Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
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Print ISSN : 2186-9545
Management of pheochromocytoma crisis
Go TanigawaSeiji Yamaguchi
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2014 Volume 32 Issue 1 Pages 29-33

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抄録

褐色細胞腫クリーゼはカテコラミン過剰放出により多彩な臨床像を呈し,発症急性期での診断が困難で,急激に全身状態が悪化しうるため適切な治療がなされなければ致死的となることもある内分泌緊急疾患である。急性期治療はまず薬物療法を行い,状態を安定させた後に手術による摘除を行う。薬物治療に抵抗性の場合は腫瘍切除が考慮されるが急性期の緊急手術はリスクが高く,治療成績向上のためには術前コントロールの成否が重要となる。当院では多臓器不全を合併した褐色細胞腫クリーゼを薬物療法に加え,持続血液透析濾過法(continuous hemodiafiltration;CHDF)によりカテコラミンを除去することで全身状態を改善させた後に待機的手術を施行し,救命しえた2例を経験した。いずれも手術による合併症を認めず,良好な経過をたどった。CHDFによる過剰なカテコラミン除去は内科的治療に抵抗する褐色細胞腫クリーゼの術前コントロールのための一つの有効な手段となりうる。

はじめに

褐色細胞腫クリーゼはカテコラミン過剰放出により多彩な臨床像を呈し,発症急性期での診断が困難であることや急激な全身状態の悪化により治療が遅れてしまうことがあり,しばしば致死的となる内分泌緊急疾患である。

褐色細胞腫の治療は内科的コントロールをつけた状態での腫瘍の外科的切除が第一選択であるが褐色細胞腫クリーゼにおいては薬物療法が無効である結果,悪化した全身状態での緊急手術を迫られる時がある。しかし緊急手術にはリスクも高く,その適応については未だ一定の見解を得ていないのが現状である[]。

われわれは褐色細胞腫クリーゼの中でも特に致死的な病態とされるpheochromocytoma multisystem crisis;PMCを2例経験した。いずれも緊急手術を検討もしたが薬物療法にカテコラミン除去目的の血液透析を併用することで全身状態を改善させた後に待機手術を施行し,良好な経過を得ることができた。これら2例の経験を文献的考察とともに褐色細胞腫クリーゼの対処法として解説する。

症例1

患 者:52歳・男性。

主 訴:動悸・呼吸困難。

既往歴:特記事項無し。

家族歴:特記事項無し。

現病歴:2012年6月頃より多量の発汗を自覚,7月になり動悸,呼吸困難出現したため近医受診。心エコー検査にて急性心不全を疑われ,当院に救急搬送となった。

入院時現症:血圧150/116mmHg,脈拍139回/分,体温36.0℃,意識清明。

入院時検査所見:血液検査所見を表1に示す。心電図では洞性頻脈,心エコー検査では左室のびまん性壁運動低下を認めEFは35%と低下しており,肝腎機能異常,心不全と多臓器不全の状態を呈していた。

表1.

入院時検査所見

画像検査:第3病日の腹部CTにて左副腎に内部不均一な7cm大の副腎腫瘍を認めた(図1a,b)。

図1.

症例1(a,b):腹部単純CTにて内部不均一な左副腎腫瘍を認める。

症例2(c,d):腹部造影CTにて中心部に石灰化を伴い,内部不均一な左副腎腫瘍を認める。

入院後経過図2):入院後すぐに不穏出現し,呼吸状態悪化により気管内挿管,第2病日には39℃の発熱を認め,その後EFは23%とさらに低下,血液検査所見でも肝,腎機能のさらなる悪化を認めた。CTの結果により左褐色細胞腫によるクリーゼと診断,血中・尿中カテコラミンの異常高値も後日判明(表1)。

図2.

臨床経過(上)症例1,(下)症例2

いずれの症例もα遮断薬に加え,CHDFを併用し,多臓器不全を改善させ,手術を施行した。

褐色細胞腫クリーゼが疑われた時点でメシル酸フェントラミンに加え,ドキサゾシンを開始し,増量を行った。β遮断薬としてプロプラノロールも適宜投与した。腎機能改善とカテコラミン除去目的にCHDFと血液透析(hemodialysis;HD)を施行した。透析療法により循環動態は安定したが中止すると不安定になった。徐々に全身状態は改善を認め,第22病日には抜管,第29病日に開腹下左副腎摘除術を施行。病理組織検査にて褐色細胞腫と診断。術後は良好に経過し,現在外来通院中である。

症例2

患 者:30歳・女性。

主 訴:腹痛・呼吸困難。

既往歴:特記事項無し。

家族歴:特記事項無し。

現病歴:2012年12月,突然の腹痛が出現し,近医受診。その後呼吸困難が出現し,他院へ搬送。CTにて左副腎腫瘍を認め褐色細胞腫疑われるも,呼吸循環状態悪化したため褐色細胞腫クリーゼによる急性心不全コントロール目的に人工呼吸管理下に当院に転送。

入院時現症:血圧90/69mmHg,脈拍130回/分,体温40.0℃。

入院時検査所見:血液検査所見を表1に示す。心電図では洞性頻脈,胸部X線写真では肺うっ血を認め,心エコー検査では左室のびまん性壁運動低下を認めEFは15%と著明に低下しており,肝腎機能異常,心不全と多臓器不全の状態を呈していた。

画像所見:径12cmの内部不均一な副腎腫瘍を認めた(図1c,d)。

入院後経過図2):入院6時間後に心室細動から心停止に至り,心肺蘇生施行,循環維持目的に経皮的心肺補助装置(percutaneous cardiopulmonary support;PCPS)による循環補助を開始,後負荷軽減目的に大動脈内バルーンパンピング(intra aortic balloon pumping;IABP)も留置。肝機能も第2病日にはAST 6,764 IU/L,ALT 3,216 IU/Lと悪化するなど多臓器不全の進行を認めた。カテコラミンによる血管収縮とPCPS導入の影響と考えられる右下肢虚血を認め,CKも最高165,540 IU/Lと高値を示した。

メシル酸フェントラミン,プロプラノロールを投与したうえで症例1の経験から入院後可及的早期にCHDFを導入した。徐々に呼吸循環状態は改善し,第7病日にはPCPSを離脱,第14病日に抜管。第29病日に開腹下左副腎摘除術を施行し,病理組織検査にて褐色細胞腫と診断。周術期合併症は認めなかったものの下肢虚血による運動障害のリハビリを必要とし,第164病日に退院となった。いずれの症例においても術中操作により血圧,脈拍の変動を認めたがα遮断薬,β遮断薬にてコントロール容易で,摘出後使用したカテコラミンもすぐに減量可能であったため術中術後の循環管理が難渋するということはなかった。

まとめ

褐色細胞腫クリーゼは外傷,手術などのストレス時や,誘因薬剤投与時(ドーパミン拮抗薬・βブロッカー単独投与・三環系抗うつ薬など)に異常高血圧としてみられることが多く,急性腹症や急性肺水腫,致死性不整脈の発生や,心筋梗塞類似の胸痛,心不全がみられ,心原性ショックを伴うことも少なくない上に急激な悪化を認め,致命的となることもしばしばみられる。

治療開始時には急性発症し,呼吸循環状態の悪化を認めていることが多いためその改善が最初の治療となる。薬剤としては経静脈的α遮断薬であるメシル酸フェントラミン,さらには経口α遮断薬であるドキサゾシンの投与が行われる。その他カルシウム遮断薬や硝酸薬,頻脈を合併した場合にはβ遮断薬の投与も必要となる。これら薬物療法により全身状態を安定させた後に腫瘍の外科的切除が理想的である。しかし褐色細胞腫クリーゼの中にはその重篤さから薬物療法だけではなく生命維持管理装置を用いてなお死に至る症例が存在する。

Newellらは褐色細胞腫によるカテコラミンクリーゼの中でも⑴多臓器不全,⑵重篤な血圧異常(高血圧もしくは低血圧),⑶高熱,⑷脳症の4徴を伴うものをPMCとして定義づけた[]。PMCは多彩な臨床像により急性期での診断が困難な場合も多く,薬物療法のみでは循環動態の改善が得られない場合も多い。表213]に過去のPMC報告例の一覧を示す。外科的切除を行わなかった症例は全て死亡しており,外科的切除の重要性が再確認される。薬剤抵抗性の場合は緊急摘出も考慮されるがそのような全身状態不良時における緊急手術は極めてリスクが高いため,その実施には判断が難しく,手術時期については一定の見解が得られていない。

表2.

PMC報告例

UchidaらやBosらは緊急手術による治療が奏効した症例を報告している一方[,],Scholtenらは褐色細胞腫クリーゼに対して緊急手術群と待機手術群を比較すると,緊急手術施行群では合併症の発生率が明らかに高くなり緊急手術は避けるべきであるとしている[]。Müllerらもcardiac crisisを伴う褐色細胞腫にて緊急手術群(4例)と待機手術群(9例)を比較すると緊急手術群が合併症発生率75%,死亡率25%であったのに対し待機手術群ではいずれも0%であったと報告している[14]。またWhitelawらも過去の報告例から褐色細胞腫クリーゼにショックを伴うような症例ではIABP,体外式膜型人工肺(extracorporeal membrane oxygenation;ECMO)などの補助循環装置を用いながら内科的コントロールがつくまで手術は待機すべきであると報告している[15]。以上のことより重篤な褐色細胞腫クリーゼの治療成績向上のためには急性期をいかに克服し,手術を施行するかが重要になると考えられる。そこでわれわれは褐色細胞腫クリーゼにおける術前コントロール法として透析によるカテコラミン除去の可能性と有用性について注目した。

カテコラミンは透析により除去されるとの報告が散見される[1617],がHiramatsuらは褐色細胞腫患者の透析例においては軽度のカテコラミン濃度の減少が認められるのみあり,褐色細胞腫においてはカテコラミンが分泌され,カテコラミン濃度が低下しない可能性があるとも報告している[18]。そこでCHDFであれば持続的にカテコラミンを除去することが可能となり,褐色細胞腫に有効である可能性がある。実際に褐色細胞腫クリーゼに対してCHDFが有効であったとの報告もある[19]。

自験例でのカテコラミン濃度の推移とCHDFの関係を図3に示した。CHDFによりカテコラミン濃度は低下し,症例1ではCHDFの休止に伴い,カテコラミン濃度の再上昇が確認できる。症例2では症例1の経験からCHDFの期間を長くとったが第3病日のCHDF一時離脱時のカテコラミンは低値であり,すでにカテコラミンの大量産生が終了していた可能性がある。

図3.

カテコラミン濃度推移

CHDFによりカテコラミン濃度の低下を認める。

以上のことから薬物治療に抵抗する褐色細胞腫クリーゼの症例にCHDFは循環動態の安定に有効であり,結果的に安全な待機手術を可能にしうる手段であると考えられる。

おわりに

褐色細胞腫クリーゼは重篤な例では多臓器不全も伴い,適切な診断,治療がなされなければ死に至ることもある病態である。急性期の緊急手術はリスクが高く,充分な内科的治療によって全身状態を安定させ,待機的に手術を施行することが良好な治療結果のために重要である。CHDFによる過剰なカテコラミン除去は薬物治療に抵抗する褐色細胞腫クリーゼの術前コントロールのための一つの有効な手段となりうる。

【文 献】
 

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