2025 Volume 63 Pages 42-48
2024年12月7日のガーナ総選挙にて新大統領に当選したジョン・マハマ(John Mahama)は、特定のセクターにおける8時間3交代制の24時間稼働を促進する「24時間経済(24-hour economy)」政策を主力政策として掲げている。同政策は24時間稼働に向けた法および環境の整備のほか、24時間経済を導入する企業への支援策で構成されている。政策の主目的は雇用拡大および生産性向上であり、その背景にはガーナが長年抱える雇用問題と、進まない輸入代替および輸出志向型工業化がある。これらの課題に対し、同政策は単に深夜帯の経済活動を推奨するだけでなく、事業コストを下げる数々の施策によって働きかける狙いがあるとみられる。他方、ガーナでは2022年末の債務危機を経て財政再建が目下の課題であることから、歳出を拡大しうるこれらの施策がどこまで実現されるのかは疑問が残る。
John Mahama, who was elected as the president on December 7, 2024, has been pledging to implement “24-hour economy” which promotes 24-hour operation with three shifts of eight hours each in certain sectors. The policy aims not only enacting an Employment Act and establishing an environment for 24-hour operation, but also providing incentives for companies that introduce the 24-hour economy. The main objective of the policy is creating jobs and improving productivity, which is due to the high unemployment rate and the lack of import substitution and export-oriented industrialization. In response to these challenges, the policy does not simply encourage economic activity through 24-hour operation, but also intends to reduce business costs by providing a series of business incentives. On the other hand, since Ghana is facing fiscal reconstruction after the financial crisis at the end of 2022, it is necessary to select target sectors carefully and implement effective measures.
ガーナでは2024年12月7日に4年に一度の総選挙が行われ、新愛国党(New National Party: NPP)から国民民主会議(National Democratic Congress: NDC)へ8年ぶりに政権が交代した1。大統領に当選したNDCのジョン・マハマ(John Mahama)は、2012~2016年にも大統領を務めたが、2016年と2020年の大統領選挙では前大統領のナナ・アクフォ=アド(Nana Akufo-Addo)に敗れた。今回の選挙では、得票率41.64%のNPP候補を抑え、56.55%の得票率で8年越しの再選を叶えた2。
マハマは、雇用拡大および生産性向上を目的とする「24時間経済(24-hour economy)」政策を公約に掲げて選挙戦に挑んだ。これは特定のセクターにおける8時間3交代制の24時間稼働の導入を、様々なビジネス支援策によって推進する政策介入で、ガーナ貿易組合(Ghana Union of Traders Association: GUTA)やガーナ学生全国連合(National Union of Ghana Students: NUGS)といった団体からも支持を得ている3。他方、病院など既に24時間稼働のサービスが一部存在することから、特に24時間経済が唱えられた当初はその意義を疑問視する声も上がっていた。
本稿は、マハマが提案する24時間経済政策について、その目的の背景にあるガーナの経済課題を踏まえて解説する。
24時間経済は、一般的に深夜帯を含む24時間365日稼働する経済の仕組みを指す。24時間稼働にあたって重要な要素となる深夜帯の経済活動は「ナイトタイムエコノミー」とも呼ばれ、1970年代の欧州にて衰退しつつあった工業都市を、レジャー・サービス業によって活性化する目的で始まったと言われている[Asafotei 2024]。今日では欧米をはじめとする多くの先進国にて、飲食店をはじめとしたサービス業から製造業や公共交通機関まで幅広いセクターが24時間稼働している。英国ロンドンでは、2014年にナイトタイムエコノミーが対GDP比5~8%に相当する177~263億ポンドの粗付加価値を創出したと報告されており、さらに2016年8月に始まった地下鉄の週末深夜運行によって2029年までに年間20億ポンドの追加粗付加価値をもたらすと予測されている[London First 2018]。途上国においても24時間経済は注目されつつある。ケニアでは2008年6月に開始した長期国家開発計画である「Kenya VISION 2030」に24時間経済の導入に関する取り組みが含まれており[Government of the Republic of Kenya 2008]、街灯の整備プロジェクトや深夜や休日に低価格の電気料金を提供する時間帯別料金の導入などの施策を打ち出している。
24時間経済の導入は、企業には資産稼働率の最大化や様々なタイムゾーンへの適応を可能にするといった利点があり、地域住民には雇用機会の拡大やライフスタイルの多様化というメリットをもたらし、一国全体の経済を活性化させる。その一方で、騒音や治安の悪化、深夜に働く労働者の健康問題が懸念されるほか、労働法や事業許可等に関する規制を適切に整備する必要もある[Abdul-Salam 2024]。
マハマが24時間稼働を公約に掲げたのは今回が初めてではない。前回の2020年選挙でも、「24時間経済」という用語こそ用いていなかったものの、8時間3交代制による24時間稼働に向けた新たな雇用法の策定を公約に掲げていた[NDC 2020]。しかしその目的は、限定的な国内市場をうけて海外市場への進出が将来的に活発になった場合の需要への対応であり、海外市場を意識した製造業やハイエンド向けのサービス業などに対象が限定されていた。一方、今回は新たな雇用法の策定に加えて、24時間経済の対象が拡大され、公的部門において経済活動への直接的な波及効果が高いと予測される港湾と税関、さらに運転免許証とパスポートの交付を24時間体制で行うことが提案された。民間部門では農産物加工をはじめとする製造、建設や小売、金融など12部門4が主対象として指定され、24時間稼働を実現するための様々な支援策が明示された[NDC 2024]。
主な支援策は、24時間稼働を導入する企業への時間帯別電気料金システムや税制優遇措置の導入、輸入代替や輸出向け製品を作る製造業者へのガーナ輸出入銀行を通じた融資、生産能力の低い中小企業への触媒的投資などである。さらに、深夜帯の経済活動に対する批判としてしばしば挙げられる治安悪化への懸念に対応するため、官民による治安対策を通じた安全な環境づくりも施策として掲げられている。
マハマは24時間経済政策を導入する目的として、雇用機会の創出と生産性の向上を挙げている。前者を訴える背景には、雇用が限定的であるというガーナが長年抱える問題がある。国際労働機関(International Labour Organization: ILO)による国際基準の失業率に準じればガーナのそれは過去数年3%台を維持しており5、一見したところ高くない。しかし、ILO定義に含まれる「積極的に仕事を探しているか」という条件を除いた広義の失業率を採用しているガーナ統計局(Ghana Statistical Service: GSS)のデータ6では、直近2~3年に13~14%を記録しており7、2017年の8.4%から上昇している[GSS 2019]。GSSは広義の定義を採用している理由として、長年雇用機会が限定的なため人々が積極的に求職していない点を指摘している。また、就労者においても約8割はインフォーマル労働者であり8、正規雇用を得られない労働力が同セクターに吸収されている。
マハマは、8時間3交代制を導入することで対象セクターにおいて雇用が2~3倍増加すると主張している。深夜労働の雇用創出効果として、英国では2014年にロンドン住民の8人に1人にあたる約72万人の雇用がナイトタイムエコノミーによってもたらされたとの報告がある[London First 2018]。同政策の経済効果を一般均衡モデルで分析したAbdul-Salam[2024]によると、政策の導入によってガーナでは今後5年以内に300万以上の雇用が創出されるという。また、対象外のセクターにおいても、対象セクターに原材料を提供している場合、資材の需要が高まることで雇用が拡大する可能性がある。Abdul-Salamの研究では、セクター別の労働需要の増加割合をみると24時間稼働の対象外である農林水産業が建設業の次に高かったが、これは対象セクターにおける原材料の需要増加が要因だと考察されている。加えて、マハマは深夜帯には賃金が比較的高い雇用が創出されると強調している。しかし、ガーナにおける現行の労働法は深夜労働に対する割増賃金を義務付けてはいないため、現状では賃金が必ずしも高くなるわけではない。
同政策のもう一つの目的である生産性の向上を掲げる背景には、「輸入代替および輸出志向型の工業化」が進まない現状があると考えられる。ガーナは他のサブサハラアフリカ諸国と同様に、十分に工業化が進まないまま農業からサービス業主導の経済へと移行した[UNIDO 2020]。しかし貿易面をみると、依然として輸出は原油や金、カカオ豆など特定の一次産品が大部分を占める一方で、精製石油や自動車から加工食品に至るまでの製品を輸入に依存しており9、国内経済が一次産品の国際価格の変動による影響を受けやすくなっている。マハマは前回大統領を務めていた折から、製品輸入に依存している同国の経済構造を改革する必要性を訴えており[Mahama 2014]、2020年の選挙でも輸入代替や輸出志向型経済への改革を目指すと述べていた。今回も24時間経済政策は輸入代替および輸出志向型の工業化を促す包括的な計画であると主張し10、施策として輸入代替や輸出向け製品の製造業者対象の融資を検討するだけでなく、運輸や港湾および税関も24時間稼働の対象に挙げている。このような提案から、サプライチェーン上の多様なセクターの生産性をより包括的に改善することで製品輸出の促進を図るマハマの試みがうかがえる。
工場の24時間稼働は、設備等の稼働率を上げ、機会損失を生み出しているダウンタイムを削減することができる。また、日中帯の交通の混雑も緩和されれば、生産性の向上に寄与するだろう。ガーナの製造業に関する報告書は、同じ低中所得国であるケニアおよびベトナムの設備稼働率がそれぞれ72.2%、76.7%なのに対してガーナは65.8%と、比較対象の国よりも低い点を指摘しており[Nti 2015]、より効率的な工場の操業が望まれる。Ondimu[2024]の研究によると、営業時間を延長したケニアの中小企業のうち約6割が生産性が向上したと回答している。
さらに、時間帯別電気料金制度などの施策導入は、近隣諸国よりも高いと批判されている事業コスト11を引き下げる可能性がある。ガーナでは資金調達の障壁やエネルギーコストの高騰が製造業の発展を阻んでいる[Samuel 2023]ほか、付加価値税(VAT)の税率引き上げや新税制の導入12による高い税金が中小企業にとって成長阻害要因となっている[Mishiwo 2024]。同国の電気料金は2014年頃の深刻な電力不足を受けて電力供給会社と締結した競争プロセスを介さない電力購入契約13が原因で、高い料金設定を余儀なくされている。時間帯別料金制度の導入とともに電力が余りがちな深夜帯の経済活動を促進することで、企業は日中帯よりも電力コストを抑えてビジネスができ、政府も発電コストを回収することが可能となるだろう。
前述のAbdul-Salam[2024]による24時間経済政策の評価は、同政策導入による変化として歳出の増加以外に製造業のみの電力需要の増加を仮定しているため、この検証による政策の効果の度合いは慎重に読み取る必要がある。とはいえ、前述のOndimu[2024]によるケニアの研究では、24時間稼働の導入によって53.9%の企業が従業員数を大幅に増加、30.7%がやや増加したと回答している。24時間稼働による追加の労働コストも看過できないが、他国と比較するとガーナの労働コストがさほど高いわけではない14。施策によって電力など他のコストを効果的に削減することができれば、24時間経済政策は雇用の拡大、そして産業の発展につながる可能性がある。実際に、ガーナよりも労働コストが高いケニアでは、2023年4月に時間帯別電気料金体系の対象を中小企業まで拡大したことで夜間帯に操業する製造業が56.6%増加している[Kamau 2024]。
選挙前の世論調査では、24時間経済政策は対立政党NPPによるデジタル化政策等を差し置き、最も投票に影響を与えうる政策として挙げられていた[Global InfoAnalytics 2024]。また、国民の直面する課題として雇用と経済が上位2項目を占めた点を踏まえると、同政策は国内経済を憂慮し変化を求める国民にとって、直観的で目を引く政策だったのだろう。
他方で、マハマが掲げる施策は税制優遇措置等が中心であり、なおかつ一部の公共部門も24時間稼働の対象なことから、財政収支に影響を及ぼすことが予見される。各施策の詳細は発表されていないため影響の度合いは不明なものの、2022年末の債務危機をうけ現在国際通貨基金(International Monetary Fund: IMF)と財政の立て直しを行っているガーナにおいて、これらの施策がどの程度実現されるかは疑問が残る。財政収支とのバランスを取りながら効果的な施策を実現するためには、経済の活性化に寄与しうるセクターを適切に特定することが必須だろう。
とはいえ、持続的な経済成長を望む同国にて、これまでの政策では進まなかった経済構造の変化を促すような大胆な経済政策が必要なことも事実である。いかに財政とのバランスを取りながら24時間経済政策を進めていくのか、8年越しに大統領に返り咲いたマハマの手腕が試される。