2021 Volume 59 Pages 10-16
世界中の国と地域で新型コロナウイルス感染症が猛威を振るうなか、8000万人を超える難民・避難民が、感染拡大の脅威と社会経済状況の悪化の影響により命の危険に晒されている。本稿では、ルワンダで新型コロナ危機が発生した2020年3月以降、国内の難民キャンプに暮らす人々が直面している諸問題について、おもに国連高等難民弁務官事務所(UNHCR)の報告書1や、難民青年男女、NGO職員、UNHCR駐ルワンダ事務所広報官を対象にして実施した聞き取りから得た情報をもとに解説する2。
ルワンダではひとたび感染拡大が起こり、重症患者が増加すれば、貧弱な医療体制では対応できないとの判断から3、政府が早い時期から徹底した新型コロナ封じ込め対策を取ってきた。2020年3月14日に最初の感染者が確認されて以降、国境封鎖を含む徹底した水際対策、1カ月以上にわたる全国一斉ロックダウン、夜間外出禁止、経済活動の大幅な抑制、集会の禁止、学校や宗教施設の閉鎖、公共の場でのマスク着用の義務化等、感染拡大予防策を徹底して実施するとともに、PCR検査体制の拡充にも取り組んできた[WHO 2020]。2021年1月1日現在、人口約1300万人のルワンダにおける累計感染者数は8460人、累計死亡者数は96人、致死率(累計感染者数に占める死亡者数の割合)は1.1%にとどまっている[Ministry of Health of Rwanda 2021]。2020年11月、全国一斉に学校が再開されて以降、感染拡大が顕著であるものの、ルワンダはこれまで新型コロナ封じ込めに成功した国と見なされてきた[The New Times 2020a]。しかし、ルワンダ政府の断固とした新型コロナ対応は、世界経済停滞の影響と相まって国内経済を大きく停滞させ、大量の失業者を生み出し、人々の生活を困窮させてきた4。
2020年9月末時点で、ルワンダには14万6831人の難民および難民申請者がおり、その内訳はコンゴ民主共和国(DRC。旧ザイール)出身者が7万6845人、ブルンジ出身者が6万9666人、その他の諸国出身者が320人である。これらの約9割が6つの難民キャンプに居住するが、残りの約1割は、首都キガリか南部の主要都市フイエに居住する。
表1にルワンダ国内の難民キャンプの概要を示す。最初の5つは、異なる時期にコンゴ民主共和国東部の内戦から逃れてきたルワンダ系コンゴ人を受け入れるために設立され、在住するほとんどの難民がコンゴ民主共和国出身者であるため、コンゴ難民キャンプと言われる。6つ目のマハマ・キャンプは、2015年に発生した政治危機の際にルワンダに流入したブルンジ難民のために設立されたキャンプである5。
これらのキャンプで生活する難民の多くは、新型コロナ危機に対して極めて脆弱な存在である。その4つの側面を指摘する。第一は、劣悪な環境に密集して暮らしていることである。表1にあるように、各キャンプの人口密度は非常に稠密であり、その平均は、キガリの人口密度1552人/平方キロメートル(2012年)の約25倍に上る。キャンプによって多少の差はあるものの、難民家族の住居は狭くて換気が悪い粗末なのものである6。しかも、そのような住居が密集しており、住居間の間隔はわずかに2メートルに満たない。キャンプ内の集落ごとに設置されているトイレ、シャワー室、手洗い場等の絶対数も不十分であり、他人と距離を保って生活することは非常に困難である。また、いくつかのコンゴ難民キャンプでは深刻な水不足が問題になっており、緊急事態後に最低限必要な供給量とされる1人1日当たり20リットルという基準を大きく下回っている状況である[UNHCR 2020a-e]。
第二に、アクセスできる医療・保健サービスが不十分であることである。キャンプ在住の難民は、基本的な医療・保健サービスをキャンプ内の医療施設で受けることができる。しかし、重い病気や手術が必要な場合は、一般の公立病院に紹介されることになり、診療・処置を受けるまでにはかなりの期間待たされるのが普通である。
第三に、恒常的に貧困状態で生活していることである。ルワンダの難民キャンプで暮らす人々は、生存に必要最低限の食料支援を国連世界食糧計画(WFP)から受けている7。それだけでは生活ができないため、多くの難民がキャンプの内外で経済活動に従事している。しかし、その大多数はキャンプ周辺に地域住民が保有する農地での農業労働、キャンプ内での小商い、建設現場での日雇い労働、歩合制で働く理髪・美容業の従業員など、低収入かつ不安定な雇用形態で働く人々である[World Bank 2019]。
第四に、精神的にもさまざまな問題を抱えている場合が多いことである。難民のなかには、紛争や迫害により精神的な苦痛を経験し、そのトラウマに苦しんでいる人々、あるいは、不自由な生活を強いられていることから、精神的に不安定な状態にある人々も少なくない。
それでは、新型コロナ感染症がもたらした危機のなかで、ルワンダで暮らす難民は実際にどのような問題に直面しているのであろうか。聞き取り調査とUNHCR業務報告の内容から浮かび上がった問題を以下に述べる。
(1) 難民の新型コロナウイルス感染被害ルワンダ在住の難民で初めて新型コロナウイルス感染者が確認されたのは、2020年7月6日のことであった。これは、ルワンダ国内で初めて感染者が確認されてから約4カ月遅れのことである。同じ時点では、ルワンダ国内で既に1113名の感染者が確認されていた。各キャンプで早い時期から新型コロナウイルス感染症に関する周知活動、マスクや衛生用品の無料配布、手洗い施設の増設等を実施したことが功を奏したとみられる8。しかし、10月に入ると複数のキャンプで感染者が次々と確認され、難民キャンプが新型コロナウイルス感染症の「ホットスポット」と見なされる事態になった[The New Times 2020b; 2020c]。
UNHCR広報官から得た情報によれば、2020年11月2日時点において、ルワンダ国内で新型コロナウイルス感染が確認された難民は218人、死亡者は1人である。これは、同時点の国内感染者数5155人の4.2%に相当する。11月2日時点の10万人当たりの感染者数で比較すると、ルワンダ在住者全体の39.3人に対し、難民が148.5人と約3.8倍になっており9、難民が一般のルワンダ在住者よりもかなり高い確率で感染していることがわかる。
UNHCR広報官によると、11月2日時点で感染が確認された難民は、死亡した1名を除きすべて無症状者か軽症者であるため、「ルワンダ政府の指針に従い」、在宅でケアを受けているとのことであった。11月以降の難民の感染者数、また、重症化したり死亡した難民については本稿執筆時点では公表されていないが、ルワンダ国内全体では12月以降、新型コロナ第二波のために感染者・死亡者ともに急増しており、キャンプ内での感染拡大、さらには重症化による死亡者の増加が懸念される。
(2) キャンプ人口の増加による生活環境の悪化2020年3月下旬の全国一斉ロックダウンと学校閉鎖により、キャンプ内に家族を持つが、それまで都市部に暮らしていた難民や、学生寮や寄宿学校から退去させられた難民の多くが、キャンプにいる家族に合流した。各キャンプ内の人口増加により、難民家族の狭い住居はさらに混雑することになり、キャンプ住民の水道・衛生設備、医療施設等へのアクセスが低下した。さらには、11月まで続いた学校閉鎖により、難民キャンプのなか、あるいは外にある学校に通っていた子どもたちが学校給食を受けることができなくなり、難民家族の負担増大を招いた。しかし、WFPが資金不足に苦しんでいることもあり、毎月の食料支援量は据え置かれ10、難民家族の家計のやりくりがますます困難なものになった。
(3) 新型コロナ感染予防対策と人道支援活動の一時中断・制限新型コロナ危機の発生以降、ルワンダ政府危機管理省(Ministry in Charge of Emergency Management/MINEMA)の指揮のもと、難民支援にあたる人道支援組織は、キャンプ内での感染拡大を防ぐための対策を早急に実施する必要に迫られた。とくに、手洗い用設備の設置、マスクや石鹸の配布、外部からキャンプに戻った難民を一時的に隔離する施設の確保、保健衛生ワーカー・ボランティアへの新型コロナ感染予防と対応に関する講習等、多岐にわたる活動が実施された[UNHCR 2020a-e]。
その一方で、人道支援組織は、感染防止のための移動制限などの問題に直面したため、すべての人道支援組織が通常の難民支援活動を一時的に中断したり抑制せざるを得なくなった。難民家族への毎月の食料支援、乳幼児・高齢者・身体障害者・慢性疾患患者への補助給食、基礎保健サービスの提供は継続されてきたが、物資配布の遅延などが起きている[UNHCR 2020b]。保健衛生、家族計画、子どもの権利、ジェンダーに基づく暴力に関する教育・啓蒙活動、青少年活動、職業訓練等、複数の難民との同時接触を要する活動の多くは、一時停止に追い込まれた[UNHCR 2020a-e]。
(4) 失業による収入減と物価高騰による生活の困窮前節で述べたように、難民キャンプで生活する人々の多くは、低収入かつ不安定な雇用形態で働いているが、ロックダウンとその後も続いたさまざまな社会経済活動の制限措置は、これらの人々から生活の糧を得る機会を奪った。また、国境封鎖やロックダウンによる物流の停滞は、食料品や生活用品の価格上昇を引き起こし、人々の生活をますます苦しいものにした。ロックダウン開始直後、難民キャンプ内のマーケットで販売されている商品の価格が14~75%上昇したとの報告もある[UNHCR 2020a]。
新型コロナ危機発生以降、多くの難民が経済的に困窮していることは間違いないが、公表されているUNHCRの事業報告で確認できる健康・栄養状態の指標からは、難民の健康状態が顕著に悪化しているという傾向は見られない11。これは、困難に直面しつつも、難民全体への食料・健康支援や、とくに脆弱な難民への補助給食等を人道支援組織が継続してきたことによるところが大きいと見られる。しかし、12月以降、新型コロナ感染第二波の影響を受け、難民の健康状態が今後どのように推移していくのか注視する必要がある。
(5) 女性や子供に対する暴力の増加国連女性機関(UN Women)は2020年4月、新型コロナ危機発生以降、世界各国で女性や女児に対する暴力が増加していると警告している[UN Women 2020]。ルワンダの難民キャンプでも、最初にロックダウンが実施された2020年3月から5月にかけて、性別およびジェンダーに基づく暴力(SGBV)が急増した。5つのコンゴ難民キャンプでは、2~3月の2カ月間に報告されたSGBVの件数が38だったのに対し、4~5月の2カ月間は98件であった[UNHCR 2020b; 2020c]。また、ブルンジ難民のマハマ・キャンプでは、SGBVホットラインに寄せられた相談件数が3月(約50件)から4月にかけて急増し(130件以上、2.6倍増)、5月にはさらに増加した(180件以上、3月の3.6倍増)[UNFPA 2020b]。
新型コロナ危機下の難民キャンプにおけるSGBV増加には複合的な要因が関与している。まず、ロックダウン、学校閉鎖、公共の場での集会・活動の停止といった感染拡大予防措置が、女性や子供を虐待者(多くの場合、近親者を含む顔見知り)のいる場所に閉じ込め、外部の人々から孤立させることになった[UNFPA 2020b]。また、人道支援組織のキャンプ内での活動が大幅に制限されたことにより、既存の保護メカニズムが弱体化したことが指摘されている[UNFPA 2020a]。 さらには、「安全、健康、金銭にまつわる心配によって生み出された緊張や重圧が、ロックダウン下で狭苦しい場所に閉じ込められた生活状況によって強化されるなかで」[UN Women 2020, 3]、難民家族間の関係悪化を引き起こし、結果的にSGBVの増加をもたらした可能性がある。
また、SGBVとは性格を異にするが、キャンプ内において、親の貧困、失業、アルコール・薬物乱用、援助依存等により育児放棄が急増したと報告されている[UNHCR 2020e]。
(6) 若年層妊娠の増加若年層の望まれない妊娠は、難民であるなしにかかわらず、ルワンダ国内で以前から社会問題として認識されてきたが、新型コロナ危機下においてさらに深刻化していると見られる。ここで、筆者が複数の難民キャンプで青少年活動に従事するNGO職員の聞き取りから把握した、若年層妊娠増加の背景にある二つの要因について指摘したい。まず第一は、7カ月以上に渡って学校が閉鎖されたことに加え、キャンプ内の社会・教育活動が中断されたことから、時間を持て余した青年男女が避妊具を付けずに性交を持つ機会が増えたことである12。第二は、新型コロナ危機下、生活が苦しくなった若者たちが、ネガティブな対処戦略として売春を行うという問題である。それは、若年層の女性が現金と引き換えに男性と性交するということにとどまらない。若年層の男性がキャンプ内で場所を確保し、若年層の女性に売春行為をさせるケースもあるという。同職員によると、このようなことが複数のキャンプで存在しており、若者たちのあいだで避妊に関する誤った情報が流布していることと相まって、今後さらに若年層女性の妊娠が増加する恐れがある。
現在、新型コロナ第二波の襲来を受け、ルワンダ在住の難民を取り巻く環境はいよいよ厳しいものになっている。その一方で、国際人道支援組織が深刻な資金不足に苦しむなか、本稿で指摘したものを含め、難民が直面する諸問題が悪化する恐れが高い。日本を含め、援助諸国の政府も市民も自国のことで精一杯で、他国の人々への支援どころではないといった内向きな空気が支配しているように見受けられる。しかし、新型コロナ危機が、難民を含め社会で最も脆弱な立場にある人々に容赦なく襲いかかっていることを忘れてはならない。今後、難民支援の機運が高まることに期待したい。