2015 Volume 51 Issue 3 Pages 215-220
この研究の目的は,高知県において建設されている2基の木質バイオマス専焼発電プラント(以下,発電プラント)の燃料が県内の未利用資源である広葉樹によって賄えるかどうかを検討することにある.
高知県では豊富ではあるが利用が低迷する森林資源の利用拡大を目的として,国の再生可能エネルギーの固定価格買取制度の活用を前提として県内2ヵ所で発電プラントの整備が進められている.
これら発電プラントでは,その設計段階において,主たる木質バイオマスをスギ,ヒノキといった針葉樹に求めてきた.しかし,針葉樹は建築用材や製紙等の原料としての用途と競合するため,新たな発電プラントの需要を充分に賄う供給量が確保できない可能性が高まっている.
そこで,本研究では木質バイオマスを広葉樹林に求めて,その実行可能性の検討を行うこととした.その際,県内の広葉樹は民有林面積の約34%を占め,その資源量は針葉樹に劣らない水準にあることから,広葉樹の供給源を県内市場に限定して,その潜在能力を測定することにした.
木材の発電用燃料としての利用を考えるためには,関連する市場構造を把握する必要がある.そのため以下では,高知県内における関連市場を概観する.
1)原木市場:山元から出荷された原木が売買される市場である.原木の利用は,主に建築用とチップ用に大別できる.前者は主には針葉樹が,後者は針葉樹と広葉樹が対象となる.このうちチップ用材として市場で売買される針葉樹は建築用に向かない低質材や林地残材であり,建築用材よりも安値で売買され,その発生量は製材量に規定される.広葉樹は主にチップ用材として取引され,針葉樹よりも高値で売買されているものの,その需要量は僅かである.
2)木材チップ市場:製材所の加工過程から得られたチップ,低質材,林地残材や建築廃材などから製造されたチップが,製紙や合板等の原料や燃料として売買される市場である.価格面でみると,広葉樹チップ>針葉樹チップ>廃材チップとなる.また,その生産量は,高知県の場合,針葉樹チップ>広葉樹チップ>廃材チップとなる.
3)木質バイオマス電力市場:2012年にわが国で導入された電気の固定価格買取制度により,木質バイオマスを用いて発生した電力が電力会社によって固定価格で買い取られることとなったことにより注目される市場である.その際の買い取り単価は,バイオマスの種類に応じて設定されている(資源エネルギー庁,2014).
これら市場関係において見落としてならないのは,針葉樹では建築用とチップ用としての用途が競合している点である.いま,針葉樹の原木に対するチップ用材に対する需要曲線を(

針葉樹原木の需要と供給
このとき,針葉樹に対する建築用材の需要曲線(

針葉樹原木に対する合成需要曲線と市場均衡
これに対して,広葉樹の原木のほとんどは建築用材として用いられることはなく,チップ市場へと流れ込む.したがって,建築用材との競合がみられないので,低価格(

広葉樹原木の需要と供給
この点に関する研究蓄積はほとんどないものの,杉澤(2013)が詳細な現状分析に基づいて見通しのよい結論を得ている.しかし,杉澤の分析は需給関係を現時点の状況から導いており,発電プラントの新設によってチップの需要量が大きく変化する際の価格変化を反映できないという限界がある.
そこで以下では,過去の市場データから需給曲線を推定して,広葉樹由来のチップの発電利用の可能性を検討することとした.
2基の発電プラントの燃料が県内市場の広葉樹によって全て賄えるかどうかを分析するための手順は以下の通りである.1)高知県における広葉樹チップの価格と生産量に基づき,既存の広葉樹チップ市場の需給曲線を推定する.2)県内2基の発電プラントの木材需要を含めた高知県における広葉樹チップの需要曲線を推計する.3)木材チップ市場の均衡点を推計して,県内の広葉樹が2基の発電プラントの木材需要を満せるかどうか,また,プラントに正の利潤を確保できるかどうかを検討する.
(2) 既存需給曲線の推計方法需給曲線の推計は,供給曲線を(1)式,需要曲線を(2)式のようにモデル化して二段階最小二乗法(2SLS)を用いて行った.
(1)式では当年の広葉樹チップの価格p,一年前の広葉樹チップの価格p–1,それにダミー変数Dsの3つを説明変数とした.ダミー変数Dsは1985年のプラザ合意を受けて始まった円高の影響による価格変化に数量調整が追い付いてない時期(1985~1989年)を想定し,これを補正する変数とした.
| (1) |
x:広葉樹チップの生産量
p:広葉樹チップの価格
p–1:一年前の広葉樹チップの価格
Ds:ダミー変数(1985~1989年=1,その他=0)
| (2) |
x:広葉樹チップの生産量
p:広葉樹チップの価格
x–1:i年前の広葉樹チップの需要量
Dd:ダミー変数(2000~2009年=1,その他=0)
ここで,それぞれの変数の符号条件を確かめるために(1)式を(3)式のように書き換えると,第2項は昨年と当年の価格差を示す.したがって,昨年より当年の価格が下がれば(p–1−p)の値は正になる.このとき,生産量はその差分に合わせて生産量を減少するように調整すると考えられるためβsの符号は負になると予想される.また,第1項の係数(αs+βs)はこうした価格の適応行動を除いた当年の価格に対する反応と考えられる.したがって,その符号は正と予想される.
| (3) |
さらに,ダミー変数Dsは価格下落期に数量調整が追い付いてない時期であることを考慮してその符号は正になると予想される.
次に,(2)式では説明変数には当年の広葉樹チップの価格pに,1年前と2年前の広葉樹チップの需要量の平均値を加え,さらに,ダミー変数Ddを導入した.このダミー変数は価格が下落しても広葉樹チップの需要量が増加しない2000年以降の動向を反映させるための変数である.それぞれの説明変数の符号条件についてみると,まず,当年の広葉樹チップの価格pの係数αdは負となる.また,過去2年間の平均需要量は当年の生産設備などの固定的生産要素の水準を決めるため,その値が上がれば当年の需要も押し上げられると考えられる.したがって,その係数βdの符号は正と予想される.ダミー変数Ddについては,2000年以降の価格下落局面でも一定量のチップが需要されているため,その符号は正になると予想される.なお,推計に際しては,各説明変数の有意水準を5%に設定した.
推定に用いたデータは,1985~2009年の高知県における広葉樹チップの生産量(絶乾重量1)と工場渡し販売価格である.ここで,価格をチップ工場渡し販売価格としたのは県内2基の発電プラントは施設内にチップ化機能を有しているためである.
生産量は高知県(2013)をもとに算出した値を,また,価格は農林水産省(1986–2011)及び高知県資料を用いた.ただし,価格については2007~2009年が未調査であったため当該年の価格は全国価格に対する高知県価格の比率の平均値(1985~2006年)を当年の全国価格に乗算して求めた.さらに,内閣府(2010)の製材・木製品の値を用いて実質化した.
以上の手順で高知県における広葉樹チップの生産量と価格の関係をまとめると,図4のようになる.

高知県における広葉樹チップの生産量と価格
いま1基の発電プラントを想定しよう.ここで購入する燃料用チップの価格をr円,チップ需要量をxt/年とする.またチップ1 tから生産される電力量はαkWhで一定とし,その価格をp円/kWh,可変費用vc円/年とする.このとき,プラントの利益π円/年は,(4)式で表される.
| (4) |
xの限界生産力を一定と仮定しているので,発電数量qに対する平均総費用は逓減的になる.したがって,r<pα−vcである限り,このプラントはその最大生産量に対応する原木量

発電用燃料用チップの需要曲線
| (5) |
なお,参考資料のチップの含水率は35%(湿潤基準)と想定されるため,損益分岐価格は絶乾重量の価格に補正している.また,内閣府(2010)より製材・木製品の2005~2009暦年の平均値(1.094)を用いて価格を実質化している.
こうして求めた発電プラントの木材需要に(2)項の方法で求めた既存需要を合成して需要曲線を導く.
| 区分 | 未利用木質バイオマス | 備考 | ||
|---|---|---|---|---|
| 値 | 単位 | |||
| 出力 | 5,700 | kW | ||
| 設備利用率 | 93 | % | ||
| 稼働年数 | 30 | 年 | ||
| 年間発電量 | 46,437 | 千kWh | 5,700 kW×24時間×365日×93% | |
| 所内率 | 16 | % | ||
| 年間売電量 | 39,007 | 千kWh | 年間発電量×0.84 | |
| 資本費 | 建設費 | 2,337,000 | 千円 | |
| 廃棄費用 | 116,850 | 千円 | ||
| 運転維持費 | 人件費 | 60,000 | 千円 | |
| 修繕費 | 93,000 | 千円 | ||
| 支払金利 | 23,370 | 千円 | 建設費×0.021)÷2 | |
| 固定費用合計 | 258,165 | 千円 | ||
出所:経済産業省調達価格等算定委員会(2012)をもとに作成.
1)金利は,日本銀行(2015)より2010年平均値1.5%と,(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(2010)を参考に2.0%とした.
ところで,r<pα−vcのとき,原木の需要量は
上記(2)項,(3)項の推計結果を基に高知県における新しい広葉樹チップ市場の均衡点を推計する.
価格pの推定係数は正,一年前の広葉樹チップの価格p–1の推定係数は負,ダミー変数Dsの推定係数は正となり,符号条件を満たしており,一年前の価格以外は5%水準で有意となった.修正済み決定係数も0.862であり,当てはまりは良好であった.一方,需要関数の符号は当年の広葉樹チップの価格pの推定係数は負,また,一年前と二年前の広葉樹チップの需要量の平均の推定係数,(αs+βs)の値,及び,ダミー変数Ddの推定係数は正となっている.さらに,定数項以外は5%水準で有意であり,修正済み決定係数も0.968と当てはまりは良好であった(表2,3参照).推計された需給関数を用いると,2009年の需給曲線は図6のように描ける.
| 係数 | 標準偏差 | t値 | P値 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 定数項 | −259.347 | 42.003 | −6.174 | 0.000 | *** |
| 当年のチップ価格(p) | 0.023 | 0.006 | 4.079 | 0.001 | *** |
| 一年前の価格(p–1) | −0.005 | 0.005 | −1.115 | 0.279 | |
| Ds | 41.128 | 16.595 | 2.478 | 0.023 | * |
注:***は0.1%水準,**は1%水準,*は5%水準,+は10%水準で有意であることを示す.
| 係数 | 標準偏差 | t値 | P値 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 定数項 | 95.580 | 46.302 | 2.064 | 0.053 | + |
| 当年のチップ価格(p) | −0.008 | 0.004 | −2.111 | 0.048 | * |
| 一年前需要量と二年前需要量の平均(x–1+x–2)/2 | 1.343 | 0.243 | 5.538 | 0.000 | *** |
| Dd | 34.099 | 9.201 | 3.706 | 0.001 | ** |
注:***は 0.1%水準,**は1%水準,*は5%水準,+は10%水準で有意であることを示す.

既存広葉樹チップの需給曲線(2009年)推計
推計の結果,操業の有無を決める価格(pα−vc)は28,236円/t,損益分岐価格は22,185円/tと算出された.一方,2基の発電プラントの最大生産量に対応する原木量はすでに述べた通り約83.5千t/年である.
(3) 新しい広葉樹チップ市場の均衡点の推計結果新しい需要曲線を既存の需給曲線(図6)に重ねると図7を得る.ここからは既存市場の均衡点が需要曲線のシフトによって,右上に移動しているのが確認できる.均衡点は(12,725円/t,11千t)から(17,577円/t,83.5千t)へと変化している.新しい市場均衡価格(17,577円/t)は発電プラントの損益分岐価格(22,185円/t)を大幅に下回る.しかも,その供給量は2基の発電プラントの最大使用量に対応する原木量(83.5千t/年)に達しており,予定された操業度で発電するのに充分な広葉樹チップが供給されることが明らかになった.

広葉樹チップ市場の均衡点変化(2009年)
注:供給曲線は,ダミー変数をDs=0と置いている.
さらに,この結果に基づいて次の3点が導ける.すなわち,1)今後,固定価格買取制度の買取価のうち,間伐材等由来の木質バイオマスの価格(32円/kWh)が低下しても,26.79円/kWhよりも高額ならば,上記結論が維持されること,2)全て一般木質バイオマス(24円/kWh)であれば,上記結論は維持されないこと,3)木材の買取価格が32円/kWhならば2基の発電プラントの2.3倍程度の規模で,黒字を維持しつつ予定された操業度で発電するのに充分な広葉樹チップが供給されることである.
ただし,高知県では長年にわたる材価低迷の影響により林業就業者数は減少し,路網整備も遅れており,推計通りの供給が短期的に実現することは難しい.調整には時間を要する.中長期的みると,県内では木質バイオマスやCLT等の新規需要による材価の上昇や県立の林業学校を新設(2015年度予定)から供給体制の整備は着実に進むと予想されるが,この点についてはさらなる検討が必要である.