2016 Volume 52 Issue 2 Pages 34-39
昨今の青果物流通を取り巻く環境変化の下,小売企業や業務系実需者への直接取引が農業法人等を中心に増加している.しかし,零細な規模の農業経営体が多くを占めるわが国では,農産物販売における農業協同組合(以下,JA)の役割は依然として大きく,JAの営業活動の強化が今後とも不可欠であると考えられる.しかし,JAには実需者や量販店に対する営業活動の経験やノウハウの蓄積がされておらず,その人的資源も不十分である事は否めない.
JAを対象とした営業研究では,青果物を対象にJAと流通業者・小売業者・外食企業との企業間取引関係について営業管理の視点から接近した清野(2013),上田・清野(2014)の研究がある.一方,営業人材に焦点をあてた研究では,その蓄積はまだまだ少ない1.そのような中で,上田・清野(2015)は,青果物営業におけるJAグループの人材育成方策として,Off-JTを対象にその現状と課題を明らかにしている.しかし,育成の対象となる営業担当者個々人に焦点を当てた研究には至っていない.
そこで本稿では,単位JA2の青果物営業担当者を対象に,営業活動に対する個人別の態度や感情等の特徴を分析することにより,営業担当者の人材育成における課題を明らかにし,今後の育成方策を検討するための一助とする.
方法は,個人別の態度構造を分析するために内藤(2002)によって開発されたPAC(Personal Attitude Construct:個人別態度構造)分析を採用する.同手法はパーソナルインタビュー形式により,「当該テーマ3に関する自由連想」「連想項目間の類似評定」「(被験者と調査員による)解釈」の3段階で行われる(表1).一般的なヒアリング調査と異なり,被験者には刺激文をもとに調査過程で作成されるデンドログラムを用いることで,視覚的に各連想語間の関係性が見やすくなり,被験者個人の内面に迫りやすい.また,個人のエピソードとのつながりの中で話を引き出すことから,被験者の意識や態度を把握するのに適している.
| ステ ップ |
主体 | 内容 |
|---|---|---|
| 自由 連想 |
被験者 | 提示された刺激文から想起した連想内容・キーワードを発言する.そして,その連想語に対して重要だと感じられた順番に番号を記す. |
| 連想 語間 の 類似 評定 |
被験者 | 連想語同士がどの程度類似しているのかを,「非常に近い」~「非常に遠い」の7段階尺度で数値化する. |
| 調査者 | 項目間の類似度距離行列を作成し,ウォード法でクラスター分析を行い,デンドログラムを析出する. | |
| 解釈 | 被験者 | デンドログラムのイメージ・解釈を発言する,各連想項目単独でのイメージがプラス(+),マイナス(−),どちらともいえない(0)のいずれに該当するのかを回答する. |
| 調査者 | 解釈しにくい個々の項目を取り上げて,そのイメージを補足的に質問する.総合的な解釈を行う. |
資料:内藤(2002)を参考に筆者作成.
1)表中の主体は,調査プロセスにおいて特に中心に的な役割を果たす人を意味する.なお,PAC分析に用いたソフトは,「PACアシスト」(金沢工大・土田教授)及び「HALBAU」((株)ハルボウ研究所)である.
なお,JA職員としてキャリアの違いによる営業活動の“差”の検討を行うために,X県Y農協4のキャリアが異なる青果物販売事業担当職員3名(若手,中堅,ベテラン)を対象として選定した.
営業活動とは,単なる販売活動ではなく,販売を実現・継続させるための顧客への対外的活動と,企業内部における生産部門を中心とした各事業部門への調整・働きかけを行う対内的活動という,多元的な活動フロー管理の側面を有していることが指摘されている(細井・松尾,2004).
JAの営業活動を考えた場合,対内的活動の対象には,JA内の各事業部門の他に産地を構成する組合員や生産組織が含まれる.それらは,同一企業内に存在していないため,それぞれの論理や経営目標は異なる.そのため,対外的活動に対して,組合員や生産組織との利害を調整して協働を進める対内的活動を連動させていくことができなければ,営業活動全体の流れが滞ることに,JAの営業活動としての難しさがあると考えられる.
そこで本研究では,対外的活動と対内的活動の2つの側面の連動という視点から,販売事業担当者個々人の営業活動における行動特性と心理特性に接近する.
Aは勤続4年目(異動経験無し)の若手職員である.2年目までに事務的な業務を担当し,3年目から青果物販売事業を担当している.首都圏卸売市場への派遣研修を経験しているが,営業活動の実務面で求められる知識・スキルを体系的に習得するような研修の経験はない.
AのPAC分析によるデンドログラム,各連想項目の重要順位及び単独イメージの結果は,図1の通りである5.各連想項目の単独イメージをみると,プラス評価(+)が4項目,マイナス評価(−)が3項目,どちらともいえないの(0)が2項目であることから,構造全体ではいくぶんか葛藤しながら6,プラスのイメージがやや強い結果となった.

被験者Aの連想項目とデンドログラム
資料:個別ヒアリング結果より筆者作成.
1)丸数字は被験者の重要順位を示す.
2)( )内の符号は単独でのイメージを示す.
3)CLはクラスターを示す.
4)両矢印は,営業活動の対象範囲を示す.
クラスターⅠは,「契約の世界」から「数量に限りがある中で販売先を選択することで悩み」までの4項目を含み,〈営業活動でのリアリティショックと疎隔感〉と解釈された.Aは,“どうして(営業担当に)選ばれたかわからない.”“絶対に欠品できない.(取引が)うまくいってうれしいというよりも,ほっとする.あんまり生きた心地がしない時もある.”7と,営業活動に対する葛藤や不安を語っている.これは,同クラスター内の連想項目のうち半数を0と評価していることから,「情緒が喚起して苦痛が生ずるのを避ける」心理状態(内藤,2002)にあったことからも示唆される.
クラスターⅡは,「農家にお金を返すことを意識」の1項目である.Aは,同クラスターを解釈しながら販売事業担当者の使命と述べ,〈販売担当者としての組合員志向〉と解釈された.Aは,営業活動への葛藤や不安を持ちながらも,その活動の意味を組合員への貢献に見いだしているものと思われる.
クラスターⅢは,「現場を経験せずに販売担当になった不安」「先輩の引き継ぎ(やり方を変えず)」からなる.Aは営農指導業務を経験せずに青果物販売事業を担当することになり,“(自分は)農家の顔もわからないのに,(その農家の生産した)物を売るっていうことが最初は違和感があって.”“(商談先に)提案していく自分の中にもすごい不安がたくさんありました.”と,営業活動に対する不安定な感情を持っていた.そのため,“今まで通りの(営業の)やり方をやっておけば.”と,積極的な姿勢を示せずにいた.以上より,同クラスターは〈対内的活動の経験不足による営業活動への不安〉と解釈できる.
クラスターⅣは,「今は,数量に限りがある中で販売先を選択する喜び」「バイヤーとの人間関係が重要」で構成され,〈経験からの成長の実感と自身の課題〉と解釈される.Aは,不安や葛藤のなかでも自身の成長を実感するとともに,バイヤーとの関係性構築という解決すべき課題を認識している.そして,職場の先輩(B, C)の“言葉とかでなくて普段の姿を見て勉強して.”と述べ,先輩の行動や行動結果を観察するという経験から,“(取引先に)はっきりズバッと言う場面を見て.”“自分の理想が二人の先輩とバイヤーとの人間関係.”と,非凡な先輩の顧客管理スキルを学んでいる.
全体を通じてAの特徴的な点は,第1に各クラスターにおいて対内的活動に関する発言や解釈がみられないことである.これは,営農指導経験が無いAが,販売事業担当として「農家にお金を返す」ことへのプレッシャーから,販売を実現・継続させるために取引先の要求に答えることを最優先にしていたことが,その背景にあると考えられる.第2は人材育成面において,職場内の先輩の営業活動を観察する等の他者から学ぶ経験(役割モデル)により,営業活動への不安や葛藤を解消し,理想とする営業スタイルの構築に取り組んでいることである.
(2) 被験者B(中堅・30代・男性)Bは勤続12年目の中堅職員で,支所(営農センター)での営農指導員を経て,本所での専任の販売事業担当となり5年目である.Aと同様に首都圏卸売市場への派遣研修を経験しているが,営業活動の実務面で求められる知識・スキルに関する研修は受講していない.分析過程で作成されたBのデンドログラムが図2である.連想項目単独でのイメージは,プラス(+)が9項目,マイナス(−)が2項目で,構造全体でプラスのイメージが強い.

被験者Bの連想項目とデンドログラム
資料:前掲図1に同じ.
クラスターⅠは,「販売担当者は生育情報を理解することが必要」から「営農指導の経験が大きかった」までの5項目で構成され,〈現場志向と情報を軸とした対内的活動の重視〉であるといえる.Bは,前任地の営農センターで営農指導と販売担当を兼務していた.その経験から営業では,“作り方(栽培)を知らなきゃいけない.農家さんがどれだけ苦労しているかも分からなければ.”と,生産現場での情報武装を重視している.そのために,“全部一人で(情報収集を)やるのは不可能なので,営農指導員との連携をすごく大切にしています.”と答えている.このようなBの姿勢は,“先輩Cは事務仕事が後回しになっても,(現場に出でて)生育状況を見る.別に(先輩Cから)教えられた訳じゃないけど,こうやって生育を見ないと,販売先には(商談で)物言えない.”と職場でのCの態度や行動から学んでいる.
クラスターⅡは,「契約=約束を守る」「量販店向けにはある程度のロットが必要」であり,〈商談へ望む姿勢〉と解釈された.Bは,同クラスターをみながら,“一歩立ち止まって注意が必要.”“一番重要な(商談)場面.”と答えている.その際,“どの位(の面積を)作付していて,どの時期に出荷できる品種を植えているか,そういう(産地の)情報を把握して(クラスター)Ⅱに臨まなくてはいけない.”と回答している.つまりBは,商談と対内的活動はセットであると考えている.
クラスターⅢは,「要請に対しては極力答えたい」「要請に応えられない事もある」であり,〈顧客適応的な営業行動とその行動基準〉と解釈される.顧客との商談では,顧客ニーズへの適応を重視するが,あくまで“農家にお金を取らせる事が私の一番の責務.”“組合員が潤ってなんぼ.”とし,場合によっては顧客の要請に応えない場合もあると答えている.
クラスターⅣは,「バイヤーによっては『工業製品』と同じに見ている人も」「バイヤーの交代が激しい」で,〈取引先との関係性構築・維持におけるコンフリクト〉の内容を表すといえる.マーケティング意識の高まりの中で,生産者も取引先との関係性の構築や維持のための営業活動を重視しており,販売事業担当には取引先と継続性のある信頼関係の構築が強く求められている.しかし,バイヤーの産地に対する姿勢や頻繁な交代によっては,“仲良くなれない.心が開けない.”と答えている.また,Bは,同クラスターの2項目のみをマイナス(−)と評価しており,バイヤーの交代に伴う関係性の再構築にネガティブな感情を残していると思われる.
以上,Bは営農指導員を経験したことで,産地の状況把握が取引先への効果的な対外活動につながると考え,情報を軸とした対内的活動を重視している.また,顧客ニーズへの適応を重視するが,あくまで商談時の意思決定の基本を組合員の利益におく対外的活動を行っている.これは,Bのデンドログラムでは,対内的活動と解釈できる連想項目からなるクラスターⅠが,対外的活動と解釈できるクラスターⅡおよびⅢへと結束していることにも現れている.
(3) 被験者C(ベテラン・50代・男性)Cは勤続年数31年目のベテラン職員で,支所(営農センター)での購買担当を振り出しに営農指導と青果物販売担当を兼務して10年,本所で専任の販売事業担当となり5年目である.マーケティングや卸売市場流通に関する研修の受講経験はあるが,実務面で求められる知識・スキルのほとんどを現場での経験から学んでいる.Cのデンドログラムは図3の通りである.連想項目単独でのイメージが,全項目ともプラス(+)であり,構造全体がプラスのイメージとなっている.

被験者Cの連想項目とデンドログラム
資料:前掲図1に同じ.
クラスターⅠは,「色々な経験,人とのネットワークが大事」から「言う事は言わないと駄目」まで5項目からなり,C自身は同クラスターに対して「営業活動の土台」と述べている.Cは,小売企業や業務系実需者と商談を行いながら“(販売の)着地点決めつつ,回り込むような.”スタイルで,組合員への生産提案から営農指導,集荷を実行する一連の仕組みを営業活動の土台として重視している.そのためには,“実際(生産)現場を分かっていないと,商談でやっぱり弱い.”と情報武装を重視し,現場を知るために“分からなければ足を運んで(農家に)聞く.”という信念を大事にしている.また,Cは対内的活動における調整・働きかけの対象を自産地に止めず,“人を知っていると,(欠品対応が)できる部分もある.”と,県内他産地とのネットワークを積極的に構築している.以上より,同クラスターを〈営業活動の土台となる現場志向と産地マネジメント〉に関する内容と解釈できる.同クラスターは,被験者が示す重要順の上位で構成されており,営業活動の行動規範としてより重視していることを示している.
クラスターⅡは,「極端な価格より継続・安定」から「業務加工用はメリットがある」までの5項目から構成され,〈販売マネジメント〉と解釈される.Cは,“(産地が)生き残っていくには安定が大事.”“自己満足だけでは意味が無い.”と,極端な高値での商談だけを望むのではなく,再生産価格を重視して長期・安定的な関係を維持する商取引(価格交渉)を実行している.また,“作る側(産地)の意見と買い手側(量販店)の意見ってあわない.その合わない部分が多々あった.”とし,だからこそ,“なあなあで行くっていうのは(だめだ).”と発言している.これはCの,不本意な結果に終わり,失敗だったと判断している商談経験から得た教訓である.
そして,クラスターⅢは「単品ではなく,多品目の取引へ」から「直販は3~5割が目標」までの3項目で構成された.同クラスターに対してCは,“取引が始まり,いろいろな要望が(取引先から)くる.それに少ない取引量でも対応していくことで,(こちらから)あれ売れない?これ売れない?そういう(提案の)やり方も出てくる.”という発言がなされた.また,提案の中で,他社との差別化にかかわるPB 商品に関する営業提案についても言及している.このことから,〈営業活動の広がり〉と解釈される.
以上をまとめると,Cは対内的活動を営業活動の基盤として,現場志向の信念を営業活動における行動規範としている.また,営業活動の基盤となる対内的活動の高い能力が,対外的活動との連動性を高め,営業行動に広がりをみせている.
(4) 小括被験者の営業活動の特徴をそれぞれ整理する.
現場での営農指導経験がないAが優先しているのは目の前の取引先へ適応する営業行動であり,そこでは対内的活動と対外的活動の連動性がみられない.また,その連動性の欠如が営業活動への葛藤や不安感を強め,取引先のニーズに適応・奉仕することを目的とした顧客奉仕型の営業行動にとどまっている.
一方,BとCは,両者ともに対内的活動を基盤として,対外的活動と連動させた営業活動を行っている.このことは,対内的活動の連想項目からなるクラスターが対外的活動の連想項目からなるクラスターへ結束していることや,クラスターに対する解釈において対内的活動と対外的活動の連動がもたらす意義を認識していることを示す発言にも現れている.また,Cは対内的活動と対外的活動の高い連動性を背景に,顧客奉仕型から取引先のニーズの発見と解決方法を同時に提供する提案型営業まで営業行動を広げている8.
なお3者とも,実務面で求められる営業知識・スキルを習得するための体系的な研修等は受講していない.特にAとBは,Cからの助言や営業活動そのものを観察する等の,職場における他者から学ぶ経験(役割モデル)から,営業活動に対する信念やスキルを学んでいることに特徴がある.
本研究では,JA青果物営業担当者を対象に,営業活動における行動特性や心理特性を明らかにした.
JAの青果物営業活動の特徴は,取引先との商談を行う傍ら,生産者への生産提案から,営農指導,集荷を実行するという,対外的活動と対内的活動の連動性にある.そして,高い連動性が幅広い営業行動へと結びついていた.この連動性に影響を及ぼしているのが,営農指導経験から習得された基礎的な対内的活動能力であった.また,対内的活動,対内的活動,それらの連動のいずれにおいても,職場内での教え合いや支援,先輩の行動や態度,そして付与された業務経験から学びを得ている.
つまり,JA販売事業を担う営業人材の育成において注視すべきは,これまで見落とされがちであった対内的活動の能力向上にあるといえよう.そして,営業活動の二面性を理解し,その連動を実践するための適切な経験を与えることが必要であると考えられる.また,付与する経験に対する職場内での事前の準備や工夫,役割モデル等の職場内の他者の存在(成長を促す人)の養成が課題となることを示唆する.そして,以上の課題を克服するための方策として,対内的活動と対外的活動の2つの側面を有機的に連動させるための知識獲得という視点で構成された研修体制の整備やジョブローテーション等の人材育成計画を構築する必要がある.
本研究では,営業担当者個々人のキャリアによる“差”を注視した分析にとどまっている.JA組織全体の販売事業戦略や組織体制,取扱品目の違いが,営業担当者の行動や心理に及ぼす影響については,今後の課題としたい.