肥満は糖尿病を含め,多くの疾患を引き起こす危険因子である。1975年以降3倍近い増加の傾向を示しており,発症原因として食生活をはじめとする生活習慣病の他,遺伝的な要因の関与が知られてきた。本研究では,肥満脆弱性の個人差に及ぼす影響を明らかにするために,4つのSNP(ADRB3(rs4994),HTR2A(rs6311およびrs6313),およびNOS1(rs2682826)に着目し,日本人在住の9名の肥満被検者(BMI ≥ 25)と非肥満被検者51名(BMI < 25)の間で多型の頻度の違いを比較した。なお,遺伝子型の判定にはPCR-RFLP法を用いた。解析の結果,各SNPの多型頻度および対立遺伝子頻度は肥満群と対照群の間に有意な差は認められなかった。また,遺伝子多型の組み合わせによる解析においても関連性は認められなかった。したがってHTR2A(rs6311, rs6313),ADRB3(rs4994)およびNOS1(rs2682826)遺伝子多型は肥満を引き起こすリスクファクターである可能性は低いことが示された。
Obesity is a risk factor for many diseases, including diabetes mellitus, the incidence of which has nearly tripled since 1975, and is known to be caused by dietary and other lifestyle-related diseases as well as genetic factors. In this study, to elucidate the effects of genetic factors on individual differences in obesity vulnerability, I focused on four SNPs, including functional polymorphisms of ADRB3 (rs4994), HTR2A (rs6311, rs6313), and NOS1 (rs2682826), and compared the differences in the frequencies of these polymorphisms between nine obese subjects (BMI ≥ 25) and 51 non-obese subjects (BMI < 25) living in a Japanese prefecture. There was no significant difference in the allelic frequency of each SNP between the obese and non-obese groups. In addition, analysis of the combinations of gene polymorphisms showed that they were not associated with the risk of diabetes. Therefore, ADRB3 (rs4994), HTR2A (rs6311, rs6313), and NOS1 (rs2682826) gene SNPs do not appear to be risk factors for obesity.
肥満は糖尿病や高血圧,心血管疾患など多くの疾患を引き起こすリスクファクターである。WHOの報告では世界的な肥満は1975年以来3倍近くに増えており,2016年には18歳以上の成人の19億人が過体重であり,その内6億5千万人以上が肥満であるとされた(成人の過体重と肥満はそれぞれBMI ≥ 25,BMI ≥ 30と定義されている)1)。日本では,日本肥満学会が定めた基準2)であるBMI ≥ 25を肥満としており,肥満度を表す体格指数であるBMI(ボディ・マス指数)は体重(kg)÷身長(m)2で求められる。肥満は多因子慢性疾患であり環境的,社会的,行動的,生理学的,代謝的,分子的など様々な要因の相互作用の影響によって発症し,遺伝子的要因によっても左右される3)。遺伝子的要因ではエネルギー代謝に関与する遺伝子(倹約遺伝子)として,β3アドレナリン受容体(β3AR)や脱共役蛋白質(UCP),アドレナリン受容体β2(β2AR)における遺伝子変異が着目され,肥満との関連が報告されてきた4)。本研究の目的は肥満関連遺伝子の探索を行うことであり,3つの遺伝子(ADRB3, HTR2A, NOS1)に着目した。
β3ARはノルエピネフリン対して強い親和性を示し,脂肪細胞の脂肪分解に関与する受容体であり,ヒトにおいては消化管や脂肪などの代謝にかかわる組織で機能をしている5)。β3ARをコードする遺伝子としてADRB3が存在する。その遺伝子(ADRB3)の代表的なSNPとしては64位のトリプトファンがアルギニンに置き換わる190 T>C(rs4994)が知られており,この変異のホモ保有者はBMIが有意に高いことが報告されている6)。セロトニン受容体の一つである5HT2ARは,統合失調症の治療薬として用いられる非定型精神病薬の作用部位として知られており,その有効性と錐体外路系の副作用の軽減に関与することが示唆されている7),8)。その遺伝子多型(HTR2A)にはA1438G(rs6311)やT102C(rs6313)などが知られており,それぞれイントロンにおける変異と同義突然変異ではあるが,メキシコ人における摂食障害9)や統合失調症10)との関連性が報告されており,遺伝子多型と疾患の関連が示唆されている。nNOS(NOS1)は一酸化窒素合成酵素であるNOSのアイソザイムの1つであり,L-アルギニンから一酸化窒素(NO)を合成する働きをもつ。Dashtabiら11)の研究ではL-アルギニンの摂取は生化学的な脂質レベルやBMIの減少に有意な関連を示しており,この調節が肥満に影響を及ぼす可能性が考えられる。以上のことから,ADRB3遺伝子(rs4994),HTR2A遺伝子(rs6311, rs6313),NOS1遺伝子(rs2682826)多型に着目し,それぞれの遺伝子型の判定結果をもとに肥満(BMI)との関連について検討を行った。
麻布大学ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理審査委員会の承諾(麻大学術第2359号)を得てインフォームドコンセントが得られた日本人60名(男性32名,女性28名)から採血を行い,DNAの抽出・精製を行った。また,日本肥満学会が定めた基準2)に従ってBMI ≥ 25の被験者を肥満群とし,BMI < 25の者は対照群として2つの群に分類した。遺伝子型の判定には全てPolymerase Chain Reaction-Restriction Fragment Length Polymorphism(PCR-RFLP)法を用いた。なお,ADRB3遺伝子多型(rs4994)についてはClémentらの方法12)に従い,制限酵素Mva Iを用いて判定を行った。HTR2A遺伝子多型(rs6311, rs6313)についてはCollierら13)およびWarrenら14)に従い,制限酵素MspIを用いた。NOS1(rs2682826)遺伝子多型については,Leungらの方法15)に従い,制限酵素はPmlIを用いた。遺伝子多型におけるHardy-Weinberg equilibrium(HWE)はχ2検定にて確認を行い,統計解析にはy-stat201816)を用いて肥満群と対照群間における頻度の比較を行い,遺伝子多型頻度にはフィッシャーの正確確率検定,アレル頻度の解析にはYatesの補正を用いたχ2検定を行った。また,連鎖不平衡(LD)解析にはHaploview Ver. 4.217)を使用し,エピスタシス解析にはgPLINK ver. 2.05018)を使用した。なおp < 0.05を統計学的有意差ありとした。
各PCR産物の制限酵素処理後の電気泳動パターンをFigure 1–4に示す。また,遺伝子多型の頻度および統計結果をTable 1に示した。肥満群ではADRB3遺伝子多型(rs4994)における,Cアレルホモ保有者は確認されなかった。各遺伝子多型における頻度の差の解析結果として,肥満群と対照群との間で各遺伝子型の頻度に有意差は認められなかった。また,アレル頻度の差の解析おいても同様に有意差は認められなかった。Table 2にエピスタシス解析の結果を示す。なおHTR2A遺伝子における2多型(rs6311, rs6313)の連鎖不平衡(LD)解析を行ったところ,連鎖不平衡の指標値はD' = 1.0,r2 = 0.97でありほぼ完全な連鎖不平衡を示した。従って,エピスタシス解析ではHTR2A遺伝子のrs6311のみを用いた。解析結果より,ADRB3(rs4994),HTR2A(rs6311),NOS1(rs2682826)遺伝子多型3つを含めたすべてのSNPにおいて有意な遺伝子間の相互作用は認められなかった。また,遺伝子型頻度並びにアレル頻度の比較解析を男女別においても行ったが,有意な関連は認められなかった(p > 0.05)。なおすべての多型においてHardy-Weinberg平衡からの有意な逸脱は認められなかった(p > 0.05)。
Lane 1, 100 bp DNA ladder marker. Lane 2, PCR product. Lane 3, T/T. Lane 4, T/C. Lane 5, C/C.
Lane 1, 100 bp DNA ladder marker. Lane 2, PCR product. Lane 3, A/A. Lane 4, A/G. Lane 5, G/G.
Lane 1, 100 bp DNA ladder marker. Lane 2, PCR product. Lane 3, T/T. Lane 4, T/C. Lane 5, C/C.
Lane 1, 2 T/T. Lane 3, 4 C/T. Lane 5, 6 C/C. Lane 7, 100 bp DNA ladder marker.
Gene | rsID | Suject | n | Genotype (%) | Allele | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
ADRB3 | rs4994 | T/T | T/C | C/C | T | C | ||
BMI ≥ 25 | 9 | 5 (56) | 4 (44) | 0 (0) | 14 | 4 | ||
control | 51 | 28 (55) | 21 (41) | 2 (4) | 77 | 25 | ||
p | 0.89 | 0.93 | ||||||
NOS1 | rs2682826 | T/T | T/C | C/C | T | C | ||
BMI ≥ 25 | 9 | 4 (44) | 3 (33) | 2 (22) | 11 | 7 | ||
control | 51 | 25 (49) | 20 (39) | 6 (12) | 70 | 32 | ||
p | 0.95 | 0.72 | ||||||
HTR2A | rs6311 | A/A | A/G | G/G | A | G | ||
BMI ≥ 25 | 9 | 4 (44) | 4 (44) | 1 (11) | 12 | 6 | ||
control | 51 | 16 (31) | 26 (51) | 9 (18) | 58 | 44 | ||
p | 0.95 | 0.60 | ||||||
rs6313 | T/T | T/C | C/C | T | C | |||
BMI ≥ 25 | 9 | 4 (44) | 4 (44) | 1 (11) | 12 | 6 | ||
control | 51 | 16 (31) | 27 (53) | 8 (16) | 59 | 43 | ||
p | 0.94 | 0.66 |
CHR1 | GENE | SNP1 | CHR2 | GENE | SNP2 | OR_INT | STAT | p |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
8 | ADRB3 | rs4994 | 12 | NOS1 | rs2682826 | 0.33 | 1.36 | 0.24 |
8 | ADRB3 | rs4994 | 13 | HTR2A | rs6311 | 2.83 | 1.40 | 0.24 |
12 | NOS1 | rs2682826 | 13 | HTR2A | rs6311 | 0.73 | 0.18 | 0.67 |
肥満は生活習慣,環境要因,遺伝的な要因が重なり合って引き起こされると考えられており,遺伝的な要因として,エネルギーの消費量を調節する倹約遺伝子が注目されてきた4)。ADRB3はその一つとして考えられており,近年のサウジアラビア人を対象とした肥満との関連研究においては,過体重および肥満の被験者はADRB3(rs4994)遺伝子多型における64Arg保有者が多く,脂質に関する生化学的パラメータが高値であることが報告されている19)。さらに日本人を対象とした研究においてもβ3ARのArg変異をホモ接合体で保有している者はBMIが有意に高いとの報告がされており6),ADRB3遺伝子多型が肥満に影響を与える可能性が示唆されている。一方Nagaseら20)の男性を対象とした研究においては関連性が認められておらず,一貫したデータは得られていない。本研究においても,ADRB3(rs4994)と肥満群の間には関連性は認められず,肥満の基準や性別がその要因として影響している可能性がある。セロトニン(5-ヒドロキシトリプタミン;5HT)は中枢神経において体温,呼吸や循環調節,感情調節,及び高次の精神機能を調節しており,神経伝達物質だけでなく,摂食に関する機能を有する21)。過去の研究では,セロトニン受容体のひとつである5HT2ARにおける遺伝子多型が日本人の摂食障害との関連性があることが報告されており,多型による影響が示唆されている22)。また,統合失調症の治療薬である非定型抗精神病薬は定型抗精神病薬と比較し錐体外路系の副作用(ESP)や内分泌系副作用を誘発しにくいことが知られているが,長期投薬治療における高血糖症や高脂血症を引き起こすことが報告されており23),非定型抗精神病薬はドーパミンD2受容体よりもセロトニン受容体(5HT2AR)に対する親和性が高いことが示唆されている24)。またHTR2AにおけるT102C(rs6313)多型は同義突然変異であるため,コードされるアミノ酸配列には違いはないものの,Arranzら25)は非定型精神病薬であるクロザピン反応性に影響を与えることを報告している。本研究ではHTR2A遺伝子多型rs6311およびrs6313に着目したが,肥満との関連性は認められなかった。同遺伝子多型に着目したKochetovaらの研究26)でも同様に,HTR2A(rs6311, rs6313)とBMIとの関連性を認めなかったことから,本研究は肥満関連遺伝子ではないことを支持する結果となった。しかしながら,Kochetovaら26)は男女別解析では男性のみでHTR2A(rs6311)とBMIとの関連性があることを報告しており,性別による違いが生じている。本研究においても男女別の解析を行ったが,肥満群との関連性は認めなられなかった。NOS1(rs2682826)遺伝子多型では,本研究では肥満との関連を認めなかった。なおParkら27)の研究では同一遺伝子における他のSNP間において肥満の感受性への影響を報告している。最期に遺伝子間相互作用を調べるためのエピスタシス解析を行ったが,対象とした3つのSNP間においては有意な差は見られず,肥満への影響を与える可能性が低いことを示した。
本研究では遺伝子多型とBMIにより分類された肥満群との関連を調査するため,遺伝子多型およびアレル頻度の差の比較解析,遺伝子間相互作用を調べるエピスタシス解析を行ったが,すべてにおいて肥満との関連性を認めなかった。またADRB3(rs4994)については同じ人種間においても一貫したデータが得られておらず,本研究はサンプルサイズが小さいために関連性を検出するための統計学的出力がなかった可能性も考えられるため,結果の解釈には注意が必要である。また,肥満は単一の遺伝子によって引き起こされるものではないため,環境要因を含めた様々なリスクファクターや遺伝子間相互作用を考慮した研究が必要である。今後はサンプル数を増やし,年齢や性別を考慮した解析を行う必要があり,それに加えて他の倹約遺伝子を含めた組み合わせの解析を行うとともにBMI以外の生化学的データを用いてより詳細な関連性について検討を行う必要があると考える。
遺伝子多型解析から個人の遺伝的背景を検討し,複数の遺伝子多型の組み合わせからおおよその客観的な傾向がつかめれば,その知見はテイラーメイド医療として診断や治療に有用と思われる。また,体重増加の予防や肥満が引き金となる糖尿病や高血圧,心疾患のリスクを低下させることは,治療による医療費を減少させるとともに,患者のquality of life(QOL)の向上をさせることができる。本研究はそのようなテイラーメイド治療構築の一助となることを目的としさらなる調査研究を目指すものである。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。