Tetsu-to-Hagane
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Grain Refinement of Heat Affected Zone in High Heat Input Welding by Liquid Phase Pinning of Oxy-Sulfide
Takako YamashitaJunji ShimamuraKenji OiMasayasu NagoshiKatsunari OikawaKiyohito Ishida
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2014 Volume 100 Issue 3 Pages 397-405

Details
Synopsis:

Effect of REM (Ce, La, Nd) addition on the austenite grain refinement of heat affected zone in Fe-0.07/C-0.05/Si-1.5/Mn-0.003/S (mass%) steel has been investigated by microstructural observation of SEM/EDS and thermodynamic analysis. It is observed that the 30 ppm of REM addition is most effective for reducing the austenite grain size annealed at 1450 °C for 10 sec, but the grain size increases with increasing REM contents more than 30 ppm. Since the total numbers of precipitates of oxide, sulfide and oxysulfide increase with increasing REM contents, the austenite grain growth can not be explained by Zener’s pinning model. Thermodynamic calculation shows that REM-oxide and MnS in oxysulfides are formed by the miscibility gap in the 30 ppm REM steel, which results in the formation of the liquid MnS-rich precipitates due to eutectic reaction. On the other hand, the melting temperature of MnS-rich precipitates increases with increasing REM amount in oxysulfide, which is not effective for inhibiting grain growth. It is suggested that the austenite grain growth is suppressed by liquid phase pinning effect of MnS-rich precipitates.

1. 緒言

近年の船舶や橋梁など溶接鋼構造物には,その大型化あるいは溶接工数の削減に伴い,溶接入熱量の大きい大入熱鋼板が多く利用されている。これらの鋼板の成分設計のポイントは,溶接熱影響(HAZ)部の靱性および溶接金属靱性確保のためのHAZ部のγ粒粗大化抑制1,2),または上部ベイナイト生成抑制3,4)である。

HAZ部組織微細化に関する研究は古くから積極的に行われているが,なかでも400~500 kJ/cmの入熱量の大きい溶接に対応可能な新規鋼種に対して,熱力学的に安定なTiN5,6,7,8)あるいはTiなどの酸化物9)によるピンニングを活用したHAZ部γ粒微細化による靱性改善を達成した鋼板が多く開発されている。HAZ部の結晶粒成長は,一般的に粒成長速度式およびそれを抑制するZener10)に代表される析出粒子(介在物)によるピニングの理論により考察される。Zenerの理論によると析出粒子をいかに細かく分散させることが組織制御の鍵となるが,入熱量の大きい大入熱溶接の場合は,1300°Cあるいは入熱量によっては1400°C以上の高温でも溶解しない析出粒子を確保することが重要になる。ここで,1400°C以上の高温にさらされると熱力学的安定性の高い析出物であるTiNも溶解するため,替わりに活用されるのが酸化物である。

酸化物をピニングに利用するためには凝固前に鋼板の溶存酸素を増加する必要があり,一般的にAl,Caのような強脱酸剤よりも酸化能の低いTi,Si,Mnなどの元素による脱酸が用いられる11,12)。Ti系酸化物による凝固組織の微細化についてはオキサイドメタラジーに関する一連の研究があるが13,14,15),著者らは,Tiよりも酸化能の低いMnを活用した脱酸鋼を用いた検討の中で,30 ppm程度のSとREM(Ce,La,Ndの合金)を微量に添加したときにHAZ部のγ粒径が微細化されるという結果を得た。しかも,これらはZenerのピニングの理論に反して,析出粒子数とγ粒径の相関が得られない傾向を示した。そこで,本研究ではMnによる脱酸鋼にREMおよびSを添加した鋼のγ粒径成長抑制挙動を示すとともに,その結晶粒成長抑制メカニズムを明らかにすることを目的として,SEM/EDSによる詳細な析出物分析および析出挙動の熱力学的解析を行った。

2. 実験

2・1 実験方法

Table 1に実験に用いた鋼の化学組成を示す。いずれも真空溶解炉で溶製し,0.07 mass%/C-0.05 mass%/Si-1.5 mass%/Mn-30 ppm/Sをベースとした組成にREMを0~100 ppm添加した。用いたREMはミッシュメタルで50%/Ce-30%/La-20%/Ndの組成を有する。これらは,板厚100 mmまで粗熱延後,圧延終了温度1020°Cで圧下率20%,4パス,続けて圧延温度850~760°Cで圧下率26%,4パスで15 mmまでの仕上げ熱延を行ったものを供試材とし,以後,図中ではAs Rollと表記した。なお,それぞれの鋼板の試料名をREM添加量で表示し,以下0 REM,20 REM,30 REM…と呼ぶ。

Table 1. Chemical composition of materials (mass%).
SampleCSiMnPSAlREMNO
0REM0.0710.051.490.0090.0029<0.001<0.0010.00300.0026
20REM0.0700.051.490.0080.0027<0.0010.0020.00240.0025
30REM0.0740.051.500.0080.0027<0.0010.0030.00400.0031
50REM0.0690.051.500.0070.0028<0.0010.0050.00380.0033
100REM0.0720.051.500.0090.0029<0.0010.0100.00340.0037

γ粒径観察のためのフォーマスタ試験条件と,加熱途中のγ粒径・析出物観察のための熱処理条件をFig.1に併せて示す。Fig.1(a)のγ粒径観察のためのフォーマスタ試験は,1400°Cまたは1450°Cに加熱後,再現HAZ熱サイクル条件と同じ冷却条件となるように,1000°Cまで冷却後に最大冷却して組織凍結したもので,これらの試験を熱サイクル試験と呼ぶことにする。

Fig. 1.

 Schematic diagrams of annealing conditions of (a) simulated HAZ and (b) microstructural observation in higher temperature.

また,高温域におけるγ粒成長を観察するために,再現HAZ熱サイクル試験機を用いてFig.1(b)の条件で急速加熱し,1300~1450°Cに到達後水冷して高温の組織を凍結した。

2・2 分析方法

これらの試料は,ピクリン酸腐食後,光学顕微鏡によるγ粒径測定および,粒度・形態別による析出物個数の分析を行った。光学顕微鏡による析出物個数分析は,1000倍の倍率にて5 mm×5 mmの面積において観察された析出物を,色調により酸化物・硫化物・酸硫化物に分類し,それぞれ円相当の粒径と個数を測定した。

析出物の形態を分析するためにSEM/EDS観察を行った。用いた装置は日立製S4100で,SEM観察用の試料はカーボン樹脂埋め込み,鏡面研磨後AA系電解液(10%アセチルアセトン−1%塩化テトラメチルアンモニウム−メタノール)により電解研磨した表面を観察した。SEM観察およびEDS測定は,加速電圧15 kVで行った。

また,析出物の形態別粒度分布を測定するために,Carl Zeiss製Supra55VPのEDS装置(Bruker製 X-flash)に付属した粒子解析法(Carl Zeiss社製SmartPI™)を用いた。粒子解析測定には試料表面の凹凸の影響を防ぐために鏡面研磨した試料を用いた。析出粒子の二値化には反射電子像(BSE)を用い,10 kVの加速電圧,1000倍の倍率で1 mm×1 mmの面積を連続で測定し,析出粒子と認識されたものに対してEDS分析を行うことによって酸化物・硫化物・酸硫化物に分類した。具体的にはEDSの定量値を用いて,Mn,Ce,Alの組み合わせによりMnのみ10%以上の析出粒子は硫化物,CeおよびMnが10%以上の析出粒子は酸硫化物(粒子解析では酸化物と硫化物の複合析出も含む),Ceのみ10%以上のものはREM酸硫化物,Alのみ10%以上のものは酸化物と分類した。なお,上記測定方法により検出される析出粒子の大きさの下限は400 nmφであり,400 nmφから5 μmφの範囲の析出物(介在物)を測定し,1 mm2あたりの数で表示した。また,二値化画像の短径と長径の比によりアスペクト比を求めた。

3. 実験結果

3・1 REM添加量によるγ結晶粒径と光学顕微鏡による析出物個数の変化

Fig.1(a)に示した1450°C,10 secの熱サイクル試験後の,REM添加量によるγ粒径変化をFig.2に示す。γ粒径は20~30 ppmのREM添加で最小の値を示し,さらにREM添加量を増やすと再び粗大化する。

Fig. 2.

 Effect of REM contents on austenite grain size at 1450 °C, 10 sec.

Fig.3に光学顕微鏡による析出物総数変化をREM添加量に対してプロットした結果を示す。熱サイクル前後にかかわらず,REM量とともに析出物個数が増加し100 REMの析出物総数が最も多い結果となる。また,これらの析出物の粒径分布をFig.3(b)に示すが,0 REMと20 REMは1 µm以下の細かい析出物の個数が増加する傾向があるが,30 REMから100 REMはほぼ同じ粒径分布を示すことがわかる。すなわち,Fig.3の結果からは,20 REMあるいは30 REMが他の試料よりも析出物によるピニング能が有利になるというような結果にはなっておらず,供試材はZenerの理論で説明できるようなピニング機構でγ粒径の変化が生じていないと予想された。

Fig. 3.

 Results of particle analysis using optical microscope. (a) Effect of REM contents of before and after simulated HAZ annealing. (b) Change of the size distribution of particles by REM contents.

そこで,1300°C~1450°Cにおけるγ粒成長を詳細に調べるために,Fig.1(b)の熱処理を行って高温領域における組織を凍結した。REM添加量の影響を明確にするために0 REM,30 REM,100 REMの3試料を用いて,1300°Cから1450°Cのγ粒径変化を測定した結果をFig.4に示す。図より,1300°Cにおいては各試料とも粒径の差が小さいのに対して,100 REMではγ粒の粒成長が1300°C以上で高温になるほど顕著になり,1450°C到達時のγ粒径は30 REMが最も小さくなり,熱サイクル試験のγ粒径を再現している。

Fig. 4.

 Change in austenite grain size of 0REM, 30REM and 100REM at 1300 °C~1450 °C.

すなわち,1300°Cから1450°Cにおけるγ粒成長抑制力は30 REMが最も大きいことが明らかになったので,次に,これらの試料の析出物を詳細に測定した。

3・2 熱サイクル試験による析出物の形態変化

3・2・1 SEM/EDSによる析出物観察

各試料のFig.1(b)に示した圧延まま(熱処理前:as Roll),および1300°C,1450°Cから水冷した試料の代表的なSEM観察結果およびEDSによる析出物組成をFig.5にまとめる。また,1450°C,10 secの熱サイクル試験後の各試料の析出物をFig.6に示す。Fig.5,6中のEDS分析による析出形態の元素表記は,後で詳しく説明するが,まず,熱処理前の析出物は,0 REMはMnOとMnSが複合析出しているのに対して,30 REM,100 REMでは酸化物と硫化物が分離していないO,Sが検出される酸硫化物を生成していることがわかる。以下,このような酸化物と硫化物が明確には分離せずに析出しているものを酸硫化物と呼ぶ。ここで,30 REMは酸硫化物中にMnを含むのに対して,100 REMはMnがほとんど検出されないREMの酸硫化物であった。なお,酸化物中に含まれるAlは,真空溶解に用いたアルミナるつぼからの混入である。

Fig. 5.

 SEM and EDS results of as Roll and after annealing in Fig.1(b).

Fig. 6.

 SEM and EDS results of specimens after annealing in Fig.1(a).

次に,熱処理による析出物形態変化を整理すると,0 REMを1300°Cに加熱後水冷したものの析出物はMn系の酸硫化物となり,1450°C加熱後水冷したものは析出物中に模様が見られるようになる。また,熱サイクル後は,それらの酸硫化物の他に微細なMnSが生成していた。一方,30 REMにおいては熱サイクル前は酸硫化物だったものが,1300°Cにおいては,REMの酸化物とMnSおよびREMおよびMnの酸硫化物が複合析出しているものが多く存在していた。さらに,30 REMは1450°Cにおいても酸化物と硫化物が酸硫化物にならずにそれぞれ単独で析出している場合が多く観察された。また,熱サイクル後においても同様であった。それに対して100 REMは,熱サイクル前後,高温から水冷したものすべてにおいて,REMの酸硫化物あるいはREMおよびSi,Alの酸硫化物が安定して析出していることがわかった。

3・2・2 SEM粒子解析による析出物の形態分析

以上のREM添加および熱処理温度による酸化物・硫化物・酸硫化物の形態毎の析出個数変化を把握するために,SEM/EDSによる粒子解析を行った。

SmartPIを用いて,0 REM,30 REM,100 REMの圧延ままおよび1300°C,1450°C析出物の形態別粒度分布を測定した結果をFig.7に示す。0 REMはほとんどが硫化物であるが,Fig.5,6に示したように微細に析出したMnSであり,これらは高温では溶解していたものが冷却中に再析出したと考えられる。それに対して,30 REM,100 REMは酸硫化物の生成が多くなり,いずれの試料にも1450°Cまで酸硫化物が残存していることがわかる。特に30 REMはMnを多く含む酸硫化物が1300°Cおよび1450°Cで他の試料よりも多く存在している。

Fig. 7.

 Distribution of chemical composition of particles with particle analyzer for SEM/EDS:SmatPI™.

4. 考察

4・1 REM添加による析出物形態変化

これまでの分析結果をもとにREM添加による析出物の形態変化およびそれらの高温における形態変化をTable 2にまとめた。まず,0 REMでは酸化物はAl,Siを含むMn酸化物:Mn(Al, Si)-O,硫化物はMnSであるが,高温においては酸硫化物となる。30 REMでは,熱サイクル前は酸硫化物だったものが,高温においては,酸化物がAl,Siを含むREM酸化物:REM(Al, Si)-O,硫化物はMnSとなる。それに対して,100 REMではAl,Siを含むREMの酸硫化物:REM(Al, Si)-O,Sが熱サイクル前後を通じて安定に存在する。

Table 2. Change of chemical composition by REM and annealing at 1450 °C.
SampleAs Rollat 1450°C
0REMMn(Si,Al)-O
MnS
Mn(Si,Al)-O,S
Mn(Si,Al)-O
30REMREM,Mn(Si,Al)-O,SREM(Si,Al)-O
MnS
100REMREM(Si,Al)-O,SREM(Si,Al)-O,S

ここで,これらの酸硫化物形成を熱力学的に考察した。REM成分のCe,La,Nd個々の酸化物あるいは硫化物の生成自由エネルギーはそれぞれ大きく変化しないので,ここではREMをCeと仮定しMnO-MnS-CeO-CeSの擬4元系を検討することにした。これら4種類の化合物の結晶構造はいずれもNaCl_B1型であり,お互いに容易に固溶しあって酸硫化物を形成すると考えられる。NaCl_B1型の酸硫化物に関しては,MnO-MnS-TiO-TiS擬4元系の報告例16)があるが,今回は既報告と同様の方法でTiO,TiSの代わりにCeO,CeSの標準生成自由エネルギーを用いて擬4元系の熱力学パラメータを評価した。

NaCl_B1相のパラメータは,MnS以外はJANAF17)の熱力学データを使用した。MnSは既報16)のパラメータを用いたが,JANAFの値とさほど変わらない値である。

液相の各化合物の熱力学パラメータは以下のように構築した。MnSは既報告パラメータ16)を用い,MnOはJANAF17)に収録されている値を用いて評価した。CeOおよびCeSは熱力学データが乏しく既発表の生成自由エネルギーのデータがなかったため,CeSは既知の融点の値(2722.85K)を用いて融解のエントロピー変化をMnSと同じとして液相の生成自由エネルギーを見積もった。また,CeOは融点もなく昇華すると考えられ,昇華温度(2499.85K)を融点とし,融解のエントロピー変化をMnOと同じとして液相の生成自由エネルギーを見積もった。以上,本論文で評価した各化合物の液相およびNaCl_B1相の生成自由エネルギーをTable 3に示す。なお,それぞれの化合物の擬2元系のパラメータは既報16)と同様にゼロと仮定した。これらの熱力学パラメータは厳密な精査は行っていないが,液相およびNaCl_B1相の相分離の傾向を知るには問題がないと考え,以下の計算を行った。

Table 3.

 Evaluated thermodynamic parameters for the (Ce,Mn) (O,S) system.

MnO-MnS-CeO-CeS擬4元系における1300°Cの等温断面状態図(NaCl_B1相の相分離)をThermo-Calcで計算した結果をFig.8に示す。図はNaCl_B1相のみで計算させた準安定状態図であるが,既報と同様にMnO-MnS擬2元系で相分離を生ずるほか,CeOの標準生成自由エネルギーが低いためにタイラインがMnS側とCeO側に沿った相分離が起こることが明らかとなった。

Fig. 8.

 Miscibility gap in the NaCl_B1 phase region of the (Mn,Ce) (O,S) at 1300 °C.

次に,MnS-MnO擬2元系状態図および,MnO=10 mol%とした場合の擬4元系断面状態図をFig.9に示す。まず,Fig.9(a)のMnS-MnO2元系状態図においてはそれらの共晶温度が1250°C付近にあり,その温度以上では析出物は液相として存在することが予想される。すなわち,Table 2にまとめた析出物の形態変化において,0 REMの熱サイクル前はMnの酸化物と硫化物だったものが,1300°Cおよび1450°Cではこれらの析出物は液相の酸硫化物になっていたものが,共晶凝固して酸化物と硫化物に分離したと考えられる。Fig.5の1450°C,0 REMの析出物の模様はMnOとMnSの分離である。それに対して,REMが添加されると,まず,100 REMは酸硫化物中にMnを含まないため,Fig.8の右端のように相分離も起こらず,Fig.9(b)の右端のように固相線温度も高いままである。従って,熱処理前後における析出物形態に変化がない。

Fig. 9.

 Calculated phase diagrams of (a) MnO-MnS and (b) (Mn,Ce) (O,S) using Thermo-Calc.

一方,30 REMは酸硫化物中にMnを含むために0 REMと同様に相分離を起こすと考えられる。しかも,Fig.9(b)に示すように,MnとREM両方を含む酸硫化物の固相線温度は,CeO量によって1300°Cから1500°Cまで変化する。従って,局部的なREM,Mn量により1300°Cおよび1450°Cで新たに液相になる析出物が存在する可能性があることを示唆している。実際,Fig.7より,30 REMでは1450°CにおいてもわずかながらMn系の酸硫化物が観察されている他,100 REMに比べてMnSが多く存在する。なお,Fig.5,6の30 REMの1450°Cの酸化物に見られる模様は,REM酸化物と球状はMnSであるが,キューブ状のものはAl酸化物の分離であり,Alはるつぼからの混入であるため詳細は触れないことにする。

4・2 γ粒成長性抑制メカニズムの推定

以上に述べてきた析出物観察結果および熱力学的解析をもとに,30 REMでγ粒径成長抑制効果が最も大きくなる理由を推定した。これらの析出物の大きな特徴は,0 REM,30 REMでは1250°Cあるいは1300~1500°Cにおいて,酸硫化物が液相になるという点である。

固体中に液相の析出物が存在した場合,例えば,Cuの熱間脆性割れなどのように悪影響を及ぼすことが知られている。一方でその利点についての報告もあり,Maruyamaら18)は炭素鋼の凝固過程を調査し,液相の存在によりγ粒の結晶粒成長が抑制されることを報告している。また,AlやFeに濡れ性の悪い液相のBiを分散させることにより,非常に強い粒界ピニング効果を示すことが報告されている19,20)。つまり,液相の析出物に移動中の粒界が接近した時,その析出物の融体と母相の鋼との濡れ性が悪い場合は,粒界に沿って析出物が広がることなく粒界はそれらを引きずって粒成長するため,固相の析出物によるピニング力よりも非常に大きなピニング力を示す。いわゆる,液相ピニングという現象である。そこで,高温で存在する液体の酸硫化物に注目し,γ粒成長性抑制メカニズムを推定した。

30 REMのγ粒成長性抑制メカニズムの概念図をFig.10に示す。図は,Fig.9(b)に示したMnO-MnS-CeO-CeS擬4元系状態図の固相線のみを抜き出し,MnO量を変化させて計算した結果を合わせて表示させたものである。まず,100 REM(MnO=0%)では固相線がCeO量が変化しても1450°C以上であり,CeすなわちREMの酸硫化物が熱サイクル試験にかかわらず安定に存在する。一方,0 REMは熱サイクル前にMnOおよびMnSで存在しているために,析出物の液相への変化が1250°C付近で一気に起こる。液相となったMnの酸硫化物は,その時点ではγ粒成長性を抑制するのに有効であるが,温度上昇に伴うMn(あるいはS,O)の固溶度の増加とともに固溶し,1400°C以上の高温域においてはその効果をほとんど失うと考える。

Fig. 10.

 Schematic diagram of change of solidus temperature by REM content in oxy-sulfide of 30 REM.

それに対して,30 REMでは熱サイクル前においてはMnおよびREMの酸硫化物であったものが,REM酸化物とMnSに相分離するために,酸硫化物中にMn濃度の高い部分,すなわち相分離したMnSが固相線温度が低いために液相の析出物となり,前述のように液相ピニングでγ粒成長性を抑制する。しかも,MnSの高い部分は液相となりピニング効果を示すが,REMの高い部分は酸化物として残存する。また,REMの割合は析出物個々で異なるために固相線温度もばらつき,比較的高温までこの効果が持続することになる。従って,1450°Cという高温におけるγ粒径が他と比較して小さくなると考えられる。

4・3 推定メカニズムの検証

以上のメカニズムが妥当かどうかを検証した。まず,高温で析出物が液体で存在しているかについては,それの直接証拠になるのが,析出物が熱サイクル試験後で球形の析出物が増加していることである。そこで,SmartPIの粒子解析において検出された析出粒子のアスペクト比を求めた。各REM量の圧延ままおよび高温より水冷した試料の析出物のアスペクト比を比率にして表示したものをFig.11に示す。図より,各試料とも0 REMでは1300°Cから,30 REM,100 REMでは1450°Cで球形の析出粒子が増加していることが明らかである。また,SEM/EDS観察で丸い酸化物あるいは酸硫化物の中がMnO-MnSまたはCeO-MnSに分離している様子が観察されているので,これらの析出物が高温で液体であったことは明らかであると考えられる。

Fig. 11.

 Change of aspect ratio of particles by REM contents and annealing at 1300 °C and 1450 °C.

また,相分離したMnSの融液が粒界にある程度広がることによってMn,Sが粒界に偏析していることを確かめるために,FE-AESを用いて粒界のS濃度を分析した。0 REM,30 REM,100 REMの1300°C,1450°Cに保持後水冷した試料を,酸浴中において陰極電解して水素チャージしたものをへき開して得られた粒界破面を,FE-AES電子分光装置で分析した。30 REMの1300°C保持した試料の粒界破面分析結果をFig.12に示す。ここで,粒界破面をサーベイ分析したAESスペクトルも示すが,この分析点からはおよそ4 mol%のSが検出された。AESスペクトルにはFe,Sの他に汚染によるC,OおよびCuが得られているが,Cuは原料である電解鉄に含まれる微量不純物であり,粒界に偏析したものが検出されていると考えられる。REM添加量の異なる他の試料の粒界破面のS分析結果をまとめてTable 4に示すが,これらのS濃度は,いずれも(1)式に示したMcLeanタイプの式21,22)で求められるSの平衡粒界偏析濃度である,1300°Cでおよそ1.5 mol%,1450°Cで1 mol%よりも多く存在していることが明らかである。   

1xbxbx03t2R¯xb1x0exp(ΔGsRT)(1)

Fig. 12.

 Secondary electron image and FE-AES spectra from fracture surfaces in 30REM (1300 °C→W.Q) after H2 charge.

Table 4. The amount of S segregation at grain boundaries by FE-AES (mol%).
sample1300 °C1450 °C
0REM0~8< 2
30REM2~10< 2~4
100REM2~6< 2

ここで,xbはSの粒界濃度,0xはバルク濃度,tは粒界の厚みで1 nmと仮定した。Rは結晶平均粒径で100 μmとした。ΔGSはSの偏析エネルギーで,Fe-S2元系のAbikoらの値(75 kJ/mol)を用いた。

Table 4より,粒界に偏析するS濃度は30 REMが最も多く,30 REMは1450°Cの試料の粒界からもSが検出されている。これらの結果は,0 REM,100 REMに比較して30 REMは粒界に偏析するMnSが多く,その効果は1450°Cまで持続していることを示唆していると考えられる。

さらに,液相ピニングによるγ粒成長抑制効果は,Fig.13に示すように,熱サイクル試験後の光学顕微鏡による形態別析出物の個数とγ粒径との相関でも裏付けられる。すなわち,熱サイクル試験後のγ粒径は,酸化物や酸硫化物ではなく,硫化物と相関があり,Mn脱酸鋼にREM,Sを添加した30 REMのγ粒径が最も小さくなるのは,Mnの酸硫化物が高温で液相となり,相分離して晶出したMnSによる液相ピニングが関与していると推定する。

Fig. 13.

 Relationship between number of oxide, sulfide and oxysulfide and austenite grain size at 1400 °C for 10 s, 300 s and 1450 °C 10 s.

以上の効果を得ることができるのは,REM添加によりMnおよびREMの酸硫化物を凝固時に形成することが必須である。

5. 結言

Alなど強脱酸元素を用いず,鋼中のMnで脱酸したものにS,REMを添加した鋼のγ粒成長抑制メカニズムを解明するために,REM添加量を変化させた鋼の析出物挙動を詳細に分析したところ,以下のことが明らかになった。

1)1450°C,10 secの熱サイクル試験後のγ粒径は,REM添加量が30 ppmで極小となり,さらにREM量が増加するとγ粒径も粗大になる。

2)析出物の個数はREM添加量を増加するほど多くなり,30 REMが最もγ粒径が小さくなるという現象とは一致しない。

3)REM添加により酸硫化物中のMn濃度が変化する。REM添加なし材はMnO-MnS共晶反応により1250°C付近以上では液相の酸硫化物が存在する。100 ppm REMを添加したものは,熱サイクル中も安定してREMの酸硫化物が析出する。それに対して,REMを30 ppm添加したものは,酸硫化物中にMnを固溶し熱サイクル中で相分離を起こしやすくなる。

4)30 REMのREM,Mnの酸硫化物は相分離することにより,酸硫化物中のMnS濃度が高くなったところから融点が下がって液相となる。液相となった酸硫化物は固体で存在するよりも大きなピニング力を示し,それによってγ粒成長性を抑制していると考えられる。

すなわち,REM添加はMn系酸硫化物の形態を変化させて,熱サイクル試験時に液相のMnSを序々に供給する鍵を担う元素である。また,REM,Mnの酸硫化物形成あるいはMnSを高温で存在させるためには,MnおよびO,S量に対して最適なREM量があると予想できる。

文献
 
© 2014 The Iron and Steel Institute of Japan

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