2015 Volume 51 Issue 3 Pages 221-226
作物遺伝資源を構成する在来品種(伝統品種・地方品種)は,改良品種(近代品種)の普及,多国籍企業や大企業による種子産業の寡占・独占が進む中で,世界的に急速に消失している.これらの在来品種を持続可能な形で保全・利用することは,農業における生物多様性の保全や「食料への権利」論の観点からも,国際的に重要な課題となっている.ヨーロッパでは有機農業者やホビーファーマーによって,多くの在来品種が圃場(on farm)で保全・利用されているが,品種が誕生した場所とは別の地域で栽培されている場合が多い特徴を持つ.アフリカ等の開発途上国においては,参加型開発の観点から,農民参加型育種についての調査が行われている.他方,日本における在来品種は各地の農家によって継続的に小規模に栽培されてきた(大和田・川手,2009).日本を含めた東アジアの農業の特徴としては,豊かな気象・風土条件による(1)高い土地生産性と(2)規模の零細性が挙げられる.在来品種の保全・利用に関しても,東アジアの農業形態に沿った管理システムが想定される.
東アジアに含まれる台湾においても,在来品種の保全・利用の中心的な役割を担ってきた零細農家は,高齢化等により減少しており,多様な主体が関わることによる管理システムの構築が課題となっている.本研究では,日本と同様に島国である台湾を取り上げ,関連組織への調査を通じて,台湾における在来種子の保全体制の特徴を定性的に明らかにする.更に,政府・種苗会社・非営利組織(NPO)ごとに在来種子の保全状況を整理した上で,日本・韓国との比較を通じて,東アジアにおける台湾の現状について考察を加える.
在来品種は,歴史的には各地域で農家(農民)が栽培し,母本選抜を繰り返して自家採種を行うことによって,各地に成立していった.政府機関のジーンバンクで保管される種苗などのフォーマルな形態で保全される種子と比較すると,自家採種・インフォーマル種子については,世界的にみても,量的な捕捉は困難である(久野,2012).自家採種を含めた作物遺伝資源の保全の在り方について,国際的な議論としては大きく2つの流れがある.1つ目は,遺伝資源の保全は農民が主体となって実施されることで多様性が維持されるという,「保全」を重視した視点である.例えば,世界各地における農民が自分たちの生活を維持するために持続的に作物を育てることが,作物遺伝資源を維持していく上で決定的に重要であることが指摘されている(Mooney, 1979).また,西川(2005)は,遺伝資源の保全と持続的利用を促進するために,①国際機関などによる世界レベルでの対応,②国家レベルでの対応,③地域レベルでの多様な組織による対応が,それぞれ有機的に連携することが必要であると述べている.現実には,大多数の農民は保全を目的として在来品種を栽培する訳ではない.そこでは,常に生産性やその他の要因との関連性の中で,農家個人でのあるいは集団での作物栽培の多様性が維持されることになる.
2つ目は,「農民の権利」や「食料主権」のように国連でも議論が行われている,権利との関係性の中での管理の在り方についての議論である(Kloppenburg, 2010).
各国での実態を調査したものとしては,ヨーロッパおよびアフリカ,日本での事例研究等がある.ヨーロッパでは,小規模種子産業が農業の生物多様性の保全・利用に果たしている役割は大きく,それらは有機農業者や趣味の園芸家との連携によって形成されたネットワークを通じて実現している.ただし,品種が誕生した場所とは別の地域で栽培されている場合が多い(根本・西川,2008).また,欧州各地では農業者間のネットワークに加えて,NGO,ジーンバンクがインフォーマルな種子流通に重要な役割を果たしてきた(今泉,2012).
(2) 比較対象としての日本ここで,日本で作物遺伝資源を管理する主体について触れておく.政府系の作物遺伝資源管理組織は独立行政法人農業生物資源研究所であり,農業生物資源ジーンバンクには,2013年時点で約22万点の植物遺伝資源が登録されている.
民間企業については主に種苗メーカーや食品企業が該当する.民間企業による作物遺伝資源の管理については,財政的限界があるため,収益性が高いと予想される資源管理に傾きがちであるという特徴を持つ.ただし,歴史的には各地の中小規模の種苗会社が地域で重要な役割を果たしてきた.
戦後,作物の改良品種の育成(品種改良)は,米,麦,大豆などに関しては主に都道府県の農業試験場が担ってきた.また,野菜などについては種苗メーカーや一部の食品企業などが管理育成してきた背景を持つ.しかし,様々な在来品種は,その土地の気候風土に根ざして作られてきたものであり,生息域外保全のみでは限界がある.それらの地方品種は激減しているというが,それでも国や企業が担うには膨大である.まして,農家がこれ以上の労力を割いて「生産性」があまり高くない地方品種を管理していくことは厳しい.このような背景の中で,近年では全国各地で在来種保存会が立ち上がり,また行政主導で地域で古くから栽培されてきた作物を「伝統野菜」として認証・支援する潮流が生まれている.
(3) 課題の設定以上の背景を基に,本研究では台湾における政府機関,種苗会社,NPOがこれらの在来種子の保全・活用に果たしている役割について,日本・韓国との比較も交えつつ明らかにする.具体的にはまず,政府機関による農家・民間への種苗の提供方法を整理し,特に,個人農家や農民グループが利用できるかを検証した(課題1).次に種苗会社が,地域レベルで在来種子を供給する役割を担っているか,また今後,担い手となりえるかを検討した(課題2).最後に,全国レベル,地域レベルで在来種子を保全するNPOの活動状況と,それらがネットワーク化した活動として展開しているかを明らかにした(課題3).
台湾は,人口約2,300万人のうち,漢民族が98%,原住民が2%を占める.在来品種の保全に関わりのある法律としては,植物品種及び種苗法(1988年;2010年改正),原住民族基本法(2005年),農村再生条例(2010年)が挙げられるが,作物および品種の多様性の観点から明示的に在来品種の保全や利用を位置付けた法律は見当たらない.遺伝資源に関わる国際機関として,世界蔬菜センター(AVRDC)の本部が台南に設置されている.
調査対象として,台湾国内の7機関・団体を選定した(表1,図1).2014年5月に各機関を訪問し,運営体制および種苗の管理状況に関する取り組みについてのヒアリングを実施した.台湾の農業統計年報によると,調査対象が位置する首都・台北市は,平野部と中山間地が各半分を占める.都市化が進むものの,イネを中心として,ダイコン,キャベツ,ハクサイなど多様な野菜が栽培されている.新竹市は平野部が多く,栽培される作物は,台北市と似た状況にある.台中市では山間地が多いが,イネの他にタロイモ,ジャガイモ,キャベツを中心として多様な野菜が栽培されている.
| 調査方法 | 半構造化インタビュー |
| 調査期間 | 2014年5月5日~8日 |
| 調査対象 | 〈政府機関〉 ①國家作物種原中心(溫 英杰氏) ②種苗改良繁殖場(楊 佐琦氏) 〈研究機関〉 ③台湾大学(郭 華仁教授) 〈種苗会社〉 ④明豐種苗行 ⑤新社農藥種子行(陳 奇峰氏) 〈NPO〉 ⑥浩然基金會(陳 芬瑜氏) ⑦合樸農學市集(陳 孟凱氏) |
| 調査内容 | 種子の保全・管理状況,他の組織との連携, 事業における在来品種の位置づけ |
注:表中の番号は図1の調査対象の番号と対応.

調査対象の所在地
注:図中の番号は表1の調査対象の番号と対応.
行政院農業委員会農業試験所の中の機関として,台中市霧峰郷に1993年10月に設立された.主な業務として①種苗の収集,②保存,③供給・利用,④植物生殖質の保存と同定技術の4つがある.保存される植物遺伝資源の数は79,755点(2014年6月時点)であり,185科,784属,1,487種が含まれている.収集されたものは,主に海外からの品種である.国内の品種に関しては,イネは100年ほど前から,日本人による収集が行われていた.野菜に関しては,10年前に事業として大規模に収集が行われた.保管されている種苗の配布も行われており,主に研究使用として年間500~2,000件が配布されている.内訳としては,大学教授・育種家が80%を占め,民間20%となっている.個人の申請は受けていないが,民間機関でも申請は可能である.無料で種子は提供される.
サブバンクは国内には存在しないが,11,000点は,ノルウェーのノルディック・ジーンバンク(Nordic Gene Bank)に預けられている.台湾は亜熱帯地域に属するため,多様な果樹が分布しているが,果樹の保存に関しては,種子での保管は難しいため,特性によって国内の複数の試験場で植栽されている.試験場は,国内に6カ所存在している.
国家としてのシードバンクがなかった時代には,公共機関において保存が行われていた.
AVRDCもシードバンクにも,サブバンクが存在していないため,バックアップ体制は日本などと比較すると弱い.ただし,大豆の一部については,両機関で保管されている.
設立のキーパーソンとなったのは,Counsil of AgricultureのT. T. Changという台湾人で,IRRIシードバンクとの交流を行っていた人物である.
シードバンクの種苗について,ダイズの一部は,AVDRCから譲り受けたものである.他の種苗については,それまでに公共機関で保存・改良されてきたものが中心であり,国際的な交換も実施されている.種苗の収集は,個別に育種家が行っていた場合が多く,国家規模で収集事業が行われたわけではない.
民間の種苗会社について,農友種苗を設立したのは,もともと高雄にある試験場の元所長であった.40年前から,野菜に関する育種の権利が民間に移譲されたことをきっかけとして,元所長は民間に転じることとなった.業界第二位の生生種苗を創設したのは,AVRDCの所員だった人である.
イネに関する育種・繁殖・普及は全て政府が扱っている.重要な作物であるトウモロコシ,ダイズ,コムギに関しては,台湾の気候条件には適さないため輸入が多く,よって育種に対するインセンティブも働いていない.
(2) 種苗改良繁殖場農業委員会の傘下機関である種苗改良繁殖場は,アブラナ科,ナス科,ウリ科の作物を主に品種改良している.上述したシードバンクが種苗の保存を行うことと双対の関係となっている.品種改良の目標や方向性に関しては,市場のニーズがあるものを選抜しつつ,一方で政府の目標に対応するべく両方の目標が計画に組み入れられている.基本的には,民間の種苗メーカーからのニーズが最も重視されてきた経緯を持つ.
(3) 台湾大学台湾大学農芸学系郭華仁教授は,台湾における在来品種保全の第一人者である.郭華仁教授は,もともとは自然科学的観点からSeed biology(種苗の貯蔵方法)の研究をしていた.およそ30年前に国際機関(ITPGR)にコンタクトをとったことがきっかけとなり,UPOVの育成者権(plant breeders’ right)に興味を持ち,種苗法の改正にも関わっている.農業生物多様性(agro-biodiversity)についての研究を進めるようになった.その後,10年ほど前からOrganic culture’ s movementを始めた.
郭教授によると,台湾では自家採種は少なく,農民は種苗を購入している状況にある.ただし,マメやウリに関しては,農家は比較的採種を行っている.日本で伝統野菜として進められているブランド化については,台湾ではこれからの段階にある.農民による自家採種の取組みは,この3~4年に進められるようになった段階であり,今後,京野菜のようなものを作っていきたいと郭教授は考えている.その土台となる地方品種は,残存しているものの,少ないという.特に,PRに関してはまだまだである.
なお,農家間の種苗交換について,在来品種の交換は少ないのが実態である.イネは政府機関で育種されていたものを農家は使用している.ただし,郭教授によると,東部の原住民の集落では,自家採種の風習が強く残っている場所がある.
2011年,郭教授は台湾国内の6つNPOを集めて会議を行った.それを踏まえ,各NPOはワークショップを開き,自家採種の方法を農民達に伝える活動を始めた.このような方法は,参加型育種の概念とも親和性が高いが,政府は参加型育種に対しては積極的ではない.よって,研究者や農民が中心となって進めていくことが計画されている.
種苗会社の変遷に関して,台湾南部は冬に乾燥するため,採種に適した環境にある.それに注目した日本の種苗会社が採種技術を持ち込むようになった.その結果,日本の種苗会社と契約する農家が増えていき,それらの農家から小さな種屋がでてくるようになった.戦後は,世界中の様々な国から品種を取り入れることで,台湾の作物栽培の多様性は増していった.
(4) 明豐種苗行台中市内に店を構える明豐種苗行は,1955年に創業した.祖父のあとを継いだ王 振昌氏(オーナー・2代目),王 騰駿氏(3代目)が家族で経営している.この種苗店では,固定種(OP: Open Pollination)を取り扱っている.固定種を取り扱う種苗店は少なくなっているが,明豐種苗行では,自分の会社の圃場で採種した固定種の種子を国内の100軒程度の種苗店に流通させている.台湾国内で固定種を生産して採種・販売している種苗商は非常に珍しい.扱っている固定種は数百種類あり,ダイコンだけでも10種類ある.販売先は,国内の他の種苗商が多い.一方で,この地域では,都市化により農地が減少しているため,家庭菜園用に購入する農家などの人数は徐々に減っている.
王振昌氏によれば,お店としては,特に固定種を販売したいと考えている訳ではない.固定種の種子は安価であるため,収益性が低い.仕入れているF1品種をもっと購入してもらうことを希望している.
(5) 新社農藥種子行新竹縣にある種苗会社の新社農藥種子行は,1970年に創業した.現在のオーナーである陳奇峰氏は2代目で,固定種を多く取り扱う種苗商である.先代は農家であり,自分で採種をして,それを他の農家に販売していたことが,創業のきっかけとなった.店舗は家族経営であるが,台南や雲林,海外での採種事業も展開している.具体的には契約農家に依頼して採種を行っている.採種農家の収益の安定化のために,全量購入を基本としている.
新竹縣のこのあたりの地域は,昔は日本向けの輸出用の種子を採種(増殖)している地域であった.
陳氏は,農家がそれぞれ自分で採種を行うようになってほしいと考えている.ただし,個別の販売に関しては,農家の栽培目的によってF1および固定種の中から,より美味しい品種を奨めるようにしている.例えば,キュウリに関しては,F1を購入する農家が多い.F1の方が収量が多いため,ほとんどの農家がF1品種を購入していく.この地域では都市化が進み,農家が減少している.現在では,周辺の地域の農家が種子を多く購入していく状況となっている.
(6) 浩然基金會台湾の新幹線の建設を実施した企業の代表者が設立した財団法人である.2009年の台風がもたらした災害により,農業生産地が大きな被害を受けた.農業関連への災害支援を進めていたが郭教授と知り合ったことをきっかけとして,在来品種の保全に関わる活動を進めることになった.自らが直接的に在来品種の保全を行っている訳ではないが,中間支援組織として,今後いっそう重要な役割を果たしていくと考えられる.
(7) 合樸農學市集任意団体であり,30軒以上の有機農業者メンバーが出店する形で,月に2回,ファーマーズマーケットを展開している.スタッフは4人で,2011年より,タネのプロジェクト(在来品種の保全活動)を開始した.まず,タイのNGOを訪問し,そこで展開されている地方品種の採種方法について学ぶと共に,その団体の「種子を代々,自分で残すことが重要である」という理念に触れた.
作物としてはイネを対象とし,蓬莱米や在来米(インディカ種)を取り扱う.1年目には,タイからいくつか種苗を取得してきたが,2年目以降は,市場で購入してきた品種を用いて,そこから選抜を行っている.在来米については,国の試験場から提供を受けた品種を使用している.母本選抜の技術は,タイの団体で学んだ技術および国の種苗改良繁殖場の技術に倣っている.このプロジェクトでは,イネでの自家採種のモデルをつくり,それを農家に広めていくことを目標としている.種苗交換のワークショップも企画されている.
前節でみた台湾の各団体の活動実態について,政府組織,種苗会社,NPOごとの特徴を整理する.表2で,先行研究で示されている日本と韓国の特徴を併記し,東アジアにおける3か国比較を試みた.
| 組織 | 台湾 | 日本 | 韓国 |
|---|---|---|---|
| 政府機関 | ・ジーンバンクの植物遺伝資源:約8万点 ・政府は参加型育種に対して消極的 |
・ジーンバンクの植物遺伝資源:約22万点 ・政府や地方自治体などが伝統野菜の保全を支援 |
・ジーンバンクの植物遺伝資源:約20万点 |
| 種苗会社 | ・採種適地としての日本の種苗会社とのつながり ・OP種,自家採種の普及を目指す中小種苗会社の存在 |
・中小種苗商の減少 ・在来種子に特化した種苗会社も存在 |
・大規模種苗会社の多くが多国籍企業により買収 ・中小種苗会社の実態は不明 |
| NPO | ・大学研究者の助言のもと,保全の取り組みを開始 ・地域に根差した品種の収集・保全体制は導入時期 ・全国ネットワーク化の開始 |
・全国組織,県レベルの組織,地域レベルの組織が各地で活動 ・多数の様々な規模の組織 |
・全国レベルの農民組織が存在し,調査・連携 ・社団法人が株式会社と連携して保全・普及 ・少数の大規模な組織 |
注:現地調査の結果および冨吉・西川(2012),冨吉他(2013)をもとに作成.
まず,政府機関に関しては,ジーンバンク(GB)での遺伝資源の管理規模を見ると,人口の割合で見ても,台湾のGBの規模は小さくない(人口:台湾2.3千万人,日本1億2千万人,韓国5千万人).また,日本の政府・行政機関が,伝統野菜の保全などを各地で支援する状況と比較して,台湾の政府機関は在来種子の保全にそれほど積極的とは言えない状況にあった.課題1に関して,農家・農民が政府機関の種苗にアクセスできる状況にはなく,西川(2005)が述べた国家レベルと地域レベルの対応とが有機的に連携することは,現段階では確認されなかった.
次に種苗会社に関して,韓国とは異なり,台湾ではバイオメジャーによる国内の大手種苗会社の買収は行われていない状況にあった.その要因としては,台湾の農家は様々な作物を小規模に作っている場合が多いことが予想される.そのため,海外メーカーは台湾の種苗メーカーを買収したとしても,収益が期待できず,買収するメリットが少なかったことが挙げられる.台湾で栽培される品種は,日本や海外から近年になって導入されて改良されてきたものが多く,国際的にみれば小規模なマーケットと見なされていた可能性がある.一方で,冨吉他(2013)が指摘しているように,韓国では大手種苗メーカーの多くが外国資本によって買収されている.韓国では,中国の東北地方の食生活に合った作物も栽培されており,海外メーカーは両国の種苗市場への影響力があるとみて,買収する価値を感じていたものと考えられる.
また,課題2に関して,台湾では在来種子を取り扱う中小の種苗会社が存在している状況にあった.各種苗会社の在来種子に対する姿勢は,積極的な場合も,そうでない場合もあったが,いずれにせよ,これらの種苗会社の存在が,地域の品種の多様性に貢献していることが分かる.各国のこのような種苗会社の多寡を比較することはできないものの,地域の種苗会社の存在は地域における在来種子の供給に資する役割を担っていた.すなわち,このような中小種苗会社の存在は,現在の東アジアの工業化が進んだ国においても重要であることが示唆された.
最後に,課題3のNPO活動に関して,地域レベルでの活動は見られたものの,各地域の在来種子を収集・保全する段階にまで至っている活動は確認されなかった.日本各地でNPOや在来種保存会による活動が進んでいる状況と比較すると,台湾の農家やNPOによる保全活動は,最近になって始まった段階にあるといえる.一方,台湾大学の郭教授への追加調査から,台湾国内のNPOが集まり「農民保種運動(Farmers’ Conservation of Seeds)」と呼ばれるネットワーク化事業が2013年から始まっていた.よって,全国的なネットワーク化も開始されており,今後の展開が期待された.政府は参加型育種の取り組みに対しては積極的でないため,研究者や農民が中心となって活動を進める必要性がある.台湾では,これらの活動について,大学研究者が指導的・中心的な役割を果たしていることが明らかにされた.
台湾大学の郭華仁教授からは調査先の紹介など多くの面でご支援頂いた.金沢大学交換留学生の洪若綾氏には,台湾の訪問先との調整や調査地での通訳としてご協力頂いた.龍谷大学の西川芳昭教授には,調査の一部に同行頂くと共に,貴重なご意見を頂いた.記して感謝申し上げる.なお,本研究は,科研費(25850160)の助成を受けて実施された.