Japan Journal of Human Resource Management
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Book Review
MIYASHITA, Kiyoshi "White-Collar Qualifications"
Shinichiro HIZUME
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2018 Volume 19 Issue 2 Pages 25-27

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『働き方改革をすすめる「ホワイトカラー資格」』,宮下 清 著;中央経済社,2018年1月,A5判・216頁

平成30年6月,第196回通常国会にて,いわゆる「働き方改革関連法」が成立した。審議が急ピッチで進められたこともあり,企業等の人事や労務管理の担当者は,今日その対応におわれている。そのため,「働き方改革」というキーワードをタイトルに掲げる本書は,研究者のみならず,多くの実務家の関心も集める書籍となるのではないだろうか。

一般的に「働き方改革」というと,テレワーク(在宅勤務など)や高プロ(高度プロフェッショナル制度)といった多様な働き方や労働時間の短縮など,人材不足や働き過ぎといった人材活用に関する問題の短期的な解消といった側面が注目される。しかし,本書のアプローチは異なる。本書は,人材活用の前提となる人材の能力の蓄積といった側面にも着目して,今日の労働問題を中長期的に解消しようとしているとも言えるのではないだろうか。

本書で,労働問題の解消の鍵として提起されているのが,「ホワイトカラー資格」である。「ホワイトカラー資格」とは筆者の使用している呼称である。企業などで働くホワイトカラーを対象として,その職務能力を社会的あるいは公的に評価・認定する資格を指す。現状での具体例として,中央職業能力開発協会(JAVADA)が実施するビジネス・キャリア検定,MBAなどのビジネス系の学位資格が挙げられている。ただし,今後より整備された形の資格を指す場合にも使用されている。

なお,本書は,筆者がこれまでに発表してきた研究成果を中心に据え,それに新たに執筆した章を加え,これまでの研究活動を総括している。それでは,本書の構成ならびに各章の議論の内容を確認していく。

序章では,まず「ホワイトカラー資格」の今後のあり方を提示することを本書の主な目的とすることを述べている。次にこれまでの日本企業におけるホワイトカラーに対する雇用慣行が概観され,ホワイトカラーの職務能力を社会的に評価・認定するような「資格」が機能する土壌が育まれてこなかった経緯とこれまでの雇用慣行が変化することで,「ホワイトカラー資格」の重要性が高まりつつある現状が問題意識として論じられている。そのうえで,本書の構成とそれぞれの章で取り上げる課題を紹介している。

第1章は,序章に続き本書のイントロダクションとなる章である。まずホワイトカラーの概念について整理されている。次に,ホワイトカラーが職務を通じて身につける専門性と資格の現状と課題について論じられている。ともすると,ホワイトカラーに専門性はなく,資格とすることは困難と思われがちであるが,そうではない。まずは,各職務のテクニカル・スキルに着目すれば,資格を検討することが可能であるという方向性が示されている。そして現状での「ホワイトカラー資格」の実例として,ビジネス・キャリア検定やMBAが紹介されている。そのうえで,「ホワイトカラー資格」を今後さらに整備していくことの意義が主張されている。

第2章では,主に公的資格の取得が能力開発や昇進・昇格につながるという理論モデルの検討がなされている。具体的には,ビジネス・キャリア検定を取り上げ,情報システム企業4社へのヒアリングを通じての検証である。その結果,ビジネス・キャリア検定の取得は,能力開発にはつながるものの,昇進・昇格とは十分なつながりを持つまでには至っていないことが確認されている。そしてビジネス・キャリア検定が社会的な認知を得るまでには,まだ時間を要することが指摘されている。

第3章では,主に営業職が職務を通じて身につける専門性と資格について検討がなされている。具体的には,営業職の専門性,その育成方法とビジネス・キャリア検定や販売士などの資格の活用の実態について,日系・米系自動車販売会社各2社(のちに日系・独系へのフォロー調査を実施)へのヒアリング調査がおこなわれている。その結果,営業関連知識などを活用し,顧客との高度なコミュニケーションと信頼関係構築を可能とする能力が営業職の専門性として明らかにされているものの,その育成は,現状OJT中心であり,資格への関心は高くないことが確認されている。しかし,日本の販売会社において営業の検定試験はある程度浸透していることも確認されている。これは専門性の確立が進捗しているとも解釈可能であり,営業職においても資格の意義がうかがえることが指摘されている。

第4章では,主に外資系企業と日本企業の比較を通じて,職務における専門性に対する認識の違いが検討されている。具体的には,米系・日本自動車企業各2社で働く中間管理職計31名に対して,インタビューと質問票による調査を実施し,外資系企業では,職務において専門性が重視されるという仮説の検証がおこなわれている。その結果,仮説を支持することが確認されている。そのうえで,日本企業での職務と育成のあり方に関する事項が提言されている。

第5章では,主に日・米の「ホワイトカラー資格」について国際比較がなされている。具体的には,日本のビジネス・キャリア検定のうち「人事・人材開発・労務管理」と米国人材マネジメント協会(SHRM)の「人事プロ検定(PRH等)」を取り上げ,それぞれの資格の歴史的経緯,内容や浸透度についての比較である。その結果,資格の内容に共通性がみられるものの,資格を運営する組織の成り立ちや社会での浸透度について大きな違いがあることが確認された。そのうえで,日本において「ホワイトカラー資格」が本格的に活用されるまでに時間がかかることを指摘する一方で,ホワイトカラー資格の効用についても論じ,長期的かつ政策的な取り組みが必要であることが主張されている。

第6章では,主に日・米・英のMBA等のビジネス系学位資格の社会的な評価について国際比較がなされている。具体的には,日・米・英の大卒ホワイトカラー各400名への質問票による調査を実施し,ビジネス系の学位資格に関する社会的評価の高さは米・英・日の順となり,転職では米・英で有利となる,という仮説の検証がおこなわれている。その結果,いずれの仮説も支持されないことが確認されている。ビジネス系学位資格は,入社や転職といった採用での有効性については評価が高いものの,その後の人事評価や昇進での有効性の評価については,限定的であり,これは3か国に共通していることが確認された。

第7章では,主に日・米・英の「ホワイトカラー資格」について国際比較がなされている。具体的には,第5章の日・米の資格に,英国人事教育協会(CIPD)の「人事実務資格(CPP)」を加え,それぞれの資格の歴史的経緯,内容や規模についての比較である。その結果,資格の内容に共通性がみられることが再度確認されている。一方で,日本は,資格取得だけで完結するが,英・米では,資格以前に専門組織の会員制度があり,それと一体化し,取得した資格や会員資格の更新を条件づけている点が大きく異なることが確認されている。

終章では,これまでの論点を総括し,「ホワイトカラー資格」の意義と今後のあり方が本書の結論として提言されている。意義として,まず経験・能力・知識を認定したり,職務の成果や達成により意欲的な仕事の取り組みにつながったりといった個人の高次元の欲求を満たせることが指摘されている。次に組織内で能力開発をおこなったり,中途採用などで職務能力の評価をおこなったりする際には,客観的で有効な指標になり得ることが指摘されている。今後のあり方について,ホワイトカラー自身が個人主導で活用し,教育的効用を重視すること,人事評価の場面で使用する場合は,評価目的だけの活用に矮小化されないように留意すること,転職などの場面で使用する場合は,社会的な能力証明ができることの3点が挙げられている。

さてこうした本書は,序章でも述べられている通り,「ホワイトカラー資格」を広く社会に提起することを目的としている。本書を読んだ実務家は,例えば異動に関する自己申告制度,出産や育児からの復職支援制度,中小企業における教育制度などでビジネス・キャリア検定の利用を考え始めたり,就職活動を控える大学生や転職を考えているホワイトカラーは,希望する分野の検定テキストを購入したりするのではないだろうか。実際,評者もゼミの学生に検定を受けることを勧めようかと思い始めている。その意味では,筆者の目的の初期段階は,近い将来のうちに実現するかもしれない。またこのような実践的な意義にとどまらず,資格活用や資格の評価の現状について,企業へのヒアリングや日・米・英での質問票調査などを通じて丁寧に検証がおこなわれている点は,学術的な意義も大きい。さらに資格という観点からこうした作業を積み重ねることで,ホワイトカラーの仕事力向上という問題についてのさらなる研究の必要性を示唆するものである。

しかしながら,本書の課題についても若干指摘しておかねばならない。筆者の提起する「ホワイトカラー資格」について,その意義は十分に理解できる。その一方で,現状と筆者が提起する今後のあり方との間に,長い道のりがある印象を持ってしまう読者も少なからずいるのではないだろうか。そこで,そのギャップを埋めるべく,今後は個人レベルを分析の焦点として,仕事力や専門性が向上する過程を時系列的に明らかにしていく取り組みが必要ではないだろうか。その際,ビジネス・キャリア検定やMBA取得と教育的効用,また組織内での評価・異動・育成での活用の視点から分析がおこなわれる必要があろう。こうした事例分析を積み重ねることで,筆者の「ホワイトカラー資格」に関するあり方の提起は,多くの実務家からより実現可能性の高いものとして受け止められ,資格の活用と普及のきっかけにもなるのではないだろうか。筆者の研究のさらなる発展を期待したい。

(評者=群馬県立女子大学 国際コミュニケーション学部教授)

 
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