【目的】上肢挙上運動は,肩甲骨と上腕骨の運動のみならず,体幹運動も共同して作用することが報告されている。甲斐ら(2009)は,健常成人における上肢挙上運動と脊柱彎曲角との関係について,150°挙上位以上で腰椎前彎に加えて胸椎後彎角が有意に減少することで,上肢挙上に胸腰椎が相互的に貢献することを明らかにした。また,高齢者を対象とした研究では,健常成人の結果と同様に胸椎後彎角は150°挙上位より有意に増加するが,腰椎前彎角は120°挙上位より有意な増加を示し,健常成人に比べ高齢者では上肢挙上運動に対する腰椎の貢献度が高いことを確認している。しかしながら,これまでの先行研究では,肩関節に既往疾患のない健常者の分析にとどまっており,
拘縮肩
における上肢挙上運動と脊柱彎曲角との関係は不明確である。そこで本研究では,
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における上肢挙上角と脊柱彎曲角(胸椎後彎角および腰椎前彎角)との関係について検討した。
【方法】対象は,
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患者22名(男性14名・女性8名,平均年齢70.8±9.2歳)の拘縮側(右14例,左8例)および健側とした。対象者の上肢自動挙上角は平均130.5±15.5°であり,自発痛や運動時痛を有するものは対象から除外した。測定肢位はいす座位とし,拘縮側および健側の上肢を矢状面上で挙上させた。測定は上肢下垂位,90°,120°,150°挙上位の4肢位とし,各上肢挙上角で上肢を静止させ,インデックス社製のスパイナルマウスを用いて胸椎後彎角および腰椎前彎角を測定した。今回分析に使用したのは,第1胸椎から第12胸椎までの上下椎体間がなす角度の総和である胸椎後彎角,第1腰椎から第5腰椎までの上下椎体間がなす角度の総和である腰椎前彎角である。それぞれ3回の測定から得られた平均値を胸椎後彎角および腰椎前彎角とした。なお,各測定順序はランダム化した。統計処理は,反復測定分散分析およびFisher PLSDによる多重比較検定を行い,危険率5%未満を有意差ありと判定した。
【説明と同意】対象者には研究の趣旨と内容,得られたデータは研究の目的以外には使用しないこと,および個人情報の漏洩に注意することについて説明し,理解を得た上で協力を求めた。また,研究への参加は自由意志であり,被験者にならなくても不利益にならないことを口答と書面で説明し,同意を得て研究を開始した。
【結果】拘縮側挙上時における胸椎後彎角の平均値(mean±SE)は,下垂位:36.8±2.2°,90°挙上位:35.0±2.5°,120°挙上位:34.6±2.2°,150°挙上位:31.0±2.0°であった。90°挙上位から150°挙上位の胸椎後彎角は,下垂位と比べて有意な減少を示した(p<0.05)。また,腰椎前彎角の平均値は,下垂位:11.8±2.1°,90°挙上位:14.0±2.1°,120°挙上位:14.4±2.1°,150°挙上位:18.0±2.2°であった。90°挙上位から150°挙上位の腰椎前彎角は,下垂位と比べて有意な増加を示した(p<0.05)。一方,健側挙上時における胸椎後彎角の平均値(mean±SE)は,下垂位:36.8±2.2°,90°挙上位:35.5±2.2°,120°挙上位:35.0±2.3°,150°挙上位:32.7±2.2°であった。120°挙上位と150°挙上位の胸椎後彎角は,下垂位と比べて有意な減少を示した(p<0.05)。また,腰椎前彎角の平均値は,下垂位:11.8±2.1°,90°挙上位:13.1±2.0°,120°挙上位:13.9±1.9°,150°挙上位:15.0±2.1°であった。120°挙上位と150°挙上位の腰椎前彎角は,下垂位と比べて有意な増加を示した(p<0.05)。
【考察】
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における上肢挙上時の脊柱彎曲角は,概ね90°挙上位までに肩甲骨の過度な回旋運動が起こり,90°を超えると肩甲骨に誘導され胸腰椎は強制的な伸展運動を強いられることが示された。一方,健側上肢挙上に伴う脊柱彎曲角は,120°挙上位以上で有意な胸椎後彎角の減少および腰椎前彎角の増加を示し,先行研究における健常成人や高齢者の結果と近似していた。すなわち,健側挙上時には胸腰椎の相互作用は比較的保たれることが示唆された。これらのことより,
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における上肢挙上運動と脊柱彎曲角との関係は,90°挙上位より胸腰椎の伸展運動が強制されること,過度な胸腰椎伸展運動は
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の結果として作用するものであり,胸腰椎は
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における上肢挙上制限の直接的影響要因とはならないことが推察された。
【理学療法学研究としての意義】
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に見られる過度な胸腰椎伸展運動は,肩運動制限の結果としてもたらされるものであり,上肢挙上に伴う胸腰椎の相互作用は肩甲上腕関節の可動性に依存する可能性がある。
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