2020 Volume 15 Issue 4 Pages 277-284
近年,悪性脳腫瘍患者に対する終末期ケアの重要性が報告されている.終末期脳腫瘍患者と関わるうえで,患者の呈する症状を知ることは重要である.本研究の目的は,終末期脳腫瘍患者のデータ収集方法や評価時期,症状を調査することである.抽出された論文は7本であり,データ収集方法は診療録からの情報収集(4本),質問表(2本),電話での調査(1本)であった.評価時期は,死亡までの期間が46日から1週間前であった.患者の呈する症状は疾患特異的な症状と,終末期のがん患者が呈する一般的な症状に分類することができた.疾患特異的な症状である意識障害(4本),痙攣発作(7本),嚥下障害(6本),頭痛(6本)を報告した論文が多かった.終末期に近づくほど,嚥下障害の出現率は高くなった.以上より,データ収集方法や評価時期は先行研究ごとで異なり,終末期脳腫瘍患者は疾患特異的な症状を呈する可能性が高いことが示唆された.
悪性脳腫瘍とは,主に悪性度の高い神経膠腫(high grade glioma; HGG)と転移性脳腫瘍のことである.脳腫瘍患者は病変部位の局所症状,頭蓋内圧亢進症状,痙攣発作,認知機能障害1,2),鬱症状,倦怠感3)などの症状を呈する.悪性脳腫瘍は徐々に進行するため,終末期ではより多様な症状を呈することが予想される.近年,悪性脳腫瘍患者に対する終末期ケアの重要性が報告されている4).患者が呈する症状を予測し,実際に現れた症状を的確に把握することは,リハビリテーション職種を含む終末期ケアに関わる医療従事者のみならず,患者の家族にとっても重要であると考える.また,病状の進行により意識障害や認知機能障害4,5)が出現すると患者自身が症状を訴えることが難しくなる可能性がある.しかし,悪性脳腫瘍患者の終末期の症状や評価方法に関して体系的に調べた報告はないのが現状である.本研究の目的は,悪性脳腫瘍患者の終末期の症状,症状の評価方法を調査することである.
本研究のデザインは,スコーピングレビューとし,標準化された方法論に準じて実施した6,7).データベースとしてPubMed,The Cochrane Libraryを使用し,2000年4月1日から2019年3月31日までに報告された文献を対象に,2019年4月に検索を実施した.以下のキーワードはMedical Subject Headings(MeSH)の用語とフリーテキストの用語を,組み合わせて使用した.検索式は「(glioma*OR glioblastoma*OR gbm*OR high grade glioma*OR brain neoplasm*OR brain metastasis*OR malignant brain tumor*OR anaplastic astrocytoma*OR anaplastic oligodendroglioma*OR anaplastic oligoastrocytoma*OR anaplastic meningioma*OR malignant meningioma*) AND(end of life OR palliative care OR terminal care OR death OR die OR dying)」(*前方一致検索)とした.検索式は妥当性を担保するために,理学療法士1人,作業療法士4人によるブレインストーミングによって決定した.また,上記の検索式を日本語に変換し,医学中央雑誌を用いて検索した.しかし対象となる論文は皆無であったため,今回は医学中央雑誌をデータベースとして採用しなかった.次に,検索した文献のなかから,終末期脳腫瘍患者の症状について記載されている文献を抽出するために,対象文献の選定を行った(図1).対象文献の選定基準は1.英語で記載されているもの,2.人を対象としたもの,3.19歳以上の患者を対象とした論文とした.除外基準は1.悪性脳腫瘍ではない,2.終末期ではない,3.18歳以下の患者,4.対象者数が10人以下・症例報告である,5.個々の症状に関する記載がない,6.基礎研究であるものとした.対象文献の選定は,妥当性を担保するために2名の評価者が独立して行った.意見が異なった場合は,意見が一致するまで議論を行った.なお,本研究では,終末期を「死亡まで2カ月以内の期間」と定義した.これは,日本緩和医療学会が作成したガイドライン8)に記載されている,がんの終末期を余命1〜2カ月と定義している内容に基づいて決定した.検索の結果,7371本が抽出され,そのうち選択基準を満たした論文は1966本であった.1966本中,タイトルとアブストラクトに基づいて,除外基準に該当する1931本を除外した.その後,本文の内容に基づいて,最終的に7本の論文が抽出された.7本の論文の分析は終末期の症状,症状の出現率,評価時期とデータ収集方法,評価方法に焦点を当てて行った.Koekkoekら9)の報告を参考に,症状を脳腫瘍による疾患特異的な症状と,終末期のがん患者が呈する一般的な症状に分類した.意識障害に関しては,脳腫瘍以外の終末期のがん患者も呈する症状であるが,今回は先行研究10)を参考に,意識障害を疾患特異的な症状に分類した.また時系列に症状を評価している論文に関しても調査した.
7本の対象論文の背景,データ収集方法,評価方法,評価時期を表1に示した.対象者数は12〜178人で,患者の平均年齢は52〜63歳であった.いずれの論文も腫瘍の部位に関して言及していなかった.対象者の病理診断結果は,膠芽腫が3本,高悪性度神経膠腫が2本,転移性脳腫瘍が1本,膠芽腫と転移性脳腫瘍に他の原発性脳腫瘍を加えた論文が1本であった.症状評価時の対象者の療養環境は入院が2本,外来が1本,在宅が2本,入院と外来の両方を含むものが1本,記載なしが1本であった.また症状のデータ収集方法は診療録からの情報収集が4本,質問表が2本,電話での調査が1本であった.いずれの論文においても,症状の重症度は未評価であった.評価時期は死亡の46日前から1週間前であり,報告ごとに異なっていた.
患者の呈する終末期の症状と各症状の出現率(%)の結果を表2に示した.終末期のがん患者が呈する一般的な症状よりも,疾患特異的な症状である意識障害(4本),痙攣発作(7本),嚥下障害(6本),頭痛(6本)を報告した論文が多く,各症状の出現率も高い傾向であった.意識障害を報告した論文は4本で,症状の出現率は33〜95%10〜13)であった.痙攣発作はすべての論文で報告されており,出現率を病理別にみると,HGGの患者を対象とした報告において21.2〜65%9〜12,14),肺がんからの脳転移の患者を対象とした報告において9%13)であった.認知機能障害は2本で,出現率は33%と44.7%9,10)であった.嚥下障害は48.1〜79.3%9〜12,14,15)で,頭痛は25.9〜55.2%9,10,12〜15)であった.また意識障害の出現率が高い論文では,嚥下障害の出現率も高い結果であった10〜12).
時系列に症状を評価している3本の先行研究9,11,14)において,嚥下障害と痙攣発作の出現率を図2,3に示した.嚥下障害の出現率は時間の経過とともに増加し,痙攣発作は増加した報告と減少した報告があった.
一般的な症状のうち,本研究において症状の出現率が高かったのは倦怠感,失禁と発熱であった.倦怠感を報告した論文は3本で,25〜82.7%10,11,13)であった(表2).体の痛みの出現率を病理別にみると,HGGの患者を対象とした報告において11.9%と25%9,10),肺がんからの脳転移の患者を対象とした報告においては64.8%13)であった.鬱症状を報告した論文は2本で, 7.4%と8.2%9,13)であった.
本研究は対象となる論文数が極めて少なく,論文ごとで対象者の療養環境や評価時期が異なり,一定の評価尺度がなく,重症度の評価がされていないなど,内容的にも限定されたものであった.
本研究において終末期の悪性脳腫瘍患者は,一般的ながん患者が呈する症状よりも,疾患特異的な症状の出現率が高い傾向であった.意識障害16),頭痛17)は脳腫瘍の増大や,浮腫,水頭症,腫瘍内出血により引き起こる.また壊死と浮腫を引き起こす神経膠腫の急激な組織損傷により,痙攣発作を引き起こすことが報告されている18).疾患特異的な症状はいずれも終末期により引き起こる可能性が高い症状であるといえる.本研究において,脳転移の患者よりもHGGの患者の方が痙攣発作の出現率が高かった.先行研究では,脳腫瘍患者の20〜80%が経過のなかで痙攣発作を呈し,脳転移よりも原発性脳腫瘍の方が,痙攣発作の出現率が高いことが報告されており19),先行研究と同様の結果であった.認知機能障害を報告した論文は2本で,出現率は33%と44.7%9,10)であった.先行研究では前頭葉,側頭葉に神経膠腫を認める患者の90%以上が診断時に認知機能障害を認め20),急性期にリハビリテーション介入を行った脳腫瘍患者の80%が認知機能障害を呈することが報告されている21).先行研究と比較して,本研究では認知機能障害を報告している論文が少なく,症状の出現率も低かった.認知機能とは言語,記憶,注意,遂行機能などの高次の脳機能であり22),言葉の定義が幅広く,評価方法の違いで各認知機能障害の有病率が異なる可能性があり,本研究結果に影響を及ぼしたと考える.また認知機能障害は,意識障害の影響により出現頻度を低く見積もっている可能性がある.嚥下障害の出現率は48.1〜79.3%9〜12,14,15)であった.また嚥下障害の出現率は時間の経過とともに増加した.先行研究では,終末期のがん患者の16%が嚥下障害を呈することが報告されており23),終末期に高い割合で嚥下障害を呈することは脳腫瘍患者の特徴である.また意識障害を呈する患者の割合が高い論文では,嚥下障害の割合も高い結果であり10〜12),先行研究4)と同様の結果であった.
本研究において,終末期のがん患者が呈する一般的な症状のうち,倦怠感を報告した論文は3本で,出現率は25〜82.7%10,11,13)であった.原発性脳腫瘍の患者の25〜90%が倦怠感を呈し,経過中は常に倦怠感が引き起こる可能性があることが報告されている24).倦怠感を報告した論文は7本中3本のみで,残り4本の論文のデータ収集方法は,診療録からの情報収集が3本で,残り1本は倦怠感の評価項目がないアンケート調査であった.また倦怠感は医療従事者により見逃されやすい症状であることが報告されており25),本研究結果に影響している可能性がある.体の痛みの出現率はHGGの患者で11.9%と25%9,10),肺がんからの脳転移の患者では64.8%13)であった.先行研究では,終末期のがん患者の45%が体の痛みを呈することが報告されている23).HGGは悪性腫瘍であるが他の臓器に転移しないため1),体の痛みの出現率が低い可能性がある.鬱症状を報告した論文は2本で,出現率は7.4%と8.2%9,13)であった.鬱症状の出現率は,10%未満や50%,80%以上と先行研究ごとで大きく異なっていた26).また術後早期に患者の15%が鬱症状を呈すると医師が評価する一方で,患者の93%が鬱症状を自己報告している27).認知機能障害や倦怠感と同様に,評価方法が結果に影響を及ぼしている可能性がある.
本研究の限界点を下記に述べる.一つ目は,対象論文ごとに症状の評価者が異なることから,それぞれの論文の結果を比較しにくいことである.先行研究では医療従事者よりも介護者の方が,患者の症状を正確に把握することができると報告されている28).また脳腫瘍患者の介護者は,患者の自己報告と同程度の症状を把握することができるが,Karnofsky Performance Statusが不良な患者の場合は,介護者の方が患者の自己報告よりも重度の症状であると認識すると報告されている29).次に意識障害,認知機能障害,興奮,せん妄や鬱症状などは他の症状の適切な評価を妨げる可能性がある.倦怠感,痛み,鬱症状などは機序や病態が重なり合い,症状の重症度が互いに関連することが報告されている30).さらに,患者が使用している薬の効果や,副作用も今回の結果に影響した可能性がある.ほかに,検索に使用したデータベースが限られている点や,後ろ向き研究が含まれている点も本研究の限界点である.上記理由により,悪性脳腫瘍患者における終末期の症状や,症状の出現率はさまざまな因子が関与するため,本研究結果は慎重に解釈する必要があると考える.
悪性脳腫瘍患者の終末期の症状を軽減するためには,まず患者の呈する症状について詳細に調査する必要がある.今後は,患者負担を考慮した簡便で妥当性の高いデータ収集方法や評価方法を確立し,患者の呈する症状の見落としを防ぐ必要がある.前向き研究で,評価時期やデータ収集方法,評価方法を統一した,質の高い研究が必要であると考える.
悪性脳腫瘍患者は終末期において,疾患特異的な症状と一般的ながん患者が呈する症状の両方を認める.疾患的特異的な症状の出現率が比較的高く,なかでも意識障害,痙攣発作,嚥下障害,頭痛を報告した論文が多かった.嚥下障害は終末期に近づくにつれて症状の出現率が高くなった.先行研究ごとで,評価時期,データ収集方法や評価方法が異なっており,結果に何らかの影響を及ぼした可能性があり,今後の研究が必要であると考える.
著者の申告すべき利益相反なし
草場,櫻井は研究の構想,デザイン,研究データの収集・分析・解釈,原稿の起草および原稿の重要な知的内容に関わる批判的推敲に貢献; 角田,梅崎,村川は研究の構想,デザイン,原稿の重要な知的内容に関わる批判的推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.