Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Management for postoperative bleeding after thyroid and parathyroid surgery
Wataru KitagawaKiminori SuginoNana NikaidoMasumi AmanoYumi OosimaMidori IshizawaMitsuji NagahamaKoichi Ito
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2019 Volume 36 Issue 2 Pages 74-78

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抄録

甲状腺・副甲状腺手術の術後出血は,その対応を誤ると稀に死亡事故を起こす極めて重大な合併症である。甲状腺専門病院での術後出血に対する取り組みを紹介する。

術後出血時の初期対応は,不用意な挿管を避け開創することを優先することが重要である。また,看護部のスタッフ教育として病棟看護師が頸部腫脹を的確に判定し対応できるように,看護部では,看護師のスキル調査をしてレベルの向上を目指している。術後出血に実際に遭遇する看護師は少数であるので,手術介助トレーニング,DVD教育ビデオを通して術後出血時のイメージトレーニングも行っている。また,病棟でいつでもスムーズに躊躇せず開創ができるように,病棟に救急カートとは別に病棟開創カートを準備している。医師と看護師が術後出血は初期対応を誤ると死亡事故につながるという共通の認識を持ち,連携することが重要である。

はじめに

1999年から2000年に起こった医療過誤事件を契機に2001年に厚生労働省に医療安全推進室が設置され,医療安全対策検討会議が開催された。現在ではどの施設でも医療安全への意識が高まっている。医療の質を向上させ,医療安全を目指すことは医療に携わるものにとって当然の使命であり,各施設で手術合併症を極力控えた安全な手術を行う体制が整っていることが望まれる。

甲状腺・副甲状腺手術は比較的安全に施行され入院期間も短いが,時に術後出血が致命的な結果をもたらすことがある。2014年,日本医療安全調査機構から医療安全情報の警鐘事例として「甲状腺術後の気道閉塞のリスク管理」が報告されている[]。これには術後出血で挿管困難なときは,即座に手術創を開創することの重要性を提起している。

甲状腺・副甲状腺手術の術後出血頻度は単施設で1,000症例以上の検討を行った報告では0.3~1.2%と比較的少ないが[],術後出血は対応を誤ると稀に死亡事故を起こす重大な合併症のひとつである。伊藤病院は1937年開設の甲状腺疾患専門病院であり,入院患者は甲状腺・副甲状腺疾患に特化しており,術後管理を主に混合病棟で行う大学病院などとの違いがあると思われるが,今回,当院での術後出血の頻度と術後出血に対する対応について紹介する。

1.術後出血の頻度

2012年1月から2016年12月に気管皮膚瘻造設術,切開排膿術を除外した甲状腺・副甲状腺手術 9,408例の検討で,術後出血例は119例1.26%であった[]。

危険因子として年齢,性別,BMI,術式別,疾患別,手術時間,術中のデバイス使用で検討したが,女性に較べ男性に多い以外有意差はなかった。手術終了から止血術開始までの時間を図1に示した。再開創までの時間は,術後12時間以内が84.0%,術後24時間以内が95.8%を占めていた。

図1.

手術終了から止血術開始までの時間の分布

術後出血のうち,極めて緊急性が高く病棟で開創した症例は,今回の検討では6例(5%)を占めていた。その詳細を表1に示した。術後病棟開創までの時間は手術終了後1時間30分から10時間40分と多岐にわたるが,手術終了時間によっては病棟開創時間が夜間や早朝となっている。症例2は,術後出血によって病棟で意識消失,呼吸停止がおこり,病棟での緊急開創で救命できた症例である。

表1.

病棟開創症例(2012~2016年)

2.術後の管理と再手術

2007年に名古屋大学医学部附属病院が提唱した頸部術後管理ガイドライン[]を基に,当院も甲状腺術後の出血に対して早期に対処し救命することを目的に「頸部術後管理マニュアル」を作成し対応している。頸部腫脹の有無と頸部聴診での狭窄音のあるなしで,4判定にわけて緊急開創をするか決定する。

日勤帯の再手術は手術分担担当医が医師の配置を決め,通常全身麻酔下で再手術を行う。夜間帯の再手術は当院では,麻酔科常勤医師がいないので,主に局所麻酔で当直医を含め3名の外科医師で手術を行っている(図2)。

図2.

夜間のオンコール体制

3.看護部での対応

1)病棟看護師のスキルアップ

術後の創部腫脹の発見は,医師より看護師が第一に発見することが極めて多いと考えられる。このため,病棟看護師が頸部腫脹を的確に判定し,上席の看護師や医師への報告ができるかが問題となる。当院看護部では年2回,病棟看護スタッフのスキル調査を行っているので,その一部を紹介する。「創部の腫脹,出血があるとき,医師に報告できるか」の調査を示した(表2)。評価は0点(わからない,勉強したことがないレベル)から4点(この業務が他者に指導できるレベル)の5段階評価で判定している。病棟経験3年以上と3年未満,手術室経験ありなし,器械出し研修ありなしで分けると病棟経験3年以上,手術室経験あり,器械出し研修ありで創部腫脹の報告が速やかにできるとの結果であった。術後出血は早期発見・早期対応が第一であり病棟看護師の対応が重要となるため,病棟看護師のスキル調査をしてレベルの向上を目指すことは重要となる。

表2.

創部腫脹・出血がある時に医師に報告ができるかのスキル調査

2)病棟看護師の手術介助トレーニング

当院では手術室看護師は当直せず,オンコール体制をとっている。通常4名の看護師で夜勤体制をとっているが,緊急手術時は2名の病棟看護師が手術対応する。手術室オンコール看護師に代わり,病棟看護師が器械出しをするため(図2),病棟看護師の手術室研修が行われている。手術室オンコール看護師は,病院到着後病棟看護師が行っている手術外回り看護師と交代する。

看護部で行われた病棟看護師への手術研修に対するアンケート調査の結果を図3に示した。対象は2018年1月に病棟看護師であった20名で内訳は手術室未経験者8名,手術室経験者12名である。「再手術のイメージが手術室研修でできたか」の問いには,手術室未経験者では全くできない25%,あまりできていない38%で合計63%ができていないのに対し,手術室経験者では大いにできた17%,まあできた58%で合計75%が再手術のイメージトレーニングができたとの結果であった。

図3.

病棟看護師への手術研修アンケート調査結果

「再手術に対応できたか」の問いに対しては,手術室未経験者の75%はあまりできていないとの結果であったが,手術室経験者は対応できた(まあできた+おおいにできた)が100%であった。今後も手術室研修の継続の重要性が考えられる。看護部では,夜勤体制4名中2名は手術室経験者など,夜間緊急手術にも対応可能な看護師を考慮した配置をしている。

3)病棟開創への対応

①DVD教育ビデオ

術後出血に実際遭遇する看護師は,術後出血の頻度から考えると少数である。このため看護部が中心となり診療部とともに病棟開創と術後再手術に対応するDVD教育ビデオを作製し,適宜病棟看護師が聴講しイメージトレーニングを行っている。

②病棟開創カート

当院では緊急カートとは別に病棟に緊急開創カート(別称Reopeカート)を準備しており,病棟開創時は緊急カートと共に緊急開創カートで対応している。緊急開創カートには,通常の止血セット機材のほか気管切開の準備備品などがコンパクトにまとめられている。再手術症例に関しては後日,診療部と看護部と合同で術後出血対応の再検討を行い,対応の問題点を洗い出し緊急開創カート内の備品の見直しも適宜行っている。

考 察

甲状腺・副甲状腺手術の術後出血はその対応を誤ると稀に死亡事故を起こす極めて重大な合併症であり,死亡率は後出血症例の0.6~1.3%と報告されている[,,]。当院の後出血頻度は1.26%で死亡例はなかったが,病棟緊急開創症例のなかで1例,病棟で意識消失,呼吸停止がおこり,緊急開創にて救命できた症例を経験している。この症例は,術後出血の発症が18時50分,病棟開創は19時に行われている。この時間帯はまだ医師が多数待機していた時間であり,3名の医師で対応可能であった。しかし,夜間の発症では場合によっては対応が難しかった症例と考えられる。

出血に関する危険因子としては男性,高齢,肥満,手術術式,再手術症例,バセドウ病,抗凝固薬の使用などがあげられているが[,,],当院の検討では性別が後出血の危険因子であった[]。

術後出血の予防には,十分な止血操作を伴う手術を行うことはいうまでもないが,閉創時には術後出血の可能性が多い部位を再確認し,Valsalva法による出血部位の確認を行っている。麻酔の抜管時は咳や嘔吐を避け,もしこのような症状があれば注意深く観察を行うことや術後の高血圧を避けることが報告されている[]。

日本医療安全調査機構からの警鐘事例「甲状腺術後の気道閉塞のリスク管理」[]で提示されている症例は,バセドウ病の甲状腺亜全摘術後12時間後,後出血のため経口的気管挿管を試みたが,口腔内・喉頭の浮腫が著明で経口気管挿管ができなかった症例である。その後手術創を開創して気管切開による気道確保まで約30分を要したため,患者が低酸素脳症となったと報告している。術後出血時,気管挿管の繰り返しは喉頭浮腫を造悪させるので避け,挿管困難なときは即座に手術創を開創することの重要性を提起している。

当院のような甲状腺疾患専門病院では病棟は甲状腺・副甲状腺疾患の患者のみであり,術後出血発症の緊急時は甲状腺を専門とする医師と看護師のみで対応できるので,病棟での開創はスムーズに躊躇せずできる環境にある。甲状腺手術を多数施行している総合病院でも,術後出血時,局所麻酔下で直ちに開創,ドレナージを行うことでクリニカルパス通りに退院可能と報告している[]。

しかし,大学病院などの混合病棟での術後出血時は,患者の専門的な知識を有していない当直医師や緊急呼出医師がまず気管挿管を試みることは起こりうる。また,担当科以外の緊急呼出医師が頸部の術後管理ガイドラインがあったとしても,そのガイドラインにそって他科の患者の緊急開創を決断することの困難さが指摘されている[]。全摘以上の手術症例は,常勤麻酔科が24時間体制でベッドサイド管理を実施するICUに入室することで,術後出血などの合併症の早期発見に努めている病院もある[]。

外科医であれば術後出血を限りなく少なくする細心の注意を払って手術をしていることはいうまでもないが,術後出血の発症をなくすことは困難であろう。最も大事なことは,術後出血時に患者の初期対応を誤らないことである。それには,医師および看護師が協力して注意深く頸部を観察し,頸部腫脹を早期に発見し対応すること,不用意な挿管は避け開創することを優先することが重要である。

医師と看護師が術後出血は初期対応を誤ると死亡事故につながるという共通の認識を持ち,連携することが重要である。更に病棟開創が躊躇せずできる緊急開創カートの準備などの環境整備をすることや病棟看護師の手術室介助研修やDVDなどによる術後出血のイメージトレーニングは,術後出血対応で重篤な状況になるのを避ける極めて有用な方法であると考えている。

結 語

当院の術後出血の頻度およびその対応について紹介した。術後出血は稀に死亡事故を起こす重大な合併症であり,医療安全の面から医師,看護師とも日々術後出血に対して早期に適切な対応ができるように準備することが必要である。

【文 献】
 

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