Ajia Keizai
Online ISSN : 2434-0537
Print ISSN : 0002-2942
Book Reviews
Book Review: Tadashi Yamamoto, Orbán’s Hungary: In Conflict with the European Values (in Japanese)
Yoichiro Usui
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2024 Volume 65 Issue 4 Pages 103-108

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Ⅰ 本書の射程

リベラル価値共同体EUの加盟国であるにもかかわらず,ハンガリーの権威主義化が止まらない。本書はこの難問に取り組んだ研究書である。ただし,その視点はブリュッセルからであって,ブダペストからではない。オルバンの国からみえるリアリティは,本書の射程外におかれる。イリベラル・デモクラシーを主唱するオルバンにとっては,EUこそ難問であるはずだが,本書で分析の対象にされるのは,どこまでもEU側の対応である。本書も参照するフリーダムハウスやV-Demの測定によれば,オルバンのハンガリーはもはや,リベラルデモクラシーの国家ではない。その外交政策についても,オルバンのハンガリーは中国,ロシアに接近している。EUの対ロシア・サンクション,対中国ディリスキングの方向とは明確に異なる。この点もまた,本書が取り組む難問である。

オルバン自身のイデオロギーは,本書においてじつにシンプルに描かれる。本書はいう,オルバンにとって「最大の敵対勢力は,西欧の自由主義勢力であった」(160ページ)と。その西欧自由主義を体現するのが,本書の副題に添えられた「ヨーロッパ価値共同体」である。本書巻末に資料として掲載された欧州議会の文書が,欧州審議会(CoE)ベニス委員会の報告書を引用する形で,ハンガリーの権威主義化を明瞭に示している。しかし,EUはこれを止められなかった。その理由が突き止められねばならない。オルバンのハンガリーを認めれば,価値の共同体EUは損なわれてしまう。権威主義化は正されねばならない。これが本書の基本となる価値前提となる。

こうして強調点は主題(オルバンのハンガリー)ではなく,副題(ヨーロッパ価値共同体)におかれる。本書が照準をあわせるのは,EUからみえてくるかぎりでの『オルバンのハンガリー』である。本書で突き詰められる分析課題は,この価値共同体を損ないかねないハンガリーの権威主義化ではなく,この権威主義化に対応できなかったEUの失敗である。本書の研究はここに限定される。

Ⅱ ヨーロッパ価値共同体という視点

EUの失敗の要因を探るためにも,まずはヨーロッパ価値共同体について理解しておくことが求められよう。本書の巻末には,EU基本条約の抜粋が掲載されており,読者は,EUが志向する価値の一覧――オルバンのハンガリーが損なおうとしている価値システムの見取り図――を手にすることができる。価値共同体なる概念の詳しい内容については,著者の他の研究書[山本 2018]に当たらねばならないが,疑問を一つ,呈しておきたい。人権・デモクラシー・法の支配を基本原則とする西欧リベラリズムを掲げるのは,けっしてEUだけではない。欧州審議会(The Council of Europe)こそ,最たる価値志向機関であるし(むしろEUの本質はシングルマーケットおよびシングルカレンシーにありとする見方も有力だ),軍事同盟NATOでさえ,その条約には「デモクラシーの諸原則,個人の自由および法の支配」が謳われている。EUをことさらに価値の共同体だと定位するのは,いったいなぜなのか。

本書にその説明はないが,推測するにその特別な理由として,加盟国内法秩序を拘束するEU立法,EU司法裁判所の広範な管轄権と判決の拘束性,中進国並みのEU予算による巨額の補助金,の3点を挙げられよう。つまりEUの場合,加盟国の主権に対する侵入性が他の国際組織と比べて,段違いなのである。価値を実現する制度の強度に,留意しておく必要がある。中小国の一つにすぎないハンガリーがこの強固な共同体を損ないかねないとすれば,その研究対象としての価値は特別なものになろう。ただし,上記3点のうち補助金については本書で取り上げられるが,立法と司法をめぐる欧州委員会とハンガリー政府の対決については,詳細が論じられることはない。とはいえ,EU法秩序に対して恒常的違反状態を発生させるオルバンのハンガリーが,リベラル価値共同体EUを損なってしまうという事態は,非専門家にもわかりやすくクリアに問題化されている。

Ⅲ 本書の構成

本書を構成するのは,学会誌や大学紀要に寄稿された6編の論文と,新たに書き下ろされた4編の論攷である。全体として3部に分けられている。

第1部は,「オルバン政権下のハンガリーとEU対応の様相」と題され,3つの章がおかれた。

第1章の「権威主義化するハンガリーとEUの困惑――2010年代半ばまで――」では,ハンガリーに対して法的手段を持ち合わせていたはずのEUの,その初動のもたつきが明らかにされる。

第2章の「背景としてのEU党派政治――ポーランドとの相違――」では,欧州議会内最大政治グループ・欧州人民党(EPP)の意向をうけたEU機関の幹部が,オルバン率いる政党・フィデスへの対応に躊躇してしまった経緯が,批判的に抉り出される。ポーランドに対する厳しい姿勢とは対照的な,ハンガリーに対するEUの甘さの理由も,この党派政治に探られる。

第3章の「欧州議会によるハンガリー対応の虚実――2018年9月12日決議を中心に――」では,欧州議会がようやくEU条約第7条予防手続きを適用する決議を採択するに至る過程が分析され,この過程における価値志向と利害打算の両面に光があてられた。

第2部では「オルバン権力とヨーロッパ価値共同体の動揺」が描き出される。欧州人民党の打算およびイデオロギーから,オルバンのハンガリーとEUの関係を捉えようとするもので,本書による新機軸だといえるだろう。

第4章となる「欧州人民党とフィデス――2019年3月の加入資格停止をめぐって――」では,EUによるハンガリーへの対応が停滞した背景的要因として,欧州人民党とフィデスの特別な関係が指摘される。結局欧州人民党はEUの基本的価値に反するフィデスを除名することができず,フィデスの方で自ら欧州人民党を去って行くことになるのだが,本章はその過程を密に描写するとともに,フィデスを率いるオルバンが「キリスト教民主主義を掲げる欧州人民党への傾倒と執着を強調していた」(97ページ)ことへと,読者の注意を引いている。

第5章の「新型コロナウィルス対策とオルバンの権力強化――EUの屈辱――」では,EUにとって本来は見過ごせないはずの,反民主的で強権的なハンガリー・コロナ対策法に対して,EUが為す術もなく見過ごしていた経緯が問題視される。本書によれば,「ハンガリーの権威主義化は,このような状況の下で不可逆的なものとなっていった」(118ページ)のである。

第6章では「EUにおける財政枠組みの成立と法の支配――対加盟国コンディショナリティの構図――」という主題が取り上げられ,EUがハンガリーに対して,補助金停止という強力な武器を手にし始めた過程が,分析の俎上に載せられる。ここで論じられた法の支配メカニズムによるコンディショナリティは,本書出版後に一定の制度的進展をみせることになるが,本書の記述の価値が,それによって損なわれることはあるまい。EU条約第2条(EUの基本的価値)に反する政府の振る舞いが如実にみられるハンガリーそしてポーランドに対して,制度的対応が後手後手に回り停滞していたEUが,ようやく補助金停止という手段を手にしようとし始めるのであるが,本書はその採択過程をつぶさにみていくことによって,ハンガリーそしてポーランドに揺さぶられるEUの姿を,明瞭に浮かび上がらせている。

第3部は「オルバン政権の対外政策」と題され,2つの章がおかれた。第7章「全方位均衡としての対中国関係――ハンガリーによる「東方開放」の政治力学――」では中国との関係が,第8章「EUの対ロシア制裁とオルバンの戦略――2022年ウクライナ侵攻後の全方位均衡――」ではロシアとの関係が,それぞれ概括的に把握される。この第3部はオルバンの対外戦略を「全方位均衡」の概念によって捕まえようとするもので,本書によるもう一つの新機軸だといえるだろう。

最後に終章がおかれ,全体が総括されているが,本書本文では論じられなかった論点の指摘もみられる。EUがオルバンのハンガリーに対して真剣に向き合おうとしてこなかった理由として,「EUによる人権の推進に向けた機運が,2010年代を通じて低調であった」(187ページ)という点が指摘されている箇所である。そもそも人権推進機運の浮き沈みがEUにみられるのかどうかについては,あらためて議論を起こす必要があるだろう。人権規範の少なくとも言説に関するかぎり,EUには浮き沈みのない一貫性がみられるように思われる。

以上のように本書は3部・8章立ての構成により,基本的には時系列による記述でもって議論を進めているが,研究アプローチという点からみると,次の5点に照準を定めているのだと,整理できよう。

(1)EUの基本的価値に反する加盟国への制度的措置

(2)欧州議会内政治グループ・欧州人民党の反応

(3)オルバンのコロナ対策緊急事態法をめぐるEUの対応

(4)EU補助金の対ハンガリー停止処分(コンディショナリティ規則)

(5)EUとハンガリーの対外政策の相違(ロシア・中国をめぐって)

なお,巻末に参考資料として,オルバンの2014年スピーチ,欧州議会文書(ハンガリーのイリベラル化を指弾する文書),EUの価値を示す公式文書,EU機関間関係の基本的構図,が付されている。EUを専門としない読者には有用だろう。ただし,オルバンのスピーチについては,なぜ2014年のこれのみが掲載されたのか,説明が欲しい。本文でもこの2014年スピーチが取り上げられており,その重要性に疑問の余地はないのだが,オルバンのスピーチはこれだけではなかろう。なぜこれのみが翻訳され掲載されるほどの特別な意義を持ち得るのか。本書92-93ページでは,EU政治ニュースメディア主要4社によるオルバンへのインタビューが抜粋されている。とても重要な箇所だ。西欧優位思考批判,リベラリズム批判,キリスト教民主主義の左傾化批判など,オルバンのイデオロギーが簡潔にわかりやすく浮かび上がっている。EUにとっての難問オルバンが何者であるのかを突き詰めて行くためにも,ここを掘り下げて欲しかった。そのためにも,ニュースメディアが構成したインタビュー記事だけでなく,オルバン自身のスピーチ資料が,収集整理されるべきであった。

本書の分析と考察は,基本的には,EUの公式文書と,英語媒体の主要なEU政治ニュースメディア(EuractivやEUobserver,Politicoなど)に依拠している。関係者へのインタビュー調査は実施されていない。先行研究の紹介も極めて限定的だ。レビュー(先行研究の批判的検討に基づく本書のオリジナリティの主張)に至っては,ほぼないといってよい。インタビューがないことについては,著者自身が本書の限界として言及しているところであるが,むしろ先行研究レビューの不在が,残念でならない。上述のオルバン・スピーチ収集の充実とあわせ,本書の学術書としての価値を高める作業になったはずだ。

その点,注において短いながらも,D. Kelemenの研究が紹介されている箇所に,注意を引いておきたい。本書の先行研究として重要である。オルバンのハンガリーは,EUが育てたのだと,Kelemenは主張する。EUの基本的価値に反した行動を続けているのに,EUは補助金を支給し,シングルマーケットの恩恵を与えてきた。自らを否定する権威主義国家を,自ら育ててしまったことに,EUは自覚的になるべきだというのである。

本書もまた,EU制度の不備だけでなく,EU側の怠慢も指摘しつつ,しかし基本的には,(キリスト教民主主義系政党の国際連携組織である)欧州人民党の役割に,注意を引く。とすれば,オルバンのハンガリーは,EU制度ではなく,キリスト教民主主義が創り上げた反EU国家だと,いうべきなのだろうか。各国のキリスト教民主主義系の政党は,欧州統合を最初期から推進してきた親EUアクターである。まさにそうであるだけに,欧州人民党の役割に注目する本書の指摘は,重要である(ただし後述のように問題もあるが)。結局のところ本書は,EU制度の方を重視するKelemenの研究を,いかに受け止めたのか。本書自身のオリジナリティをどのように主張したかったのか。筆を足して説明して欲しいところであった。

本書は全体としては,隣接分野の研究者や学部後期もしくは大学院修士課程の院生にとって,貴重な1冊となるだろう。オルバンのハンガリーがなぜ,どのように,EUにとって問題にされているのか。本書の読みやすい文体ともあいまって,わかりやすく理解できる構成になっている。

Ⅳ 本書の貢献

もちろん,本書は解説のためだけの書物ではない。学術的貢献を確認しておこう。EUには基本的価値に反する加盟国を対象とした予防手続および権利停止手続が備わっている(上述のEU条約第7条)。しかし,これがなかなか発動されない。本書でも指摘されるように,「…すでに2011年か翌2012年の初頭には,オルバン政治の問題性が認識されていた」(76ページ)。にもかかわらず,この手続きが動き出すまでには,相当の時間がかかった。初動に問題があったと,本書はいう。手続きが動き始めてからの5年ほどの期間(2017-2021年)が,本書の研究対象となる。本書はこの間の欧州委員会,欧州理事会/EU理事会,欧州議会の動きと,それに対抗するオルバンおよびその政党フィデスの言動を,EUの公式文書やEU政治ニュースメディアに当たりながら,トレースしていく。遅まきながらもEU機関が動き始めたこと,しかしその対応に強固な姿勢はみられず,権威主義化するオルバンのハンガリーを止めることはできなかったという現実が,とても読みやすい文体で描き出されていく。

上述のように,本書は先行研究状況に照らし合わせたオリジナリティの主張という学術書としての構えはとっていないのだが,評者自身の視点から,本書に3点ほど,オリジナルな貢献を指摘してみたい。一つは,本書が欧州人民党の役割に注目している点である。欧州人民党は欧州議会内に政治グループを形成し,最大議席数を確保している。この欧州政党の政治的役割に着目して,ハンガリーとEU,もしくはオルバンと欧州委員会・理事会の関係を本格的に論じた学術的研究は,評者が知るかぎり,まだまだ不十分である(ただしシンクタンク系研究者やジャーナリストは折にふれ欧州人民党の姿勢に注意を引いてきた)。本書は欧州人民党がオルバンの政党フィデスを擁護したという。その理由として,欧州人民党内の家族的雰囲気や,欧州議会の議席確保が挙げられる(フィデスが抜けると欧州人民党は議席大幅減となる)。これはEUのポーランドへの対応との相違を説明する議論でもある。ポーランドもまたオルバンのハンガリーと同じく,EUの基本的価値からの逸脱が問題視されていた。本書は次のように主張する。

「フィデスのハンガリーは,欧州人民党によって擁護される。その一方で,同党や欧州社会党が擁護しない「法と正義」のポーランドに対しては,欧州委員会が早急に対応し,その対応を欧州議会が手放しで支持する。このような党派政治を,「法と正義」に所属する欧州議会議員は目の当たりにしたのである。「法と正義」に所属する議員からは自党を欧州保守改革党から欧州人民党に乗り換えることを望む声さえ上がる始末であった。」(60ページ)

欧州議会内政治グループに着目した本書のアプローチは,先駆的な研究であるといえる。EU政治研究では伝統的に,(EU市民を代表するはずの)欧州委員会と,(国民主権に根差した加盟国代表が集う)理事会の関係が主題化されるか,あるいは加盟国間の関係――大国と小国あるいは倹約4国家やビシェグラード4といったEU内国家集団――が検討されてきた。ギデンズ(A. Giddens 社会理論の大家,LSE名誉教授)の用語を借りれば,EU1(EU機関間関係)もしくはEU2(加盟国間関係)を研究対象とするアプローチである。これに対して,本書が採用したアプローチは,欧州議会内政治グループ(およびこのグループの母体となる欧州政党)の組織内政治や,このグループによるEU1およびEU2への働きかけを捕まえようとするものであり,これはつまりは,ギデンズのいうEU1とEU2を1本の線で貫こうとする現実析出法でもある。欧州人民党内のフィデス擁護勢力後退とともに,ハンガリーに対するEU機関全体の姿勢が強化されていくとみる本書の視点は,今後の研究開拓の始点にもなりえよう。欧州人民党に注目した研究は,EU研究系主要国際学術雑誌に出始めており,本書もその流れに沿った研究だといえる。

二つ目の貢献は,EU研究がどのように加盟国研究に向き合うべきかという,方法論上の課題にかかわる。上述のように本書では主題と副題の重要性が逆転している。本書で問題にされるのは,「ヨーロッパ価値共同体」にとっての「オルバンのハンガリー」である。とはいえ,そこには,EUを起点にみえてくる加盟国の姿に,一定の意義を見出そうとする方法論上の主張があると,捉えてみたい。加盟国の立法・司法システムとEUの立法・司法システムは,まさに有機的に結合している。加盟国の比較政治学研究にとって,EUファクターは無視できない調査項目である。EUからみえてくる加盟国の姿を,主権国家内部の政治の研究と結びつけていくことが求められる。これは換言すれば,加盟国内の政治にとってEUは従属変数にすぎないとみなす研究に終始するのではなく,両者の側からともにみていこうとする研究へと展開していこうという路線であり,やがては,国際組織論と比較政治学をどうリンクするかという方法論上の課題にも直面するはずだ。リサーチデザインの作り方は難しいが,EU研究が加盟国研究に貢献できる部分が必ずあると,本書は確信させてくれる。本書が手を付けた欧州議会内政治グループの研究は,重要な糸口になるに違いない。

三つ目の貢献として,オルバンの対外行動パターンを読み解く視点に注目したい。なぜオルバンはEUの対外関係方針に従わず,中国やロシアと良好な関係を築こうとしたのか。本書は,デービッド(S.R. David ジョンズ・ホプキンス大学教授,国際関係論)の全方位均衡論(omnibalancing)を採用する(158ページ)。元来は東西冷戦期の第三世界指導者の行動を説明するための概念であったが,それがオルバンの行動をよく説明してくれるのだという。ここに本書の新基軸を認められる。この概念を本書は次のように説明する。指導者は合理的に対外政策を決定する。したがって決定に際してイデオロギーに執着することはない。そして指導者は対外関係のみならず自国内敵対勢力との対峙も考慮に入れていく(以上は本書159ページの記述による)。本書はこの概念に立脚して,オルバンの親ロシア,親中国路線の理由を説明する。本書によると,オルバンにとってEUは自らの敵である。それゆえEU内でハンガリー・ファーストの政策を進めるには,ロシアや中国の後ろ盾が必要になる。ところが,まさにこの同じ概念によれば,オルバンのハンガリーがEUを脱退し中国やロシアと同盟を組むようなことはありえない。EU加盟国であることは,中国やロシアに対して均衡を保つために必要だからである。こうした全方位均衡論に対する本書の着目には,非常に興味深いものがある。

ただ一つ指摘しておきたい。本書は,オルバン自身の反西側自由主義というイデオロギーへの固執を指摘していたのではなかったか。オルバンのいう意味での正しい共同体をヨーロッパに作り上げるというイデオロギー上の使命感は,全方位均衡論が想定する合理的行動仮説に反しないだろうか。本書にとって本質的な問題ではないにしろ,この点をどのように整合的に理解すればよいか,迷うところではある。

Ⅴ 本書の問題点

本書の弱点は,欧州政党およびそれを母体とした欧州議会内政治グループの集合的アクター性について,いっさい論証しようとしていない点にある。本書には,欧州人民党があたかもシングルアクターであるかのように理解する部分がたしかに存するのだが,欧州人民党に党議拘束のようなものは存在するのだろうか。あるいは,そもそも党議拘束は可能なのだろうか。欧州政党に政治アクター性を見出せるかどうかは,それ自体,一つの重要なEU研究上の課題である。各国キリスト教民主主義系政党間の団体行動を可能にする凝集性についての,先行研究レビューが本書にはない。考察すべき論点は多い。本書は,欧州人民党がハンガリーのフィデスに対して強い行動に出られなかったことと,欧州委員会や欧州議会,欧州理事会/EU理事会がハンガリーに対して強い行動をとらなかった(とれなかった)ことの間に,因果関係を認めようとするのであるが――そしてこのアプローチは上述のようにEU政治研究上一定の意義をもつのではあるが――そうであればなおさら,欧州人民党がEU機関の行動を制約するほどの政治パワーを有するという判断の根拠が,論じられるべきであろう。影響力をもったと本書がいう欧州政党の幹部とは誰であり,その者は具体的にどのような政治力を保持しているのか。欧州政党に着目した本書の研究が重要であればあるほど,それだけ欧州政党のアクター性に関する実証的研究が求められるところである。

オルバンという難問に向き合うEUの有り様を見定めていくにあたって,欧州人民党に照準をあわせる本書の学術的価値は高い。今後の一次資料収集,インタビュー,先行研究レビューの大きな展開を期待したい。

文献リスト
  • 山本直 2018.『EU共同体のゆくえ――贈与・価値・先行統合――』ミネルヴァ書房.
 
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