Journal of Rural Problems
Online ISSN : 2185-9973
Print ISSN : 0388-8525
ISSN-L : 0388-8525
Short Papers
Policy Instruments for Conserving Hermatypic Coral Ecosystems and Marine Protected Areas in Japan
Teruyuki Shinbo
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2016 Volume 52 Issue 2 Pages 76-82

Details

1. はじめに

造礁サンゴ生態系は生物多様性等の生態学的な価値や水産資源・遺伝資源としての価値に加え,近年はスキューバ・ダイビング等の海洋レジャーのためのレクリエーション資源として重要性を増している.我が国でも南西諸島等で地域経済をツーリズムに強く依存しサンゴ礁生態系が生活の基盤となっている地域も増えている.また水生生物の飼育鑑賞や海域へのサンゴ移植のため造礁サンゴ自体を採捕する需要も存在する.このような中,サンゴ礁や造礁サンゴは,地球温暖化や環境破壊,様々な人為的インパクトによる劣化が進んでいる.人為的インパクトの中には漁業やツーリズム等での過剰利用による劣化も含まれ,このようなタイプの劣化をどのように制御するかが問われている.本稿では近年注目を集める海洋保護区の枠組が造礁サンゴ保全にどのように利用可能かを検討する.2節で海洋保護区に関する国際的動向と我が国の現状,及びサンゴ礁保全に関わる規制を概観する.3節でサンゴ礁の劣化要因ごとにどのような規制が必要かを検討する.その上で4節で過剰利用型の劣化要因に対処しサンゴ礁への立入規制を行うための政策枠組の現状をみる.5節ではそのような枠組を提供するエコツーリズム推進法に基づく取り組みを行う沖縄県慶良間諸島地域の実態を検討する.最後に6節で本稿のまとめを行う.

2. 海洋保護区とサンゴ礁保全のための規制

海洋保護区(Marine Protected Area; MPA)が世界的に普及し始める契機は,1962年の国際自然保護連合(IUCN)と米国国立公園協会が開催した第1回世界国立公園会議であると言われている(加々美,2008).その後,1992年にブラジル・リオデジャネイロで行われた国連環境開発会議(地球サミット)において採択されたアジェンダ21第17章においてMPAの設置が謳われ,同時に締結された生物多様性条約(CBD)の枠組で推進されるようになった.海洋環境保全に関し国家が責任を負うことを求める国連海洋法条約の発効(1994年)を経て,2002年のヨハネスブルグでの持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)や2004年のCBD 第7回締約国会議(COP7)等で2012年までにMPAのネットワークを各国が設置することが決議されている(加々美,2008).2010年名古屋で開かれたCBD COP10において「各国が少なくとも2020年までに沿岸と海域の10%を保護区や,区域に基づく他の効果的な保全手段によって有効かつ公平に保全する」という合意がなされて以降,我が国でも海洋環境保全の手段としての海洋保護区が一躍注目されるようになった.

我が国では,2008年に閣議決定された海洋基本計画で,生物多様性の確保や水産資源の持続可能な利用のための一つの手段として,海洋保護区の設定の推進が謳われている(加々美,2008).しかし,海洋保護区という名称で呼ばれることはなくとも,我が国では実態として何らかの「保護」がなされてきた海域は存在する.海洋保護区の定義は一様ではないが,例えば最もよく引用されるIUCNの定義では,「潮間帯と潮下帯における動植物,歴史・文化物を,法もしくはその他効果的な手段によって区域全体あるいは一部の環境において保全しておく区域」とされている1.そのような定義に当てはまる海域として,八木(2011)は,(1)自然公園法に基づく海域公園地区,(2)自然環境保全法に基づく海域特別地区,(3)鳥獣法に基づく鳥獣保護区特別保護地区,(4)水産資源保護法に基づく保護水面,(5)都道府県の漁業調整規則に基づく禁漁区域,(6)漁業法の枠組の中で漁業権を持つ漁業者が自主的に設定する禁漁区域の6つを挙げている.これらの内,サンゴ礁保全という文脈で重要になるのは(1)と(2)であろう.

(1)の内,国立公園内の海域公園地区は,14の公園に計76地区が指定されているが,その内サンゴ礁保全の観点から重要になるのは,沖縄県に立地する慶良間諸島国立公園や西表石垣国立公園内の海域公園地区,および国定公園になるが沖縄海岸国定公園の海域公園地区等であろう2.以下,主に沖縄県を念頭に各種の規制を見ていくことにする.

まず国立公園等の海域公園地区では,どのような保護策がとられているのだろうか.まず海域公園地区内ではサンゴを含む動植物の採捕規制が敷かれている.すなわち,自然公園法第22条3の二でサンゴ等,環境大臣が農林水産大臣の同意を得て指定する一定の動植物の捕獲や採取,殺傷や損傷等を許可制にしている.この際の一定の動植物とは,別に定められる指定動植物リストに記載された動植物である.たとえば,沖縄海岸国定公園海域公園地区(名護市字喜瀬及び恩納村字仲間地先海面)の場合,ミドリイシ科,ハマサンゴ科,キクメイシ科,ヤサイサンゴ科,アミメサンゴ科ミレポーラ属などの造礁サンゴが指定動植物リストに記載されている.

ただ自然公園法の規制の目的は,2010年の改正から法全体の目的条項に「生物多様性の確保」が入ったとはいえ,長年景観の維持が主たる目的であったため,工作物の建築や広告物の設置,鉱物掘採や土石採取,埋め立て・干拓等の開発行為や汚水排出等は規制されているが,その他の自然生態系に影響を及ぼすような行為については,明確には規制していない(特に海域公園地区内の規制を定めた22条の目的は景観の維持のままである).また国立公園の管理を担う自然保護官は2007年度の数値で全国で260名,実際に保護地域内のパトロール等を行うアクティブ・レンジャーは80名であり,海域で違法に採捕を行う人間をどの程度防ぐことができているかという保護の実効性に関しては,疑問が残る.

(2)の自然環境保全法に基づく海域特別地区に関してであるが,これは条文上海域公園地区と同様の規制があり(第27条),またその目的は「生物の多様性の確保その他の自然環境の適正な保全」にあると解されるべきであろう.ただ,自然環境保全法に基づく海域特別地区は,環境省ホームページのデータによれば,2015年現在石垣島の崎山湾の128 haのみであり,サンゴ礁保全の仕組みとして十全に活用されているとは言い難い.

また採捕規制に関しては,沖縄県をはじめとするいくつかの都県が,県の定める漁業調整規則により,「水産資源の保護培養」を目的としてサンゴの採捕を禁止ないし許可制にしている(八木による区分の(5)).例えば沖縄県では沖縄県漁業調整規則第33条2で造礁さんごの採捕を禁止し,第41条で試験研究等に必要な場合にのみ知事の許可を得ることによりその禁止を解除している(特別採捕許可).また高知県では,第7条でさんご漁業を知事の許可が必要な漁業に指定し(高知では宝石さんご漁が知事許可漁業として営まれている),漁業者以外はやはり試験研究等で必要な場合に知事が特別採捕許可を出す仕組みになっている(第48条).

大学の研究者等が教育・研究目的でしばしばこの特別採捕許可を申請するが,2つの県での手続きを担当課のヒアリング結果に基づき比較すると,沖縄県の方が様々な手続きが厳しく運用されている.これは,沖縄県では海に入ることに対し他の都府県ほど漁協の監視が厳しくなく,観賞用として流通するサンゴを密漁する者が後をたたないためというのが,沖縄県の担当課の弁である.ただし,高知県で特別採捕許可を得る場合,周辺漁協等の漁業権者との調整が必要であり(漁業権者の同意書を手続き時に提出する必要),地元との調整がハードルになる場合もある(沖縄県ではこのような手続きは必要ない).

以上,我が国における海洋保護区に相当するものの規制の内訳を見てきたが,このような規制はサンゴ礁や造礁サンゴ群集の保護・保全に十分効果的といえるのだろうか.次節では,この点を検討する.

3. サンゴの劣化要因と保全のための政策手段

造礁サンゴの劣化要因を人間活動との関わりの強さの順に分類してみると,大きくは(1)自然的要因,(2)外部不経済型要因,(3)過剰利用型要因,(4)直接破壊型要因の4つに分類できる.(1)は,高水温による白化やオニヒトデ等サンゴ食害生物による劣化,台風等気象現象による破壊といった自然現象による劣化であり,概ね事後的な対策しかとりようがない3.(2)は,他の目的を持った人間の経済活動の副次的な影響を受けて劣化するものであり,赤土,シルト等の懸濁物質や,生活排水,化学肥料,畜産廃棄物起源の富栄養化物質,除草剤等の農薬や合成洗剤の界面活性剤等の合成化学物質などが陸域から流入してサンゴに悪影響を及ぼすパターンがある.(3)は,漁業やツーリズムによるレジャー(スキューバ・ダイビング等)でサンゴの海を過剰に利用することにより起こる劣化である.(4)は,埋立工事等で沿岸域を直接的に開発するケースなどが主に考えられる.またサンゴ採捕による劣化も(4)に該当するだろう.

(1)に含まれるオニヒトデ等の被害に関しては,手法や効果について議論があるにせよ,オニヒトデの駆除がさまざまな公的予算を使って行われている.また,(4)に関しては,少なくとも自然公園法による海域公園地区等では,区域内の開発やサンゴ採捕に関して規制が行われている.問題になるのは,(2)と(3)のケースである.

(2)に関して言えば,例えば沖縄の離島において,懸濁物質や富栄養化物質,農薬等の主要な発生源になる農畜産業は合法的な経済活動であり,農薬や化学肥料の使用を法的に禁止することは困難である.鹿児島県与論島で試みられているように,地域社会で合意を形成し,化学肥料の使用を低減していく,一種の自主的(Voluntary)アプローチに頼らざるを得ない(新保,2012).また沖縄では,大規模な農地開発が農地からの赤土流出を発生させた経緯があり,公共事業の際に沈砂池を作るなど流出防止策がとられ,営農が始まってからもマルチング等の農法上の抑制策もとられるが,流出を完全に防止することは難しい状況である.

(3)に関して言えば,近年美しい水中景観を形成し,多様で珍しい生物を観察できるサンゴ礁のスポットにスキューバ・ダイビング等のレジャー利用が集中するようになった.それに伴い,ボートのアンカリングによる直接破壊やダイバーのフィン等の接触により,ダイビングが集中するポイントではサンゴの劣化が進むようになった.アンカリングに関しては,ポイントに係留用のブイを設置し,そのブイを利用するルールを徹底すれば防げるが,その他の要因に関してはダイビングスポットの利用に関し人数制限を行うぐらいしか対策はない.規制的手段としては立入規制を行うことが考えられるが,ダイビング事業者が営業を行うサンゴ礁域でこのタイプの直接規制を行うのは営業の自由との兼ね合いもあり難しい.

このように,我が国のいわゆる海洋保護区で使われている規制手段のみでは,サンゴ礁の十分な保全は難しい状況である.総じて言えば,造礁サンゴの劣化要因は地域ごとに多様であり,今後も一律の法規制は困難であろう(現状の海洋保護区型の規制も区域を指定しての規制である).そのため,地方自治体の条例による規制(沖縄県赤土等流出防止条例の例がある)が重要になってくる.しかし,地方自治体の条例レベルでは,国民の財産権や営業の自由との関係もあり,強い規制を行うのは容易ではない.

そのため,協議会を組織して地域のステークホルダーの合意を形成し,法規制とは別の形で入域制限等の措置をとる一種の自主的アプローチが重要になる.例えば過去に損なわれた生態系その他の自然環境を取り戻すことを目的とする自然再生推進法の枠組でも,石西礁湖や竜串等で自然再生事業を行う際に自然再生協議会を組織し同様のアプローチで自然再生を目指している.自然再生事業自体,サンゴ礁保全を目指す政策だが,政府が多額の事業資金を投じる公共事業としてその長短を論ずるには紙数と筆者の準備が不足しており,本稿では取り上げない.次節ではダイビング利用を念頭に,サンゴ礁域への立入規制を実現するための政策手段に関し検討する.

4. サンゴ礁域への立入規制を実現する政策手段

本節では,サンゴ礁域への立入規制を可能にする政策手段として,沖縄県の保全利用協定と,エコツーリズム推進法を取りあげる.前者は地方自治体レベル,後者は国レベルの制度だが,両者は地元のステークホルダーの合意形成を前提にして,一定区域への立入を制限しうるという点で共通している4

まず沖縄県の保全利用協定制度であるが,これは沖縄県内において,「環境保全型自然体験活動」(いわゆるエコツーリズムのエコツアー)に携わる業者らが,それを行う区域の保全を目的にルール(このルールを「保全利用協定」と呼ぶ)を作った場合に,それが適切なものであれば,県知事からそれが適当なものである旨の認定を受けることができるというものである.法的には沖縄振興特別措置法の第21条~25条においてその大枠が定められている.

保全利用協定には,(1)対象となる土地の区域や(2)自然体験活動の内容,(3)実施に際し配慮すべき事項(自然環境への配慮),(4)協定の有効期限,(5)協定に違反した場合の措置等を盛り込むことが求められており,実際に締結された協定を見ると,この(3)の部分で一度に立ち入ることのできる利用者や船の数に制限をかけている.協定の締結にあたっては,地元で活動する業者の相当数が参加する必要があり,また協定の内容が不当に差別的ではない等の条件があり,ステークホルダー間の合意形成の面でのハードルは低くない.しかし,沖縄県庁(2015)によれば,過剰な観光利用や自然環境保全に配慮がない事業者等による自然環境の荒廃を懸念してこの制度の普及に取り組んでおり,法による規制が困難な活動に対し,ステークホルダー間の自主ルールを公的に裏書きするという仕組みで,一定の歯止めをかけようという政策意図があるものと考えられる.

現在認定されているサンゴ礁域に関わる協定は,西表石垣国立公園白保海域公園等を協定区域とする「白保サンゴ礁地区保全利用協定」(2015年8月26日認定)のみであるが,「フィンキックの際に誤ってサンゴを破損しないよう指導する」,「船が4艇以上,遊泳者が50人程度の観光客が入っている場合は,別のポイントに移るなど,ポイントに観光客が集中しないようにする」等のルールが定められている4

次にエコツーリズム推進法であるが,この法律は2007年6月20日に成立,翌年4月1日に施行された.エコツーリズムを通じた自然環境の保全,観光の振興,環境教育の推進等を目的に掲げるが,ポイントは下記の点である.(1)市町村は,事業者,NPO等,専門家,土地所有者.関係行政機関等による協議会を組織できる(エコツーリズム推進協議会).(2)その協議会はエコツーリズムの実施の方法,自然観光資源(動植物の生息地等)の保護措置等を規定する全体構想を作成する.(3)市町村は環境相に全体構想の認定を申請でき,市町村は,認定された全体構想に基づき保護を図るべき特定自然観光資源を指定できる.すなわち,市町村はこの(3)の部分により,汚損・損傷等の禁止,利用者の数の制限等が可能になる.具体的な事例を見ると,この部分はエコツーリズム推進協議会が策定した利用ルールを,条例を定めることにより公的に裏書きし,法的拘束力を持つものとする形をとるようである(後述).しかし,協議会での策定から条例制定に向かう合意形成は,それほど容易ではない.例えば屋久島では,エコツーリズム推進協議会が縄文杉ルート等への環境客立入を制限するルールを策定したが,同町議会はこれを観光業者や住民から十分同意を得られていないとして否決している(南日本新聞,2011).次節では,沖縄県の慶良間諸島の事例を検討し,エコツーリズム推進法の枠組で利用ルールを公的に裏書きする際の問題点を考察する.

5. 沖縄県慶良間諸島の座間味村におけるサンゴ礁保全の経緯とエコツーリズム推進法

慶良間諸島は沖縄本島の西方に浮かぶ大小30あまりの島々で構成され,行政的には座間味島を中心とする座間味村と渡嘉敷島を中心とする渡嘉敷村の2村に分かれている.両村では,1970年代からダイビング・ショップが営業し,1980年代後半以降,多くのスキューバ・ダイビング客が訪れるようになった.2001年には座間味村の阿嘉島・慶留間島の業者らにより「あか・げるまダイビング協会」が,2002年には座間味島の業者らにより「座間味ダイビング協会」が設立された(渡嘉敷村では2005年に「渡嘉敷ダイビング協会」が設立).特に座間味村では,これらのダイビング協会が座間味村漁協と協力し,サンゴ礁保全のための自主ルールを定める等の活動を行っている.座間味村では,多くのダイビング・ショップの経営者が漁協の組合員でもあり,両組織のメンバーシップは重なり合っている.ダイビング事業者は,1998年の段階で漁協に働きかけ,座間味村周辺のダイビング・ポイントの内,サンゴ等の疲弊が激しくなってきた3つのポイント(ニシハマ,安室東,安慶名敷エダサンゴ)を3年を目処に閉鎖して漁業やダイビングを自粛,サンゴ礁の回復を待つという措置をとった.ダイビング中止により人の目が届かなくなった安室東のポイントでオニヒトデが大発生し,同所の特徴であった枝状ミドリイシサンゴが全滅状態になる等の教訓を残したが,他の2ポイントはサンゴの被度が概ね回復した(谷口,2003).2002年にはやはり両協会と漁協が協力し,「座間味村安全潜水ガイドライン」を策定し,ダイビングポイントの利用等に関し詳細な自主ルールを定めた.そのルールでは,ポイントの閉鎖による休息期間の設定の他,最重要区域及び重要区域を設定し,オニヒトデの重点的な駆除等を行うようになった(原田他,2007).05年に慶良間海域がラムサール条約の重要湿地に登録されたのを契機に両村の関係者で慶良間海域保全会議が結成され,2006年には同会議でダイビング等のレジャー活動を自主ルールに基づき保全と一体になった形で行っていくことを内容とする「慶良間海域保全宣言」を出している(原田他,2007).

以上,慶良間,特に座間味村のダイビング業者は,その時々で変遷するにしろ,20年近くにわたってサンゴ礁を保全するための自主ルールを定め,漁協の権威等も利用して維持してきた.その裏面の事情として,サンゴ礁の劣化が著しい沖縄本島のダイビング業者が1990年代半ばから大型のボートに客を積み,慶良間海域でダイビングを行わせるようになったことがある.これは本島業者と地元業者の営業上の対立関係を生み出すと共にポイントの利用者増でサンゴを疲弊させた(高橋,2010).また本島業者は地元で行う保全活動に参加しない,大型ボートが糞尿を排出する等さまざまな迷惑行為を行っているとして,地元業者は本島業者に対する不信感を表明し,利用調整が模索されるようになった.その経緯は渡嘉敷村エコツーリズム推進協議会・座間味村エコツーリズム推進協議会(2012)に詳しいが,2004年頃には前述の保全利用協定を利用した解決も模索されている.2011年現在,座間味村周辺では暗黙の了解(筆者がヒアリングした関係者はこれを「紳士協定」と呼ぶ)により本島の業者は内海の主要なポイントは利用せず(圓田,2011),座間味島東側の地元業者があまり利用しないポイントのみ利用するという状態,ある種の立入「規制」を伴う利用秩序が生まれている.この間の経緯から,資源荒廃と外来勢力への危機感が,自主ルール締結・徹底に関する合意形成の強いインセンティブとして働いていたことが見て取れる.

ここで,エコツーリズム推進法に関わる経緯を見ると,両村にそれぞれ渡嘉敷村エコツーリズム推進協議会,座間味村エコツーリズム推進協議会が設置され,それぞれの村で村役場,地域住民,ダイビング等の事業者団体,漁協,NPO等が協議会に参加し,「慶良間地域エコツーリズム推進全体構想」を作成した.この構想は2012年6月27日に環境相によって認定されたが,この段階でも海域の利用ルールは具体的には定まっていなかった.このルール作りは実は2007年の法律の制定時から始まっており,今は両協議会のメンバーが参加するサンゴ礁保全利用部会でルール作りは続いている.しかし関係者によれば,2014年5月の段階ですでに成案は固まっており,あとは協議会の総会で承認し,両村による条例制定のフェーズに入るばかりの状態にあるとのことである(2015年3月のヒアリング結果).詳細は割愛するが,部会に参加する両村のダイビング協会の代表らの間で,組織の問題について意見の対立があり,案を協議会に出せない状態であるという.ただ少なくとも座間味村側のダイビング事業者としては,前述の「紳士協定」が実質的に機能しており,今のところデメリットは感じていないという.

慶良間諸島海域は,以前から沖縄海岸国定公園の一部であったが,2014年3月5日には,慶良間諸島国立公園に指定され,国立公園に格上げされた.慶良間諸島のサンゴ礁海域は生態系として一体のものと認識され,ラムサール条約重要湿地としても,国立公園としても2つの村に跨がる形で指定されている.しかし,過剰利用を防ぐ利用ルールを形成し,それを実質的に運用するという立場から見れば,それぞれの村ごとに分割して海域を管理する方が合意形成がたやすいと見ることができるだろう.

6. おわりに

本稿ではサンゴ礁の劣化要因別の規制を検討した上で,特に過剰利用型の劣化要因に対応する立入規制に焦点を当てた,立入規制の有効性は日常の監視・管理に左右され,政府による上からの規制のみでは十分ではない.それを補うためにエコツーリズム推進法などの枠組で,地域のステークホルダーが合意した自主的なルールを公的に裏書きする方法が試みられている.一種の自主的アプローチであるが,公的裏書は抜け駆けや局外者による立入を抑制するのに一定の効果が期待できる(慶良間の事例では本島業者との交渉のため公的枠組の下でのルール形成が模索された).しかしこの方法の前提となる有効な自主的ルールのための合意形成には,法的枠組の前にルールに対する強いインセンティブが必要である.また同時に合意形成には一定の取引コストが必要になる.村のコミュニティを超えての2村間の交渉は,取引コストとインセンティブの両面でハードルが高く,協議会を組織する際には合意形成を容易にするよう枠組を設定するよう配慮することも重要である.

謝辞

本研究はJSPS科研費26281062の助成を受けて行われたものである.記して感謝の意を表する.

1  IUCNはさらに管理の目的-例えば原生自然の保護か生態系の保全か,あるいは自然資源の持続的利用や景観・レクリエーション面での利用か-によってMPAをいくつかのカテゴリーに分け,MPAの多様なあり方を反映させている.

2  一般にサンゴ礁は,最寒月の平均水温18度以上の海域で成立するとされ,我国では八重山群島から沖縄諸島を経て奄美群島に至る海域と小笠原諸島がそれに当たる.それより北の海域ではサンゴ礁は発達しないが.薩南諸島や九州および高知周辺海域から紀伊半島潮岬周辺に至る本州太平洋海岸海域で造礁サンゴ群集が成立している(環境省・日本サンゴ礁学会,2004).例えば,足摺宇和海国立公園内の海域公園地区では,造礁サンゴ類も保護指定動植物リストに入ってい‍る.

3  高水温塊や台風の発生頻度が地球温暖化により増加しているとすれば,これらは人為的要因と見ることもできるが,その対策は温暖化の緩和策等迂回的なものにならざるを得ない.

4  他に2002年改正で自然公園法に追加された利用調整地区制度も立入規制が可能で西大台ヶ原と知床五湖で立入制限を行っているが,海域での立入規制を行う事例は今のところな‍い.

5  2015年10月現在,仲間川地区,比謝川地区等6ヶ所の協定が認定されている.白保以外では波の上緑地地区の協定で造礁サンゴ群集へのアクセスについてルールが作られている.

引用文献
  • 沖縄県庁(2015)「エコツーリズムと保全利用協定」(http://www.pref.okinawa.jp/site/kankyo/shizenryokuka/hogo/ecoturizumu_to_hozenriyoukyoutei.html)[2015年10月14日参照].
  •  加々美 康彦(2008)「海洋保護区~国際的な状況と日本の対応」『沿岸域学会誌』21(1),34–38.
  • 環境省・日本サンゴ礁学会編(2004)『日本のサンゴ礁』財団法人自然環境研究センター.
  • 新保輝幸(2012)「低島における地下水の富栄養化問題とサンゴ礁劣化」新保輝幸・松本充郎編『変容するコモンズ―フィールドと理論のはざまから―』ナカニシヤ出版,143–165.
  • 高橋勅徳(2010)「地域産業の展開と野生生物資源管理組織の構築への取り組み―座間味村のダイビング事業者による「害獣」の発見とエコツーリズムの導入」牧野厚史編『鳥獣被害―〈むらの文化〉からのアプローチ』農山漁村文化協会,115–148.
  •  谷口 洋基(2003)「座間味村におけるダイビングポイント閉鎖の効果と反省点―「リーフチェック座間味村」の結果より―」『みどりいし』14,16–19.
  • 渡嘉敷村エコツーリズム推進協議会・座間味村エコツーリズム推進協議会(2012)「慶良間地域エコツーリズム推進全体構想」(https://www.env.go.jp/nature/ecotourism/try-ecotouri sm/certification/kerama/kousou/images/document/kousou.pdf)[2015年10月14日参照].
  • 原田幸子・婁小波・新保輝幸・石田恭子(2007)「沿岸域のダイビング利用と管理問題―沖縄県座間味村を事例として―」『サンゴの海のワイズユースをめざして:海洋環境資源の最適利用と資源管理に関する生物学的・社会科学的研究(平成16~18年度科研費報告書 増補改訂版)』,133–144.
  •  圓田 浩二(2011)「排除と共生:座間味村のダイビング・ショップ問題」『沖縄大学人文学部紀要』13,29–39.
  • 南日本新聞(2011)「屋久島入山制限の条例案否決 町議会特別委」(http://373news.com/modules/pickup/index.php?story id=33191)[2011年10月11日参照].
  •  八木 信行(2011)「わが国沿岸域の生物資源管理と海洋保護区」『沿岸域学会誌』23(3),25–30.
 
© 2016 The Association for Regional Agricultural and Forestry Economics
feedback
Top