Ajia Keizai
Online ISSN : 2434-0537
Print ISSN : 0002-2942
Bookcase
Bookcase: Yoko Hayami ed. Potentialities of Care in Southeast Asia: Practice of Life's Connectivities (in Japanese)
Sachiyo Ukigaya
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2020 Volume 61 Issue 2 Pages 95

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本書は,社会保障制度の整備や経済的基盤が先進国(欧米圏)と比べて「遅れている」とみなされてきた東南アジア地域でのケアのとらえ方やケア・ニーズに対処する方法を,先進国とは異なる歴史的諸条件や社会経済的背景を踏まえて理解するために編まれた本である。また,東アジアに位置し先進国のひとつである日本にとって,欧米圏からとは異なる視座を学ぶ好機となる書である。

近年,文化人類学の研究で「ケア」についての関心が急速に広まっている。これまで「ケア」という用語は先進国の用語として使われてきたことから,人類学が研究対象としてきた発展途上国(非欧米圏)では,特段「ケア」という用語を使わずに当該地域の「ケア」が意味するところを描き出してきた。それは,たとえば子育て,病人や老親の世話にみられるように,ローカルな社会で見出される「互酬性」や「贈与」,「相互扶助」として扱われる事象のことである。しかし,今日,発展途上国が国家政策として保健・医療・福祉の政策に取り組む際に,先進国の医療・福祉政策のパラダイムを参照することから,「ケア」という用語は制度・政策側からみれば当たり前の用語,むしろ国民に対して政策への理解と意識向上を促す用語となっている。とりわけ,先進国を追い越すほどの速さで高齢化が進行している東南アジア諸国では,「ケア」を制度・政策と暮らしの場から論じることはいまや不可欠なのである。本書はそうした課題に正面から取り組んでおり,そこに本書の意義がある。

本書は,序章,第Ⅰ部「グローバルとローカル制度と実践の展開」,第Ⅱ部「誰がケアするのか? 変わりゆく家族とケアの揺らぎ」,第Ⅲ部「移動し往還する人々とケアの広がり」,第Ⅳ部「間の新たなケア・イニシアティブ――コミュニティと宗教――」,そしてプロローグとエピローグ,コラムを加えた構成となっている。登場する国は,タイ,インドネシア,ベトナム,シンガポール,フィリピン,ラオス,カンボジアの7カ国である。東南アジアという地域を焦点化しつつ,国家間での違いもさることながら一国内の多様なケアの現場から,しかも質的な研究法(エスノグラフィック・アプローチ)による本書の報告は,これまで「東南アジア」として一括りにされてきた地域の文化的社会的状況が一枚岩ではなく,多様性と多層性に富み,さらには地域ごとにそれぞれの創造性を発揮している社会的現実を浮き彫りにしている。

本書の指摘で注目すべきは,ケアをめぐる制度・政策が整備される以前に,既に存在していた社会関係がケアの基盤となっているという点である。言い換えれば,ケアの基盤となる社会関係が当該地域社会には埋め込まれているという主張が,これまでの先進国中心のケアの在り方を改めて問う視点になる。編者の「地域社会に埋め込まれた社会関係」という抽象的な表現から,ともすれば地縁,血縁を基盤とする伝統的な家族や義務と責任を負荷するコミュニティに依拠する関係性を想像するかもしれない。もちろん,そうした側面もないわけではないが,本書で描かれているように,近年,出稼ぎや移民というグローバルな移動を前提に,世帯や州,国境を超えて緩やかなケアのネットワークが新たに生まれている。たとえば,独居高齢者は必ずしも孤立しているわけではなく,近隣に子どもがいたり,息子や娘が出稼ぎに行っているあいだ,孫と同居する事例が紹介されている。そこには,家族を基盤としたインフォーマルケアが成り立たないから,公的な制度・政策に依存し,フォーマルケアの充実を求めるという先進国にありがちな単線的な発想はない。

高齢者政策とケア論への本書の貢献は,政策というマクロな視点やグローバルな人,モノ,カネの動きという視点と,ローカルな暮らしの場のミクロな動態的変化の視点をあわせもつことである。つまり本書は,政策の側からのみみるのではなく,ローカルな現場に起きているミクロな現象を紐解くことで,制度・政策と現場のケア・ニーズのズレや矛盾を炙り出している。

 
© 2020 Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization
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