because the IDF sees male combatants as ideal soldiers. Stemming from Judaism, religious groups have caused the IDF to establish gender segregation. Finally, Judaism sometimes encourages women to join the military based on nationalistic motivations. This gender structure influences women’s gender norms. Through survey interviews with women who served in the IDF, military service was found to function as an opportunity for women’s empowerment. This study found differences in women’s sense of empowerment depending on their social class and occupation in the military. However, this article also points out that this empowerment was restricted by the military’s gender-dichotomous norms, in which “strength” is seen as masculine and “weakness” is viewed as feminine. These norms were reproduced in the women’s assumptions about members of sexual minorites. To conclude, the achievement of institutional gender equality in the IDF strengthens and reproduces existing gender norms in contemporary Israel.
  • 教育社会学・ジェンダー・フェミニズム
    中西 祐子, 堀 健志
    教育社会学研究
    1997年 61 巻 77-100
    発行日: 1997/10/15
    公開日: 2011/03/18
    ジャーナル フリー
    Studies on gender and education have become popular in the sociology of education in Japan recently. The purpose of this paper is to review the research from 1985 to 1995, and consider further studies on these issues.
    First, we provide an overview of the findings of the studies on gender and education during the 10 years to 1995. Studies on gender and education have been made mainly from the angle of educational and occupational attainment and female socialization. Research on the labor market, higher education, and secondary and primary education socializing processes and gender differences has been produced so far.
    Secondly, we analyze the discourse of the studies on gender and education. From the feminist of view, researches in this area so far could neither criticize the androcentrism of the sociology of education nor consider the voices of ‘women’ completely.
    Finally, we search for further researches from now on. Recently, new approaches (post-structural feminism) have been introduced in this area. Although we must not forget the importance of former approaches on gender and education, we should learn from the post-structural feminism how greatly we have ignored feminism so far. Since both approaches are needed and neither are complete, future studies on gender and education are expected to be made both using former approaches, and new approaches.
  • フェミニズムとジェンダー論
    北川 東子
    哲学
    2007年 2007 巻 58 号 45-60,18
    発行日: 2007/04/01
    公開日: 2009/07/23
    ジャーナル フリー
    Es is Judith Butlers Buch „Gender Trouble“ (1990), das der feministischen Philosophie eine neue diskursanalytische und machtkritische Dimension offnete. Mit Butler konnte sich die feministische Philosophic von der begrenzten Form der Philosophie fur Frauen befreien und zur Philosophic uber symbolische Unterdruckung and ihre machtpolitischen Konsequenzen entwickeln. Gleichzeitig hat aber „Gender Trouble” die Bedeutung der feministischen Philosophic auf eine allgemeine Theorie von Gender hin relativiert, indem es den begrifflichen Rahmen der feministischen Philosophie uberhaupt radikal in Frage gestellt hat. Vor allem hat Butler gezeigt, dass die Frau als Subjekt selber ein Produkt der symbolischen Macht ist, so dass jede Rede von Weiblichkeit bereits von der Machstruktur bestimmt ist, die gerade Weiblichkeit and Frauen unterdruckt. Mit dieser diskursanaly-tischen Wende scheint sich die feministische Philosophic in einer umfangreichen philoso-phischen Theorie von Gender als Performative aufzulosen. Die Betonung der weiblichen Perspektive und der weiblichen Erfahrugen soll demnach nicht mehr der methodische Ausgangspunkt der Gender Theorie sein. Bevor man aber mit dieser vorlaufigen Bestand-aufnahme der feministischen Philosophie ein Ende ankundigt, sollte man noch einmal genauer betrachten, wie das Verhaltnis zwischen der feministischen Philosophie mit ihrem politischen and sozialen Pathos and der philosophischen Gender Theorie im Sinne von Butler, die das Problem Gender vordergrundig als Diskurs-Politik und Performative an-sieht, zu verstehen ist. In meinem Aufsatz wird versucht, von gewissen gedanklichen Ansatzen der feministischen Philosophie, vor allem ihrer Frauen-Perspektive her ein Bild von der philosophischen Gender Theorie zu gewinnen, das die zwei scheinbar einander ausschließnde Kategorien“ Weiblichkeit und Gender” in einen synthetischen Zusammen-hang zu bringen vermag.
  • 石井 達朗
    舞踊學
    1998年 1998 巻 21 号 81
    発行日: 1998年
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
  • 教育とジェンダーをめぐる諸問題を中心に
    藤田 英典
    学術の動向
    2005年 10 巻 11 号 91-95
    発行日: 2005/11/01
    公開日: 2009/12/21
    ジャーナル フリー
  • オリンピックは人々の属性に対する規範の持続的な再考の場になり得るか
    來田 享子
    スポーツとジェンダー研究
    2020年 18 巻 43-44
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/09/30
    ジャーナル オープンアクセス
  • 飯田 貴子
    日本体育学会大会号
    2004年 55 巻 024K30004
    発行日: 2004/09/01
    公開日: 2017/08/25
    会議録・要旨集 フリー
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