Ajia Keizai
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Commendation for Outstanding Publications: The IDE-JETRO's Award for the Promotion of Studies on Developing Countries in 2021
Commendation for Outstanding Publications: The IDE-JETRO's Award for the Promotion of Studies on Developing Countries in 2021
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2021 Volume 62 Issue 3 Pages 113-117

Details

「アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞」は,アジア経済研究所が1980年度に創設し,発展途上国・地域に関する社会科学およびその関連分野における研究水準の向上に資することを目的とし,この領域における優れた調査研究の業績を表彰しています。

選考および表彰の対象は,発展途上国・新興国または地域について,社会科学あるいはその関連分野の観点から調査および分析した著作であり,かつ次の①あるいは②に該当するものです。個人研究,共同研究ともに対象としています。

  • ①   2019年10月から2020年9月までに日本国内で公刊された日本語または英語による図書,雑誌論文
  • ②   2020年に海外で公刊された英文図書のうち,執筆時,公刊時もしくは賞応募時点において日本国内に所在する大学・研究機関等に在職していた研究者(国籍は問わない)によるもの

2021年度は各方面から推薦された62点をまず所内研究者が審査し,選考委員による最終選考で下記の2作品が第42回受賞作に選ばれました。表彰式は7月1日にオンラインで行われました。

  • 〈受賞作〉

    『経済発展における共同体・国家・市場――アジア農村の近代化にみる役割の変化――』(日本評論社)

    加治佐敬(かじさ けい)(青山学院大学国際政治経済学部教授)

  • 『試される正義の秤――南アジアの開発と司法――』(名古屋大学出版会)

    佐藤創(さとう はじめ)(南山大学総合政策学部教授)

  • 〈選考委員〉

    委員長:田中明彦(政策研究大学院大学学長),委員:上田元(一橋大学大学院社会学研究科教授),大塚啓二郎(アジア経済研究所上席主任調査研究員),栗田禎子(千葉大学大学院人文科学研究院教授),深尾京司(アジア経済研究所所長),藤田幸一(京都大学東南アジア地域研究研究所教授)

  • 〈最終選考対象作品〉

    最終選考の対象となった作品は受賞作のほか,次の1点でした。

    『タイ民主化と憲法改革――立憲主義は民主主義を救ったか――』(京都大学学術出版会)

    著者:外山文子(とやま あやこ)(筑波大学大学院人文社会科学研究科准教授)

 ●講評●

  • 加治佐敬『経済発展における共同体・国家・市場――アジア農村の近代化にみる役割の変化――』

    藤田幸一(ふじた こういち)

アジアの農村(特に稲作農村)では,地縁や血縁で結ばれる共同体は,時代や地域による程度の差はあれ,村民の生活のみならず生産面でも重要な役割を果たしてきた。端的には「地域公共財」たる灌漑水利の運営や維持管理である。都市就業が重要になると,特に初期段階では,共同体成員の伝手で効率的に就業機会を確保するといった機能も発揮した。

しかし,開発途上国でも,食料増産が経済の主要課題であった時代は過ぎ去り,都市化の進展のなかで農村の労働力不足が昂じ,地域公共財の維持管理も難しくなっている。そういうなかで,国家の果たすべき役割は何か,価格メカニズムの導入による解決の可能性はあるのか,あるいは共同体は意外に状況変化への対応能力を備えており,そこにも期待すべきなのか。

本書は,途上国の開発に必要な経済体制は,市場と国家に共同体を加えた3者の組合せとして構想されるべきであるとする議論(速水佑次郎『開発経済学』創文社,1995年)を動学的に発展させ,3者の望ましい組合せがいかに時代によって変化していくかという重要な問題を立て,それに真正面から取り組み,フィリピン,中国,インドの具体的な研究事例をうまく配置することにより実証的に明らかにしたものである。第Ⅰ部では灌漑水利,第Ⅱ部では労働市場を取り上げ,第Ⅰ部の参照点として日本の灌漑水利の史的展開を再構成する章を加えている。

著者の研究手法は「開発のミクロ経済学」に則り,自ら設計・収集した一次データを計量経済学的に解析し,仮説を厳密に検証するというものである。近年の手法の高度化・精緻化の成果を積極的に取り込み,従来可能でなかった仮説の検証も行われている。また著者は,現場の実態を重視し,歴史的文脈や社会文化的文脈にも最大限目配りしており,それが分析結果と解釈のリアリティと信頼性を高める効果を生んでいる。

一般に,計量経済学的手法に基づく研究成果は,国際学術誌上での論文発表が優越しており,大きなストーリーを読者に伝えるという目的には不適切である。本書は,国際学術誌に掲載された研究成果を統合し,一冊の読み物として仕上げることに成功したという意味で,類まれなものといえよう。

非常に完成度の高い本書であるが,あえて少し注文をつけるとすれば,第一に第3章では,ゲーム実験によって灌漑プロジェクトの受益農民と非受益農民の行動差を解明したものの,灌漑共同作業の具体的検証が行われていないこと,第二に共同体に比べ,国家の取り扱いがややナイーブであり,その政策の科学立脚性や実施能力にやや過大な信頼を寄せているのではないかと思われる点である。

もっとも,以上の点は本書の学術的価値を損なうものでは全くない。長期的観点からみて,アジア農村の経済発展を左右するような重要な政策的含意に富んだ本書は,アジア経済研究所の研究奨励賞に値する大変優れた作品である。

(京都大学東南アジア地域研究研究所教授)

 ●受賞のことば――加治佐敬(かじさ けい)

この度は,発展途上国研究奨励賞という歴史ある賞をいただき誠に光栄に存じます。研究所の関係者の方々,そして賞の選考にあたられた委員の先生方,選考に貴重なお時間を割いていただきありがとうございました。また,これまで研究を支えてくださった先生方,共同研究者の方々,出版の労を取っていただいた日本評論社の方々にも厚く御礼申し上げます。

本書は,日本を含めたアジア農村の事例に基づき,経済体制における3つの主要な組織,すなわち共同体・国家・市場がどのように役割分担を調整してゆくのが持続的発展のために望ましいのかという課題を検討しています。既存の理論や主張を参照点としながら本書の特徴をまとめると,以下の4点になります。

第一に,3つの組織のなかでも特に共同体の可能性と限界をテーマの中心に据えている点です。なぜなら,国家と市場の役割分担に関してはすでに経済学において公共財の理論や「市場の失敗」の理論が充実している一方で,共同体と国家もしくは市場の役割分担に関する議論は十分に行われてこなかったからです。

第二に,その共同体を扱う際に,役割の限界を中心に扱っている点です。最近の潮流は,共同体の機能を積極的に評価する研究が中心でした。このことは,開発戦略において共同体への過度の期待を生み出すことにもなりました。それに対し本書は,近代化に伴い農村人口の減少や職業の多様化が進むことにより共同体の機能にも様々な面において限界が現れてくることを指摘します。

第三に,しかし,そのような局面においても,国家や市場が補完的役割を果たすことで,農業の停滞や格差の拡大といった問題を回避し,持続的な発展が可能となる方途を示すことを試みました。

第四に,3つの組織の役割分担を動態的にとらえている点です。分析においては,近代化という時間の座標軸に加え,対象とする財の性質という座標軸,さらには地域の社会構造という座標軸の広がりのなかで対象とする経済活動の位置が動態的に変化することに合わせて役割分担を更新してゆくことの大切さを指摘しました。このような動態的な分析は,様々な発展段階にあるアジアの国々(日本,フィリピン,インド,中国)の村落における2つの重要な活動,すなわち灌漑の維持管理と労働慣行を扱い,それらを統一的に分析したことで可能になりました。

共同体の限界と役割分担の変化に関する理解を深めることは,多くの途上国で共同体が急速に変容してゆくなか,ますます重要になってくると思われます。本書には,まだ改良しなければならない点,扱えなかったテーマが多く残されております。今回の受賞を励みにこのテーマに関し研究を続けてゆく所存です。そして,研究成果が最終的には途上国の現地の人々の生活の向上に結びつくことを願ってやみません。

  • 略歴

    1999年 ミシガン州立大学農業・食料・資源経済学研究科 Ph.D.(Agricultural Economics)。世界銀行コンサルタント,国際開発高等教育機構(FASID)ファカルティフェロー,政策研究大学院大学(GRIPS)連携准教授,国際稲研究所(IRRI)主任研究員などを経て,

    2012年より青山学院大学国際政治経済学部教授。

  • 主要著作

    The effect of volumetric pricing policy on farmers' water management institutions and their water use: the case of water user organization in an irrigation system in Hubei, China, World Bank Economic Review, 2017(共著).

 ●講評●

  • 佐藤創『試される正義の秤――南アジアの開発と司法――』

    栗田禎子(くりた よしこ)

本書は,従来,特にインドの事例を中心に注目されてきた「公益訴訟」の問題に関し,「新自由主義」の展開に伴って経済・社会が大きく変容する現在の世界において,その機能や性格をどう捉えるべきかを改めて多面的・複眼的に考察した著作である。

1970年代後半以降インドで展開し始めた「公益訴訟」は,従来,社会的弱者救済(たとえば債務労働制からの解放等)の効果をもつ「司法積極主義」のあり方として注目され,高く評価されてきたが,著者はその積極面・意義は確認しつつも,それが現代(=2000年以降)の新自由主義的文脈のなかでは逆に「環境」「ガバナンス」等を口実に社会的弱者を排除する装置に転じつつあること(都市部のスラム撤去を命じる判決の事例など)を明らかにしている。「弱者救済」という発想は「階級的社会像」に基づくものだったが,経済自由化の進展に伴って「階級的社会像」が後退し,代わって「均質な個人を足し上げたもの」としての社会像が描かれるようになると,「公益訴訟」はむしろ社会的強者,台頭する富裕層を利するツールに転じる,という分析は鮮やかであり,タイトル通り「開発」と「司法」の関係を深く考えさせるものとなっている。

また,「公益訴訟」乱発が司法の「インフォーマル化」により法治主義の正統性を損なう効果をもつこと,パキスタン等の諸国では直接的政治利用の事例(軍事クーデタの正当化など)もみられるという指摘も重要である。本書はインドだけでなく(同じくイギリスの影響を受けた法体系をもつ)南アジア全域を視野に収めた検討を行っており,この地域全体,さらには現代世界全般の社会・政治にとっての「司法」の機能や「立憲主義」の問題(その性格は政治的文脈により多様なニュアンスを帯び得る)を考えさせる内容となっている。「公益訴訟」という問題を特殊インド的経験としてではなく,(いわゆる先進諸国を含む)「現代型訴訟」の問題として捉えようとする姿勢が一貫してとられていることも印象的である。

本書はこのような骨太の問題意識に貫かれた理論的な著作であるが,その議論を支えているのは膨大な判例集の読解・分析という地道な作業,緻密な実証である。これまでのところ著者はあくまで判例分析に沈潜するという禁欲的な姿勢に徹しているが,今後,現地における「開発」の実態や,社会運動の具体的展開をめぐる研究との接合,あるいは「公益訴訟」と外部のアクター(国際社会)の関係の分析などが試みられれば,さらに豊かな研究領域が広がっていくのではないか。そのような期待も抱かせる著作である。

(千葉大学大学院人文科学研究院教授)

 ●受賞のことば――佐藤創(さとう はじめ)

このたび,第42回「アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞」を賜り,誠に光栄に存じます。選考委員の先生方ならびに関係者の皆様に,心より御礼申し上げます。

本書は,南アジア諸国に根付いている「公益訴訟」と呼ばれる訴訟群の展開と変容について研究したものです。対象としては公益訴訟の先発国であるインドを中心に,パキスタン,バングラデシュ,スリランカ,ネパールの南アジア5カ国を取り上げています。

インド公益訴訟は,債務労働に苦しむ人々など,字も読めないような社会的弱者層に正義をもたらす運動として最高裁判所が1970年代後半から展開したものです。世界的にも他に例をみない司法積極主義として広く耳目を集めました。この公益訴訟について,従来は,弱者層のために行動する司法といった捉え方が有力でした。ところが,1980年代後半以降,環境問題や消費者問題などに対象が広がり,また,2000年代に入ると,弱者層の利益に反するような例も散見され,従前の理解では十分とはいえないのではないか,という問題意識から本書の研究は出発しています。

具体的には,制度変化という観点から公益訴訟の再検討を試み,公益訴訟が集中的に現れている,憲法により基本権を擁護する手段として上位裁判所に与えられたイギリス由来の令状管轄権という制度に着目し,その歴史的変化を辿りつつ検討を加えることになりました。その結果得たひとつのパースペクティブは,公益訴訟には,声なき声を可視化し,社会に存在する諸問題を取り上げる回路を豊かにして,弱者層や市民の自由の拡大に貢献しうる機能をもつという側面があるものの,令状管轄権における裁判手続の柔軟化により裁判官の恣意や時々の情意を過度に呼び込みかねない制度変化を内包しているという側面もあり,その両義性をまず認識することが肝要ではないか,というものです。

このような視角を前提にするならば,次の課題は他の制度との補完関係がこの両義性とどう相互作用してきたかを分析するということになるかと思います。ただ,この点は,どのような方法論を取るかも含めて課題が多々あり,立ち尽くしているところがありました。今回名誉ある賞をいただき,これまで悩みながら採ってきたアプローチでも発展途上国研究に貢献できることがあると暖かくお声をかけていただいたように感じています。受賞を励みとして,発展途上国の社会発展の一隅を照らすべく,今後も努力を続けてまいります。

  • 略歴

    1997年 早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。

    2009年 ロンドン大学SOAS経済学研究科博士課程修了,Ph.D. 日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員を経て,

    2018年より南山大学総合政策学部教授。

  • 主要著作

    『インドの公共サービス』アジア経済研究所,2017年(共編著)。

    The Emergence of ‘Modern’ Ownership Rights Rather than Property Rights, Journal of Economic Issues, 52(3), pp. 676-693, 2018.

 
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