Journal of Information Processing and Management
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Meeting
MyData Japan 2017
Ayako KATOKazushi ISHIGAKI
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2017 Volume 60 Issue 5 Pages 354-358

Details

開催情報

  • 日程   2017年5月19日(金)
  • 場所   秋葉原コンベンションホール(東京都千代田区)
  • 主催   オープン・ナレッジ・ファウンデーション・ジャパン(OKJP)
  • 共催   国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM),東京大学空間情報科学研究センター,東京大学ソーシャルICT研究センター,東京大学情報基盤センター,慶應義塾大学先導研究センター サイバーセキュリティ研究センター
  • 後援   高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部,総務省,経済産業省,日本経済団体連合会,産業競争力懇談会(COCN),理化学研究所 革新知能統合研究センター(AIP)

1. はじめに

AIやIoT技術の活用が期待される中,その前提となるデータ流通への関心が高まっている。特に,個人情報よりも広い概念であるパーソナルデータは,21世紀のニューオイルと呼ばれ1),産業振興やイノベーションの創出,社会変革実現(Society 5.0など)への活用が展望されている。

従来,パーソナルデータは事業者によって収集・活用されてきたが,目的外利用や匿名加工されていない形での第三者提供を行うには,事業者はその都度本人の同意を得る必要があり,そのハードルが高かった。一方で,消費者にとっては本人のあずかり知らぬところでデータが利用されることに対する不安が大きかった。こうした状況が日本の事業者のデータ活用を躊躇(ちゅうちょ)させていることから「プライバシーとイノベーションの両立」が大きな課題であった。

この問題を解決するため,事業者が収集したパーソナルデータについて,個人の意思(自己情報コントロール)に基づいてその流通と利活用を可能にする仕組み,すなわち「個人主導のデータ流通」が提唱され,産学官で集中的に議論が行われてきた。そして,IT総合戦略本部のデータ流通環境整備検討会AI,IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ「中間とりまとめ」(2017年3月)2)には,個人の関与の下でデータ流通・活用を進める仕組みとしてPersonal Data Store(PDS),情報銀行,データ取引市場が有効であると明記されるに至った。

「MyData」のコンセプトは,個人本人の同意の下でのデータ流通である。この実現に向けて,ヘルシンキで開催されたMyData 2016注1)に日本から参加したメンバーが有志で企画したのが今回のMyData Japan 2017注2)である。MyData 2016の主催団体の一つがOpen Knowledge Finlandであったことから,本シンポジウムの主催はOpen Knowledge Japan(OKJP)が務めた。

2. シンポジウム概要

本シンポジウム(1)は午前と午後のセッションで,18名の登壇があった。以下,いくつかの登壇をハイライトしながらシンポジウム内容を報告する。

(1) MyDataのビジョンと昨今の情勢,官民データの活用に係る政府の取り組み

まず,初めのセッションでは,Open Knowledge Japan代表理事の庄司昌彦氏から開会挨拶があった。続いてOpening Keynoteでは柴崎亮介氏(東京大学)がパーソナルデータを自分自身や人のために役立てるという概念を説明した。中川裕志氏(東京大学/理化学研究所)からはEU・米国・日本のデータ保護法制の説明とMyData 2016の報告があった。

中川氏によると,EUでは万能な匿名化手法は存在しないとされ,パーソナルデータの流通には(1)事業者の説明責任,(2)データ主体の同意,の2つが重要であるとされる。日本の法律は,世界の潮流である「忘れられる権利」「プロファイリングの自動処理で得られた結果に服さなくてよい権利」「追跡拒否権」にのっとっていない。米国のIT企業(いわゆるGAFA注3))によるパーソナルデータの収奪に対して,EUが「人権」を盾にEU一般データ保護規則(GDPR)をもって反撃している構図があるが,大きな課題の一つに産業育成が挙げられる。個人が同意して提出するパーソナルデータは,推定処理したプロファイル情報よりも正確かつ最新である点で,産業面で有用であろうことが説明された。

次に,山路栄作氏(内閣官房)から官民データの活用に係る政府の取り組みが説明されたうえで,続く基調講演において,平井たくや氏(衆議院議員)より官民データ活用推進基本法に基づく「デジタル・ニッポン2017」の提言内容が説明された。

平井氏によると,日本の労働生産性とGDP上昇を目指して今後,行政手続きの棚卸しを行い,対面・書面の原則を撤廃し,行政効率の向上を図るという。マイナンバー制度は,国がオンラインで本人確認を行う画期的なシステムであるが,それがまだ十分に理解されていない。マイナンバーカードは,たとえば「自分のレセプトデータにアクセスしてください」という意思表示カードとしての機能も果たしうる。官民データ活用推進基本法は「原則デジタル」を掲げているが,人にやさしいIT社会を実現するために,人々が助け合いながらIT利用を促進する仕組みも構築したいとの考えが示された。

(2) 個人主導のデータ流通の事例紹介

個人本人の同意の下,複数事業者で各個人のデータを共有・連携する試みは,すでにいくつかのプロジェクトで実証段階に入っている。「事例:おもてなし,ヘルスケア」のセッションでは,まず,総務省,経産省それぞれの「おもてなし」の事例が紹介された。越塚登氏(YRPユビキタス・ネットワーキング研究所/東京大学)によると,訪日外国人にとって見ず知らずの国である日本で,個人情報を預けることには不安感があるという。「おもてなし」の本質とは,万人向けではなく各個人の多様性に即したサービスを提供することである。森健広氏(大日本印刷)からは,複数事業者による業界横断型のデータ流通基盤の仕組みとして,共通IDによるひもづけ,および,登録情報の管理・活用方法,データの標準化の現状が説明された。

次に,橋田浩一氏(東京大学)から自律分散協調の思想に由来するPDSの説明があった。そのうえで,PDSを実現するツールの一つであるPersonal Life Repository (PLR)の医療介護分野での実証状況が報告された。さらに,個人を軸にしたデータ流通は,情報インフラが普及した先進国よりもむしろ新興国においていち早く進展する可能性があるとの指摘があった。インドの「IndiaStackプロジェクト」では公的個人認証システムのAadhaarにすでに11億人が登録済みであり,銀行のみならず多くのサービスをAPIで公開してすべてオンラインで決済可能にする方針がある。カンボジアでも中央銀行が暗号通貨の導入を検討している。個人認証,オープンAPI,分散PDS,意味構造化データなど技術的要件が整えば,スマートソサエティーの基盤が実現されるであろうと指摘された。

玉木悠氏(徳島大学病院)からは医療従事者の立場から,患者の本人同意の取得・管理の難しさが指摘された。患者本人が「自分が何に同意したのか」がわかるよう「確認された本人意思を,本人に返してあげること」,そして,それを本人が管理できるようにすることこそが重要である。現状の同意取得手続きの煩雑さ・難解さに対して,PLRのようなツールが普及すれば,逐条的な同意可否などの個別対応や,より細やかな意思表示が可能になると言及があった。

(3) 個人主導のデータ流通に係る展望と課題

「展望と課題」のセッションでは,さまざまな切り口の登壇があった。ラウル・アリキヴィ氏(Planetway/日本・エストニア/EUデジタルソサエティ推進協議会)によると,エストニアでは多くの行政手続きはオンラインで行われる。異なるデータベース群はX-ROAD経由でセキュアに連携されている。エストニアの元首相がEUのデジタル政策担当を務めているため,今後EUはエストニアの電子政府の政策を踏襲するのではないかとの見通しが述べられた。

庄司昌彦氏(国際大学GLOCOM/OKJP)からは,パーソナルデータは社会資源である前に「私」にとっての資源であるべきではないかとの問題提起がなされた。さまざまな側面で個人化が進展する社会にあって,パーソナルデータが個人をエンパワーし,「私たち」にとっての資源となるような社会をつくっていくべきであるとの見解が示された。

筆者(石垣)は,社会的課題の解決において自助・公助だけでは限界があり,多様な市民の社会参加(互助,共助)が必要であるとして,「地域系PDS」の必要性を強調した。地域系PDSは,市民,データ提供事業者,データ活用事業者から成るマルチサイド・プラットフォームが想定される。ここでは市民の意識醸成と,社会・経済的側面での事業者間の協調を進め,「私たち」の生活や未来を形成していきたいとの考えを示した。

寺田真治氏(オプト/慶應義塾大学SFC研究所)からはオンライン広告でのパーソナルデータの扱いについて説明があった。アドテクを用いた広告出稿では,出稿側とメディア側とを自動的にマッチングするData Management Platform(DMP)が存在する。米国にはデータブローカーが存在し,法的枠組みやマルチステークホルダープロセスの中で,彼らが個人情報を集約している。寺田氏からは,広告分野では個別の同意取得が困難であるため,米国で導入されている行為規制とトラストフレームワークの構築,データのトレーサビリティー確保が今後日本でも必要になるだろうと指摘された。

図1 シンポジウムの様子

3. パネルディスカッション

最終セッションでは,モデレーターの若目田光生氏(日本電気)の司会進行でパネルディスカッションが行われた。事業者,メディア,消費者,法制面のそれぞれ異なるステークホルダー5名の登壇内容の一部を以下に紹介する。

(1) Society 5.0に向けた社会基盤づくり

高原勇氏(トヨタ自動車/筑波大学)からは自動車の自動運転技術による社会計測の試みが紹介された。自動車の走行は,エンジンの始動から終動まで,すべての操作情報がリアルタイムで遠隔で取得・記録できるようになってきており,個人情報の秘匿性が担保できるようになれば,たとえば「移動分散電源」としての自動車のデータを用いて低燃費運転支援や燃費困難地域への対応を図ることができると考えられている。ここでは,どのような社会をつくるのか,先を見据えた議論が重要であることが強調された。

(2) 銀行APIの公開,ユーザー起点の価値創造

瀧俊雄氏(マネーフォワード)からはFinTech関連の指摘があった。EUの決済サービス指令では,金融データのポータビリティー確保が指示されているが,日本の銀行はそれに先駆けてAPIを公開しており世界の中でも独自の進化を遂げている。同社は,顧客のIDとパスワードを預かりWebスクレイピングによって各金融機関の形式の異なるデータを収集している点で,ある種の標準化を行っている。業界慣習的に用いられているデータ形式の標準化については,同社のようなプレーヤーが率先して担うべきかもしれないとの見解が述べられた。さらに,個人のデータは一様な解釈が難しいため,大量のデータを用いて深層学習するだけでは顧客満足の高いサービスが出来上がるわけではないこと,オンライン家計簿の自動分類ルールではユーザー自身による分類が最も説得力をもつことなどが指摘された。

(3) データ利活用を報じるメディアの立場

市嶋洋平氏(日経BP)からは,個人に便益のあるデータ利活用の事例が複数報告された。たとえば顔認識技術の導入は,非難の対象になりやすい一方で,コンサートの入場管理に用いられたケースでは反発がほとんど上がらなかったことに触れ,入場時の混雑解消といった利便性が見いだせれば,個人がパーソナルデータを提供することへの抵抗感も低減するのではないかと指摘された。また,個人情報に関する報道の難しさについて,データを扱う事業者と報道側がそれぞれ知識を身に付け,かつ,複数の専門家の意見を得る必要性が指摘された。

(4) 消費者団体の立場

津田大介氏(インターネットユーザー協会)からは消費者団体の立場で,データの利用に関しては個人が詳細を選択できることが最重要であり,「原則オプトイン」にすべきであるとの指摘があった。「だまし討ち」のようなデータの取得や利用目的の変更は,信頼を損ねるだけでなく,パーソナルデータの利活用そのものを萎縮させる。事業者には負担であっても利用目的の明確化・限定化・わかりやすい告知・丁寧な説明こそが結果的に産業振興につながるとの考えが示された。また,プライバシー教育の必要性,フィルターバブルに対する懸念,プライバシーは人権であるとの言及もなされた。

(5) 法制面の視点

板倉陽一郎氏(弁護士/理化学研究所)からは,政府によるルール形成には時間を要するため,公正取引委員会が行っているような事前相談窓口を整備して,走りながら判例法的に積み上げていくべきだとの見解が示された。苦情処理は相談員に高度な知識が求められる。相談窓口の入り口で滞ることを防ぐため,この点はコストを掛けてでも準備する必要があることが強調された。また,板倉氏によると,データポータビリティーの議論は出発点が競争政策ではなくデータ保護であるため,市場の観点が欠如したままルールが形成されつつある。データポータビリティーはベンダーのロックインを低減させるようにみえるが,潤沢な資金のない事業者にとっては参入障壁となり,結果的に消費者の効用を下げると主に米国の論文で指摘されている。したがって,データポータビリティーの推進は,消費者にとってはコストに跳ね返ってくる可能性があるだろうとの考えが示された。

4. シンポジウムの反響および当日の様子

シンポジウム当日は開催時間の10時30分から18時まで,400席の会場はほぼ満席であった。参加者の顔ぶれには企業,大学の他,行政や市民などもあった。会場に隣接するスペースでは協賛社らのパネル展示があり,盛況であった(2)。

本シンポジウムは有志メンバーによる手作りのイベントであったが,最終的に計17の企業・団体から協賛を得,IT総合戦略本部,総務省,経産省,経団連,産業競争力懇談会(COCN),理研AIPから後援を得たことからも,本テーマに対する社会からの高い関心がうかがわれた。

図2 パネル展示会場の様子

5. おわりに

本シンポジウムは,産学官で議論されてきた個人主導のデータ流通について日本国内の一般向けに説明する初めての大規模な機会であった。閉会挨拶では企画者の一人である柴崎亮介氏から,2018年度もMyData Japan 2018を開催する意向が示された。

個人主導のデータ流通(MyData)の考え方は,日本の社会の発展や産業競争力向上には不可欠である。今後,多くの実務家・研究者らを巻き込み,活動を展開していくことが望まれる。

(文教大学 加藤綾子,富士通研究所 石垣一司)

本文の注
注1)  MyData 2016:http://mydata2016.org/

注2)  MyData Japan 2017:http://www.glocom.ac.jp/events/2349

注3)  GAFAとは,Google,Apple,Facebook,Amazonに代表される米国の超巨大プラットフォーム企業を指す呼称である。

参考文献
 
© 2017 Japan Science and Technology Agency
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