Journal of Information Processing and Management
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Opinion
Patent information and its exploitation by Indian Patent Office
Akiyoshi IMAURA
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2014 Volume 57 Issue 8 Pages 579-583

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IT大国,特許情報で面目躍如

2014年9月8日,インド・デリーにおいて,特許局の新ビルディングの落成式が華々しく行われた。招待客の1人として私も出席したこの式典において,種々の新たな取り組みも公表された。中でもその目玉は,「Stock and Flow」という新システム注1)である。

インターネットからアクセスするこのシステムは,特許出願が,出願から,審査,登録へと進む各段階別に,案件が何件たまっているか(Stock),また,所定期間内に,次の段階に何件進んだか(Flow)をつぶさに把握でき,案件リストや個別案件の書類もリンクをたどることで入手可能という,IT大国インドならではの,他国に例を見ないユニークな取り組みである(1)。

図1 STOCK AND FLOW

インド特許局が提供する特許情報は,これだけにとどまらない。インドでは,特許は出願後に「審査請求」を行わなければ特許局は審査に着手しない。とはいえ審査請求をすれば,すぐにその結果が送られてくるわけではなく,順番待ちの期間が存在し,インドでは,この期間が長期化し大きな問題となっている。そこで,特許局では,今審査を行っている案件がいつ審査請求されたものであるかを同局のWebサイトで公開している注2)。「現在,○年○月請求分をやっています」というのを公に宣言しているわけである。さらに,宣言している月よりも3月以上前に審査請求しているのに,まだ特許局から審査報告書が届いていない場合には,同Webサイトから催促できる機能まで付いている。JETROの行った調査では,この「3月以上前」に該当する案件が少なからず存在することが確認されており,出願人・代理人におかれては,ぜひこの情報と自身の案件とを逐次確認されることを勧めたい。

また,同Webサイトでは,実際に審査報告書(First Examination Report: FER)が何件出たか注3),特許査定,拒絶査定といった最終処分が何件なされたか注4),などという情報も取りまとめて公表されている。これらは,特許局からの書類の発送と同時にリアルタイムで情報が反映されるのだから驚きである。

2013年6月以降,わずか1年半の間にこれらの取り組みが矢継ぎ早に実施され,「インド特許の運用状況がわからない」と言われたのも,今は昔。今では,ガラス張りの透明性を確保しているのである。

特許庁が4つ?

インドがこれほどまでに情報開示に積極的なのには,それなりの理由がある。なんと,インドには,特許庁が4つもあるのである。広大な国土を有するインドならではだが,正確には,コルカタ,デリー,ムンバイ,チェンナイの4都市に特許本局,または特許支局がある。そして,それぞれが土地管轄権を有しており,出願人や代理人の居住地により出願すべき本支局が決まり,それぞれの本支局で,出願受理,審査,登録が行われている。したがって,各本支局ともそこに配属された審査担当官ですべての技術分野をカバーしているのである。ちなみに,いったん登録が認められれば,その効力はインド全土に及ぶから,そこは,ひとまず安心である。

さらに,各本支局内には,それぞれ,電気・電子,機械,化学,バイオテクノロジーと4つの技術分野に基づく審査グループが設けられている。4つの本支局にそれぞれ4つの技術分野で計16グループが存在する中,特許局には,審査着手時期や審査結果に乖離(かいり)が出ないよう,管理・監督する責任がある。審査遅延が深刻になる中,特定の管轄地が極端に有利/不利になっていないか,国の機関として,国民,制度利用者に対し説明責任を負っているのである。

特に,インドでは,RTI(Right To Information)という強力な情報開示制度があり,特許局にも多くの開示請求がなされている。それに逐一答えるよりも,出せる情報は出してしまおうという戦略である。

なお,これらは,生の情報では実態を把握しづらいため,JETROでは毎月これらを図表形式で取りまとめ,Webサイトに公開している注5)23)。これを見ると,審査請求をしてから,最初の審査報告書が発行されるまで,2年半から6年ほど待たなければならない。また,同じ技術分野であっても,特許となる割合はオフィスごとに違うこともわかる。

図2 特許審査の進捗状況(2014年9月1日現在)
図3 特許・拒絶査定率(2014年4月~8月)

今後は,これに加えて,各段階のストックの状況がつぶさにわかるようになるので,発明の実施時期を見据え,いつ審査請求をすべきか,といった企業戦略も立てやすくなるであろう。

実は,このJETROでまとめている資料は,インドの長官の求めに応じ,英訳のうえ,毎月インド特許局に提供している。日本特許庁では,こういったデータを使って審査の進捗管理や品質管理に役立てていることを伝えたところ,インド側は高い関心を示しており,早速統計担当官の選任を検討するという。日本特許庁は,インドを含む各国における知財環境整備のため,外国特許庁との協力を推進しており,ここにも,日本とインドとが協力していく新たな分野を切り開くことができそうである。

業績評価への積極活用

こうして,特許局の運用状況が明らかになる中,産業界の次なる関心事としては,「現状はわかったけど,実際審査はきちんとやってるの? 今後はどうなるの?」ということに移っていくであろう。絶対的なマンパワー不足は否めず,審査待ち案件数は増加の一途をたどっているが,第12期5か年計画では,666名の特許局職員の増員が決まっている。なお,審査官は定員割れしており,このための100名規模の新規採用も近く行われる予定である。こうした取り組みを経て,数年後には新規採用審査官は独り立ちし,将来的にインド特許局のパフォーマンスも向上するであろう。ただし,ビジネスの世界は待ったなし。喫緊の状況の打開には,現有勢力の奮起に頼らざるをえまい。

4月26日は「世界知的所有権の日」と定められており,世界各国で知的財産に関するイベントが行われる。ここインドでも,インド工業連盟(Confederation of Indian Industry: CII)とインド特許意匠商標総局(Controller General of Patents, Designs and Trade Marks: CGPDTM)との共催により「インドIPアワード」の授与式が執り行われた。この賞は,特許や商標,研究開発などのカテゴリーごとに優秀な企業や個人を表彰するものである。

会場に到着すると,インド特許局のなじみの面々が前方のテーブルを占拠している。こういったセミナーでは顔を見ることのない彼らが,土曜日の夕方にもかかわらず,なぜここにいるのか。会場は立ち見も出るほどの大にぎわいであり,サクラ要員とも考えられない。

粛々と進んだ会も中盤に差し掛かったそのとき,長官からおもむろに,今年は,インド特許意匠商標総局の審査担当官も表彰するとの発表がなされる。IPアワードの受賞者4者に対し,インド特許意匠商標総局側の表彰は実に11名。インドでは,審査報告書を作成する「審査官」と,その決裁を行う「審査管理官」がいるので,4つの技術分野別に審査官・審査管理官を表彰すると,それだけで4×2の8カテゴリーになり,商標と併せ,11カテゴリーで表彰が行われたのである注6)

唐突に行われた本表彰であるが,実はこの裏には,日本特許庁とインド特許局との長年にわたる協力関係がある。特に本件でいえば,2010年以降,国際審査官協議として,特許審査官を毎年インドに派遣していることがその背景にある。このプログラムは,互いの審査手法について情報交換を行うことで相互理解を増進することにより,互いの審査結果の活用を進めることを主目的にしつつ,互いのベストプラクティスを学びあい,各庁の運用を改善していくことも目指している。

何を隠そう,私は,審査官として,また,弊所出向後はオブザーバーとして,日印間でただ1人,第1回からの全協議に参加している。その中でほぼ必ず出る話題が,「審査官の評価および処遇」である。

特許審査官の業績を評価せよ,と言われても,その尺度は人によってさまざまであろう。より多くの案件を審査した方がよいのはもちろんであるが,内容も伴わなければ意味がない。また,一口に「審査の量」といっても,特許審査官の業務は実に奥が深いもので,審査する出願種別だけでも,国内特許出願のほか,PCT(Patent Cooperation Treaty)国際出願の国際調査など,多岐にわたっている。種別によりその業務負担が異なるため,わが国では,とりわけ「量」の部分については,それぞれをポイント化し,積算していく手法がとられている。

これをインド側に伝えたところ,2013年度に早速導入し,さらには,賞まで与えるという念の入れようである。実際,その効果はてきめんであり,2013年度の審査実績は,最初の審査報告書の送付件数が前年度比約50%増の18,306件,最終処分件数も前年度比30%増の11,672件に上がっている。2011年度に採用した新人審査官約140名が研修を終えて実務を開始した効果ももちろんあろうが,新人審査官が担当しない最終処分件数も増加していることを考えると,古参の審査担当官にも大きな刺激となったことは間違いないであろう。2014年度についても,昨年度の実績を上回るペースで審査が進められている。

日印の協力がこうして1つ,2つと形になっていくことで,よりよい知財環境・基盤整備の実現を目指していきたい。

信賞必罰もインド流

実は,このインド版業績評価には後日談がある。あの日表彰されたのは,皆10年以上特許局に勤めるベテラン職員であり,2011年度に採用された新人職員は一見蚊帳の外である。まだ研修中の身であり対象外なのかと思いきや,発表されないことにこそ,インドの本質が隠されていた。インド特許局幹部いわく,「あのイベントでは言わなかったが,実は新人審査官の評価も行ったんだ。上位10名は希望する本支局に異動させ,下位の者はそこを補充するために異動させた」。

なんと,ベテラン職員よりもよっぽど手厚い,もしくは手厳しい賞罰が用意されているではないか。特許の本支局のある4都市は,それぞれ文字も言語も人種も文化も異なり,インド人にとっては「まるで違う国」という認識のようだ。もっとも,外国人で生来鈍感な私にとっては,どこに行っても結局は「インド」なのだが。それはさておき,家族との生活を大事にするインド人にとって,これがどれほどのインパクトをもつのか,核家族化が進んだ日本人の想像の範囲を超えていることは確かであろう。

おわりに

許認可関係ではとかく手続きが遅く,“インド=悠久の時の流れる国”というイメージをネガティブにとらえる方もいらっしゃると思うが,このように,進むべきはどんどんドラスティックに進めていく一面をもつのもまた,インドである。

今回は,インド特許局の視点から特許情報の活用に焦点を絞ったが,特許情報は,そのユーザーたる産業界が積極的に活用すべきものである。紙面の都合上,今回は紹介できなかったが,インド特許局はIPAIRSという検索機能を有する特許情報データベースも提供している注7)

9月1日に日印首脳により発表された日印共同声明において,日印投資促進パートナーシップが表明され,今後5年以内に日本の対印直接投資とインドに進出する日系企業数を倍増するという目標が設定されている注8)。今後ますます重要度が増すインドにおいて,ビジネス活動の源泉である知的財産を適切に保護・活用していくためにも,産業界には,インド知的財産情報の積極活用が,今求められている。

執筆者略歴

今浦 陽恵(いまうら あきよし)

1999年,特許庁に入庁。2003年,審査官昇任(特許審査第一部ナノ物理)。特許審査業務に携わる傍ら,経済産業省模倣品対策・通商室,文部科学省原子力関係在外研究員(ミシガン大学),特許庁国際課を経て,2012年8月から現職(知的財産権部長)。インドをはじめ,南アジア,中東地域の知的財産に関する情報収集等に従事している。

本文の注
注1)  http://ipindiaservices.gov.in/stockandflow/

注2)  http://ipindiaservices.gov.in/rqstatus/

注3)  http://ipindiaservices.gov.in/ferstatus/

注4)  http://ipindiaservices.gov.in/disposal/

注5)  http://www.jetro.go.jp/world/asia/in/ip/#statistics

注6)  https://www.jetro.go.jp/world/asia/in/ip/pdf/news_20140502.pdf

注7)  http://ipindiaonline.gov.in/patentsearch/search/index.aspx

注8)  http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000050478.pdf

 
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