2012 Volume 29 Issue 2 Pages 118-121
腹腔鏡下手術のさらなる進化を求め,単孔式腹腔鏡手術の導入が試みられている。副腎は単孔式手術の比較的良い適応と考えられ,われわれの施設でも最初にその導入を開始した。2009年9月より2011年12月までに66例の単孔式腹腔鏡下副腎摘除術を施行した。対象疾患は原発性アルドステロン症27例,クッシング症候群6例,褐色細胞腫20例,その他13例であった。主に臍部にSILSTMポートを留置し,従来の経腹膜到達法の術式を踏襲した。左褐色細胞腫の初期2例で5mmポートを追加したが,全例で輸血や重篤な合併症なく完遂した。平均手術時間は全症例で133.4±47.0分(55〜308分)で,屈曲型鉗子など専用機器の特性を理解することで,ラーニングカーブの改善は短期間であると思われた。整容性の利点は明らかで,低侵襲性に関しては,少なくとも従来の腹腔鏡手術レベルを維持している。さらなる最適化が進むことで,本術式の普及が期待されるものである。
あらゆる腹部骨盤臓器に腹腔鏡手術が施行されるようになり,標準手術となっている。開創手術と比較して,疼痛や手術侵襲の軽減効果は明らかであり,入院期間短縮や早期社会復帰につながっている。当然,腹腔鏡下副腎摘除術でも様々な検討の蓄積から,第一選択術式として完全に定着している[1]。
近年,腹腔鏡手術のさらなる進化を求め,単孔式腹腔鏡手術(Laparoendoscopic single-site surgery:LESS surgery)の導入が試みられている。2〜3cm程度の単一創にマルチチャンネルポートを留置して行うものであり,美容上の利点と腹腔鏡手術のさらなる低侵襲化が期待されるものである。摘出臓器の大きさとしては,副腎は単孔式腹腔鏡手術の比較的良い適応と考えられることから,われわれもその導入を開始している。ここでは,われわれの単孔式腹腔鏡下副腎摘除術の経験を中心に検討を行ったので報告する。
2009年9月から2011年12月までに,副腎腫瘍66例に対して単孔式腹腔鏡下副腎摘除術を施行した。患者年齢は22歳〜78歳(平均52.0±12.3歳),男女各33例であった。患側は左42例,右24例,腫瘍径は6mm〜80mm(平均29.6±20.0mm)であった。疾患の内訳は原発性アルドステロン症27例,クッシング症候群6例,褐色細胞腫20例,その他13例であった。
単孔式腹腔鏡下副腎摘除術の症例
単孔式腹腔鏡手術のポートとしては,SILS portTM(Covidien社製)を中心に使用したが,初期の右副腎摘除術2例でQuad portTM(Olympus社製)を用いた。また,単孔式手術の必須機器として5mm径軟性腹腔鏡(LTF type VP, Olympus社製)と左手操作用にいくつかの屈曲型鉗子を用い,右手は通常の腹腔鏡手術で使用している吸引送水機能付きヘラ型電気メス(Opti4TM, Covidien社製)もしくは切開機能付きシーリングデバイスを用いて操作を行った。
患者は通常の腹腔鏡手術と同様,全身麻酔下に側臥位とし,主に臍部にマルチチャンネルポートを留置して経腹膜到達法による手術を行ったが,初期の4例では中鎖骨線上の上腹部にポートを留置した。術式は基本的に従来の腹腔鏡下副腎摘除術に準じ,左側症例では側方到達法,右側症例では前方到達法で必要に応じて2mmポートを追加した。副腎中心静脈は5mm径リガクリップもしくはシーリングデバイスで処理を行った。
すべての手術において重篤な合併症を認めることなく完遂し,輸血を必要とすることもなかった。ただし,初期の左側褐色細胞腫2例で当初より血圧の変動が著しく,安全のために5mmポートを追加し,従来の腹腔鏡手術に変更した。また,右副腎摘除術では,Quad portTMを使用した2例を除き,右上腹部に2mmポートを追加し,半ガーゼもしくはスポンジを把持した細径鉗子で肝臓を挙上した。
全体の手術時間は平均133.4±47.0分(55〜308分),気腹時間は平均99.2±44.4分(35〜273分)であった。左右では,左側が各132.9±46.5分(55〜243分)と98.1±41.9分(35〜205分),右側が134.2±48.7分(78〜308分)と101.2±49.3分(44〜273分)であった。疾患別の手術時間は,原発性アルドステロン症114.9±27.8分(72〜180分),クッシング症候群133.0±41.9分(86〜202分),褐色細胞腫151.3±58.3分(55〜308分)であった。出血量は最大でも200mlであり,66例中54例(81.8%)では計測限界以下であった。術後鎮痛剤は60%の症例で不要であった。(プレ)クッシング症候群ではステロイド補充療法で術後7日間の入院をルーチンとしたが,日常生活への復帰を目安とした術後の入院期間は中央値で5日であった。退院後,切開創部,全身状態を含め問題を認めた症例はなかった。
腹腔鏡手術は,疼痛軽減,出血量減少を始めとする低侵襲性や早期回復といった点で,開腹手術に対し明らかな優位性を示し,副腎摘除術においても腹腔鏡手術が標準手術となっている[1]。その導入より20年余りを経て,単孔式腹腔鏡下副腎摘除術という新たな試みが始まっている。以前より産婦人科領域や虫垂切除術などにおいて,低侵襲化を期待し単孔式手術が報告されていた[2,3]。近年,NOTES(Natural orifice transluminal endoscopic surgery)といった皮膚切開のない手術や超細径機器での手術が模索されているが,未だハードルは高く現実的なものとはなっていない[4]。こうした中マルチチャンネルポートの開発は,臍部からの切開痕がほとんど目立たない手術を可能とした。副腎摘除術を想定した場合,現時点で解剖学的に有効なnatural orificeがあるとは考えにくく,臍部からの単孔式腹腔鏡下副腎摘除術は低侵襲手術の進化型として現実的な方法と考えられる。われわれの施設では,腹腔鏡手術に熟練した術者が手術を担当し,単孔式腹腔鏡下副腎摘除術の導入を開始した。その結果は,従来の腹腔鏡手術と同様,輸血など重篤な合併症を認めることなく症例を蓄積することが出来ている。ただし,臍部からのアプローチでは体型や技術面で制限が大きいことも事実であり,初期の褐色細胞腫2例でポートを追加し,従来の腹腔鏡手術に変更した。また,高身長や肥満体型では術野までの距離が非常に遠くなり,手術の難易度が著しく上がることから[5],当初はポート位置を臍部のみに限定することなく適用を開始した。
手術時間に関しては,手術チーム全体でラーニングカーブが当然存在するわけで,開始時2倍程度の手術時間を要していた。しかし,急速な改善を示し,全体の平均では,単孔式腹腔鏡手術直前の症例と比較しても30分弱の手術時間延長に留まっており,疾患別にみれば,褐色細胞腫ではほぼ同様の手術時間になっている(表2)。術式の理解と適格な機器の使用によりラーニングカーブの克服は間もなくと考えられるが,臍部一つの切開創の閉創に30分程度と意外と時間をとられており,何らかの工夫が必要と思われる。また,従来の腹腔鏡手術と比較し,整容性に優れることは間違いなく,この部分での患者満足度は非常に高いが,鎮痛剤使用率や術後入院期間においては,従来の腹腔鏡手術と同等のレベルに留まっている。疼痛に関しては,腎癌や前立腺癌の単孔式腹腔鏡手術の経験において,皮切部位や皮切方向でやや異なるように感じており,今後の検討から改善の余地があるものと考えている。
単孔式腹腔鏡下副腎摘除術と従来の腹腔鏡下手術の比較
単孔式腹腔鏡手術を施行する上で,機器の選択は非常に重要で,必須といえる機器も存在する。単孔式多チャンネルポートは手術用手袋を使ったハンドメイドのものを始めとして多々存在する。それぞれに特徴があるが,われわれはSILS portTMを頻用している(図1)。SILS portTMは3チャンネル+気腹チューブという構造で,通常は専用の5mmポートを留置して操作を行い,必要時に1チャンネルを12(15)mmポートに変更できるようになっている。スポンジ状の本体は腹腔鏡手術における支点操作を行う上で操作性,耐久性に優れ,気密性も比較的良好である。留置も容易であり,通常3分以内に留置が完了する。また,通常操作中は5mmポートを使用し,必要時のみ太いポートを何度でも入れ替えることが出来るようになっていることは,操作スペース確保,機器相互干渉の回避に有用である。内視鏡と術者の操作機器で3チャンネルを使用するため,右側経腹膜到達法などでリトラクターが必要な場合には追加のトラクトが必要となる。われわれは,2mmポートから細径鉗子を挿入し,半ガーゼやスポンジを把持することによって,愛護的なリトラクターの代用としている(図2)。4チャンネルが可能なポートを使用した場合は屈曲型のスネークリトラクターを使用したが,操作スペースの制限がやや増すように思われた。術者の操作機器としては,相互干渉を避けるために何らかの屈曲型鉗子(Diamond FlexTM鉗子またはSILSTM鉗子)と通常の腹腔鏡手術に用いる吸引送水機能付きモノポーラ(Opti4TM)もしくはシーリングデバイスを使用した。鉗子はシャフトの屈曲部で組織をリトラクトしたり,組織を把持した手前の屈曲部空間を利用することで,機器の相互干渉を避け,操作空間を確保することが可能となる。また,片手操作が増えるため,操作用のエネルギーデバイスには切開機能を有することが重要となる。さらに,腹腔鏡に関しても,5mm径軟性腹腔鏡(LTF type VP, Olympus社製)を用いることで,術空間と良好な視野の両方を確保することが可能であった。
SILSTMポートを使用した単孔式腹腔鏡下副腎摘除術の外観
スポンジを把持した2mm鉗子と屈曲型鉗子(Diamond FlexTM)による術野展開
腹腔鏡手術に熟練した術者において,単孔式腹腔鏡下副腎摘除術を安全に導入することが可能であった。体型や疾患による難易度の理解は必要となるが,大部分の副腎腫瘍のサイズは単孔式手術に適したものであり,整容性のメリットは明らかである。低侵襲性に関しては,少なくとも従来の腹腔鏡手術のレベルを維持しており,臍部での皮切,閉創法を始めとする最適化が進むことで今後の普及が期待される。