2016 Volume 52 Issue 3 Pages 124-129
全国には住民の半数近くが65歳以上で占められる限界集落と呼ばれる地域が多数存在している.これらの地域として農山村が注目されることが多いが,漁村もその例外ではない.漁業生産の振興策として養殖漁業の取組が進められたことは周知のことであるが,養殖漁業は限られた高級魚の生産に特化しているため生産過剰を引き起こしやすい.現状では,多くの養殖産地が過剰生産による価格低下に見舞われており,かかる状況の下で,産地再編に向けた取り組みが必要となっている.
本稿は,こうした漁業をめぐる問題背景を踏まえて養殖産地において従来型の加工を施さない原体のままの鮮魚販売から脱し,商品開発と新たな販売方法の開拓に取り組んでいる自発的組織を対象にして,その活動経過を追跡しながら,活動の特徴を明らかにするとともに,今後の展開可能性について考察することを目的としている.
こうした農山漁村地域再生に関する既存の研究は,これまで農林業を対象とする研究(小田切,2011;宮崎,2015)が主であり,漁業分野においてはあまり多くない.少ない漁業分野の研究の中で,漁協女性部による地域再生に焦点をあてた研究(天野他,2015)があるが,自立後の組織実態は明らかにしているものの,自立に至る経過の分析は十分とはいえない.
ここでは,漁協の提示する価格で販売することによって利益のない出荷も多く,養殖魚の生産を辞めていく人が続いた.そのため蒋渕を出て仕事を求めこうした人口の流失が課題となったことから,自ら販売組織を作ることによって,その解決策を見出した点に特徴がある.(図1参照)本稿では,自立化に向けた取組過程に注目した分析を行っていくことにする.
流通,出荷状況,販路の変化.
資料:筆者作成.
愛媛県はマダイの養殖日本一を誇る産地である.図2に示したように,養殖生産量が平成11年まで急増した後,単価は年々下落傾向を辿り近年ではピーク時のおよそ6割程度にまで落ち込んでいる.養殖業の普及は生産過剰を生み出したといえる.
養殖マダイの生産と価格の推移.
資料:農林水産省(2013).
本研究の調査対象である愛媛県宇和島市蒋渕地区は愛媛県の南部に位置し入江と半島のリアス式海岸で宇和海に突き出した三浦半島の先端にある.起伏が多い地形で主要な産業としてマダイを中心に,カンパチ,岩牡蠣,真珠等の養殖が盛んである.
国勢調査によると同地区の人口は,平成7年に566人(うち65歳以上228人)であったが,以降5年ごとに528人(同219人),454人(同192人)と減少し,平成22年には381人(同161人)となっている.平成12年までは人口は比較的維持されていたものの,その後は養殖業の不振と期を同じくして人口減少が止まらない状況となっている.
平成22年の就業者132人のうち,養殖を中心とする漁業従事者は75人をも占めており,人口減少と高齢化が進行する下,養殖産地の再編は地区の再生にとって極めて重要な課題であることがわかる.
以下,本稿では上の課題を明らかにするために,現地での実態調査に基づき養殖産地再編の過程を整理していく.この産地の取組の特徴は,養殖魚の販売先をこの地区から離れていった住民に求めることから始め,付加価値のある加工食品の生産を積極的に行って雇用創出を実現させた点にある.このため,こうした活動成果をもたらした商品開発の取組と販路の変化に焦点を当てていく.
酒を酌み交わすお講という場で地域活性化の為に何ができるのか,漁業者と漁業以外の地元住民は話し合う機会を重ねた.子供たちに残せる故郷とは何かを模索して行った.
地域力の活用と住民との繋がりを大切にし「蒋渕を離れた人たちにも故郷を思う気持ちで地域活性化に参加してもらいたい」という気持ちが生まれた.
養殖魚の価格の低迷から養殖魚の生産量も年々減少し,地域に仕事が無くなれば働き手は外へ流れていくという悪循環を止めるため,それまで行っていなかった加工品の開発販売によって,新たな仕事を創出する地域力経営1を目指し限界集落から魅力ある地域づくりを提案しようと,平成16年任意団体「こもねっと」を漁業者3名で立ち上げた.
最初の取り組みとして,豊かな海を守り子供たちの為に残そうと蒋渕湾活性化プロジェクトを立ち上げた.ガンガゼの駆除と母藻を岩礁に付着させ生育を目指す取り組みを行った.ガンガゼと呼ばれる食用にならないウニは海草の新芽を好み食い荒らし魚場を荒らしていため蒋渕湾の海中の岩礁が石灰化し海草が極端に減少していた.地元住民からは「意味のないことだ」「とうてい無理だ」という反対の声もあがった.有志達は自己資金で取り組み続けた.平成21年には蒋渕から都会へ移り住んだ人へ向けた蒋渕の情報誌「コモマガ」の制作に取り組んだ.A4の用紙2枚程度にカラー印刷で小学校の運動会の様子や地域のお祭りの様子,蒋渕活性化プロジェクトの活動の成果を載せ,そこに地元で取れた水産物や加工食品を掲載し販売を行った.
地元に残る家族や親戚を一軒一軒周り,転居先の住所を聞いて2,500人を超えるリストになり全戸へ郵送した.懐かしさと地元を応援しよう,故郷が消滅してほしくないという思から,送付数の1/3の人たちが購入した.蒋渕から都会へ移り住んだ人たちを優良顧客と見なして行動したという産地展開の仕方が興味深い.
この「コモマガ」での収益の一部は綺麗な海を守る取組蒋渕活性化プロジェクトの資金にあてられた.
平成25年に対外的信用を得る為に任意団体から企業組合こもねっと(以下,こもねっと)に再編し産地展開を積極的に進めることになる.組合員6名と准組合員2名そのうち販売強化の為,専従従業員を1名雇用した.
(2) 問題解決の為の商品開発とイノベーション「コモマガ」に掲載された販売商品(表1参照)は当初,マダイやカンパチなど大型魚を丸ごと1匹を主に販売するものだった.次いで,鮮魚とあわせて一夜干しやフィレ加工品も加えたが,これも半身など大型のものが主だった.核家族化や孤食化を背景に大型魚を家庭で調理する需要が無くなってきている状況を鑑み年々売り上げが伸び悩んだことから,平成24年に魚をさばかなくても手軽に食べられる,1人分のマダイ切り身の一夜干しを作り始めた.
年 | 売上合計 | ダイレクトメールによる販売アイテム数 | 販売等おもな出来事 | |||||
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鮮魚 | 加工 | その他 | ||||||
一夜干し | 開き | セット | 未利用資源 | |||||
平成21年 | 2,724 | 9 | 1 | 0 | 1 | 0 | 3 | コモマガでの販売開始 2,500人 |
22 | 2,992 | 9 | 1 | 0 | 3 | 0 | 10 | 県内の道の駅のイベント出店 |
23 | 3,967 | 9 | 4 | 3 | 2 | 0 | 13 | 大阪今里郵便局で海産物販売 |
24 | 4,952 | 18 | 10 | 0 | 2 | 0 | 12 | 首都圏の催事での販売開始 |
25 | 13,380 | 11 | 12 | 3 | 1 | 3 | 10 | 農商工連携で商品開発を行う 企業組合へ組織再編 |
26 | 13,523 | 10 | 5 | 2 | 0 | 11 | 6 | レトルトグランプリ金賞を受賞 NHKで取り上げられる 発送者リストが,4,000人に |
資料:平成21年から26年のコモマガより.
1)セットは加工食品等の複合販売.
2)未利用資源は平成25年農商工連携開発商品.
真鯛の一夜干しは家庭用,贈答用などにも人気があり生産が増えて行ったが,これに伴い加工時に出る大量のアラの廃棄がこもねっとの加工部門から問題になり,捨てずに商品にすることはできないかと考えた.平成25年度えひめ農商工連携ファンド事業助成金3を活用し当ファンドが目的としている,問題解決の為の未利用資源を活かした商品開発に取り組むこととなる.地域の中だけの活動範囲から広がりはじめ,ここからイノベーションが起きる.
イノベーションとは一見関係なさそうな事柄を結びつける思考やこれまでの産業のありかたを覆すようなものを指し,漁業者が地域住民と繋がって新しい組織を作りだし企業組合を作り,図3の示す通り県内の異業種との協働で作り上げた新しい取り組みを指す.ソーシャルビジネスに繋がっていく.
ソーシャルビジネスとは(根岸,2014)によれば,社会問題の解決を目的として収益事業に取り組む事業体のことを指す.ここで言う社会問題とは,先にも示した養殖魚の価格低迷により養殖魚の売り上げも減少し,地域に仕事が無くなり人口流失が顕著になっていることを指す.真鯛の一夜干しを作る時に出る大量のアラを使った商品開発を行うことが,ここで言う社会問題解決の為の商品開発,ソーシャルビジネスとなった.
生産から消費に至る全てを事業として構築し,材料の調達,加工,流通システムを全てこもねっとで行うことを試みることとなった.
マーケティングの手法としてターゲットを蒋渕出身者の35歳女性で東京で仕事を持ち夫と子供1人と3人暮らし,多忙な毎日でも健康に気を付けていて手早く簡単に美味しい料理を切望する人と想定した.商品開発をするに当たり架空の1人の人間をイメージしその人が買いたいと思うものは何かと言う論点で作り上げる.その結果,予想していたターゲットからずれて販路が広がることも多いが,初めから老若男女,多くの地域で売れるような商品開発議論は商品作りの目的や販路が定まらないからだ.
イメージしたターゲットに向けて,簡単調理,健康,無添加,長期保存,などを実現するためのレトルト食品の開発とテーマを決め,商品開発を始めた.まず,こもねっとは問題の大量の廃棄物であったマダイの骨に圧力をかけ柔らかくしてペースト状にした.色と滑らかさと骨から出る旨味をそのまま生かすため,添加物の無い家庭の味わいの残るベシャメルソース4に加え仕上げた.何度も試作を重ね,地元の主婦などの意見も取り入れ「真鯛のベシャメルソース」が完成した.
販売ターゲットと類似する子育て中の母親に向けた試食会を開催し意見をもらった.「旨味の成分が添加物でなく真鯛の骨からの旨味と知って体に良い食べ物と感じた」「今までに無かった商品で,あったらいいなと思える商品だ」と言う好意見があった反面,「マダイと聞いて値段が気になる」「高すぎると健康によくても日常的には買いにくい」という声もあった.
従来,生産者が商品開発をするにあたり外部企業に専門的な部分を外注し丸投げしてしまう形が多かったが,全て自分たちの意見を反映させ作りだすことにより潜在能力を呼び起こし,地域力に自信が湧き何のための商品作りかを自覚して行った.
それぞれの役割分担と連携により商品開発が行われた.こうしたこもねっとを中心とする商品開発の事業者間の連携状況を従前と比較して示したのが,図3である.
こもねっとを中心とする商品開発・販売に向けた事業者連携図.
資料:筆者作成.
この商品に並行して,その他にも商品開発が行われた.マダイの一夜干しの売り上げを伸ばすために,特殊なフィルムにマダイの一夜干しとソースを入れ真空パックにした.野菜を煮込んだソース,カポナータやごま油の香りのいい中華味,きのことバターを詰めたきのこバター味など手軽に家庭でマダイを味わってもらおうと「おうちでカフェごはん」と名付けて3種類を発売した.
作業工程は養殖魚を仕入れ直後にさばき,乾燥庫内で一晩低温乾燥熟成させ,急速冷凍する.その素材を使ってそれぞれの味付け作業を行い真空パックにしていく.レンジで2分30秒加熱するだけで本格的なマダイ料理が食べられる1品に仕上げた.好評を得て平成25年度の売り上げに貢献していく.
今まで述べた農商工連携の取り組みは企業組合となり対外的な信用を得たことから国の補助金が活用できた.自発的に自分たちの抱える問題を解決しようと第一義に行動した結果,そこに企業としての収益が伴った.まさに社会問題の解決を目的とした収益事業に取り組んだその結果といえる.
平成21年コモマガを中心として販売を強化し,同年ホームページを活用しネット販売も始めた.平成24年からは東京や大阪などの催事の出店や販路拡大に積極的に動いた.企業間取引も次第に増え,ホテルのOEMの商品制作も手掛けるようになった.
平成26年3月にFOODEX JAPAN20145で「真鯛のベシャメルソース」が金賞を取り同年NHKおはよう日本等のメディアに取り上げられたこともあり,注文が殺到して一時的にさばききれない程の状況になった.企業・商品の認知度向上・生産設備の増強により売り上げは平成24年度4,952千円から平成25年度では13,293千円,26年度は13,523千円と増加している.(売り上げの推移は前掲表1を参照)
平成25年には前述したマダイの一夜干しの加工品「おうちdeカフェごはん」の新商品の販売が開始されたことも増額の要因となった.平成25年11月から郵便局のお歳暮商品として全国の郵便局でチラシが配布され「おうちdeカフェごはん」6個入り4,500円が300セット完売した.
13,000千円は,売り上額としては十分とは言えないが,こうした規模に到達したことで,加工・販売に専念できる職員の雇用が可能となった.従前以上に商品加工の増産や販売のアイテムを増やすことに対応できる体制が整ったことになり,今後の展開に弾みがついた.
(2) 情報発信基地の創設産地展開の次なる取り組みとして情報発信基地の拠点の必要性から「うみの家こもてらす」の創設に取り組むこととなる.産地を知り,提供した食品の付加価値をわかってもらおうと,地元に足を運ぶ拠点を作ることを決めた.
平成26年度地域経済循環創造事業交付金を利用し平成27年3月,真珠養殖の倉庫を賃貸して大規模に改装し,観光交流施設「うみの家こもてらす」(以下,こもてらす)を完成させた.全国へ蒋渕の魅力を発信し蒋渕出身者以外のファンを増やすための次のステージへの布石でもあった.
その場所には海に突き出すような広いデッキを作った.丸太で椅子を作り蒋渕湾が一望でき,日本一短い細木運河も見渡せる絶景を堪能できる拠点を作った.この場所に加工場も移動し併設し,ここで商品は作られていると言う付加価値を付けたいと考えた.地元の海産物を味わえるカフェも併設し,マダイの一夜干しを使ったランチや海鮮バーベキューなども楽しめるメニューが揃った.飲食店が1軒も無い地域であり夏はビヤガーデンの開催や,1日1組のこもてらすの結婚式なども企画した.
情報発信基地こもてらすの創設によって,地域住民の意識改革も起きている.誰も来ない田舎の漁村が魅力的な場へと認識されはじめている.
蒋渕地区のケースは,このままでは限界集落となり消滅の危機から逃れるためにはどうしたらいいのか地域住民の苦悩と地域内外のアイディアの融合で成功した再生の一考察として興味深い展開である.
新しいマダイの食べ方提案や商品開発が起爆剤となり,地域の人たちの意識も変わっていった.それは先に記した単なる商品開発ではなく社会問題解決の為の商品開発であり,地域外と地域内の力を上手く融合させ,お互いの得手を地域活性化の為に発揮できた一例であると言える.ともすると,農山漁村の商品開発はプロダクトアウト5に陥りがちだが,マーケットイン6の考え方に基づく売り先も見据えた商品開発となった.
蒋渕の挑戦の特徴は人口流失を単に損失と捉えるだけでなく,それをビジネスチャンスと捉え優良顧客とした取り組みにある.「懐かしい故郷を応援する」と言う気持を起こさせるという販売戦略を立て,蒋渕を出て行った人を顧客にするという新しい発想を生み出した.平成26年にはコモマガの発送者リストが4,000人になった.こもねっとの作る商品の販売は地元に利益を落とすための取組であって,こもねっとだけが儲かればいいという仕組みではない.素材は漁協を通し地元で購入することにより売り手側の利益が出る価格とした.おのずと販売価格も割高になる.しかし,地元にいる時には価値を見いだせなかったありふれた食材も地域を離れてみると,その商品価値を再認識し値段が高くても買いたいと思わせるものとなった.
地元を離れた蒋渕出身者が全国で蒋渕出身者以外の人への口コミや多くの手段を使って広がりを持たせることができたら地域ブランドの創造として緩やかではあるが販路は拡大していくと考える.加工業としての売上金額としては決して大きいものではないが,今後の取組に注目したい.
さらなる売り上げを伸ばすために蒋渕身者だけでなく販路開拓の為,東京,大阪など都市部の百貨店やスーパーの催事にも出店し少しずつ販路開拓を拡大している.さて,漁業の活性化を促す上で地域の研究が重要認識され始めているが真鯛の養殖と産地再編についての研究論文は少ない.この蒋渕の取組においては,成功へ導いた絶対的な指導者がいなくても地域力の認識が高まり,自分たちが次は何をすべきかを考える思考力が生まれている.
蒋渕の商品開発も大量に捨てられていた真鯛のアラを商品として活用できないかと問題解決の為の商品開発から始まった.ともすると,農山漁村の商品開発は世の中が欲しがっているものを作るのではなく,自分たちが作りたいプロダクトアウトの商品が多く,自画自賛で良い商品なのになぜ売れないのかとなる.しかし,商品開発の過程で多くの議論や異業種の繋がりにより,マーケットの声に耳を傾けマーケットインの商品開発に変わっていったからこそ,売れる商品が出来上がった.
また,蒋渕にはリーダーシップを取れる人がいないにも関わらず,話し合いの中からアイディアが生まれ形になっていった.
どちらも既存の研究で見逃されてきたものではなく,前者は既存の論文に記載が見えないことからマーケットインの考え方が定着していないものと考える.後者はそうであれば,リーダーシップが無くても産地再編ができる様々な地域での考察が,今後の地域発展の分析の資料と成り得ると考える.