Ajia Keizai
Online ISSN : 2434-0537
Print ISSN : 0002-2942
Articles
Resource Constraints and Educational Attainment in China: An Empirical Analysis Focused on Cohort Size and Gender
Ziheng WangTakashi Kurosaki
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 63 Issue 2 Pages 32-69

Details
《要 約》

本稿は,中国の教育開発には地域的な資源制約が存在し,生徒1人当たりの資源が弾力的に調整されないという供給制約の可能性を想定して,初等から高等学校までの教育達成度の諸指標に,各年代の人口すなわちコーホートサイズが及ぼす影響について分析した。1982年と1990年,2000年の国勢調査データの1パーセントサンプルを用いて,各調査年における13歳から23歳の個人を分析対象とし,省レベルのコーホートサイズの変動に着目した回帰分析の結果,主要な指標すべてに関して,コーホートサイズの増加が教育達成度を引き下げることが定量的に明らかになった。また,コーホートに含まれる男子比率が高い場合,コーホートサイズが就学率,高校入学率・卒業率に与える悪影響が緩和されることが示された。これらは,中国の各省が教育面での供給制約に直面していること,女子よりも男子に優先的に後期中等教育資源が配分されていることを示唆している。

Abstract

In this study, we quantitatively examine the extent to which education supply constraints at the provincial level affected educational attainment in China. When resources per student are not flexibly adjusted, variation in cohort size within provinces and over time is expected to affect educational attainment of individuals living in each province. We test this prediction using microdata of individuals aged 13-23 taken from the 1% sample of Chinese population censuses of 1982, 1990, and 2000. We find that an increase in cohort size significantly reduced all educational attainment measures from the primary completion to senior secondary completion rates. Furthermore, when the cohort size increase was associated with a higher share of males in the cohort, the ill-effect was mitigated for the enrollment, senior secondary entry, and senior secondary completion rates. These suggest that Chinese provinces are faced with education supply constraints and there is a possibility of gender bias in which boys are given priority in adjusting senior secondary education resources.

はじめに

Ⅰ 先行研究

Ⅱ 歴史的背景

Ⅲ データ

Ⅳ 実証モデル

Ⅴ 推定結果

結び

はじめに

第2次世界大戦後,独立を達成した多くの開発途上国は教育の普及に力を注いできたが,経済構造が転換して知識労働が重要になるにつれ,人的資本のさらなる向上が求められるようになっている[大塚・黒崎 2003]。1990年代末までに,途上国の75カ国において小学校の就学率が90パーセントを超え,中等教育に目を移せば1965年から95年の間に,ブラジルの高校就学率は16から47パーセントに,ナイジェリアは2から32パーセントに,パキスタンは13から30パーセントに上昇した[World Bank 2000]。初等教育の拡大が終盤を迎えるにつれ,教育開発に関する研究の焦点も中等・高等教育に移ってきた。しかし,途上国の中等・高等教育に関しては資源面での供給制約がまだ強く存在すると考えられる。供給制約が存在すると,増加してきた教育需要に応じて教育サービスが速やかに調整できない可能性,人口の変動に対して弾力的に調整することができない可能性がある。たとえばSaavedra[2012]は,コロンビアにおける1945~81年生まれのコーホートに関して,地域のコーホートサイズの増加が高校や大学の卒業率を引き下げたことを発見し,これを中等・高等教育に関する供給制約と解釈している。

教育需要の拡大とそれに供給が追い付かない状況に伴い,教育格差も問題視されている。家計状況などを理由に就学年齢であるにもかかわらず教育システムから押し出されると,その後の収入や職業選択にも大きな影響が及ぶ。20世紀前半のアメリカでは,教育面での人種間不平等が深刻な問題となってきたが,アフリカ系アメリカ人の社会経済的地位の向上による学校教育の改善および家族規模の縮小によって,高校卒業率における人種間格差が改善されたことが指摘されている[Grissmer, Flanagan and Williamson 1998; Grissmer et al. 1994; Hedges and Nowell 1998]。世帯員数の違いによって個人と個人の間に教育格差が生じる一方,各地域のコーホートサイズの違いによって地域間の教育格差が生じる可能性があると考えられる。ベビーブームでコーホートサイズが上昇すれば,ブームに生まれた人々は激しい競争にさらされる。途上国の文脈では,都市部においてある程度速やかに教育需要の増加に応じて供給が調整されたにしても,農村部には供給制約が残ることが多い。コーホートサイズの増加につれてコーホートの教育達成度が低下する場合,地域間の教育不平等が拡大する可能性がある。

1949年の中華人民共和国建国以降,中国は,他の途上国同様にベビーブームによる教育需要の拡大を経験した。その後1970年代初めから打ち出された一連の計画出産政策によって,中国の人口自然増加率は急激に低下し,少子高齢化が急速に進行してきた。同時に,「一人っ子政策」によって中国の出生性比に男子への偏りが生じつつあることに多くの研究者の注目が集まっている[Ebenstein 2010; Shi and Kennedy 2016]。2016年に一人っ子政策が緩和された後も,中国の出生率は回復せず,2019年時点で建国以来の最低水準である1.048パーセント(総人口に対する出生数で見た普通出生率)となった。また,省間の所得格差は1980年代に減少し,1990年代に増加し,1990年代後半から2004年までは比較的安定していたが,その後は減少していることが指摘されている[Fan and Sun 2008]。

では,中国の教育においても,地域的な資源制約が存在するのであろうか。コーホートサイズの増加につれて教育達成度が悪化するのであろうか。次節で概観するように,中国を対象にコーホートサイズと教育達成度について実証した既存研究は管見のかぎり存在しない。そこで本稿は,Saavedra[2012]の研究で採用された実証モデルを出発点に,中国の国勢調査のミクロデータを用いて,省レベルのコーホートサイズがそのグループの教育達成度に与える影響を推定し,供給制約について考察する。教育供給が教育需要の変動に応じて迅速に調整できないのであれば,コーホートサイズの増加につれて教育の超過需要が生じ,そのコーホートに属する個人の教育達成度が悪化すると考えられる。なお,1985年からの教育改革によって,中国の教育管理・運営に関する地方分権が法的に確保されたために,本研究は省・自治区・直轄市を地域単位として分析を行い,これらを総括して「省」と表現する。国勢調査の各調査年における13歳から23歳までの個人を分析対象とし,教育指標の性格に応じて何歳からの個人を対象とするかはさらに調整した。中国全体をカバーした大規模データに基づいて,これまで既存研究で分析されてこなかった地域レベルの人口変動と教育達成度との間の関係を明らかにし,教育における資源制約と男女間の差異についての新たな知見を中国経済に関して示していることが,本稿の主たる貢献である。

回帰分析結果から,コーホートサイズの増加が,個人の就学確率,小学校卒業確率,中学校入学確率,中学校卒業確率,高校入学確率と高校卒業確率を引き下げることが明らかになった。コーホートサイズが10パーセント増加すると,就学確率が1.04パーセンテージポイント減少し,小学校卒業確率が0.57ポイント減少し,中学校卒業確率が1.01ポイント減少し,高校卒業確率が1.56ポイント減少した。また,コーホートに含まれる男子比率が高い場合,コーホートサイズが就学確率や高校入学確率・卒業確率に与える悪影響が緩和されること,コーホートサイズが増える時期のコーホートサイズ効果は,減る時期に比べて若干小さくなるがその差は微小であることも判明した。

以下,第Ⅰ節では資源制約の効果を識別した先行研究を取り上げ,第Ⅱ節で中国の教育に関する歴史的背景をまとめる。続く第Ⅲ節で実証研究に使うデータを紹介し,第Ⅳ節で資源制約を識別するための実証モデルを説明する。第Ⅴ節でコーホートサイズの効果に関する推定結果を報告し,最終節にて本研究の結果をまとめ,今後の課題および政策的示唆について検討する。

Ⅰ 先行研究

教育開発における資源制約については,多くの実証研究が今日までに蓄積されている[大塚・黒崎 2003]。その多くはミクロデータを使用し,とりわけ,家計の教育資源をめぐって競合する子どもの数が教育達成度に与える影響を分析してきた。また,教育供給サイドの資源制約に関しては,クラスサイズが教育達成度に与える影響について多数の実証研究が存在する(注1)。これらに比べると数は少ないが,地域のコーホートサイズの効果を推定することにより,教育開発における資源制約を識別する研究すなわち,セミマクロデータを使用した研究がいくつか存在する。本節ではこれらの研究を紹介し,本研究との相違点を明らかにする。

人口に関する質と量のトレードオフは経済学者に長年注目されてきた重要な理論である。親が子どもを平等に扱い,かつ予算制約と信用市場の失敗に直面する場合,子どもの数が増えると子ども1人に対する教育投資が減少するために,家庭で子どもの数と教育水準の間に負の相関関係が生じる[Becker and Lewis 1973]。この理論を検証するために,多くの先行研究は子どもの数と教育達成度の関係について実証分析を行った。中国を対象としたものでは,Weng et al.[2019]が,2013年の中国家計調査データ(Chinese Household Income Project Data)を用いて,世帯規模と子どもの出生順位が教育達成度に与える影響について分析を行った。競合する兄弟姉妹の数が増えると子どもの教育達成度は負の影響を受けるが,後に生まれた子どもだとそれが緩和されることが明らかになった。また,最初に生まれた子どもが男子の場合よりも女子の場合の方が,世帯規模と出生順位の効果が顕著に生じることが指摘された。

セミマクロデータを使用した研究のうち,Saavedra[2012]は1945~81年生まれのコーホートを分析対象として,コロンビアにおける教育面での供給制約が就学率や教育年数などの教育達成度に与える影響を分析した。地域的な供給制約の効果を推定するために,Saavedra[2012]は,県(departamento)レベルのコーホートサイズの外生的な変化に着目して供給制約の識別を行った。この研究に使われたデータは,IPUMS Internationalが提供したコロンビアの国勢調査データであり,異なる県に移住した就学児童がいる世帯はほとんどなく,多数の子どもは出生地の学校に就学するために,県レベルでのコーホートサイズの変動が潜在的な生徒1人当たりの教育サービス供給の変動に直結するという識別仮説が立てられた。実証分析結果によると,コーホートサイズの増加によって,県内の平均就学率と高校卒業率が減少したことが明らかになった。

同様のセミマクロ分析は,先進国の高等教育を対象としても行われている。Bound and Turner[2007]は,アメリカの大学入学年齢(18歳)人口の変動がもたらした潜在的な生徒1人当たりの教育資源の外生的な変化が,大学教育の達成度に与える影響を分析した。この研究では,大学の業務データと国勢調査データを組み合わせた実証分析を行っており,公立大学は需要の増加に対して十分に反応しないために,コーホートサイズと大学教育達成度の間に有意な負の相関関係が存在すること,具体的には18歳人口10パーセントの増加につれて大学卒業率が4パーセンテージポイント減少することを明らかにした。この研究は,高等教育に関する典型的な研究が主に教育の需要面に注目し,供給面は常に需要に応じて弾力的に調整するという仮定が置かれているのに対して,現実には教育供給がうまく調整できないこともあり得ることを指摘した。

以上の先行研究からは,ポリシーメーカーにとって,教育の需要側への対応として授業料免除や奨学金だけでなく,潜在的な生徒1人当たりの教育資源を維持するための供給側への支援も重要なことが示唆される[黒崎 2015]。これらの研究と比較した本稿の貢献として,次の3点を挙げることができる。第1に,本稿は中国の3つの調査年の大規模国勢調査データから個人レベルの各段階の教育達成度を計算した結果を用い,中国の独特な人口変動を利用してコーホート効果を識別した。第2に,Saavedra[2012]のモデルにコーホートサイズと性比の交差項を加えて,男女比率とコーホートサイズの交互効果を推定した。第3に,コーホートサイズが教育達成度に与える影響を,前期に比べて人口が増えた場合と前期に比べて人口が減った場合に分けて推定を行った。多くの研究はこの2つの場合にコーホート効果に違いがないと暗黙の裡に仮定しているが,本研究はそれを明示的に検証した。コーホートサイズの増減については顕著な違いがないという結果が得られたが,性比との交差項については,中国社会における男子選好を反映した実証結果が得られている。これらのファインディングは,経済発展における資源制約に関して新たな知見をもたらすものである。

Ⅱ 歴史的背景

1.教育制度・政策の変遷

現在,中国の基礎教育は,3年間の就学前教育,6年課程の初等教育,3年課程の前期中等教育と3年課程の後期中等教育の4段階から構成されている。地域によって5年制の初等教育と4年制の前期中等教育が行われる場合もある。後期中等教育については,大きく普通高等学校と職業技術高等学校に分かれる。また,高等教育について,2~3年制の専門教育と学士学位が授与される4年制の学部教育をはじめとする大学教育が行われている。以下,本稿での「小学校」は初等教育の6年課程,「中学校」は7~9学年に相当する課程,「高校」は10~12学年に相当する課程,「大学」は13学年以上の高等教育に関する課程を指すものとする。

本研究の歴史的背景を,まずは教育制度と政策という供給サイドから見ていこう。1949年に中国共産党が政権を握った際に,全国の識字率はわずか20パーセントであり,就学年齢者の20~40パーセントしか学校に在籍していなかった[Hannum 1999]。このため識字率を上げることが喫緊の課題となった。これに対応したのが1951年公布の「学制改革に関する決定」であった。ソビエト連邦の教育制度に合わせた社会主義教育制度が打ち立てられ,1950年代以降,基礎教育と成人識字教育の拡張が進められた。成人教育に関しては,子ども時代に教育機会を失った成人を対象とするさまざまな成人教育機関が開設され,識字訓練から成人大学まで幅広い教育が行われた。教育の担い手としては国家の役割が強化され,1951年学制改革の下,それまでの私立学校は国有化された。その結果,私立学校制度は中断され,1950年代初めから約35年間,中国の教育システムは高度な中央集権のもとに管理・運営されることになる。国家による基礎教育と成人教育に政府が力を入れた背後には,民衆に教育を受けさせることで生産力を上げること,農工商業と技術を発展させる人材を養成することと,教育事業を通して自らの正統性を宣伝することを政権側が目的としていたとの指摘がある[大澤 2009]。

図1は,中国において小学校から大学まで,各教育段階の学校数および教員数の変動を示している。小学校数は,複数小学校の合併や小学校と中学校との合併を反映した変動が著しいため,パネルbの教員数を見ていこう。1950年代から60年代半ばまで,小学校・中学校ともに教員数は順調に右上がりとなり,学校数もおおむねそれに沿っていることがわかる。ただし大躍進政策(1958~61年)を背景に,このような教育拡大に伴って教員の待遇は悪化する一方であり,郷村の教師の待遇は一般の労働者より悪かった。このような状況ゆえに,高校卒業者のうち師範大学への進学者が非常に少ないことが問題視され,生徒数の増加に教員数が追いつかないことが教育の量の拡大に対して教育の質的低下を招く1つの要因であったと指摘されている[大澤 2009]。

図1 中国における学校数・教員数の推移

(注)データ出所:中国国家統計局ウェブサイト(https://data.stats.gov.cn/)。大学には,専門学校,学部・大学院レベルの高等教育機関,成人高等教育機関が含まれている。高等学校には,普通高等学校,職業高等学校および中等専門学校が含まれている。

1950年代に始まった教育の量的拡大に大きな混乱をもたらしたのが文化大革命(1966~76年,以下「文革」)である。この時期,大学入学試験が中止され,初等・中等教育の質が急激に下落した。ほとんどの小学校は運営を続けていたが,1966~68年の間に中学校・高校レベルの教育が大幅に中断され,多くの高校は1972年までに閉鎖された[Unger 1982]。1968年に中学校が再開した後,学業が中断された生徒の膨大な教育需要に対応できないことや教員の不足などの問題に教育行政は直面し,解決を迫られた中国政府は,上山下郷運動を通じて都市部の青年層を農村や工場に働かせて,これらの問題を解決しようとした[Deng and Treiman 1997]。図1には,文革の時期について中学・高校の学校数と教員数が報告されておらず,小学校・大学の教員数が1960年代後半に減少したことが示されており,教育システムの著しい混乱が見て取れる。

1977年に文革が終結した後,大学入学試験が再開され,教育システムは秩序を取り戻した。それまでの失敗を教訓に,文革後の教育方針は,特に教育の質を重視し,教育システムの構造調整を行い,初等教育機関を対象に大規模な合併を行った。これが1977~2019年に生じた学校数の減少(図1a)の背後にある。

1985年の「教育体制改革に関する決定」により,中国は基礎教育地方責任制を採用し,「基礎教育の管理権は地方政府に属する。全体の教育方針とマクロ的な教育発展計画の制定は引き続き中央政府が行うが,他の具体的な政策,制度,計画の制定と実施,並びに学校への管理,監督等に関する責任と権限は地方政府に委譲する。省,市,県,郷各レベル地方政府間の管理責任と権限をどう配分するかは,各省,自治区,直轄市政府が決定する」と規定された[沈 2005]。これにより,基礎教育の管理・運営に関する地方分権が法的に確保された。中国の最高国家権力機関である国務院に属する教育部が教育に関する全体的な計画と主要な政策立案に対して責任を負い,基礎教育の管理は省レベルの地方政府に分権され,高等教育は国家レベルと省レベルで管理されるという現行の制度は,1985年から始まった一連の教育改革によって確立された。なお,1985年には私立学校制度が再び認可されたが,私立学校の運営は制限され,義務教育の段階にとどまっていた。

1990年代以降,改革開放政策によって中国の経済成長が一気に加速しはじめると,国家による教育供給への需要も高まった。これを受けて,1993年には国務院が「中国の教育の改革及び発展についての要綱」を公布し,「今世紀末までに国民総生産に占める教育への財政支出の割合を4パーセントにする」という目標が提出された。1990年以降の中国財政における教育支出を図2に示す。パネルaに示すように,1985年の私立学校再認可を受けて1990年代には総教育支出に占める財政の割合は漸減したが,それでも全体の3分の2を下回ることはなく,近年は再び上昇して8割程度となっている。パネルbに示すように,財政教育支出額は1990年以降大幅に増加したが,国内総生産に対する割合で見ると依然として低い水準にとどまっており,1993年設定の4パーセントという目標が達成されたのは2012年になってからである。なお,成人教育に関しては,1990年代になると,基礎教育や専門的な職業教育を施す成人中等専門学校に替わり,短期の職業技術訓練を受け持つ成人技術訓練学校や成人向けの高等教育が急伸した。これは,文革で学習機会を失った成人に対する補習および学歴補償教育という課題が終了し,市場経済化という流れのもとに,職業教育・技術教育への需要が伸びたことを反映している[牧野 2006]。

図2 中国の財政における教育支出

(注)データ出所については図1と同じ。中国の財政教育支出には,公的予算からの教育資金,教育のために地方政府が課す税金,企業学校運営のために企業からの配分,学校運営産業・社会サービスの収入からの教育資金,その他の国の財政教育支出に属する資金が含まれている。

以上の歴史的経緯は,中国の教育サービス供給を担ってきたのが,小学校から高校までに関しては基本的に省およびその下のレベルの地方政府であり,学校や教員を増やすことに懸命な努力が続けられてはきたが,急激な教育拡大がもたらす膨大な財政支出に地域経済が耐えられず,多くの学校が運営上の問題を抱える状況が続いていたと,総括できよう。加えて中国では,戸籍制度のもとで出生地(省・自治区・直轄市)以外の地域で教育を受けることが制限されているために,ほとんどの子どもは出生地において初等・中等レベルの学校に通っている。このことは,各省のコーホートサイズの変動が教育供給に深刻な困難をもたらす可能性を意味する。

2.コーホートサイズの変動と教育

教育需要が変動する重要な要因として,本稿はコーホートサイズに着目する。そこで,中国全体でのコーホートサイズの変動,すなわち人口変動について,教育との関係で概観しよう。

中華人民共和国建国初期にあたる1949~57年には第1次ベビーブームが生じたが,その理由として,土地改革(1946~52年)と1950年に制定された婚姻法に着目しているのが涌井[2006]である。1952年に教育部から,「特に土地改革が完成した地区では,多くの労働大衆が生活の改善と政治的自覚の向上から,文化的な生まれ変わりと子女の入学を切実に要求し,大衆自らが資金と労力を出して運営している小学校は非常に多い」という報告があり[何1997],1950年代において民衆の寄付や自発的労働で建てられた民営学校が増加していたことも,既存研究では指摘されている[新島 1959竹内・宮坂 1959]。また,中国の教育事業を政治運動・大衆運動として捉える見方によると[大澤 2009],中国共産党が教育事業拡大に関する宣伝を行うことで,民衆を社会主義の理念とイデオロギーに共感させ,それが教育需要を急増させたとも考えられる。これらは,第1次ベビーブームが教育への著しい超過需要を生み出したことを示唆している。

大躍進政策によってもたらされた大飢饉(1959~61年)の直後に,中国は第2次ベビーブームを迎え,1971年まで人口が急増し続けてきた。その結果,大躍進政策や文革の時期に学校在籍者数と修了者数が減少したが,1949~76年の間に小学校の在籍者数が2500万人から1億5000万人までに増加しておよそ6倍になり,大学の在籍者数が10万人から55万人までに増加し,およそ5.5倍になった(図3a)。教育への財政支出を急増させられない制約の下,就学者の急増は教育の質を低下させることが危惧された。

図3 中国の学校在籍者数と卒業者数

(注)データ出所および学校カテゴリーの分類については図1の注を参照。

そこで人口増加を緩和するために,1971年に政府による計画出産政策が提議され,農村地域も含めて各地で計画出産活動が始まった。「夫婦に子ども2人が望ましい」と提唱され,出生率の減少に効果をもたらした。1979年には,それまで宣伝によって推奨されてきた計画出産運動が,人口自然成長率を強制的に制御するための全国政策である「一人っ子政策」に替わった。一人っ子政策の実施は計画出産政策のなかで最も重要かつ急進的な改革であり,それ以前の奨励的政策とは異なって,より強制的な規制となった。一人っ子政策に服する世帯を奨励するとともに,服しない世帯に罰金を課することを通じて,親の子ども養育に対する意思決定に大きな影響を及ぼした。

1991年には「計画出産の強化及び人口増加に対する厳格な抑制に関する決定」が公布され,計画出産が強化された。これに伴い,中国の出生率は急速に低下した。図3aに示されているように,各教育段階の在籍者数に関して,1949~2019年の間に,最終のピーク値に到着した時点がきれいにずれているという点に留意されたい。小学校の在籍者数に関してはおよそ1997年にピークに至り,その後,減少していく。中学校と高校に関しては,それぞれ2003年と2007年にピークに到着した。1997年に小学校に在籍した世代はおよそ1985~91年生まれのコーホート,2003年に中学校に在籍した世代はおよそ1988~91年生まれのコーホート,かつ2007年に高校に在籍した世代はおよそ1989~92年生まれのコーホートである。すなわち中国全体での就学者数の変動はコーホートサイズの変動にかなり連動しており,その人口変動は1991年に強化された計画出産政策の影響を受けてきたのである。

このような人口変動が1人当たりの教育資源の変動につながっていることを,中国全体について確認しよう。図4aに,第Ⅲ節以降の実証分析で用いるデータから計算した全国レベルのコーホートサイズの変遷,図4bに政府統計から計算した教員1人当たりの生徒数を示す。パネルaの横軸はコーホートを示す生年なのに対し,パネルbの横軸は通常の年次であるから,たとえばパネルbの小学校の折れ線は,パネルaの横軸に10年程度加えて比較されたい。パネルbに示されているように,建国初期から大躍進の1960年頃までの間,各教育段階に関して,就学者1人当たりの教育資源を表す指標である教員1人当たりの生徒数が増加し続けており,教育の質の悪化が示唆される。これはパネルaで1945年頃から1955年頃まで急激にコーホートサイズが増加したことに対応している。大躍進がもたらした大飢饉の時期(1959~61年)を境に,教員1人当たりの生徒数は減少しはじめた(図4b)。

図4 中国全体のコーホートサイズと教員1人当たり生徒数の推移

(注)データ出所:図4a は1982年,1990年,2000年中国国勢調査データの1 パーセントサブサンプル(第Ⅲ節参照),図4bは図1に同じ。教育カテゴリー分類は図1の注を参照。

図4の2つのパネルを比較すると,コーホートサイズと教員1人当たりの生徒数の間に緩やかな正の相関関係が見出される。すなわち,中国全体で見て,コーホートサイズの増加につれて生徒1人当たり教育資源が減少する傾向がある。仮に就学年齢者の増加に教育システムの拡大が追いつかないのであれば,規模の大きい出生コーホートに属する子どもの多くが教育システムの外に押し出される可能性がある[Bound and Turner 2007; Hansmann 1981]。したがって,相応の教育資源を追加しないのであれば,コーホートサイズの増加に由来する教育需要の外生的増加につれて,就学者数の増加はコーホートサイズの増加よりも小さくなると予測される。1961~65年生まれを見ると,この間,コーホートサイズが10万人から29万人までに増加し,およそ3倍となったのに対して(図4a),これらのコーホートの就学年齢を考慮した1970年から1975年の間に,小学校の在籍者数が1億人から1億5000万人までに増加し,およそ1.5倍にしかなっていないことは(図3a),この予測をサポートする。すなわち,中国の教育に関する供給制約の存在が全国のデータから示唆されている。次節以降,本研究ではこの分析の焦点を省レベルの供給制約に移し,各省における生年別のコーホートサイズが,個人の教育達成度に与える影響について定量的に検討する。

Ⅲ データ

1.データ源

本研究で使うデータは,中国国家統計局が実施した1982年の第3次国勢調査,1990年の第4次国勢調査および2000年の第5次国勢調査のセンサスデータから無作為に抽出された1パーセントサンプルである。すべてのデータはIPUMS Internationalが提供するクロス・セクションデータであり,1982年の省・自治区・直轄市の領域に対応した地域区分により(注2),21の省,3つの直轄市,5つの自治区のデータを含んでいる。調査対象は中国在住の国民で,一般世帯と集合世帯に分けられ,一般世帯は親族または非親族と1つの住宅で生計を共にする者の集団を指し,集合世帯は同じ寮に住む学生の集団,または同じ寮に住む工場などの職員や労働者の集団を指す。フィールドワークは直接列挙によるアンケート調査で行われ,世帯主あるいは世帯主が指名した世帯の状況を把握できる者が,国勢調査所に行って国勢調査票に記入したり,国勢調査員が世帯を訪問して国勢調査票に記入させたりしたものである。第3次国勢調査と第4次国勢調査は単一の調査票を採用したが,第5次国勢調査は簡易調査票,詳細調査票,人口死亡率調査票および付属調査票からなる4つの調査票を採用した。

標本数を見ると,第3次国勢調査の1パーセントサンプルは,242万8428家計の1003万9191個人を含む。第4次国勢調査の1パーセントサンプルは,315万2818家計の1183万5947個人から構成される。第5次国勢調査の1パーセントサンプルは,360万0005家計の1180万4344個人を含み,そのうち,農村部居住世帯は263万0821世帯,都市部居住世帯は96万9184世帯である。この国勢調査データから,本稿では,個人レベルの変数として,年齢,性別,教育達成水準,就学状況,就業状況,民族,結婚状況の7変数,世帯レベルの変数として,地域(1st subnational geographic level),家族人数,世帯に含まれる異なる家族の数,世帯に含まれる子どもの数という4変数を抽出した。

年齢におおむね対応した生年(注3)によって「コーホート」を定義し,居住地域が29の省・自治区・直轄市のどれに属するかによって,実証分析における「省」を定義した。たとえば,1970年生まれで浙江省に居住している個人は,「浙江省・1970年生まれコーホート」に属していることになる。これをそれぞれの国勢調査データについて足し上げていって,省・コーホートサイズを計算した。たとえば浙江省・1970年生まれのコーホートサイズは,1982年データで9146人,1990年データで9392人,2000年データで9476人となる。1パーセントサンプル抽出による誤差に加えて,国勢調査間で生じた死亡,省外流出,省内流入が加わるため,同じ省・コーホートにおいても人口変動が国勢調査間で生じる(注4)Appendix 1にあるように,標本数は各省・自治区・直轄市の人口構造に対応してバランスよく変動し,3調査年に関してもバランスよく分布している。

なお,次節で説明するように,以上の国勢調査ミクロデータ以外に,省別の1人当たり名目GDPの水準と成長率に関するパネルデータを作成し,追加的なコントロール変数として用いた。省の定義は1982年時点で固定した。原データの出所は中国国家統計局である(注5)

2.教育達成度の指標と分析対象年齢

国勢調査における教育達成水準を示す変数は,詳細な情報を含む反面,1982年調査の記録内容が1990年,2000年の記録内容と異なっているために,3つの調査データを統合した指標を作成するのに制限がある(注6)。そこで最終的に推定で使用する際には,この変数に含まれる情報に就学・就業状況の情報を加えて,個人レベルの教育達成度の指標として,就学ダミー,小学校(1~6学年)卒業ダミー,中学校(7~9学年)入学ダミー,中学校卒業ダミー,高校(10~12学年)入学ダミー,高校卒業ダミーという6つに整理した。大学入学・卒業は,各省における大学入学者数の多くが政策で決定され,高校までとは制度的に異なったメカニズムで進学が決まり,中央政府の教育行政上の役割も大きいことから,本稿での実証分析対象から外す。これらのダミー変数を省・コーホートレベルで集計し,それぞれに対応した省・コーホートサイズによって除することにより,就学率,小学校卒業率,中学校入学率,中学校卒業率,高校入学率,高校卒業率という6つの省・コーホートレベルの変数が計算できる。なお,各段階の教育達成度の指標を計算する際に,教育達成に関する情報が記録されていない個人は分析から除いた。

分析対象とする年齢階層は,すべて23歳までとした。23歳で区切るのには,大学の学士課程が終わる標準年齢を考慮したこと以外にも,2つの重要な理由がある。第1に,国勢調査データにおいて,個人が就学年齢時にどこに住んでいたかの情報が欠如しているため,本稿では,就学年齢時の居住地の代理変数として現住地を用いざるを得ないことである。国勢調査実施時に居住していた省と,就学年齢時に居住していた省が違っている可能性を把握できないことが,計測誤差になる。この計測誤差を最小化するため,省を越えた移動が主に就職や結婚などによって生じることを考慮して,分析対象を23歳までに絞った。第2に,24歳以上のいわば社会人年齢層に属する個人について,平均の教育水準を国勢調査のラウンド間で比較すると,同じコーホートであるにもかかわらず,1982年調査より90年,90年調査よりも2000年調査の方が,教育達成度が上昇している(注7)。第Ⅱ節でも述べたように,中国では成人教育も活発に行われてきたため,この教育水準の上昇が報告誤差ではなく,就職後に実際に生じた可能性がある。この問題を軽減するために,大多数が就労している年齢層を分析対象から外した。

教育の指標ごとに,分析対象となる開始年齢は調整した。就学ダミーについては,小学校卒業から高校卒業までを入学・卒業について分析することから,それに対応させて,分析対象を13~18歳とした(注8)。卒業ダミーと入学ダミーについては,その標準修了年齢以上という観点から,分析対象開始の年齢を設定した。すなわち小学校卒業ダミー13~23歳,中学校入学ダミー13~23歳,中学校卒業ダミー16~23歳,高校入学ダミー16~23歳,高校卒業ダミー19~23歳である。

図5は,以上の対象年齢人口を用いて,3つの調査データから集計したコーホートごとの全国平均教育達成度を示している。就学率(図5a)はすべての調査年においてコーホートが若くなるほど就学率が高くなり,もっとも若い13歳の就学率は2000年には95パーセントほどになっている。急激な右上がりの曲線は,15歳を過ぎたころから年齢を追って急激に就学率が下がることを意味している。3時点の調査データを比較すると,近年ほど就学率が全体的に上がっており,1982~2000年に生じた中国での中等教育の普及が示唆される。

図5 中国全体でのコーホート別教育達成度

(注)中国国勢調査データのミクロデータより筆者作成(以下の図表も同じ)。なおパネルa の1982年については,原データに13-14歳の就学情報がないため,15-18歳のコーホートに相当。

図5b図5cは各調査時点で13~23歳のコーホートそれぞれの小学校卒業率と中学校入学率を示し,図5d図5eは各調査時点で16~23歳の各コーホートの中学校卒業率と高校入学率,図5fは19~23歳の高校卒業率を示す。パネルbからfの5つのグラフすべてにおいて,曲線は初め緩やかに上昇し,最も年少のコーホートでやや減少するという逆U字型となっている。これは,年齢の高いコーホートにおいては,中国での教育水準上昇という傾向が主に反映されて若い世代ほど教育達成度が上昇しているのに対し,年齢の低いコーホートにおいては,それを上回る頻度で,留年ないし入学遅延のために,標準年齢でそれぞれの教育課程を修了できていない子どもが増えることを示している。

表1に,以上の手続きを経て得られた実証分析用諸変数について,個人レベルの変数,省・コーホートレベルの変数それぞれの記述統計をまとめた。なお,本稿の目的は,人口変動に応じて供給側が弾力的に調整されないという供給制約に着目した分析を行うことであるため,文革による教育システムの混乱が起きた時期については,その混乱による影響を受けないことが望ましい。そこで実証分析においては,文革中に教育年齢にあったと判断されるコーホート(1943~63年生まれ)を分析対象から除外した。

表1 回帰分析に用いた変数の主要統計

(注)説明変数の主要統計に関し,16-23歳,19-23歳分析用サンプルについては省略する(必要な場合には筆者まで請われたい)。就学ダミーおよび就学率の対象年齢は,1982年調査データのみは15-18歳である。

3.省・コーホートサイズと教育達成度の指標のリンク

ある省・コーホートに属する個人の教育達成度にコーホートサイズが与える影響を考える上で本来用いるべきは,問題となる教育段階の年齢時のコーホートサイズである。労働年齢層のサンプルも多く含めて分析対象としたSaavedra[2012]は,このことに配慮して,10年前あるいは20年前に就学年齢だった際の県・コーホートサイズを,調査時のコーホートサイズをもとに計量経済学的に推定する作業を何通りか試している。本研究の場合,対象年齢を23歳までに限ったこと,そして13歳から23歳の死亡率は低いことを考慮すると,そのような調整は不要であると判断した。すなわち,問題となる教育段階の年齢時のコーホートサイズを,国勢調査実施時のコーホートサイズによって近似することによる誤差は無視できるものと判断した。

また,中国の学年歴と国勢調査のタイミングにより,本研究で定義した生年コーホートと学年とが完全には一致しないことによる誤差についても考慮しておく必要がある。現在の中国では,新学年は9月1日に始まり,7月中旬に終了する。ある年の8月31日までに満6歳になる者は,その年の9月1日に義務教育の第1学年(小学校1年)に入学すると定められている。ただしこの制度は日本ほどには厳密に履行されておらず,満6歳になっていない子どもが9月1日に第1学年に入学することや,満7歳以上で入学することも多い。他方,注3に示したように,国勢調査は調査の基準日(2000年調査は11月1日,それ以前の2回は7月1日)における満年齢を記録しているため,国勢調査データにおけるコーホートの定義と学齢とは12カ月中10カ月について重なっている。国勢調査データに誕生日の情報がないため,2カ月ずれていることによる誤差も無視できるものと仮定する。

Ⅳ 実証モデル

1.基本モデルの定式化

前節で説明した3時点の国勢調査データに基づいて,13~23歳の人口を対象に,省ごとのコーホートサイズが各段階の教育達成度に与える影響について分析する。Saavedra[2012]の実証分析単位は地域・コーホートであったが,本稿のメインの分析では分析単位を個人とする。これは,コーホートレベルの分析を用いると,コーホートサイズの減少の効果は,地域の供給制約緩和によるものだけでなく,世帯内の子どもの数が減ってそれぞれの子どもへの教育投資が増えたことによる家計レベルの供給制約緩和によるものも拾ってしまう可能性があることによる。本稿は,地域の供給制約への焦点をより正確なものとするために,世帯内の子どもの数など家計レベルの要因をコントロールした個人レベルの分析をメインとし,コーホートレベルの分析は頑健性チェックとする。基本モデルは次のとおりである。

  

\[Edattain_{ipcy} = α + β \,\log(CS_{pcy})+ θ_{1} X_{ipcy} + θ_{2} X_{pcy} + γ_{p} + γ_{c} + γ_{y} + γ_{a} + ε_{ipcy}\quad\quad\quad\quad(1)\]

ここで,Edattainipcyはコーホートcで,省pに住み,国勢調査ラウンドyにて調査された個人iの教育達成度を表し,就学ダミー,小学校卒業ダミー,中学校入学ダミー,中学校卒業ダミー,高校入学ダミーおよび高校卒業ダミーという6指標のどれかを指す。分析対象年齢は,就学ダミーが13~18歳,小学校卒業ダミーと中学校入学ダミーが13~23歳,中学校卒業ダミー・高校入学ダミーが16~23歳,高校卒業ダミーが19~23歳である。εipcyは観察されない要因と標本誤差を含む誤差項である。

log(CSpcy)は,生年コーホートcで,省pに住み,国勢調査ラウンドyにて調査された個人の人数について,自然対数をとったものである。その係数βは,各省においてコーホートサイズが教育達成度に与える影響を測るパラメータであり,βが負の場合,コーホートサイズが拡大(縮小)するにつれてその集団の教育達成度が悪化(改善)することを意味し,それが観察されれば,Saavedra[2012]に倣って,教育市場に地域的な資源制約が存在していると解釈できる。教育達成ダミーが被説明変数であり,βが掛かっているのは対数値であるから,βの大きさは,コーホートサイズが1パーセント変化したときに,教育達成ダミーが1となる確率が何パーセンテージポイント変化するかを意味する。なお,インパクト評価の用語でいえば,処置(treatment)に当たる変数log(CSpcy)は省・コーホートレベルで変動するのに対し,アウトカム変数であるEdattainipcyは個人レベルで変動しており,通常のOLS標準誤差を適用すると,βの統計的有意性が過大になってしまう。そこで推定においては,省・コーホートをクラスターとした頑健標準誤差(cluster-robust standard errors)を適用する。

その他の説明変数は,地域の供給制約効果であるβを正確に識別するためのコントロールである。Xipcyは個人と世帯の特徴を表すベクトルであり,男性ダミー,既婚者ダミー,少数民族ダミー,家族人数,世帯に含まれる家族数,世帯に含まれる子どもの数を含んでいる。Xpcyは,少子化および教育水準の重要な決定要因となる省レベルの変数のうち,毎年変動するセミマクロ経済要因である。あるコーホートが当該教育年齢にいた時点の省の経済水準をコントロールするために,各省の1人当たりGDP(注9)およびその成長率を省レベルのパネルデータとして構築し,そのデータから,被説明変数の教育段階に対応した期間の値を各コーホートについて計算して,Xpcyとした(注10)γpγcγyγaはそれぞれ,省,コーホート,国勢調査ラウンド,年齢の固定効果であり,国勢調査ラウンドの固定効果は,3時点での調査方法の変化などをコントロールするためのものである。コーホート固定効果と年齢固定効果により,図5に見られるような年齢と生年による傾向は完全にコントロールされている定式化である(注11)

基本モデルに省の固定効果とコーホートの固定効果が入っているということは,本研究の鍵となるパラメータβを識別するのが,省間の平均的な人口の差や,中国全体で生じた人口変動ではなく,それぞれの省で生じた人口変動の省間差異ということを意味する。そこで,13~23歳までの個人を対象とした場合のlog(CSpcy)について,誕生年が1年早いコーホートからの差分を計算し,その分布を図6に示す。平均は0.011とわずかにプラスで(標準偏差0.182),プラスとマイナスの両領域にバランスよく散らばっていることがわかる。Saavedra[2012]によるコロンビアの分析では,基本的にコーホートサイズが増える傾向が強かったのに対し,本稿の用いるデータには,20世紀後半にコーホートサイズに激しい変動があったという中国の人口特徴がよく現れていることに留意されたい。

図6 省・コーホートサイズの変動の分布

(注)標本数=957。3時点の省・コーホートレベルデータのうち,13 ~ 23歳のサンプルを利用。コーホートサイズの自然対数から,1年早く生まれたコーホートのコーホートサイズ自然対数を引いた値の分布を示す。

2.男女差

コーホートサイズの影響は,人口の性比によっても影響を受けることが考えられる。そこで,省・コーホートレベルの男性人口を女性人口で割った性比spcyという新たな説明変数を定義し,基本モデル(1)を次のように拡張する。

  

\[Edattain_{ipcy} = α + β\,\log(CS_{pcy}) + δ_1 Male_{ipcy} + η_1 Male_{ipcy} \,\log(CS_{pcy}) + δ_2 s_{pcy}\]
\[+ η_2\,s_{pcy} \,\log(CS_{pcy}) + θ_1 X_{ipcy} + θ_2 X_{pcy} + γ_p + γ_c + γ_y + γ_a + ε_{ipcy}\quad\quad\quad\quad(2)\]

βが負であるが,省・コーホートレベルの性比との交差項の係数であるη2が正の場合,コーホートサイズ拡大の教育へのマイナス効果は,女子人口増加の場合により強く働き,男子人口増加の場合には悪影響が緩和されることを意味する。地域レベルでの教育資源の調整が男子人口増加の場合に,より優先して行われるならば,η2が正になると予想される。なお,(2)式におけるβが(1)式のβと直接比較可能になるように,(2)式に性比spcyを入れる際には平均からの差分を用いた。他方,男子の進学率が女子よりも高い状況において,男子に偏ったコーホートサイズの増加は,性的偏りがない場合に比べて教育の供給制約をきつくすると考えられるから,そのような調整が行われない場合にはむしろ,η2が負になると予想される。(2)式におけるη2は,地域の男女バランスの変化が,コーホートサイズの教育達成度への影響にどのような違いをもたらすかを示すものであるから,家計レベルの資源制約と子どもの性別の関係ではなく,省レベルの資源制約が働く局面においても地域の男女バランスを通じた男子選好が観察されるかという,既存研究にない,新たな視点についての考察を可能にするパラメータと考えられる。

(2)式においては,(1)式ではXipcyに含まれていた男性ダミーを,Maleipcyとして明示的に示したうえで,コーホートサイズとの交差項が説明変数に付加されている。男性ダミーの係数δ1がプラスであれば,中国の家計内での教育投資における男子選好がサポートされるが,そのこと自体は,Weng et al.[2019]などの既存研究ですでに明らかにされていることの再確認にすぎない。βが負であるが,コーホートサイズと男性ダミーの交差項の係数であるη1が正の場合,コーホートサイズ拡大の教育へのマイナス効果は,同じ家計内でもその子どもが男子の場合に緩和されることを意味する。家計内での教育資源の調整が男子に対してより優先して行われる,すなわち男子には何とか教育を受けさせようと家計が努力するのでコーホートサイズの悪影響は少ないならば,η1が正になると予想される。すなわち(2)式の実証モデルは,家計内での男子選好がコーホートサイズ変化でどう変化するか(η1)と,省レベルでの資源制約においても男子選好がコーホートサイズ変化との関連で現れるのか(η2)という2つを比較することを可能にする定式化である。

3.コーホートサイズ増減の違い

基本モデル(1)にしても(2)にしても,1年早く生まれたコーホートに比べて人口が増えた場合と減った場合とで,コーホートサイズの変動が省・コーホートレベルの教育達成度に与える影響は絶対値で見て変わらないという強い仮定を置いている。この仮定を(1)式について緩めて,以下の定式化によりコーホートサイズの効果を比較する。

  

\[Edattain_{ipcy} = α +β_1 D_{pcy}\,\log(CS_{pcy})+ β_2(1-D_{pcy})\,\log(CS_{pcy}) + θ_1 X_{ipcy}\]
\[+ θ_2 X_{pcy} + γ_p + γ_c + γ_y + γ_a + ε_{ipcy}\quad\quad\quad\quad(3)\]

ここで,Dpcyは,コーホートcCSpcyが1年早く生まれたコーホートc’CSpc’yに比べて大きいときに1となるダミー変数である。したがって,負の値をとった場合のβ1の絶対値は,コーホートサイズが増加したときに,教育達成度がどれだけ悪化するかの限界効果を示している。同様に,負の値をとった場合のβ2の絶対値は,コーホートサイズが減少したときに,教育達成度がどれだけ改善するかの限界効果を示している。この2つのパラメータが等しいかどうかに関してt検定を行うことで,既存研究にないコーホートサイズ効果の対称性についての分析が可能になる。

どちらも負の値をとることが予想されるが,その絶対値はβ1β2のどちらが大きいと予想されるだろうか? 省pのコーホートcに対して省政府が提供できる教育資源をZpc(1人当たりの教育資源はzpc = Zpc/CSpc)として考えてみよう。極端なケースとして,省政府が,CSpcのコーホート間変化に対応してZpcをまったく調整できない場合はどうか? この場合,CSpcが増えた場合のzpcの減少とCSpcが減少した場合のzpcの増加は完全に対称なものとなる。したがってβ1 = β2となることが予想される。他方,CSpcがコーホート間で増えた場合は,政治的圧力や中央政府による資源配分などを通じてZpcを多少増やせるが,CSpcがコーホート間で減った場合にZpcを減らすことは政治的に不可能であり,省はそのような対応をしないとどうなるか? β2の係数は最初のケースと変わりないが,β1については追加的な教育資源配分によってその絶対値が小さくなると予想される。すなわち,人口増加に対応した省レベルの調整が多少でも可能な場合には,β2<β1<0となることが予想される。図6に示したように,20世紀後半の中国は,地域的な人口の増加と減少が地域的にも時代的にも激しく変動した稀有な例である。(3)式の分析を行うにうってつけと考えられる。

4.コーホートレベルの分析

以上の分析を,Saavedra[2012]同様に,省・コーホートを分析単位として行うことも可能である。たとえば基本モデルの(1)は,

  

\[Edattain_{pcy} = α + β \,\log(CS_{pcy})+ θ_2 X_{pcy} + γ_p + γ_c + γ_y + γ_a + ε_{pcy}\quad\quad\quad\quad(4)\]

となる。ここで,Edattainpcyは,生年コーホートcで,省pに住み,国勢調査ラウンドyにて調査された個人の平均教育達成度を表わし,就学率,小学校卒業率,中学校入学率,中学校卒業率,高校入学率および高校卒業率という6指標のいずれかを指す。分析対象年齢は,個人レベルの分析と同じである。説明変数のlog(CSpcy),Xpcy,固定効果4種類(γpγcγyγa)の定義も(1)式と同様で,εpcyは観察されない要因と標本誤差を含む誤差項である。同様の定式化を,(2)と(3)式についても採用する。(3)式の変形については省略し,性差について明記すると,

  

\[Edattain_{pcy} = α + β \,\log(CS_{pcy}) + δ_{2\,spcy} + η_2 s_{pcy} \,\log(CS_{pcy})+ θ_2 X_{pcy} + γ_p + γ_c + γ_y + γ_a + ε_{ipcy}\quad\quad\quad\quad(5)\]

という定式化になる。

推定は,省・コーホートの個人数によって重み付けした回帰分析(weighted least squares: WLS)によって行う。(4)式のβは,各省においてコーホートサイズが教育達成度に与える影響を測るパラメータである。理論的な最大値1の教育達成「率」が被説明変数であり,βが掛かっているのは対数値であるから,βの大きさは,コーホートサイズが1パーセント変化したときに,教育達成率が何パーセンテージポイント変化するかを意味する。(5)式のβδ2η2の解釈も,(2)式のそれらとほぼ同様である。

コーホートレベルの分析を行う第1の目的は,Saavedra[2012]などの既存研究との比較可能性の高い推定結果を示すことである。第2の目的は,頑健性のチェックである。そもそもコーホートレベルの分析における被説明変数は,個人レベルの被説明変数を集計したものであり,コーホートレベルの分析はもともとのサンプル数を用いたWLSによって行うから,仮にXipcyの分布が省・コーホートサイズの変動と完全に直交していれば,(4)式によって推定されるβは,(1)式に基づくβと同一になる(注12)。しかしそもそもメインの推定式(1)においてXipcyを入れたのは,個人・世帯の特徴が直交していないためである。したがって,(4)式をコーホートデータで推定することにより,個人・世帯の特徴が省・コーホートサイズの変動と直交しないことを無視することのバイアスが分析結果に定性的に顕著な違いをもたらすかどうかに関する頑健性チェックとなると考えられる。コーホートレベルの実証モデルを用いる第3の目的は,男子選好に関する,より深い分析である。家計内での男子選好と,省レベルでの資源制約に現れる男子選好との関係を比較するという観点からは,(5)式に基づくη2と(2)式に基づくη2がどのような違いを見せるかが興味深い。コーホートレベルの分析では家計レベルのコントロール変数が含まれないため,(5)式のパラメータη2は,(2)式におけるパラメータη1,すなわち家計内での教育資源の調整がその子どもが男子か女子かによって異なるかどうかという要因をも反映する可能性がある。

Ⅴ 推定結果

1.ミクロデータによる分析結果

表2は(1)式の回帰分析の結果を示している。これらの推定結果から,就学年齢者のコーホートサイズの増加が各段階の教育達成度に与えるマイナス効果がうかがわれる。より詳しく見ていこう。

表2 コーホートサイズと教育達成度に関する基本推定結果

(注)個人レベルのデータを用いたOLS推定結果。かっこ内の数値は省・コーホートをクラスターとした頑健標準誤差(cluster-robust standard errors)を示し,* p < 0.1, ** p < 0.05,*** p < 0.01。すべての推定モデルに,表に示した説明変数以外に,省経済水準(1人当たりGDP およびその成長率),省固定効果,コーホート固定効果,国勢調査ラウンド固定効果,年齢固定効果,切片が含まれている。

各調査年で各省に住んでいた13~23歳のコーホートに対して,コーホートサイズが10パーセント増加するにつれて,小学校卒業ダミーが1となる確率は0.57パーセンテージポイント減少し,中学校入学ダミーは0.73ポイント減少したことが示されている。16~23歳のコーホートを対象とした分析では,コーホートサイズが10パーセント増加するにつれて,中学校卒業ダミーは1.01ポイント,高校入学ダミーは1.25ポイント減少した。高等教育につながる指標である19~23歳の高校卒業を見ると,高校卒業ダミーが1となる確率は,コーホートサイズ10パーセントの上昇によって,1.56ポイント減少するという効果になった。13歳~18歳の就学確率に与えるコーホートサイズの影響は,その10パーセント増加が1.04パーセンテージポイント引き下げるというものであった。コーホートサイズがもたらすこれらの悪影響はすべて,統計的に1パーセント水準で有意である。

表2において統計的に有意な係数を示している個人・家計の特徴について見ていこう。男性ダミーの係数は,就学ダミーおよび小学校卒業から高校の入学までの4段階ダミーという5つの教育達成度に関して統計的に有意に正である。家計レベルでの資源配分という観点からは,女子よりも男子の教育が優先されるという男子選好を示唆する関係が,本稿のデータからも確認されたことになる。ただし高校卒業ダミーに関しては,男性ダミーの係数がマイナスになっている。これは,男子選好の傾向が強い農村地域では,生産活動に高等教育が求められないがゆえに高校を中退するなど学業を諦めて労働市場に参入する男子が多いことを反映している可能性があるが(注13),厳密な分析は別稿に期したい。既婚者で教育達成度が低い傾向は,6つの被説明変数すべてについて統計的に有意に検出された。中国の農村地域において高等教育を受けないまま農業を営み,あるいは労働市場に参入し,早めに結婚して家庭を築くことはまれではないことと,表2の結果は整合的であると考える。少数民族ダミーの係数も6つの説明変数すべてについて有意に負であり,少数民族の教育達成度が低いことが示されている。中国政府は,少数民族の大学受験生に対しては採用基準を緩めるなどの優遇制度を実施してきたが,少数民族と漢民族の間に教育格差が依然として存在していることが示唆される。家族人数や世帯内の子どもの数が教育達成指標に関して統計的に有意に負の効果,世帯に含まれる家族数が正の効果を持っており,家計内部での資源制約と整合的な結果である。

次に,コーホートサイズと,個人の性別および各コーホートの男女比率との交差項を入れた定式化である式(2)の推定結果を表3に示す。まず男性ダミーとコーホートサイズの交差項は,6つの被説明変数すべてに関して統計的に有意に正である。すなわちコーホートサイズ拡大の教育へのマイナス効果は,同じ家計内でもその子どもが男子の場合に緩和されること,言い換えると,家計内での教育資源の調整が男子に対してより優先して行われるためにコーホートサイズの悪影響は少ないことが,全教育段階に関して確認された。

表3 コーホートサイズと教育達成度の関係における性差

(注)個人レベルのデータを用いたOLS 推定結果。かっこ内の数値は省・コーホートをクラスターとした頑健標準誤差(cluster-robust standard errors)を示し,* p < 0.1, ** p < 0.05, *** p < 0.01。すべての推定モデルに,表に示した説明変数以外に,男性ダミー,既婚者ダミー,少数民族ダミー,家族人数,世帯に含まれる家族数,世帯に含まれる子どもの数,省経済水準(1人当たりGDPおよびその成長率),省固定効果,コーホート固定効果,国勢調査ラウンド固定効果,年齢固定効果,切片が含まれている。$ 性比はサンプル全体の平均からの差分を用いた。

次に省レベルの性比とコーホートサイズの交差項の係数は,小学校卒業から中学校卒業までの3つのダミー変数については有意に負,就学ダミーと高校入学・卒業ダミーという3つの被説明変数については有意に正である。すなわちコーホートサイズ拡大の教育へのマイナス効果は,人口増が男子に偏っていた場合に初等教育と前期中等教育では強まり,後期中等教育への入学・卒業および中等教育での就学率では緩和されている。この解釈として次のような可能性が考えられる。まず初等教育と前期中等教育においては,男子教育が女子教育よりも優先される状況において男子に偏ったコーホートサイズ増加が起きると,性的偏りがない場合に比べて教育の供給制約がきつくなるためにη2が負になる。これに対して,後期中等教育においては,男子人口増加の場合に地域レベルでの教育資源の調整がより優先して行われるためにη2が正になっている。

2つの交差項の効果を総合するには,コーホートサイズの教育達成度に与える限界的変化が(2)式のβ + η1 Maleipcy + η2 spcyで表されることに着目する必要がある。そこで,特に明瞭な性差が出ている就学ダミー,高校入学ダミー,高校卒業ダミーの3指標に関して,表3の推定結果を用いて,spcyが平均よりも1標準偏差小さい省・コーホート(女子増加型の省・コーホート)における女子(Maleipcy=0)の場合の限界効果と,spcyが平均よりも1標準偏差大きい省・コーホート(男子増加型の省・コーホート)における男子(Maleipcy=1)の場合の限界効果を計算してみよう。女子増加型地域の女子では,コーホートサイズが10パーセント増加するにつれて,就学確率が1.23パーセンテージポイント減少し,高校入学確率が1.24ポイント減少し,高校卒業確率が1.40ポイント減少するという結果になる。他方,男子増加型地域の男子においては,コーホートサイズが10パーセント増加するにつれて,就学確率の減少は0.49パーセンテージポイント,高校入学確率の減少は0.59ポイント,高校卒業確率の減少は0.89ポイントにとどまるという結果になった。これほどにコーホートサイズの変化がもたらす影響の男女差は大きい。なお上記の計算を,男子増加型地域かそうでないかの違いと,子ども本人が男子か女子かの違いとに分解すると,どちらもおおむね似たサイズのコーホートサイズ限界効果の違いをもたらしていた。

これらの推定結果は中国社会において男子への高等教育を女子よりも優先する選好が省レベルの人口に対する教育資源の調整という側面においても働いていること,そのような傾向は初等教育や前期中等教育においては見られず,教育資源の調整が働かないために男子が増えるとむしろ悪影響が強まる面があることを示唆していると考えられる。すなわち地域的な傾向としても,家計の意思決定としても,中国社会において後期中等教育の資源が男性に優先的に配分されていることを示唆するのが表3の推定結果である。

コーホートサイズが増加したときに教育達成度が下がる度合と,コーホートサイズが減少したときに教育達成度が上がる度合が一致しない可能性を許容した場合の分析結果を表4に示す。6つの教育達成度指標すべてについて,2つの係数はかなり近く,経済的に顕著な違いは見られない。ただし,両者が等しいという帰無仮説に関するt検定は,小学校卒業ダミーで5パーセント水準,中学校入学・卒業ダミー,高校入学・卒業ダミーに関して10パーセント水準で帰無仮説を棄却した。これらの5つとも,コーホートサイズの線形項係数β2の絶対値がβ1よりも大きくなっている。すなわち,コーホートサイズが増えた場合に省政府は教育投資を増やすという調整と整合的な結果になっている。ただしその係数の差はわずか0.001ポイント程度であり,教育資源を増やす余地がとても限られていることが示唆されている。

表4 コーホートサイズの増減と教育達成度への影響

(注)D+ は,1年前に生まれたコーホートに比べてコーホートサイズが増加した場合に1 となるダミー変数。個人レベルのデータを用いたOLS 推定結果。かっこ内の数値は省・コーホートをクラスターとした頑健標準誤差(cluster-robust standard errors)を示し,* p < 0.1, ** p < 0.05, *** p < 0.01。すべての推定モデルに,表に示した説明変数以外に,男性ダミー,既婚者ダミー,少数民族ダミー,家族人数,世帯に含まれる家族数,世帯に含まれる子どもの数,省経済水準(1人当たりGDP およびその成長率),省固定効果,コーホート固定効果,国勢調査ラウンド固定効果,年齢固定効果,切片が含まれている。

2.分析の頑健性

コーホートレベルのデータを用いた回帰分析結果を表5に示す。基本モデルの(4)式の推定結果(表5で列番号の2桁目が1となっているもの)を見ると,各段階の教育達成度に与えるコーホートサイズの影響は,すべて統計的に有意にマイナスという表2の結果に変わりはなかった。すなわち,コーホートサイズの増加が,就学率,小学校卒業率,中学校入学率,中学校卒業率,高校入学率と高校卒業率を引き下げるというメインの分析結果は,コーホートレベルの分析からも頑健にサポートされた。高校卒業率や就学率に関するコーホートレベルの推定結果は,Saavedra[2012]によるコロンビアの推定結果と大きくは異ならないものになっている(注14)。また,コーホートに含まれる男子比率が高い場合に,コーホートサイズが小学校卒業率や中学校入学・卒業率に与える悪影響が激化するが,就学率や高校入学・卒業率に与える悪影響は緩和されるという表3の分析結果,そして,コーホートサイズが増える時期のコーホートサイズ効果は減る時期に比べて若干小さくなるがその差は微小であるという表4の分析結果に関しても,コーホートデータを用いた分析からも頑健にサポートされた(それぞれ,表5で列番号の2桁目が2となっているもの,3となっているものを参照)。

表5 セミマクロデータによるコーホートサイズと教育達成度に関する推定結果

(注)コーホートレベルのデータを用いたWLS 推定結果(ウェイトは各省・コーホートの個人サンプル数)。かっこ内の数値は標準誤差を示し,* p < 0.1, ** p < 0.05, *** p < 0.01。すべての推定モデルに,表に示した説明変数以外に,省経済水準(1人当たりGDP およびその成長率),省固定効果,コーホート固定効果,国勢調査ラウンド固定効果,年齢固定効果が含まれている。$ 性比はサンプル全体の平均からの差分を用いた。

ただし,コーホートサイズの悪影響の絶対値を式(1)と式(4)のβで比較すると,コーホートレベルの推定結果はミクロレベルの推定結果よりも0.01から0.02ほど小さくなっている。これは,個人と家計の特徴とコーホートサイズとが直交しておらず,これらの特徴をコントロールしないセミマクロモデルは,悪影響をやや過少に推定してしまうことを意味している。また,コーホート性比とコーホートサイズの交差項の係数η2を式(2)と式(5)との場合で子細に比較すると,η2がマイナスの場合にはコーホートレベルの分析の方がミクロ分析よりも絶対値が大きく,プラスの場合にはコーホートレベルの分析で絶対値が小さくなっている。すなわち地域の男子人口増加への対応と見られる効果が,コーホートレベルの分析では過少に推定される。地域のコーホートサイズが変化した場合の家計内教育資源調整は,教育水準によらずその子どもが男子である場合に悪影響を緩和させていることがミクロ分析で明らかになっていることが,この過少推定の理由と思われる。

以上とは異なる観点からの頑健性チェックとして,2回の異なる国勢調査においてデータが得られたコーホートの処置に関する別推定を2通りの方法で行った。表2の推定では,サンプル数を維持することを優先し,複数データがある省・コーホートをすべて含めて推定した。小学校卒業ダミーと中学校入学ダミーに関しては,重なるコーホートがあるわけで(注15),その場合の第1の頑健性チェックとして,より就学時の情報に近いという理由から古い国勢調査ラウンドのサンプルのみを用いて再推定した。もうひとつの頑健性チェックとして,古い国勢調査ラウンドのサンプルから得られたコーホートサイズを,より新しいラウンドのデータと差し替える再推定を行った。どちらも,ある省・コーホートを代表させるデータとして,そのデータが得られる一番古い国勢調査のデータを用いたということである。第1の再推定の場合,コーホート固定効果と国勢調査固定効果と年齢固定効果は完全な線形従属となるため,コーホート固定効果のみが入った実証モデル(省固定効果は引き続き入っている)となる。Appendix 3に示すように,限定したサンプルを用いた推定結果も,古いラウンドのコーホートサイズに差し替えた推定結果も,定性的に表2と同じであり,コーホートサイズが各段階の教育達成度に与える悪影響の大きさに関しても,係数βの推定値に0.001から0.002程度の非常に小さな違いしかもたらさなかった。

結び

本研究は,3時点の国勢調査の1パーセント抽出サンプルを利用して,中国の教育における資源制約のもとで,省・自治区・直轄市レベルのコーホートサイズが教育の達成度に与える影響を推定した。本研究の独自の貢献は,中国の独特な人口変動を利用して,コーホートサイズと男女比率の交差項や,コーホートサイズと人口変化の方向との交差項を加えたモデルによる分析を行った点にある。これによって,中国社会における教育面でのジェンダーバイアスを複眼的に考察し,省レベルでの教育供給がどのように調整されるかについての洞察を得ることを試みた。

個人や家計の属性および省・コーホート・調査年・年齢それぞれの固定効果をコントロールしたミクロ分析結果からは,コーホートサイズの増加につれて各段階の教育達成度が低下したことが,頑健に示された。これは,中国の各省・自治区・直轄市が,教育面での供給制約に直面していると解釈できる。また,中国では女子生徒よりも男子生徒の方が優先的に後期中等教育資源を配分されていることが,省レベルの公的教育資源配分においても,家計レベルの私的資源配分においても観察されることが示唆された。ただし初等教育や前期中等教育においては,男子を優先した省レベルの資源配分が十分行われないために,地域の男子人口が増えると悪影響が強まるのに対し,家計レベルの私的配分においては教育水準を問わず,コーホートサイズ増加のマイナスを緩和するような行動が見られることが判明した。さらに,コーホートサイズが増えた場合に,省政府は教育投資を増やそうとしているが,合計の教育資源を増やす余地が限られていることも示唆された。

これらの結果は,中等・高等教育のさらなる普及と質の改善を緊急の課題とする開発途上国にとって,授業料免除や義務教育の拡大といった需要面での対策に加えて,教員の処遇改善や学級規模の縮小など,供給面からの教育の質の向上への支援政策が求められることを示している。教育への公共支出を供給制約が深刻な地域に優先的に交付することは,平均教育水準の向上と地域間格差の是正の両方に貢献する。中国の場合,都市部の教育資源が相対的に豊富であっても,戸籍制度の制約で,農村部から就学目的で移動することが制限されていることも供給制約の問題を深刻化する。また,一人っ子政策はコーホートサイズを引き下げただけでなく,出生性比に男性への偏りをもたらしたわけで,本研究が明らかにしたようなジェンダーバイアスが存在することを考慮すると,家計の男子選好的な教育投資行動を是正するような教育政策(たとえば女子生徒を対象にした奨学金支給など)も新たな意義を持つであろう。

本研究に残された課題として次の2つが挙げられる。第1に,省レベルの供給制約に関しては,本稿の分析は間接的なエビデンスを示したに過ぎない。省レベルの教育サービス供給の中身を明らかにし,その中のどの要素がコーホートサイズ変化の際に特に制約となったのかを明らかにすることが残された課題となる。第2に,コーホートレベルの人口学的変化として本稿は,コーホートサイズ以外には性比のみしか分析していない。政策により一人っ子が急増したことの影響など,コーホートレベルの他の人口学的変化についても検討する余地が残っていよう。

[付記]本稿の作成に当たっては,森口千晶,真野裕吉,有本寛,手島健介,李根雨,増田一八,丸山隆央の各氏,および本誌の匿名レフェリー2名からたいへん有益なコメントをいただいた。ここに記して深く感謝したい。ただしありうべき誤りはすべて筆者に属する。

(王・日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社,黒崎・一橋大学経済研究所,2021年3月22日受領,2021年12月10日レフェリーの審査を経て掲載決定)

付録(Appendix)

Appendix 1 データの分布(13歳以上の個人に関する省・コーホート別標本数)

Appendix 1. データの分布(13歳以上の個人に関する省・コーホート別標本数)

注)*青色のセルは、高校卒業率の分析に用いられるコーホート・国勢調査を指す。濃い水色は、中学卒業率・高校入学率の分析において追加されるコーホート・国勢調査を指す。濃い水色と薄い水色を足し上げたセルが、小学卒業率・中学入学率の分析において追加されるコーホート・国勢調査であり、就学率の分析で用いられるコーホート・国勢調査である。省名に「(旧)」がついている2省は、1982年国勢調査時の省区分に基づいて、1990年と2000年のデータを作成していることを意味する。

Appendix 2 労働年齢層における中国全体での教育達成度の国勢調査間比較

付図1に,23~65歳の人口すなわち労働年齢層を対象として,3次の国勢調査データから集計したコーホートごとの全国平均教育達成度を示す。

付図1 中国全体でのコーホート別教育達成度(23 ~ 65歳)

(注)中国国勢調査データのミクロデータ(本文第Ⅲ節参照)より筆者作成。

それぞれの国勢調査データにおいて,コーホートが若くなるにつれて,小学校卒業率,中学校卒業率,高校卒業率,大学卒業率および教育年数という指標のすべてに関して,単純な増加傾向が観察される。小学校卒業率の場合,多くの途上国と同じように,2000年時点で100パーセントに近くなって横ばい状態になることが確認された。その一方でこれらのグラフに他の多くの途上国では見られない波形が出ているのは,1940~50年生まれと1960~70年生まれごろに相当するコーホートにおける教育の停滞である。付図1b付図1e,すなわち中学校卒業率と教育年数のグラフはもっとも見やすい波形になっていて,1945年と1963年生まれ頃のコーホートの中学校卒業率がピークに至り,後に増加速度が緩められ,あるいは減少しはじめる傾向が見出される。これは,2つの中国の歴史的背景を反映している。第1に,1958~61年に実施された大躍進政策である。農民たちに「鉄鋼大生産」の運動を巻き起こすよう呼びかけた大躍進政策は失敗し,全国各地で大飢饉がもたらされ,自然増加率や国内総生産に大きなダメージを与えた。それによって1961年からベビーブームが発生し,1人当たりの教育資源が激減したことが,1963年生まれ頃のコーホートをはじめとして中学校卒業率が減少していく主な原因になったと考えられる。また,1945年生まれ頃のコーホートの中学校卒業時点はおよそ1960年であり,大躍進政策が実施されていた時期でもある。大躍進政策の実施が当時の教育にも影響を及ぼした可能性がある。第2が文化大革命である。1960~65年生まれのコーホートの中学校卒業時点はおよそ1975~80年の時期となり,1966~76年の文化大革命によって大学入試が廃止され,従来の教育制度が全面的に破壊された時期に重なっている。

問題になるのは,同じ生年の教育達成度が,3つの国勢調査データを比較すると,より近年に調査された値の方が高くなっていることである。死亡率と教育水準が相関せず,われわれの1パーセント抽出サンプルが中国の全人口を正しく反映し,3調査時点における教育情報の精度も同じであれば,これはあり得ない。1パーセントサンプル抽出による誤差だけならば,より近年に調査された値の方が高い傾向は生じず,同じコーホートの教育達成度はどの国勢調査データでもほぼ同じ値となるはずである。

同じコーホートの教育達成度が,国勢調査間で顕著に上昇したことを示すデータになっている理由としては,大きく3つが考えられる。第1に,教育水準の低い個人の方が教育水準の高い個人よりも死亡率が高い可能性である。しかし,付図1bに見られるような大きな上昇を説明するほどの死亡率の差が存在するとは現実的に考えられない。第2に,近年の国勢調査の方が,自分の教育水準を過大報告する傾向が強まる可能性である。中国全体での教育水準が上昇しているなかでは,非常に低い教育水準を国勢調査で正直に申告することにためらいを持つ傾向が生じている可能性は否定できない。しかしこれもまた,付図1bに見られるような大きな上昇を説明するほどの顕著な経年変化が,報告誤差に関して生じたとは,現実的に考えにくい。

第3に,成人教育機会が中国では豊富にあるがゆえに,同一個人の教育達成度が,労働年齢になった後で,実際に改善された可能性である。第Ⅱ節で説明したように,中国では,1951年の「学制改革に関する決定」の実施以降,子ども時代に教育機会を失った成人を対象とするさまざまな成人教育機関が開設され,識字訓練から成人大学まで幅広い教育が行われてきた。1980年代以降の改革開放政策がもたらした経済成長は,すでに就労している階層に対し,成人教育の需要をさらに高めた。1990年代には,成人教育の領域においても基礎教育や中等教育のみならず,成人技術訓練学校や高等教育が拡充した。2000年時点で中国の成人教育の公的支出が教育総支出に占める割合は比率としては低いが(本文の図2c参照),十分にインパクトをもたらす額であると考えられる。すなわち,豊富な成人教育機会が,労働年齢層において国勢調査間の教育改善をもたらした主な要因である可能性が強い。問題は,そのような成人教育は,本稿で問題とする就学年齢時における地域的な供給制約を考える際には,かく乱要因となることである。なぜなら,成人教育が行われた場所は,就学年齢時に居住していた場所ではなく,就学年齢が終わって,就労してから居住した場所となるからである。成人教育機会によって社会人の教育達成度に付図1b1eのような大きな違いが国勢調査間で生じている可能性が強い以上,教育達成率に関するコーホート分析に23歳以上のサンプルを使うのは適切ではないと考える。

Appendix 3 重なるコーホートに関する頑健性チェック

小学校卒業率と中学校入学率に関しては,重なるコーホートがあるため,より就学時の情報に近いという理由から古い国勢調査ラウンドのサンプルを優先的に用いる方法で,基本モデルの表2に関する頑健性チェックを行った。第1のチェックとして,より就学時の情報に近いという理由から古い国勢調査ラウンドのサンプルのみを用いて頑健性チェックを行った(付表1)。もうひとつの頑健性チェックとして,古い国勢調査ラウンドのサンプルから得られたコーホートサイズを,より新しいラウンドのデータと差し替える再推定を行った(付表2)。どちらも,ある省・コーホートを代表させるデータとして,そのデータが得られる一番古い国勢調査のデータを用いたということである。なお第1の再推定の場合,コーホート固定効果と国勢調査固定効果と年齢固定効果は完全な線形従属となるため,コーホート固定効果のみが入った実証モデル(省固定効果は引き続き入っている)となる。付表1および2に示されているように,限定したサンプルを用いた推定結果も,古いラウンドのコーホートサイズに差し替えた推定結果も,定性的に表2と同じであり,コーホートサイズが各段階の教育達成度に与える悪影響の大きさに関しても,0.001から0.002程度の非常に小さな違いしかもたらしていない。

付表1 頑健性チェック(1):重なるコーホートについて古い調査データのみを使用

(注)個人レベルのデータを用いたOLS 推定結果。かっこ内の数値は省・コーホートをクラスターとした頑健標準誤差(cluster-robust standard errors)を示し,* p < 0.1, ** p < 0.05, *** p < 0.01。すべての推定モデルに,表に示した説明変数以外に,省経済水準(1人当たりGDP およびその成長率),省固定効果,コーホート固定効果,国勢調査ラウンド固定効果,年齢固定効果,切片が含まれている。

付表2 頑健性チェック(2):重なるコーホートについて古い調査データを新しい調査データにも適用

(注)個人レベルのデータを用いたOLS 推定結果。かっこ内の数値は省・コーホートをクラスターとした頑健標準誤差(cluster-robust standard errors)を示し,* p < 0.1, ** p < 0.05, *** p < 0.01。すべての推定モデルに,表に示した説明変数以外に,省経済水準(1人当たりGDP およびその成長率),省固定効果,コーホート固定効果,国勢調査ラウンド固定効果,年齢固定効果,切片が含まれている。

Appendix 4 高校入学ダミーの共変動要因に関する頑健性チェック

表2の推定結果において,説明変数「男性ダミー」の係数が,被説明変数が高校入学ダミーのときに有意にプラス,高校卒業ダミーのときに有意にマイナスになっているのは,子どもの性が入学と卒業それぞれに与える効果が異なる可能性でなく,用いたサンプルの違いを反映している可能性がある。そこで高校入学ダミーを被説明変数にした分析を,高校卒業ダミーを被説明変数にした分析と同じサンプルを用いて再推定した。付表3にその結果を報告する。16-23歳サンプルを使うと男性ダミーの係数が有意にプラスだが,19-23歳サンプルを使うと男性ダミーの係数は統計的に有意でないものに変化した。統計的に有意にはならなかったがポイント推定値はマイナスなので,サンプルの違いで高校卒業ダミーでの係数が変化した可能性を否定しきれない。他方,同じ19-23歳サンプルを用いた場合の男性ダミーの係数が,高校入学と卒業とで同じという帰無仮説は5パーセント水準で棄却されるため,高校入学よりも高校卒業に対して,男性ダミーの負の偏相関が強いことも示唆された。したがって,本文に示唆したような男子高校中退の構造的要因が存在する可能性も否定しきれないと思われる。

付表3 高校入学・卒業コーホートサイズ

(注)個人レベルのデータを用いたOLS 推定結果。かっこ内の数値は省・コーホートをクラスターとした頑健標準誤差(cluster-robust standard errors)を示し,* p < 0.1, ** p < 0.05, *** p < 0.01。すべての推定モデルに,表に示した説明変数以外に,省経済水準(1人当たりGDP およびその成長率),省固定効果,コーホート固定効果,国勢調査ラウンド固定効果,年齢固定効果,切片が含まれている。

(注1)  日本では,クラスサイズの効果は「少人数学級」というキーワードを用いて議論されることが多い[中室 2015]。Schanzenbach[2020]などの研究展望に見られるように,クラスサイズの効果に係る実証研究の多くは,先進国を対象としている。

(注2)  1982年調査における四川省は,1997年に四川省と重慶直轄市に分割されたが,本稿では1982年時の領域に対応した地域区分として,「四川省(旧)」を分析単位とした。同様に,1982年調査における広東省は,1988年に広東省と海南省に分割されたが,本稿では1982年時の領域に対応した地域区分として,「広東省(旧)」を分析単位とした。したがって,3時点での地域区分(21の省,3つの直轄市,5つの自治区)は一貫したものになっている。

(注3)  国勢調査は調査の基準日における満年齢を記録している。2000年国勢調査の基準日は11月1日であるため,これを2000年年末によって近似し,たとえば20歳と記録された個人の生年は,一律,「1980年生まれのコーホート」と表現した。1979年11月2日生まれから1980年11月1日生まれまでの個人を,「1980年生まれのコーホート」と呼んでいることになる。1982年と1990年国勢調査の基準日は7月1日であるため,同様の方法によるコーホート名と実際の誕生年の間のずれは拡大する。ただし,学齢との関係では3つのセンサスともに,ずれは1年の12か月中2か月のみである(本文にて後述)。

(注4)  Appendix 1に,1959年生まれのコーホートから1987年生まれのコーホート(2000年国勢調査時に13歳)までの省・コーホートレベルのコーホートサイズ,および回帰分析に用いたサンプルがそのどこに属するかを示してある。

(注5)  ウェブサイトwww.stats.gov.cn,アクセス日2021年6月22日~7月12日。

(注6)  たとえば,高校の教育達成度を示す場合,1982年調査データには高校という1つの項目しか記録されていないのに対して,1990年および2000年調査データには普通高校在学中,職業高校在学中,普通高校中退,普通高校卒業,職業高校中退と職業高校卒業といった詳細な情報が得られる。

(注7)  Appendix 2に,23歳から65歳の個人の教育水準の平均を,中国全体についてコーホート別にプロットした図を示した。その解釈についてもAppendix 2を参照されたい。

(注8)  ただし1982年調査のみは,13歳と14歳の個人の就学状況に関する変数が得られないため,就学率の分析対象は15歳から18歳となる。

(注9)  実証モデルには調査年とコーホートの固定効果が入っているため,名目GDPを使うか実質GDPを使うかは,全国一律のGDPデフレータの下では,コーホートサイズの係数に関する推定結果に違いをもたらさない。

(注10)  具体的には,就学ダミーには調査年,小学校卒業ダミーと中学校入学ダミーには小学校入学年から小学校最終学年までの6年間平均,中学校卒業ダミーと高校入学ダミーには中学入学年から中学最終学年までの3年間平均,高校卒業ダミーには高校入学年から高校最終学年までの3年間平均を用いた。したがって,(1)式でXpcyとなっている項の下付き文字は,より正確には,被説明変数が就学ダミーのときにはXpy,被説明変数が入学・卒業ダミーのときにはXpcである。

(注11)  なお年齢固定効果は,13~23歳を対象とした分析において明示的に必要となるが,13~18歳,16~23歳,および19~23歳を対象とした分析においては,コーホート固定効果と国勢調査ラウンド固定効果の組み合わせと完全な線形従属となるため,実際の推定には入れていない。同様に国勢調査ラウンド固定効果は,13~18歳ないし19~23歳を対象とした分析においてはコーホート固定効果と完全な線形従属となるため,実際の推定には入れていない。

(注12)  言い換えると,(1)式から個人・世帯レベルの説明変数を抜いてOLS推定して得られるβ1の推定値は,(4)式をWLS推定したものと同一である。

(注13)  表3に見られる高校入学・卒業ダミーへの男性ダミー係数の違いは,推定サンプルの違いも反映している可能性がある。高校入学ダミーが被説明変数の回帰分析結果は,高校卒業ダミーの分析に使ったものと同一である19~23歳サンプルを使うと,男性ダミーの係数は統計的に有意でないものに変化した。詳しくはAppendix 3を参照。

(注14)  Saavedra[2012]は,被説明変数(県レベルの就学率・卒業率など)も対数変換しているため,コーホートサイズの対数値の係数そのものを,本稿の係数βと直接比較することはできない。サンプル平均で評価して比較し,顕著な違いがないと判断した。

(注15)  Appendix 1参照。

文献リスト
 
© 2022 Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization
feedback
Top