Africa Report
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ISSN-L : 0911-5552
Article
Teaching African Studies in Japan: Improving University Education through NPO Practices
Junko MARUYAMAHaruna YATSUKA
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2025 Volume 63 Pages 16-28

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要約

日本の大学におけるアフリカ教育をめぐっては、カリキュラム・制度の不十分さ、および、教える人びとのあいだのネットワーク不足が指摘されてきた。これに対して本稿は、大学の外部に位置するNPOを活用することが、これらの課題に対処し、アフリカ研究を教えるための、アカデミアの外にも開いたネットワーク形成・維持につながることを明らかにした。具体的には、市民のアフリカ理解促進を目指してきたNPO法人アフリック・アフリカの活動と、大学教育の現場が接合した教育実践例を収集分析した。その結果、多くの大学で、アフリック・アフリカのウェブサイト上に蓄積されたエッセイや料理レシピなどを教材とするものと、講師派遣や写真展などを組み合わせたイベント型教育が実践されていた。また、これらは、大学生にとって身近でイメージしやすい題材を扱ったもので、アフリカへの親しみをもたせることに有効であった。本稿は、実践例の詳細を報告するとともに、NPOの活動実践を大学教育に還元することによりアフリカ教育の充実が図られる可能性について論じる。

Abstract

It has been pointed out that the challenges of teaching African Studies in Japanese universities include inadequate curricula and systems, as well as a lack of networks among those teaching African Studies. This paper demonstrates that utilisation of NPOs situated beyond the university environment has the capacity to overcome these challenges and to lead to the establishment of a teaching network in African Studies that is open to the outside academic world. Specifically, this paper collected and analysed examples of educational practices in which the activities of the NPO AFRIC Africa, which aims to promote citizens’ understanding of Africa, were linked to the field of university education. The analysis revealed that many members of the NPO are implementing educational activities using essays, cooking recipes and other materials accumulated on the AFRIC Africa website as teaching materials. They also provided event-based education, combining these with the sending of lecturers and photo exhibitions. These educational activities, which focused on topics that were already familiar and easily imagined by university students, proved effective in promoting familiarity with Africa. This paper presents a detailed report on the examples of practice and discusses the possibility of improving education about Africa by bringing the practices of NPO activities back into university education.

はじめに

近年、日本の学校教育では、国際理解や多文化共生、国際協力などを扱った探究学習や開発教育、SDGs教育がさかんに実践され、グローバルサウスを題材に学ぶことが増えている。しかし、そうした学びにとって重要な地域となるはずのアフリカについては、扱われる機会が限られており、学校教育全体を見てもアフリカの位置づけは依然として非常に小さい[山崎 2008]。学校教育におけるアフリカ軽視は、アフリカ研究者のあいだでは、長らく問題視され続けており、小学校、中学校、高等学校で用いられる教科書を題材とした研究にはまとまったものがいくつかある。教科書記述の分析からは、アフリカの占める割合がきわめて小さく、またネガティブなイメージを喚起させるものに偏っていることなどが指摘されてきた[西岡 2005; 舩田クラーセン 2010]。

一方で、共通に指定された教科書を用いるわけではない大学教育においては、小学校、中学校、高等学校と比べると、教員自身の学術的な研究活動に裏付けられた教育や、教員自身の裁量や自由度が認められている。そのため、画一的な教科書を用いた教育とは異なる教育を提供できる可能性がある一方で、教員個人の力量や経験などに左右される部分が大きく、大学の組織、制度、カリキュラムなどの制約もある。以下に挙げるいくつかの大学教育現場からの報告からも、その課題の多さを読み取ることができる。

吉田[1993]は、1992年に、日本アフリカ学会の会員で、大学で講義を担当している132人から得られたアンケート結果をもとに、日本の大学におけるアフリカ教育の実態を報告している。詳細な分析の結果、当時、大学でアフリカを主題とする講義が増えてきているものの、それらは講師個人のイニシアティブによるものが多いことが明らかにされている。そして、今後の課題として、アフリカの名を冠した講義とそれを教える常勤教職ポストの増加と、アフリカ研究を教えることに関する研究者・教育者の横のネットワークの形成が指摘された。

この報告から約10年後には、日本アフリカ学会[2004]が、学会創立40周年を機に、会員に所属先の大学 ・研究機関等におけるアフリカに関連した教育についての現状調査を呼びかけ、その結果として得られた56の報告を学会誌『アフリカ研究』に掲載した。これらは、各教育の現場の様子を詳細に記しており、全国の大学教育の現状がよく伝わるものとなっている。個々の状況は大学によって異なるものの、全体としては、依然としてアフリカに特化した講義やカリキュラムが限られており、体系的にアフリカについて学ぶ機会の提供が叶っていないことがわかる。またアフリカ研究者は各個人ができる範囲でアフリカに関する教育機会を作り出すにとどまっており、今後の課題として、彼らのあいだにネットワークを構築することの必要性も指摘されている。

さらにその数年後には、舩田クラーセン[2010, 19]が、学部教育に焦点をあてて、大学におけるアフリカ教育の現状を論じている。ここでも、2009年時点ではアフリカを掲げる学部・学科が皆無であること、大学入試にアフリカに関わる問題が出されることも稀であること、そしてアフリカ関係の専任教員がいる大学が限られていることを指摘したうえで、大学では「四苦八苦しながらアフリカ関係の授業が開講」されていると総括している。

これらの報告からは、大学教育においても、アフリカはきわめてマイナーな位置づけにあり、課題として、アフリカについて教えるために大学のカリキュラムや組織編成、人員配置などを整えること、また大学を超えたアフリカ研究を教えるためのネットワークを形成することの2点が、繰り返し認識されてきたことがわかる。一方、大学教育は、大学という機関に閉じたものではなく、大学外の組織や取り組みなどと連携しながら進められることも多い。とりわけ近年では、大学改革やSDGs推進などを目的に、それがより強く求められる傾向にもある。実際、日本アフリカ学会[2004]に掲載されている大学のなかにも、数は多くないが、大学外のNGOやNPO、地域団体や専門家、実務家などの協力を得て、アフリカ教育を実践している例が報告されている。すなわち、大学におけるアフリカ教育の充実をめぐっては、大学内部の制度の改革やカリキュラム改訂だけでなく、こうした大学の外部に位置する市民活動や市民教育との協働の可能性も視野に入れて考える必要があるが、この分野については、これまで十分には論じられてこなかった。

そこで本稿では、大学の外部に位置するNPOを活用した教育の実践例に着目し、大学教育の場でアフリカについて教えるために、どのような教育が実践されているのかを分析する。それによって、これまで指摘されてきた課題がどのように乗り越えられようとしているのか、またいかなる点がさらなる課題として残されているのかを検討することを目指す。

具体的には、アフリカ各地でフィールドワークを重ねてきた研究者が主体となって設立されたNPO法人アフリック・アフリカ(以下アフリック)1の活動に焦点をあてる。本NPOは、研究を通して得た知見をアカデミアに閉じ込めず、市民にわかりやすく伝えることに力を注いできた。2004年の設立当初、会員の多くは大学院生であったが、やがて大学に職を得て、今日では大学教育に関わるものが増加している。この過程で、NPO活動のなかで蓄積してきたアフリカ理解のためのコンテンツや、アフリカとの多様な関わりをもつ人びととのあいだで築いてきたネットワークを、大学教育の場で活用する事例も増えてきた。

本稿の構成は以下のとおりである。はじめに今日の大学生とアフリカの距離を確認したうえで、アフリックのNPOとしての活動の概要を提示する。それをふまえて、アフリックの提供するアフリカ理解のための活動やその成果を「アフリック・コンテンツ」と総称し、それらがどのように活用されているのか、具体的な教育実践例を分析する。以上をふまえて、これらの実践例を、アフリカ教育をめぐって、これまで指摘されてきた課題、すなわち①アフリカ研究を教えるためのカリキュラム・制度の不足、②アフリカについて教える人びとのネットワークの不足の2点に即して考察したい。

1.大学生とアフリカの距離

本論に入る前に、大学生とアフリカとの距離を理解するために、アンケート調査の結果を示したい(図1)。本調査は、筆者らが勤務する大学の2024年度の「文化人類学(1)」の受講生を対象に、Googleフォームを用いてオンラインで実施した。調査を実施したのは第1ターム第2回の講義のあとで、アフリカの事例を扱った講義はまだ行われていない段階である。回答者は、女子大学であるため全員女性であり、1年生が37人、2年生が19人、3年が14人、4年生が14人の、計84人であった。また、このうち国際系の学科に属する大学生が72人と、その9割を占めた。所属学科の特性や、異文化理解を掲げる文化人類学の講義を履修しているという点からも、回答者は、日本の大学生のなかでも比較的に国外の事情に関心の高い層といえよう。

しかし、その結果を見ると、アフリカへの渡航経験やアフリカ出身の友人との交流といった、アフリカとの直接的な関わりは非常に限られていることが明らかである。一方で、大学入学までに社会科でアフリカについて学んだ人が8割弱(地理:51人、歴史:49人、公民:20人)、インスタグラムなどのSNSを通じてアフリカの情報に触れる人が半数近くおり、アフリカに関して学んだり、なんらかの情報を得たりする機会はあったことがうかがえる。しかし、それらはアフリカへの「親しみ」につながっているとはいえず、回答者の8割以上が、アフリカに「親しみを感じない」と答えている。

図1 大学生とアフリカとの距離

(出所)2024年度「文化人類学(1)」受講生対象のアンケート調査により筆者作成。

内閣府の「外交に関する世論調査」においても、「アフリカに対して親しみを感じない」とする者の割合は2022年に68.3%、約20年前の2003年では67.7%で、「親しみを感じる」とする者の割合(2022年:27.0%、2003年:17.2%)をはるかに上回る状況が続いている[内閣府 2004; 2023]。なかでも大学生に相当する18~29歳のカテゴリーでは「親しみを感じない」とする割合が、73.3%と全体よりも高く[内閣府 2023]、大学生にとって、アフリカは総じて「遠い地域」に位置付けられていることがわかる2

すなわち日本の大学生の多くは、アフリカに関する多様な情報に触れてはいるものの、それがアフリカに親しみを感じることにはつながっていないと言える。このような大学生に向けて、大学教育はどのような学びの機会を提供することができるのだろうか。次節から、NPO法人アフリック・アフリカの取り組みを事例に、これを明らかにしていく。

2.NPO法人アフリック・アフリカの「アフリカ理解を深めるための情報発信」

NPO法人アフリック・アフリカは、2004年に当時、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科に所属し、アフリカ地域研究を専攻していた大学院生を中心に設立された。その後、他大学の学生や教員、また研究者以外の人びとも参加するようになり、2024年11月時点で59名の会員を有する。本NPOは、会員がフィールドワークを続けてきた地域において、現地の人びとがその地域に根差して主体的に進める活動に協力すること(「アフリカでの活動」)、そして、会員それぞれが研究を通して得た知見を日本の市民にわかりやすく伝えること(「日本での活動」)を、創設の意図としている。特に後者は、会員の専門地域や研究テーマの多様性を活かしながら、さまざまな情報発信の形態を追求し、またその成果を蓄積している。

「日本での活動」の根幹となるのは、ウェブサイトにおける定期的な情報発信と、出前講義やイベントといった不定期に開催する対面型の活動である。前者のウェブサイト上の情報発信としては主に3つのコンテンツがある。ひとつ目は、フィールドでの出来事をもとに会員が書くテーマ別のエッセイ「アフリカ便り」3で、現在、400本以上のエッセイが掲載されている。エッセイの舞台は、アフリカの24の国に日本を加えた計25カ国に及び、連載にあたっては共通テーマとして「手仕事」、「きれい・きたない」、「女も、男も。」など、読者にとって親しみがもてるものを設定してきた。2024年10月からは18個目のテーマとして、色にまつわる連載「アフリカ、色いろいろ」が始まった。会員は、共通テーマに関連づけて、各自のアフリカでの経験や知見をもとにエッセイを執筆する。そのためウェブサイトには、特定のテーマについて、複数の執筆者がさまざまな地域の事例をもとに、異なる視点から書いたエッセイが集まっている。読む側は、同じテーマでも、異なる地域の異なる事例を扱ったエッセイを往還しながら、アフリカの多様性や共通性に思いを巡らすことができる。2つ目は、アフリカに関わる本や映画を紹介する「おすすめアフリカ本」4である。会員が執筆した本をはじめ、アカデミックな専門書もあれば、絵本や映画など、そのジャンルは多岐にわたる。記事の本数は現在190本を超えている。3つ目は、「アフリクック」5と名付けたアフリカ各地の料理のレシピ紹介である。「アフリクック」の最大の特徴は、現地で作られている料理を、材料や調理過程もそのままにレシピを書き起こしている点にあり、アフリカ各地の食生活や食文化を具体的に知ることができるものとなっている。レシピの総数は150近くになり、そのうち、日本で入手できる食材を使って再現したものは、料理レシピの投稿・検索サイト「クック・パッド」6にも掲載している。

不定期に開催する対面型の活動は、おもに2つに分けられる。ひとつが、「アフリカ先生」7と名付けられた、学校や市民活動機関などからの依頼にもとづく講師派遣や出前講演である。これまでに、幼稚園から大学までの各種学校における講義、公民館や地域の国際センターなどにおける公開講座などを実施してきた。それぞれが単発のイベント形式をとることが多いが、高校時代に「アフリカ先生」による連続講義を受け、数年後にアフリカ研究を志し大学院に入学し、アフリックにも入会した会員がいたこともあり、アフリカにたずさわる人びとの育成に貢献する側面もある。2つ目は、フィールドで撮影したり、持ち帰ってきた「写真や物品の展示」8である。写真展については、会員がアフリカの各地で撮影してきた写真を日本で現像し、パネルに加工して展示している。これらの開催数は「アフリカ先生」が100件、「写真や物品の展示」は50件以上に及ぶ。本稿では、以上のアフリックが日本で実施してきた活動やその成果をまとめて、アフリカ理解のための「アフリック・コンテンツ」と呼ぶ。

なお、アフリック・コンテンツはすべて、原稿の掲載やイベントの開催の可否を、NPOの事務局内で審議してから決定している。「アフリカ便り」、「おすすめアフリカ本」、「アフリクック」については、事前に原稿を事務局用のメーリングリストに提出し、会員が相互にチェックし、修正等を経てから、ウェブサイトに掲載される。イベントについても、内容の確認、担当者の選定、必要経費等について議論をしてから開催の可否を決めている。また写真展用の写真については、会員全員で候補写真を確認し、投票によって選ばれたものをパネル加工している。これらのプロセスを経ることによって、意図しないメッセージや誤解を生むような情報発信を回避することに重きを置いている。同時に、こうした議論や審議のプロセスは、会員どうしの意見交換の機会になり、互いのアフリカ理解をすり合わせることにもつながっている。

3.アフリック・コンテンツの大学教育での活用

(1) アンケート調査による実態把握

広く市民社会に向けてつくられ、蓄積されてきたアフリック・コンテンツを、会員はどの程度、大学教育に活用しているのだろうか。活用状況を把握するために、2024年1月、アフリックの会員を対象にGoogleフォームを用いたアンケート調査をオンラインで実施した。このときのアフリックの会員は56人で、うち大学教育にたずさわっていたのは36人であった。調査に回答した21人のうち、アフリック・コンテンツを大学教育に用いた経験をもつ人は16人であった。その教育が実践された大学は、会員の専任校だけでも13校にわたり、非常勤先を含むとさらに多くなった。また、実施した講義としては「アフリカ地域研究」のように「アフリカ」が講義名に含まれるものが13であったのに対して、「比較文化関係論」、「社会学入門」、「地理学」、「観光人類学」のように、「アフリカ」を講義名に含まないもの、つまり扱うべきテーマがアフリカに限定されない講義が17あった。

また教育実践の内訳を、アフリック・コンテンツ別に見ると、「アフリカ便り」に掲載されたエッセイを使った人 が 10人、「アフリクック」に掲載されているアフリカ料理のレシピを利用した人も10人で、この2つがもっともよく活用されていた。それ以外には、大学内で開催した「写真・物品展」を講義に組み込んだ人が8人、「アフリカ先生」として他の会員を講義などに招いたことのある人が6人、「おすすめアフリカ本」の記事を使ったことがある人が4人と続いた。

これらの具体的な実践例を検証すると、アフリック・コンテンツの活用方法には、大きく分けて2つのパターンがあることがわかった(表1)。ひとつは、ウェブ上のアフリック・コンテンツを講義の教材として利用するもの(表1中の活用Aタイプ)、もうひとつは、アフリック・コンテンツを組み合わせて実施されたイベント型の教育機会の提供である(同活用Bタイプ)。Aタイプの実践例で、もっともよく使われていたのは「アフリカ便り」であり、「国際協力論」、「開発人類学」、「開発と文化」などの講義で、ゴミ問題、難民、識字率などを、地域の文脈に即して理解するための補助教材として用いられていた。また「アフリクック」のレシピは、実際に料理を作るアクティブ・ラーニングのほか、次の節で詳述するように、地理学や文化人類学の講義でも活用されている。

表1 アフリック・コンテンツの活用状況

(出所)アンケート調査により、筆者作成。

Bタイプの実践例としては、複数大学で巡回開催したテーマ別写真展(「アフリカの未来世代」、「アフリカン・ブリコラージュ!」、「アフリカの<老いの力>を見る」、「アフリカに住む」)と、「アフリカ先生」やアフリカでの活動プロジェクトの紹介を組み合わせたイベントに大学生を参加させた事例が多く見られた。また、写真展と「アフリクック」を組み合わせ、写真パネルに合わせてレシピの配布や調理道具の展示をおこなうといった食文化に特化したイベントもあった。次項で詳細を述べるように、大学内や地域に開かれたイベントを通じて、大学生が自らの学びや研究関心とアフリカを結び付けて考える機会を提供する場ともなっていた。

次項では、A、Bタイプの実践から、それぞれ2事例ずつ取り上げ、さらに具体的に検討したい。

(2)活用の具体的な事例

まずAタイプ「ウェブ上のアフリック・コンテンツを講義などで利用するもの」として、「アフリクック」を用いた実践例を2つ紹介したい。「アフリクック」は、アフリカの多様な地域をカバーしている点が特徴のひとつで、ウェブサイトでは、国別に検索することもできる。この点を活用して展開された講義が、国士舘大学で、アフリック会員の桐越仁美が担当している「地理学B」である。この講義は「総合教育科目(一般教養科目)」として全学部の大学生を対象としており、履修登録した大学生は100人程度、その大半が1・2年次に在籍していた。対象の回は、食材と気候区分、農業区分の関係性を理解することを目的としていた。受講生は、「アフリクック」から、10 のレシピを選び出し、そこに使われている食材と、その食材が食べられている地域の気候区分、ホイットルセーの農業区分9を各自で調べたうえで、それらの関係について気が付いた点を書き出す。それによりサハラ以南アフリカの食を事例として、それぞれの要素の共通点や地域差を分析させることがねらいであった。その結果、受講生は、「アフリカは砂漠気候とサバナ気候が広い範囲を占めているが、地元で生産したコメを使用している料理があるために、降水量が1000ミリ以上の地域もあることがわかった」とアフリカの多様性に気づいたり、サバナ気候の地域におけるイネ、イモ、雑穀などの生育状況や、料理に使われていたヤシ油の生産流通過程などについても関心を広げていった。さらに授業後に回収したコメントシートの記述からは、「アフリクック」に掲載されているレシピの多さから、アフリカの食材や食が想像以上に豊かであるという印象をもった受講生が一定数いることが読み取れた。

また「アフリクック」は、材料や料理手順の詳細などを示しながら、生活のなかの普段の食事をなるべくありのままに記述することを方針に進めている。このため、レシピのなかには日本で暮らす人びとにはなじみのない調理方法や食材も多く含まれている。こうした点に着目して、講義内容に取り入れたのが、筆者のひとりでアフリック会員の丸山淳子が津田塾大学で担当した「文化人類学」である。この講義は、「共通科目」として全学部を対象としており、履修登録は100人程度、履修者の大半が1年次の大学生である。講義のなかで、受講生に「アフリクック」のレシピのなかから「食べたいもの」と「食べたくないもの」を直感で選ばせたうえで、なぜ自分がそれを選んだのかを考察させることによって、自文化のバイアスについて考えさせることをねらった。その結果、食べたいものにはジャガイモのてんぷら10や、スパイス入り揚げパン11、ココナッツ蒸しパン12など、日本に暮らす大学生にとって親近感のあるものが並ぶ一方で、食べたくないものとしてはイモムシの揚げ炒め13、バッタの炒め物14、ジムシのつつみ焼き15などの昆虫料理に回答が集中した(図2)。講義後の受講生によるコメントシートには、自身でも気が付かないうちに自文化の食が「食べたい・食べたくない」という感情に影響を与えていることや、「貧しいから虫しか食べるものがない」といったアフリカに対する自身の無意識の偏見に気づいていったことなどが記されていた。この課題を通して、受講生が自分自身のものの見方を問い直していったことがわかる。

図2 大学生が「アフリクック」掲載レシピから選んだ「食べたくないもの」

(注)回答者数84人、複数回答あり。

(出所)2024年度「文化人類学(1)」の講義中の受講生の回答から筆者作成。

Bタイプのアフリック・コンテンツを組み合わせたイベント型の教育としては、弘前大学で2019年にアフリック会員の近藤史が担当した「社会学入門」が好例である。この講義は人文社会科学部の「学部基本科目」として選択必修となっており、履修登録は270人程度で、そのうち210人と、大半は同学部の1年次の大学生である。この講義では、大学内の資料館で同時期にアフリックが開催した企画展「“装う”アフリカ―世界との交錯のなかで―」16に展示されている写真や物品、アフリックのウェブサイトに掲載された写真、「アフリカ便り」のエッセイなどから、ブリコラージュやモノの脱文脈化の具体例を受講生自身に見つけさせるという試みがなされた。そして、それらを、日本のブリコラージュの具体例と比較検討することによって、レポートを執筆させている。提出されたレポートでは、受講生が、タンザニアのトタン板を加工したパラボラアンテナ17や、廃タイヤでつくられたサンダル18などに注目し、その創造性や工夫とともに、アフリカが閉じた世界ではなく、他地域に由来するモノやアイディアとの相互作用の中で、新しい価値や文化を生み出す場所であることに気づいていったことが示されていた。

さらに、Bタイプのイベント型の教育のなかには、講義の枠を超えた学びを大学生に提供した事例もある。その例として、筆者らが2019年に企画した、アフリックと津田塾大学学芸学部多文化・国際協力学科が共催したシンポジウム「フィールドワーク×国際協力:大学院生/開発ワーカー/研究者のかかわり方」19がある。このシンポジウムでは、「アフリカ先生」を活用して、フィールドワークの経験がどのように国際協力につながっていくのか、またフィールドワークや国際協力のプロセスとはどのようなもので、どうあるべきかといった論点について、個々の経験をふまえた議論をおこなった。登壇したのは、「アフリカ先生」として研究者、開発実務家、大学院生と立場の異なるアフリックの会員3人と、津田塾大学の1~4年次の学生7人で、それぞれのフィールドワークや国際協力の経験を発表しあい、互いにコメントをした。参加した大学生は、1年生は高校までの学びを踏まえた発表を、2~4年生は卒業研究として各自が進めているフィールドワークに基づいた研究発表やコメントを披露し、フロアからも多くが議論に参加した。このなかで、アフリカを取り上げた大学生は1人だけであり、大学全体でも卒業研究としてアフリカでフィールドワークを実施する大学生はけっして多くはない。しかし、「アフリカ先生」を用いて、アフリカという特定の地域との深く多様な関わり方を提示することによって、大学生が自身の調査地域や異文化とどのように関わるかを深く考える機会にもなっていた。実際、このシンポジウムで発表した大学生のひとりは、後に南アジアの地域研究を志して大学院へ進学している。

以上の実践例からは、まず、アフリック・コンテンツが、料理や衣服、日用品など大学生にとって身近な題材を取り扱っていること、レシピや写真、物品、あるいはアフリカに深く関わってきた人などを通して具体的なイメージをもちやすい特徴をもっていることなどから、大学生にアフリカへの親しみをもたせる導入として有効に働いていることがわかる。3節で記した会員を対象にしたアンケートでも、アフリック・コンテンツが、とくにウェブサイト上の情報発信について、大学生の日常生活に関連するトピックが多く扱われていること、平易な言葉で短く表現されていること、スマートフォンでアクセスできる手軽さなどから、大学生にとってアフリカを身近に感じられるきっかけづくりになると評価されていた。

さらに講義などでのアフリック・コンテンツの活用方法を工夫することで、大学生が、単にアフリカへの理解を深めるにとどまらず、より広い学びへとつながることも示唆された。異文化としてのアフリカを通して、自分たちの社会や文化のありかた、価値観や規範などを省みる機会になっていたり、各自の卒業研究やフィールドワーク、およびその調査地との向き合い方などを考えるきっかけにもなっていた。こうした広がりについては、アフリックの会員の多くが感じていた。さらに、会員を対象にしたアンケートには、大学生の反応やフィードバックによって、自身の研究テーマや着眼点に発展がみられたというコメントもあり、大学生と教員がともに学ぶ場がつくられていくことにもつながっている。

おわりに

最後に、アフリック・コンテンツを用いた大学教育に関する実践例を、これまで繰り返し指摘されてきた課題である①アフリカ研究を教えるためのカリキュラム・制度の不足、②アフリカについて教える人びとのネットワークの不足の2点に即して考察したい。

①についてはアフリック・コンテンツを用いたアフリカ教育の実践例をみると、「アフリカ地域研究」など「アフリカ」を冠した科目が一定程度、開講されるようになってきていることが示唆される一方で、依然として、それ以外の講義科目の一部としてアフリカを扱う事例が多いことがわかる。この背景には、アフリックの会員が教員として教えている大学において、アフリカについて体系的に教えるカリキュラムや、アフリカの専門家が期待されるポストが、十分に整っていないことがある。この点では、今日においても、大学教育の制度やカリキュラムにおいて、アフリカはけっして重要視されているとは言えないことが明らかである。そのような状況の中で、各教員は、まさに「四苦八苦しながら」[舩田クラーセン2010, 19]教えることになるが、その教員個々人の取り組みを支えているのが、アフリック・コンテンツであると言える。

まず、カリキュラムの制約のなかで、各教員はアフリカについて教える機会が限定されているという課題に直面しているが、アフリックの会員は、多様なテーマを包含するアフリック・コンテンツを活用することによって、さまざまな講義の中にアフリカを取り込むことが可能になっている。またアフリカは、非常な多様性をもっている地域にもかかわらず、大学に配置されている教員が限られており、自身の専門とする地域を越えた対応がもとめられることが多い。これに対しても、アフリック・コンテンツは、各教員の専門地域を越えた多様性の提示に非常に役立っており、実際にコンテンツを活用してきた会員の多くがそれを実感している。そしてアフリカ研究に関わる入門書の出版は続いているものの、全体としては教材が限られているなかで、アフリック・コンテンツは大学生にとって「親しみをもちやすく」、そして教員としても「信頼できる」教材として一定程度使えるものといえる。加えて、新型コロナ感染症パンデミック以降、講義中のインターネット利用やオンライン教材の活用が活発化するなかで、とくにウェブサイト上のアフリック・コンテンツの使用頻度も増えている。このように、アフリック・コンテンツは、大学の制度やカリキュラムの改訂といったトップダウンの取り組みによって、大学組織の中でアフリカの存在感を増すことに直接的に貢献するわけではないが、NPOという大学の外部組織での活動実践を大学教育に還元するというボトムアップの活動をとおして、実質的に大学教育においてアフリカの占める割合を増やすことに貢献しているといえよう。

②については、アフリックがNPO法人という形をとり、会員間のコミュニケーションが密であり、継続的にアフリック・コンテンツを蓄積していることによって、アフリカについて教えるための持続的なネットワークとして機能している点を指摘したい。まず、会員の多くは全国の様々な大学で教育の機会をもっており、大学組織を超えたネットワーク形成が可能になっている。それに加えて、アフリカ研究を修めたのちに、研究者や大学教員ではない立場で、アフリカと関わり続けている会員も多く、その多様な経験や知識を大学教育にフィードバックすることが可能になっている。同時に、アフリック・コンテンツは、もともと市民教育を目的に発案されたものであり、それと大学教育が接続することによって、大学の中に閉じない教育機会の提供が可能になり、社会全体でアフリカ教育の必要性を共通認識として広めることにつながる可能性も秘めている。

最後に残された課題についても触れておきたい。大学教育において、アフリカに対する親しみやすさの追求と、単純化や意図せぬステレオタイプの再生産を避けることの両立の難しさも明らかになった。たとえば昆虫食やブリコラージュなどを扱ったものは、教材として考えると、そのままではかえってアフリカに対する偏見を助長させるリスクもあり、十分な説明や丁寧な指導が欠かせない。この点では、アフリック・コンテンツのいくつかは、アフリカ地域に専門的な知識をもつ人たちがいる教育機関以外では扱いづらく、自主学習や貸出用の教材とするには、課題が残されている。

また、アフリック会員のあいだでは、研究テーマや専門地域に多様性はあるが、長期のフィールドワークを重視するというアフリカへのアプローチのあり方については、均質性が極めて高い。それゆえ会員間のコミュニケーションが円滑である一方、教材としては似たようなものが多くなってしまうという限界もある。この点を超えるためには、アフリカを研究や活動の対象とする多様なアクターと連携しながら、アフリカ教育の充実化を図ることが必要になるだろう。今後、大学の外部に位置する市民教育分野が多様なかたちで活発化し、さらなる教授法や方法論が生まれること、またそれが大学教育へと還元されていくことが望まれる。

[謝辞]

本稿の内容は、日本アフリカ学会第61回学術大会におけるフォーラム「研究と実践の融合によるアフリカ地域研究の新機軸の開拓-20年のNPO活動における試行錯誤を通じて」での報告をもとにしたものである。執筆に際して、NPO法人アフリック・アフリカの会員、とりわけ国士館大学の桐越仁美氏と弘前大学の近藤史氏から貴重な資料を提供していただいた。また匿名の査読者の方々にも示唆に富むご助言を賜った。記して感謝申し上げる。

本文の注
1  NPO法人アフリック・アフリカのウェブサイト(https://afric-africa.org/

2  「親しみを感じる」の割合が10ポイント増加している背景には様々な要因があると思われるが、舩田クラーセン[2010]の指摘するとおり、MDGsやSDGsなどを通した世界のアフリカへの注目、国内でのTICADなどのアフリカ関連の大型国際会議の開催や経済界による「新興市場」としてのアフリカへの関心の高まり、著名人によるアフリカ支援やキャンペーン、地方自治体によるアフリカ交流などが考えられる。

3  NPO法人アフリック・アフリカ「アフリカ便り

4  NPO法人アフリック・アフリカ「アフリカおすすめ本

5  NPO法人アフリック・アフリカ「本格!料理レシピ・アフリクック

6  NPO法人アフリック・アフリカ「おうちでアフリカごはん

7  NPO法人アフリック・アフリカ「アフリカ先生プロジェクト

8  NPO法人アフリック・アフリカ「写真展・イベント

9  地理学者ホイットルセーによって考案された、世界の農牧業に関する13の分類。

10  大門碧「ジャガイモのてんぷら」、NPO法人アフリック・アフリカ、2022年1月30日掲載。

11  大門碧「スパイス入り揚げパン」、NPO法人アフリック・アフリカ、2021年11月26日掲載。

12  藤本麻里子「ココナッツ蒸しパン」、NPO法人アフリック・アフリカ、2022年5月16日掲載。

13  大門碧「イモムシの揚げ炒め」、NPO法人アフリック・アフリカ、2018年12月30日掲載。

14  浅田静香「バッタの炒め物」、NPO法人アフリック・アフリカ、2017年5月20日掲載。

15  松浦直毅「ジムシのつつみ焼き」、 NPO法人アフリック・アフリカ、2014年2月11日掲載。

16  近藤史「企画展『“装う”アフリカ ―世界との交錯のなかで―』2019/6/1-7/20 弘前大学」、NPO法人アフリック・アフリカ、2019年7月26日掲載。

17  近藤史「凄腕の鍛冶屋」、NPO法人アフリック・アフリカ、2005年4月1日掲載。

18  宮木和「牛飼いの足仕事を支えるタイヤサンダル」、NPO法人アフリック・アフリカ、2018年2月27日掲載。

19  丸山淳子・八塚春名「シンポジウム『フィールドワーク×国際協力:大学院生/開発ワーカー/研究者のかかわり方』2019年6月28日 津田塾大学千駄ヶ谷キャンパス」、NPO法人アフリック・アフリカ、2019年7月23日掲載。

参考文献
 
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