Ajia Keizai
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Print ISSN : 0002-2942
Book Reviews
Book Review: Javier Corrales, Fixing Democracy: Why Constitutional Change Often Fails to Enhance Democracy in Latin America.
Isamu Okada
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2019 Volume 60 Issue 4 Pages 76-79

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Ⅰ 憲法改正と民主化

憲法は国の基本となる制度であり,その改正はすべてのアクターに重大な影響を与える。憲法改正がどの程度容易であるかは国によって異なるし,憲法改正について重要となる議題は時と場合によってさまざまであるが,改正そのものについて多くの利害関係者が高い関心をもつことは確かだろう。他方で,憲法改正はその上位の法規範が存在しないため,根拠となるのはその時々の国民や施政者によることになり,その意味で憲法改正は優れて政治闘争の産物ともいえる。

では,憲法改正はどのような時に「良い」ものとなるのだろうか。本書は,民主化が重要議題となってきたラテンアメリカ諸国の事例から,民主主義の継続性にとって「安定化」効果をもつか,という観点から憲法改正を議論する。1980年代よりラテンアメリカ諸国では24の憲法改正の試みがあり,そのうち11が憲法を改正することに成功した。しかしその中には,大統領権限を過剰に強めたことにより,政治的不安定化を生んだものもあった。もし政治闘争を制度的な手続きによって執り行うことが民主化の鍵だとすれば,憲法改正によって大統領権限が強まりすぎ,その結果として特定のアクターが制度的な手続きに対する不信感を高めるような場合には,民主主義が維持できなくなると考えられる。そのような場合,憲法改正は「不安定化」効果をもつだろう。逆に,憲法改正によって広範なアクターが制度的な手続きへの信頼を高める場合には,憲法改正は本書でいう「自己強化的」(self-enforcing)なものとなり,「安定化」効果をもつだろう。

本書では,どのような場合に憲法改正が開始され,どのような条件によってより「安定化」あるいは「不安定化」をもたらすか,という問いを設定し,ラテンアメリカの国家間比較分析と,ベネズエラ(1946~2004年),ボリビア(2005~2009年),エクアドル(1998~2008年)の事例分析を通じて検証している。ちなみに,本書が主な対象とするのは,直接選挙で選ばれた制憲議会による憲法改正に特化している。以下,本書の概要と意義を論じることにしたい。

Ⅱ 本書の理論枠組み

第1章で本書全体のイントロダクションが述べられた後,第2章では憲法改正についての理論枠組みが提示される。本書が注目するのは,時の政権のリーダーシップやイデオロギーではなく,憲法改正に関心をもつ現職大統領と野党のパワーバランスである。パワーバランスは経験的には,①議会での議席配分,②大統領の支持率,③制憲議会での議席数として観察可能であるが,これに基づく本書の仮説は次のようなものである。パワーバランスが現職大統領に著しく有利な場合は憲法改正によって大統領権限が拡大するのに対して,現職大統領に不利な場合は憲法改正が起きないか,起きても大統領権限は縮小すると予測される。そしてもし現職大統領と野党のパワーバランスがある程度拮抗しているときには,憲法改正は大統領権限を拡大させず,より安定的な効果をもつと予測される。

こうした仮説には,いくつかの仮定がある。第1に,大統領権限がつねに憲法改正の重要議題(pivotal issue)なのかである。この点について著者は,さまざまな重要議題がありうることを認めつつも,大統領権限はつねに与野党にとって重大な懸念を生むものであったとする。第2に,憲法改正がつねに大統領が自らの権限を強化する(本書ではこれを“self-dealing”と呼んでいる)ために開始されるかである。この点について著者は,国の独立や深刻な政治経済危機,民主化,大規模な抗議運動に現れる社会からの要求など,異なったきっかけの可能性を認めている。しかしいずれの場合でも,大統領権限の拡大・縮小はともに重要議題になるという。第3に,与野党対立を単純に二者間の対立としてとらえられるのかである。これについて著者は,野党が分裂していたり,対立が特定の地理的・民族的構造に依拠していたりする可能性を認めており,それを事例分析で詳細に論じている。

実証分析にあたり本書は,重要議題や憲法改正論議の起こり,与野党対立の図式といった各事例固有のコンテクストを理解しなければならないこと,および憲法改正が試みられながら実現しなかった事例(失敗事例)も分析対象に含めるべきことを重視する。その結果,ラテンアメリカ地域の国家間比較と,3カ国の事例分析を組み合わせた検証が行われる。

Ⅲ ラテンアメリカの急進左派政権の違い

ベネズエラのチャベス(在任1999~2013年),ボリビアのモラレス(同2006~2019年),エクアドルのコレア(同2007~2017年)という3人の大統領は,ラテンアメリカでは急進左派として知られてきた[遅野井・宇佐見2008Levitsky and Roberts 2011など]。その所以として,この3政権はいずれも従来の政党政治や伝統政党に疑問を呈し,政治・経済危機のなかで政権につき,市民社会組織の政治参加を称揚し,大胆な政治経済改革を訴え,その多くあるいは一部を達成してきたという類似性がある。そのような類似性のひとつとして,制憲議会を通じて憲法改正を達成したことも挙げられる。しかし本書では,憲法改正については,これら3政権が類似していたわけではなく,ラテンアメリカ地域のほかの政権と画するものともいえないのではないかという疑問を投げかける。このように,これまで盛んに議論されてきたラテンアメリカの急進左派政権の理解について一石を投じることが,本書の裏テーマであることは明らかだろう。

第3章は,1980年代以降のラテンアメリカにおける10の制憲議会による憲法改正と,13の失敗事例を一覧にする。その結果,憲法改正が試みられる背景には多様なものがあり,与野党のパワーバランス以外の条件も加味すべきことが指摘される。第4章は,国家間比較分析のための従属変数(憲法改正による大統領権限の拡大・縮小の度合い)と,独立変数(制憲議会あるいは国会での与野党の議席割合および大統領支持率)を提示し,確かにイデオロギーや党派性ではなく,与野党のパワーバランスこそが大統領権限の拡大・縮小について顕著な傾向を示すことを明らかにする。

第5章から第7章は,ベネズエラ,ボリビア,エクアドルの事例をそれぞれとりあげて,制憲議会における与野党のパワーバランスがもたらす効果をさらに検証する。

第5章のベネズエラでは,1947年,1961年,1999年の憲法改正がとりあげられる。簡潔にまとめると,1947年に当時の現職大統領であったベタンクール(与党Acción Democrática: AD)が高い支持と有利なパワーバランスを背景に大統領権限を拡大する改正を行い,その結果不安定化したのに対して,1961年の憲法改正では当時の与党ADが(野党Comitéde Organización Política Electoral Independiente:COPEI)に大きく譲歩して制憲議会で有利な配分を与え,大統領権限を制限したことで長期間にわたる政治的安定が生まれた。時間が経つにつれて二大政党の支配が強まり,少数野党は排除され,1980年代以降に憲法改正の必要性が訴えられるようになったが,与党の勢力が弱く,1990年代前半まで制憲議会の発足は起きなかった。1999年のチャベスによる憲法改正は,大統領の権力を著しく拡大するものであり,その結果,2001~2003年に与野党の政治対立が激しくなった。こうしたベネズエラの事例内比較は,同じ政党であっても与野党のパワーバランスによって異なった性質の憲法改正を行い,そしてその結果も仮説どおりに異なるものだったことを示している。

第6章のボリビアでは,2005~2009年の憲法改正の一連の経緯を扱う。ボリビアの事例は,与野党対立がエスニシティと天然ガス資源の地理的配分に沿って形成されており,それだけに構造的であって当初から与野党の拮抗したパワーバランスが顕著であり,審議のプロセスにおいても中央政府の権限と地方自治が重要議題になったことが論じられている。憲法の条文承認には制憲議会議員の3分の2の賛成が必要であり,選挙方法のためにどの政党も単独では3分の2が取れない定めになっていたが,与党はこれを打破しようと画策する。そのため,憲法改正をめざして制憲議会が発足した2006年から2008年初頭にかけて,野党の制憲議会議員を排除した議決が行われ,激しい抗議運動が起きた。こうした緊迫した状況は国際社会の介入を生み,与野党間の合意が保証されるようになった。このように与野党間の拮抗したパワーバランスが反映された新憲法は,ベネズエラで起きたような政治不安定を生み出さなかった。

第7章のエクアドルでは,1998年と2008年の憲法改正の事例がとりあげられる。エクアドルは分裂した政党システムと石油依存といった政治経済両面でのボトルネックを抱え,1990年代に政治経済危機から憲法改正が必要とされた。1998年の憲法改正はそうしたなかで実現したが,野党が強く,現職大統領が有利にならなかったため,大統領権限は強化されなかった。そのため憲法改正の理由であった政治経済危機を乗り越えるに至らなかった。その後,2007年に大統領に選出されたコレアは,伝統野党と対立しつつ,台頭しつつあった女性・先住民・環境運動のグループと政治同盟を結ぶことで,制憲議会で有利な地歩を築いた。結果として大統領権限は強化されたが,女性・先住民・環境運動といった新興勢力への譲歩が必要とされ,やがて両者の対立が顕在化した。いずれにせよ制憲議会での多数派は,憲法改正の中身を決定した。野党の分裂によりベネズエラと同様に大統領の権限が強化されたが,一定の制約が残されたエクアドルの事例は,野党が力を持たずに大統領権限が著しく拡大したベネズエラと,野党が強く大統領権限が拡大しなかったボリビアの中間といえるだろう。

これら3カ国の事例研究は,さまざまな議題が異なったコンテクストで扱われたことを示唆し,理論に微修正や条件付けを求めるようにも思われる。それに対して第8章は,ラテンアメリカで一般的に重要なテーマとなった大統領の任期をめぐる憲法改正に焦点を当てる。ラテンアメリカにおいて,大統領の再選禁止は歴史的に金科玉条だったが,1980年代から修正され始めた。もっとも野党がそれに抵抗するのは必定で,大統領の再選制限が緩められるには一定の条件が必要だった。第8章は,これを1988~2015年の36事例について,量的・質的両面から分析する。結論をまとめると,大統領の支持率が高い場合に再選制限が緩められる改正が行われやすいこと,そして,与党が大統領から自立的であるほど,再選制限の緩和は起こりにくくなることである。こうした結論は,やはり憲法改正が起こる際のパワーバランスこそその内容を決めるものであることを示唆している。

Ⅳ 制度変化の黄金律とその例外

本書を通底する論理は,近年の新制度論,とりわけ制度の起源や変化にまつわる研究に共通するものである。それは,制度変化の黄金律とその例外ということができるだろう。制度変化は基本的に,その決定にかかわるアクターの交渉によって決まる。このことは,期待効用の最大化といってもよいし,構成権力の所在によって決まるといってもよいが,結局は権力者の思うとおりに制度が形成されるというシンプルな論理に基づく。これが制度変化の黄金律である。よく知られる『政治家のジレンマ』(Politician’s Dilemma)[Geddes 1996]や『政策の政治』(Politics of Policies)[Stein et al. 2006]などの研究は,いずれもこの論理を強調している。テクノクラティックな政策研究ではしばしば,マクロ経済政策や貿易投資ルール,汚職対策などについて,何が理想的な政策デザインかが議論されるが,それ自体は決して間違ってはいないものの,制度変化の黄金律を無視して通るわけにはいかない。繰り返しになるが,制度変化はそれを決定するアクター間の交渉を通じてしか決まらないのであり,決定権を握るアクターたちが望まない政策は,たとえ公共の利益に資するとしても実現しないのである。

近年の比較政治学は,こうした黄金律を出発点としながら,その例外を理論的に模索してきた。すなわち,どのような条件が揃えば,決定権力をもつアクターたちが望まないけれども公共の目的に資するような制度変化(たとえば,公職ポストについて政治的配分の余地を与えない能力主義的な任官制度の導入)が可能となるかを理論的に明らかにしようとしてきたのである。先にあげたGeddes[1996],ゲーム論を用いて民主化を論じたAcemoglu and Robinson[2006]や,資源を経済振興に投資し国家建設を促す条件を論じたSaylor[2014]なども同様であった。

本書もまた,こうした理論的営為の系譜に連なるものといえよう。憲法改正は制度変化であり,その起源は与野党間のパワーバランスにある。まさにその時々の強いものに従って,新たな制度の内容は決まるのであり,この論理は相変わらず経験的に頑健である。しかし問題はその先にある。ある場合にはそうして決められた新憲法はより長期的に望ましい結果を生むが,別の場合には望ましいとはいえない結果を生む。本書では,それを「自己強化的」(selfenforcing)な憲法であるかという評価基準でまとめている。憲法は,多くのアクターにとって受け入れられるものであるほど安定的であり,その役割を果たすものだろう。

本書の議論では,どのような時にこうした「自己強化的」な憲法が生まれるかについて,必ずしも明確な答えを示していない。むしろ慎重に,各事例のコンテクストに配慮しながら傾向を検証するに止まっている。しかし管見では,「自己強化的」な憲法が生まれやすい状況として次のようなことがいえるのではないかと思われる。第1に,憲法改正の理由がときの大統領の権力拡大欲求ではなく,政治経済危機のような外生的要因によることである(そうでなければ黄金律が強く働く)。第2に,与野党間のパワーバランスは拮抗していることが望ましい(そうでなければ強者に資するものになってしまう)。第3に,決定プロセスが包摂的で,多様なアクターの意見を取り入れるべきである(排除されたものは将来,憲法自体を揺るがしかねない)。どこまで一般的な理論化が可能であるかは定かではないが,やはり黄金律の例外を探し求めることにこそ,重要な理論的発見が隠れているといえよう。本書はラテンアメリカの一部事例に焦点を当てており,そこから重要な知見を生み出しているが,より広範な事例に射程を広げ,一層の法則性を求める研究は可能だろうと思われる。

文献リスト
  • 遅野井茂雄・宇佐見耕一編 2008.『21世紀ラテンアメリカの左派政権——虚像と実像——』アジア経済研究所.
  • Acemoglu, Daron and James A. Robinson 2006. Economic Origins of Dictatorship and Democracy. Cambridge: Cambridge University Press.
  • Geddes, Barbara 1996. Politician’s Dilemma: Building State Capacity in Latin America. Berkeley: University of California Press.
  • Levitsky, Steven and Kenneth M. Roberts 2011. The Resurgence of the Latin American Left. Baltimore: Johns Hopkins University Press.
  • Saylor, Ryan 2014. State Building in Boom Times: Commodities and Coalitions in Latin America and Africa. Oxford: Oxford University Press.
  • Stein, Ernesto et al. eds. 2006. The Politics of Policies: Economic and Social Progress in Latin America. Washington D.C.: IDB.
 
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