Africa Report
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2023 Volume 61 Pages 53

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「先住民族」と聞いてもあまりよくわからない一般の読者にも、もちろん専門家にも、うってつけの一冊である。集団化していなくても、先住「民族」と呼んでいいのか。「先住民族だ」という自覚のようなものがない場合もあるのだろうか。疑問は尽きないが、本書は冒頭からまず、実は「先住民族」とはなにかを決めること自体が難しい問題をはらんでいること、いまも決まった定義がないことを示してくれる。読者が基礎的なことから知識を積み上げていけるのが本書の特長のひとつであろう。たとえば国連で広く普及してきた作業上の定義における先住民族の要素は「先住性、歴史的継続性、文化的独自性、被支配性、自己認識」に集約でき、なかでも「自己認識がその中心」であった(p.7)が、2006年に重要草案から自己認定権が削除されるなど、先住民族の認定権だけでも「先住民族と国家の駆け引き」が続いている(p.9)状態らしい。

本書の目的は、この先住民族と法の関係を取り上げ、両者の「複雑な関係性を、法学、人類学、政治学、考古学、地域研究等」様々な分野の専門家が「具体的なケースを示しながら考察し、その一端を明らかにすること」(p.4)と明快である。先住民族にまつわる問題群について、国連宣言、開発・投資・貿易、世界遺産、遺骨返還などのテーマとあわせ、日本を含む世界の諸地域が個別に取り上げられ詳細かつコンパクトに論じられる。各論はまた、それぞれ植民地化前から現代まで長く射程をとる点で足並みがそろっており、読者は先住性の起源に遡って理解を深めることができる。

本誌『アフリカレポート』の読者にとってはアフリカの動向はやはり注目されるところであろう。第14章ボツワナは、アフリカでも1990年代に使われ始めた先住民族という線引きが、柔軟性を備えた現地の社会関係のあり方をよそに、人々の選別や分断・排除の根拠となっていく様子を、現場のエピソードを交えて活写する。先住民族の承認や権利保護などのステージを超えた、その先の問題の広がりを描いたこの章は、評者にもとりわけ読みごたえがあった。

上でみた「先住民族」の定義問題に表れているように、本書は、単純化を避け、法や制度に基づいた、揺らぎや論争の存在を丁寧にたどった説明を行おうとする点で一貫している。遺骨の返還や開発などの問題が日本をはじめ世界で注目されるいま、世界的な規模の、そして通史的な流れを一冊で学べる利点も大きい。ぜひ手元において参照したい一冊である。

津田 みわ(つだ・みわ/アジア経済研究所)

 
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