Africa Report
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2024 Volume 62 Pages 23

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カリブ海のフランス植民地サン=ドマングは、砂糖とコーヒーの一大産地として18世紀のフランスに莫大な富をもたらした。この繁栄を支えたのは、アフリカ大陸から連れ去られ奴隷として使役された黒人たちであった。隷属状態からの解放を求める黒人たちが1791年に蜂起し、奴隷制廃止を勝ち取り、ナポレオンが差し向けた軍隊をも退け、1804年の独立宣言により誕生したのがハイチ共和国である。このハイチ革命の展開とその後の苦難の歴史を、この国を研究し続けてきた著者が丹念な史料批判と最新の研究を踏まえて書きあらわしたのが本書である。人権を掲げて敢行されたフランス革命の直後にもかかわらず、宗主国フランスの議会がサン=ドマングでの奴隷制廃止を即座には決められず、決定までに数年を要したことや、フランス以外からもこの革命が奴隷解放に向けた転換点として注目されていたことなどが本書では詳しく記述される。これらの論点を通して、世界史におけるハイチ革命の位置付けを具体的に知ることができる。

アフリカ研究の立場から興味深いのは、アメリカ大統領にもなったリンカーンとハイチの関係である(第4章)。奴隷解放を唱えてアメリカ南北戦争を戦ったリンカーンは、実は白人と黒人の共存は困難だとの考えを持つ人物であり、黒人をアメリカ以外の土地に送るという考えに固執したのだという。19世紀のアメリカでは奴隷の身分から解放された黒人をアフリカに入植させる取り組みが行われたが、リンカーンはこの取り組みを支持しただけでなく、アフリカまでの移送がコスト的に困難である場合の代替入植地としてハイチに注目していたことが本書では指摘される。リベリア共和国の誕生につながるアメリカからの黒人入植運動が、このような人種分離の思想と深く結びついたものでもあったことをハイチの事例は浮かび上がらせている。

独立実現までの宗主国との交渉と武力闘争、独立後に顕在化する政治的・経済的な自立の困難さ、旧宗主国が直面する植民地支配の歴史的清算の問題など、脱植民地化の過程に含まれる諸課題がハイチの歴史には集約されている。サハラ以南アフリカもまたそのような課題に直面してきた地域であり、アフリカ史とも深く関わるハイチの歴史を通して、アフリカの歴史をより広い視点から位置付ける手がかりを得ることができるだろう。また内政面に注目した一国政治史の方法論に慣れている立場にとっては、一国を世界史の焦点として描き出す本書の叙述スタイルは新鮮であった。

佐藤 章(さとう・あきら/アジア経済研究所)

 
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