Ajia Keizai
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Book Reviews
Book Review: Diana T. Kudaibergenova, Toward Nationalizing Regimes; Conceptualizing Power and Identity in the Post-Soviet Realm
Natsuko Oka
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2021 Volume 62 Issue 2 Pages 107-110

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Ⅰ はじめに

本書のテーマは,かつてソビエト連邦に属した2つの共和国におけるエスノ・ナショナリズムと政治エリートの権力闘争である。ラトビアとカザフスタンはいずれも独立時,基幹民族(旧ソ連において,民族名がその共和国の名称に使われている集団を指す)に匹敵する人口規模のエスニックなロシア人住民を抱えており,彼らに対する処遇が国家の安定を左右する重要課題として認識されていた。一方,ラトビアが民主主義体制に移行したのに対して,カザフスタンでは1990年代半ば以降,大統領への権力集中と権威主義化が進行した。本書はこうした共通点と相違点をもつ両国を比較することにより,ナショナリズム研究に新たな知見を加えようとしたものである。

著者のディアナ・T・クダイベルゲノヴァはカザフスタン出身の若手研究者で,現在はケンブリッジ大学政治国際関係学部開発研究センターで博士研究員(ポスドク)を務めている。ソ連解体後に学校教育を受け,カザフスタンのKIMEP大学を卒業後,スペインのデウスト大学で修士号,ケンブリッジ大学で博士号(社会学)を取得している。本書に先立ち『近代カザフ文学におけるネイションの書き換え』[Kudaibergenova 2017]を刊行するなど,研究成果を精力的に発表している。こうした著者のバックグラウンドは,まさに旧ソ連地域の新しい研究者像を示しているといえよう。

Ⅱ 本書の内容

本書はラトビアの首都リガに住む,ある女性の語りから始まる。ソ連残留を志向した中央アジア諸国とは異なり,バルト諸国では「歌う革命」や「人間の鎖」で知られるように,独立を求める市民運動が高揚した。しかしそのラトビア人(本稿では国籍ではなく民族名として用いる。「カザフ人」,「ロシア人」も同様とする)女性は,結局のところ,あれほど熱望した独立も暮らし向きにはほとんど変化をもたらさなかった,と嘆く。著者がこのインタビューを引用しているのは,民主主義体制に移行したラトビアでも人々は政治から疎外され,自分たちは何も変えることができないという無力感にとらわれている,という現状を強調するためである。

このような閉塞感をもたらした両国の政治を,本書は「ネイション化する体制」(nationalizing regime)という分析枠組みによって解き明かそうとする。「ナショナリズムの管理とそれに対する執着」(p.7)を特徴とする体制のもとでは,ゲームのルールはネイションをめぐる言説によって決定される。したがって,その言説を制する者こそが権力闘争で勝ち残るのだ,と著者はいう。

旧ソ連圏の民族問題に関心のある読者ならば,本書のタイトルから「ネイション化する国家」[Brubaker 1996]を想起するだろう。ブルーベイカーは,ソ連の民族共和国という制度が独立後の基幹民族のエスノ・ナショナリズムを規定したという前提に立ち,それぞれの民族名を冠する政治領域をもちながら実質的な権力を有していなかった民族エリートが,自らの言語的・文化的・人口的・経済的・政治的地位を向上させるための諸政策を実行していると指摘した。さらに,それに反発する国内の少数民族と,その少数民族が多数派を占める同族国家(ethnic kin state)の介入により,民族間対立が強まる可能性にも言及した。

クダイベルゲノヴァはブルーベイカーのモデルの有効性を認めつつも,それが実証的な分析による裏付けを欠き,旧ソ連諸国におけるネイション・ビルディングの実態に迫ることができていないと批判する。そのうえで本書のねらいを,ネイションに関する言説がいかに構築・提示されるのかを具体的に描くとともに,その多様性を明らかにすること,と定めている。そして,そのためには明確に異なる事例の比較が有効であると説く。

本書の中核をなす第1章「ネイション化する体制」では,まずラトビアとカザフスタンを比較する意義が述べられる。両国は独立時,いずれもロシア人の人口比率が高かったという点において共通しているが,独立後の「異民族」に対する政策は対照的である。ラトビア政府は国籍付与の対象をソ連併合前の国民とその子孫,および民族的ラトビア人に限定し,帰化希望者にはラトビア語の習得を義務付けたうえ,その人数も制限した。他方,カザフスタンでは民族的帰属や居住年数などの制限は設けられず,独立時に定住していた住民のほとんどが国籍を取得した。また,カザフ語の使用範囲拡大が目指されたものの,ラトビアのようにそれを義務化し,監視する措置はとられなかった。

著者は,このような政策上の差異をエリート形成のあり方から説明する。「欧州への回帰」を目指すラトビアにとって,民主化は避けて通ることのできない道であった。そこで,オープンな競争を前提としつつ非ラトビア人を政治的に排除するために,彼らの帰化を困難にする方法がとられたのである。一方,大統領への忠誠をもとにエリートが選出されたカザフスタンでは,閉鎖的ではあるが民族的にはよりバランスの取れたエリート集団が形成された。こうした違いを踏まえ,著者はラトビアを民族的民主主義(ethnic democracy),カザフスタンを多民族権威主義(plural authoritarianism)と称する。

第2章「ネイション化する体制の考古学」は,ネイションに関する言説についての考察である。ソ連併合前の独立国家の復活を目指したラトビアでは,ソビエト時代の遺産の払拭と人口・言語・文化面でのラトビア化が絶対視され,その是非が問われることはなかった。他方,カザフスタンのエリートは,カザフ語話者とロシア語話者,それぞれに受け入れられやすいメッセージを使い分けることによって体制への支持を得ようとした。著者は両者の違いを,ラトビアでは言説がエリートを支配したのに対し,カザフスタンでは選ばれたエリートが言説を支配した,と説明する。

第3章「ネイションの占有をめぐる攻防」はエリート間の権力闘争に焦点を当てる。カザフスタンでは,テュルク系民族出身者を除く非カザフ人の大多数がカザフ語を解さない。バイリンガルであるヌルスルタン・ナザルバエフ初代大統領はこのことを利用して,国民に向けたメッセージの内容を変えていたという。すなわち,ロシア語では「諸民族の友好」を強調しつつ,カザフ語ではカザフ文化復興の必要性を説いたのである。著者はこの戦略を「区画化された(compartmentalized)イデオロギー」(p.96)と呼ぶ。これに対してラトビアでは,非ラトビア人だけでなくラトビア人元共産党員も政治的に排除され,政党はいずれも国家の(エスニックな意味での)ラトビア化を所与のものとして受け入れざるを得なかった。

第4章「ロスト・イン・トランスレーション」は,マイノリティの視点から国籍,言語,教育問題などを検討する。ヒット映画にちなんだこの章タイトルは,体制移行の過程で居場所を失ったロシア人らの現状を示唆している。またこの章では,少数民族の処遇に関する欧州安保協力機構(Organization for Security and Cooperation in Europe: OSCE)の対応が詳しくとりあげられている。

第5章「ネイションの同質化」は,政権に対する住民の支持や反発を扱っている。ナザルバエフ政権はカザフ化をあえて中途半端で曖昧なものにとどめつつ,経済発展と政治的安定をアピールすることによって,言語で分断されたそれぞれのコミュニティから支持を得ることに成功した。一方,ラトビア政府が推し進めたラトビア化は,ロシア人はいうまでもなく,ラトビア人からも支持されなかった。

結論では,国民からの支持は決して高くはないものの,ネイション化する体制としてはカザフスタンよりもラトビアの方が安定的である,と結んでいる。ラトビアにおいては,ラトビア化への抵抗勢力が完全に周縁化されているのに対し,カザフスタンの体制は民族融和的であるがゆえに,それに不満を抱くカザフ民族主義者からの挑戦を受ける可能性が残されているためである。

Ⅲ 本書の貢献と課題

本書の最大の貢献は,著者が目的として掲げたように,「ネイション化する国家」概念を発展させたことにあろう。このモデルは,旧ソ連諸国における基幹民族と非基幹民族との緊張関係が強化される構造に焦点を当てていた。それには,Brubaker[1996]がソ連解体後の混乱期に書かれた著作であることが影響していよう。また,旧ソ連諸国間の差異よりも共通点が強調されたのは,議論の中心がソ連の遺産による影響,すなわち民族共和国の制度と基幹民族のエスノ・ナショナリズムとの関係に置かれていたためであろうと思われる。

これに対し本書は,独立から30年近くを経たラトビアとカザフスタンを比較することによって,両国の民族政策の違いを鮮明に描くとともに,その複雑さも明らかにした。カザフ化が中途半端に終わったのに対し,ラトビア化は徹底的に遂行された。後者がマイノリティの反発を招いたことはいうまでもないが,ラトビア化は基幹民族のあいだでも必ずしも支持されなかった。国内のロシア人住民の帰化や政治参加に関して,ラトビア人市民は政府よりも寛容な態度をとっているのである(pp.161-164)。

なかでも興味深いのは,ラトビアの選挙における和合党(Harmony Party)の勝利である(注1)。多文化主義と反緊縮を掲げた同党は,ロシア人のみならずラトビア人からも支持を獲得し,2011年および2014年の国会(Saeima)選挙で第一党となった。しかし,ラトビア民族政党の連立政権結成によって和合党の入閣は阻止された。本書ではこのことが,政治領域のラトビア化が権力闘争のあり方を決定づけた証左とされている(pp.110-114)。しかし著者が指摘するように,和合党の勝利の一因が代り映えしないラトビア民族政党に対する有権者の倦怠と反発にあるならば,それこそがラトビア化の限界を示しているともいえるだろう(注2)

また本書は,少数派の権利が権威主義国家よりも民主主義国家においてより尊重されるとは限らないとして,民主化の遅れを理由にカザフスタンの民族政策を批判したOSCEの姿勢に疑問を呈している。OSCEは,マイノリティの権利に強い制限を加えたラトビアではなく,それに一定の配慮を示していたカザフスタンに対してより厳しい内容の勧告を行ったという指摘は,国際社会に存在するダブルスタンダードへの批判と解釈することも可能だろう。

他方で,基幹民族のエスノ・ナショナリズムと政治体制との関係に焦点をあてた本書の議論は,次のような疑問を生じさせる。両国の異なる政治体制は,ラトビア化とカザフ化の内容と深度の違いにどの程度影響を与えたのか,という問いである。

カザフスタンのケースは,ナザルバエフの個人支配と彼に忠実なエリートの登用によって説明されている。この議論に従えば,同国のマイノリティに対する融和的な態度は,もっぱら大統領個人の意向に起因するということになる。確かにナザルバエフは排外的民族主義者ではない。また,抑圧と懐柔の使い分けによる民族的異議申し立ての封じ込めなど,彼が用いた手法が権威主義的であったことも間違いない[岡 2007]。しかし,カザフ化が徹底されなかったことには,カザフ人コミュニティ内の言語・文化的分断[Dave 2007],ロシア人の社会・経済的地位,さらにはロシアとの関係などが複雑に絡み合っている。これらの点は本書でもある程度言及されているが,ラトビアとカザフスタンの違いを生んだ要因については,それぞれの社会構造を考慮に入れた,より丁寧な検討が必要だろう。

また,カザフスタンでは独立当初から権威主義体制が確立していたわけではない。1995年憲法の採択により,非カザフ人にも国籍を付与するが二重国籍は認めない,カザフ語を唯一の国家語としつつロシア語の公的使用も容認する,という基本方針が確定し,国籍と言語をめぐる論争はほぼ決着をみた。この憲法自体はナザルバエフ政権の権威主義化を決定づけるものであったが,それ以前には,二重国籍の是非やロシア語の地位をめぐる議論が活発に行われ,これらの問題に関して数十万人単位の署名を集めるなど,ロシア人の利益を代表する団体もそれなりの動員力を有していたのである。一定の政治競争が存在していた時期にネイション化がエリート間の権力闘争といかに結びついていたのか,また大統領への権力集中にともない,それがどのように変化したのか。政治体制と民族政策の関係を論じるのであれば,これらの点について著者の見解を示す必要があるのではないか。

本書の主要な論点のひとつである「区画化されたイデオロギー」については,実証という点で不満が残る。著者は,ナザルバエフがカザフ語とロシア語,それぞれの言語コミュニティに合わせてメッセージを使い分けていると主張する。これは興味深い指摘だが,大統領演説の言説分析では,領土,歴史,民族紛争などのカテゴリー別にごく簡単な概要が示されているのみで,言語による違いへの具体的な言及はない(pp.108-109)(注3)。両方の言語を使いこなす著者にはそうした分析が可能だったはずだけに,詳しい内容を知ることができないのは残念である。

最後に,ラトビアについて一言触れておきたい。ロシア人住民に選挙権を与えないのは,民主主義体制の下でラトビア化を推進するためであるというロジックはわかりやすい。しかし2011年国勢調査(pp.124, 128)によれば,旧ソ連国民の無国籍者(noncitizens of Latvia)とロシア国籍者は,それぞれ全人口の14.1パーセントと1.5パーセントであり,同年の民族構成(ラトビア人62.1パーセント,ロシア人26.9パーセント)を考慮すると,非ラトビア人の国籍取得は緩慢ながら進行している。ロシア人の政治領域からの排除だけでなく,彼らの帰化が選挙に与える影響についても分析が必要であろう。また著者は,ラトビア人の国外移住はネイション化する体制への不満の表れだとしているが,豊かなEU諸国への人口流出は中東欧諸国に共通する問題である。ラトビアの1人当たりGDPはカザフスタンの約2倍であるが,著者がいうように,国民の経済的不満はカザフスタンよりもラトビアのほうが大きいのだとすれば,それは人々の目がほかのEU諸国を向いているからではないだろうか。

以上,いくつかの課題を挙げたが,旧ソ連諸国におけるネイション・ビルディングのプロセスの多様性と複雑さを示したという点において,本書が果たした貢献は大きい。旧ソ連地域出身の研究者の若手世代を代表するひとりとして,著者が今後,さらなる新境地を切り拓くことに期待したい。

(注1)  2011年と2014年の選挙時の名称の英訳は,それぞれHarmony Centerおよび “Harmony” Social Democratic Partyである(pp.191-192)。ここでは本書の本文中の表記に倣ってHarmony Partyとした。

(注2)  強力な民族政党による動員は,選挙時に民族的亀裂を強めるとする研究もある。バルト諸国の政党システムが民族アイデンティティに与える影響を論じたHigashijima and Nakai[2016]によれば,1998年および2010年の国会選挙では,ラトビア民族政党とロシア人を基盤とする政党の双方が人々の民族意識に訴える選挙キャンペーンを行い,それぞれが議席数を伸ばす結果となった。

(注3)  「区画化されたイデオロギー」に関する別の論考として,Kudaibergenova[2019a]の言説分析(分析対象期間は本書よりも短い)は,いつ,誰に向けた演説であったのかを示すなど,本書よりは若干具体的だが,言語ごとの比較は行っていない。Kudaibergenova[2019b]は,ナザルバエフが民族間関係の安定と経済的繁栄の保証人として自らへの権力集中を正当化する言説を繰り返していることが主題であり,カザフ語話者を意識した演説はとりあげていない。

文献リスト
  • 岡奈津子 2006. 「カザフスタン——権威主義体制における民族的亀裂の統制——」間寧編『西・中央アジアにおける亀裂構造と政治体制』アジア経済研究所.
  • Brubaker, Rogers 1996. Nationalism Reframed: Nationhood and the National Question in the New Europe. Cambridge: Cambridge University Press.
  • Dave, Bhavna 2007. Kazakhstan: Ethnicity, Language and Power. London and New York: Routledge.
  • Higashijima, Masaaki and Ryo Nakai 2016. “ Elections, Ethnic Parties, and Ethnic Identification in New Democracies: Evidence from the Baltic States.” Studies in Comparative International Development 51(2):124-146.
  • Kudaibergenova, Diana T. 2017. Rewriting the Nation in Modern Kazakh Literature: Elites and Narratives. Lanham, MD.: Lexington Books.
  • Kudaibergenova, Diana T. 2019a. “Compartmentalized Ideology and Nation-Building in Non-Democratic States.” Communist and Post-Communist Studies 52(3):247-257.
  • Kudaibergenova, Diana T. 2019b. “Compartmentalized Ideology: Presidential Addresses and Legitimation in Kazakhstan.” In Theorizing Central Asian Politics: The State, Ideology and Power, edited by Rico Isaacs and Alessandro Frigerio. London: Palgrave Macmillan.
 
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