2017 Volume 53 Issue 3 Pages 156-163
近年,大手種苗会社(以下,バイオメジャーとする)による種子市場の寡占化が進んでおり,バイオメジャーが販売する遺伝子組み換え(Genetically-Modified,以下GMとする)種子に付随する特許権の,農業者の種子使用に与える影響が懸念されている.農業者はGM種子を購入する際,特許権が付随するがゆえに自家採種や種子保存行為を禁止する旨が記載された技術同意書(Technology User Agreement,以下,TUAとする)に署名しなければならず,違反した場合は違約金が課される.
これに対し,農業者の支援を目的とする複数のNon-governmental organization(NGO)1は,農業者が長年行ってきた自家採種等のいわゆる農業慣行を制限することで,農業者の利益を奪っていると主張するとともに,バイオメジャーが種子開発を行う過程で特許権を取得する行為や農業者に種子購入時にTUAへ署名させる行為に対し,反対運動を展開している.
しかし,特許権はバイオメジャーに研究開発投資の回収の機会を与えることにより技術開発を促進させ,その産物であるGM種子は雑草・病害虫管理を容易にし,収量増加と労働力の軽減という大きなメリットを農業者に与えている(有井・山根,2006).ゆえにバイオメジャー側は,自家採種は制限されるがGM種子を使用することにより農業者は従来以上の利益を享受できると主張している.
このように特許権が付随するGM種子の農業者に与える影響に対しては,NGOとバイオメジャーとで見解は分かれている.
(2) 課題法学分野では,特許制度が農業分野,とくに農業者の種子使用に与える影響について,“Bowman vs. Monsanto”事件2を契機に研究が進められている.ここでは,特許権者であるバイオメジャーと使用者である農業者の利益を衡量した特許制度設計の提言に向けた議論が展開されており,現行特許制度に自家採種等の農業慣行の適用を検討する必要があるとの主張が見られる(平嶋,2015).
しかし,法学研究はあくまで限られた判例を対象に,当事者であるバイオメジャーと農業者間の利益衡量3という観点から,最も適切な特許制度について議論をしているにすぎない.また,判例分析では訴訟背景と関係するGM種子流通システムの構造や農業者のGM種子使用の実態を明確にしないままに議論を展開している.一方,特許制度は判例の当事者だけではなく社会全体に影響するものである.したがって,特許制度の最適性について判例のみを研究対象とすることは,現実社会で生じている問題をとらえ切れず,効果的な制度設計が行われないばかりか,現実に生じている非効率を何ら解決しない制度設計につながりかねないという問題をはらんでいる.
これに対して提唱されているのが「法と経済学」のアプローチである(Cooter and Ulen, 1990: pp. 1–21;林,2004:pp. 3–17).法学は当事者の権利を評価し,正義に適うようそれらの権利を釣り合わせる理論体系であり,他方,経済学は効率性を重視し経済的目的を最大化すべく資源の最適性について議論する理論体系であることから,いわば目指す到達点は同様であると言える.ゆえに,経済学での分析を用いることで,法学研究の限界を補完し,最終目標である当事者間の利益衡量の実現に向けた制度構築の可能性を高めることができると主張する(Cooter and Ulen, 1990: pp. 1–21;林,2004:pp. 3–17).したがって,特許制度の提言に向け,GM種子に付随する特許権がバイオメジャーと農業者にもたらす影響について,経済学的視点から分析を加える意義は大きい.
以上の問題に立脚し,本研究では特許制度の提言に向けた法学研究の議論を補完すべく,特許権が付随するGM種子がバイオメジャーと農業者の利益に与える影響を,経済学の観点から両者利得の変化と社会的余剰の変化に着眼し明らかにする.
(3) 方法先行研究(野津,2007)を参考に農業者の行動を規定し,バイオメジャーの利得と農業者の利得を示す分析モデルを設計する.本研究の対象であるGM種子は非GM種子と比べて一般に種子価格や収量が高く,購入時に自家採種を禁ずる契約が結ばれる.ゆえに,農業者が契約違反という機会主義的行動を起こしやすく,取引コストが高いという性質を有する.したがって分析では,これが種子市場における社会的余剰をいかに変化させるかについて言及する.さらに,実態調査の結果をモデルに反映させ考察を行う.
なお,品目はGMダイズを対象とする.GMダイズは親の形質がそのままF1世代以降に遺伝するため,TUAで禁止されている自家採種を行い,特許権侵害として違約金の支払いを命じられるケースが発生しているからである.一方,ハイブリット品種であるGMトウモロコシはF1世代以降形質分離を起こし,特許権が付随しているか否かに関わらず農業者は毎年種子を購入するため,契約違反問題は起きていない.
実態調査は,GMダイズ栽培地帯であり,かつ農業者のTUA違反による訴訟事例が確認されている米国中西部において実施した.詳しくは,バイオメジャーのMonsanto社とDuPont Pioneer社の関係者,米国インディアナ州,イリノイ州およびアイオワ州内の種子販売業者をかねるGMダイズ栽培農家3名を対象とし,GM種子流通過程の詳細について2016年8月15日から2016年8月19日にかけ,聞き取りを実施した.
基礎モデルの設計にあたり関連する先行研究を示す.農業者の種子使用に関する経済的分析には,神(1997)と野津(2007)があり,非GM種子を対象に,農業者の自家採種行為が種苗会社の種子開発や種子販売収入に及ぼす影響について分析がなされている.
まず,神(1997)は,自家採種が行われる条件および自家採種に対する種苗会社の行動に着眼したモデル分析を行った.分析結果から,農業者による自家採種があるとしても,種苗会社はそれに対応して種子価格を引き上げることで,種子の供給から得られる収入と自家採種がない場合の収入を同じに保つことができることを指摘している.
次に,野津(2007)は神(1997)では言及されていなかった,種苗会社が農業者と契約を締結すれば農業者の自家採種を制限することが可能である点に着眼し,農業者の自家採種が新品種開発インセンティブに与える影響を,両者の利得を求めることで明らかにした.具体的には,Costly State Verification(CSV)アプローチ4により,①自家採種を制限する契約が「完備契約」の場合と②自家増殖を制限する契約が「不完備契約」の場合とに分け,種苗会社の開発費,契約の履行コスト,自家採種による種苗の品質低下に着眼しモデル分析を行った.しかしこのモデルは,農業者の自家採種行動が起こる条件や自家採種による互いの利得の変化について言及されず,またモデルの設計にあたり,長期の種子使用や種苗会社の研究開発費の回収という点が反映されていないため,現実的なモデルとは言えない.
そこで,本研究では,現実に即して不完備契約と仮定し,野津(2007)のモデルを参考にしつつ,上記の問題点を踏まえたモデルを設計する.
(2) モデルの設計プレーヤーはバイオメジャー1社(Bと示す),農業者n人(Fと示す)とし,期間はt年(1≦t≦10)5とする.なお,単純化のため,農業者集団は同時期に種子を購入し,他の農業者集団が種子を購入することはないものと仮定する.
バイオメジャーの利得は農業者が種子購入を選択するか,あるいは自家採種を選択するかにより変化するため,農業者の行動を図1のように規定する.

農業者の行動
資料:著者作成.
まず種子販売開始一年目は農業者全員が市場から種子を購入する.二年目は種子購入による利得が自家採種による利得を上回る場合に農業者は種子購入を選択する(ケース①).なお,モデルの単純化のため,2年目で種子購入を選択した農業者は翌年以降種子購入を選択し続けるとすると仮定する.他方,に自家採種により得られる利得が大きい場合には,農業者は自家採種を選択し,種子購入は行わない(ケース②).この場合,農業者の自家採種行為がバイオメジャーに発覚すると,農業者は違約金をバイオメジャーに支払い,違反行為を継続すると違約金が加算されるため,翌年以降種子を購入し続けると仮定する.なお,ケース②を選択した場合,農業者は自家採種により得られる利得が種子購入により得られる利得を下回るまで自家採種を継続する.
次に,バイオメジャーと農業者が得る利得を算出する.表1は利得の算出に用いる記号を示している.
| t | 年数 |
| πB | バイオメジャーの利得 |
| CD | GM種子開発費 |
| S | GM種子販売量=GM種子購入量 |
| PB | GM種子販売価格=GM種子購入価格 |
| R | 監視費用 |
| p | 発覚率(0<p<1) |
| I | 違約金 |
| πF | 農業者の利得 |
| D | 収穫量=農産物販売量 |
| PF | 収穫物販売価格 |
| θ | 自家採種時の収穫量変化率 (0<θ<1)(∂θ(t))/∂t<0) |
| M | 種子調整費 |
資料:著者作成.
まず,バイオメジャーの利得(πB)の算出では,GM種子開発費をCD,種子市場において決定される種子価格をPB,販売量をSと表記する.なお,単純化のため,バイオメジャーは同一品種の種子を販売し続け,販売価格は一定と仮定する.また,バイオメジャーは毎年監視費用(R)を投入して農業者の自家採種行為を取り締まる.農業者の自家採種行為が発覚する確率をpと,発覚しない確率を1–pと表記し(0<p<1),発覚した場合は自家採種を継続する年数に比例する額の違約金(I)を請求する.
次に,農業者の利得(πF)の算出では,種子価格および購入量をPFとSとし,PFには除草剤代や肥料代等に加え,作付する品種を決定するための探索費用を含める.農産物市場において決定される農産物の価格および販売量(収穫量)は,PFとDと表記する.自家採種行為について,自家採種を繰り返すと一般に品質が低下して収量が減少するため,自家採種時の収穫量の変化率をθ(t)とし,tの減少関数とする(∂θ(t))/∂t<0).加えて,農業者が自家採種を行う場合,自家採種した種子を播種するために要する種子保存費用,種子クリーニング費用等を種子調整費Mと表記する.
(3) 利得の提示まずバイオメジャーの利得を示す.なお,一般にバイオメジャーは研究開発費の回収を見据え,長期的視野で利益の計算を行うことため累積利得を示す.
農業者全員(n)が種子を購入する(図1ケース①)と仮定すると,毎年得られる種子販売収入(SPB)から開発費(CD)と毎年費やす監視費用(R)を引いた式(1)がバイオメジャーの利得となる.
| (1) |
二年目に農業者全員(n)が自家採種を選択する(ケース②)と仮定すると,一年目は農業者全員(n)が種子を購入するため,バイオメジャーはnSPBの収入を得られるが,二年目は農業者全員が自家採種し 種子を購入しないため,種子販売による収入は得られない.しかし,自家採種行為が発覚した場合は農業者に違約金(I)を請求できるため,バイオメジャーの収入はnpIとなる.三年目は自家採種行為が発覚した農業者からの違約金に加え,発覚した農業者は翌年以降種子を購入するため,npSPB+np(1–p)Iの収入が,四年目はnpSPB+np(1–p)SPB+np(1–p)2Iの収入が得られる.ゆえに,対象年までに得られる利得の合計は,t年目までの収入を合計し,開発費と毎年の監視費用を引くことで算出される(以下).
| (2-1) |
| (2-2) |
| (2-3) |
そして,式(1)と式(2-1)(2-2)(2-3)よりバイオメジャーの累積利得を横軸に時間をとって示したのが,図2である.上のグラフは全農業者が種子を購入した時の利得(式(1))を,図2の下部のグラフは二年目に全農業者が自家採種をした際の利得(式(2-1)(2-2)(2-3))をそれぞれ示しており,バイオメジャーの累積利得は斜線部で変動する.GM種子販売開始から数年間は膨大な研究費6を回収する必要があるため,累積利得は負であるが,種子販売を継続することで正に転じる.仮に特許権が付随していない場合に農業者が自家採種を継続すると,バイオメジャーは1年目の種子販売収入しか得られないために利得はnSPB–CDとなり,研究開発費の回収はできない.したがって,GM種子に付随する特許権はバイオメジャーが開発投資の回収を可能とする点で重要な役割を果たしている.

バイオメジャーの累積利得
資料:著者作成.
1)SPB>pIと仮定する,
次に農業者の利得を示す.なお,農業者は研究開発費の回収を考慮する必要はなく,一般に短期的な視野で経営を行う傾向にあることから,単年度の利得を示す.毎年種子を購入し続ける場合(図1ケース①)の利得は,毎年の農産物販売収入(DPF)から毎年の種子購入費(SPB)を引いた式(3)となる.
| (3) |
二年目に自家採種を選択する場合(ケース②)は,自家採種を繰り返すと品質低下により収穫量θ(t)が減少し,かつ種子調整費と自家採種行為が発覚した場合にバイオメジャーに支払う違約金を考慮する必要があるため利得は式(4)となる.
| (4) |
そして,式(3)と(4)より農業者の単年度に利得を横軸に時間をとって示したのが,図3である.

農業者の単年度利得
資料:著者作成.
直線が種子購入時の農業者の利得(式(3))を示し,曲線が自家採種時の農業者の利得(式(4))をそれぞれ示している.農業者は種子購入による利得が自家採種による利得を上回る場合に,つまり図3の斜線部において自家採種を選択する.仮に特許権がGM種子に付随しない場合を想定すると,農業者は違約金をバイオメジャーに支払う必要はないため,自家採種時の利得は増加し,θ(t–1)DPF–Mとなる.ゆえに,特許権は農業者の自家採種による利得を減少させている.
加えて,図3のt*は種子購入による利得と自家採種による利得が一致する点であり,式(5-1)となる.
| (5-1) |
そして,式(5-1)を整理すると式(5-2)になる.
| (5-2) |
式(5-2)の左辺は種子購入時の収穫量と自家採種時の農産物販売収入の差を,右辺は種子購入費と種子調整費および発覚時の違約金を加えた額との差を示している.そしてこの2つの差が一致する点で無差別になる.
(4) 種子市場の余剰分析価格をP,供給量をQとし,種子市場におけるバイオメジャーと農業者間の資源配分を示したのが図4である.なお,GM種子市場は寡占市場であるが単純化のため独占市場を想定して検討を行う.

種子市場の余剰分析
資料:著者作成.
まず,独占市場においてバイオメジャーは自己の利潤最大化を目指すために,式(5-1)を構成する種子価格は完全競争市場における種子価格より高くなる(C点).種子価格の上昇は農業者の種子購入時の利得を減少させるとともに,自家採種のインセンティブを高めるため,毎年の種子購入をやめて自家採種を行う農業者が増加する(DからD’).それに伴い,バイオメジャーの費やす監視費用,つまり取引コストが増加するため,限界費用曲線がシフトする(MCからMC’).ゆえに,バイオメジャーの種子販売事業における社会的余剰は,図4におけるABFCで囲まれた部分からA’B’F’C’で囲まれた部分へと縮小する.
本節では,第2節で示した分析モデルにGM種子流通・使用に関する実態調査の内容を反映させ,分析を行う.
実態調査より,バイオメジャーは開発したGM種子を生産あるいは技術をライセンスした他の種子会社が生産し,種子販売業者(Seed dealer)を介して農業者に販売することが明らかになった.種子販売業者とは,バイオメジャーからGM種子販売の許諾を得て,農業者に種子を販売している者を指す.種子販売を希望する者はバイオメジャーの担当者に連絡を取り,複数回の面接に合格すれば種子販売業者になることができる.販売業者は農業者からの注文に応じてバイオメジャーから種子を購入し,農業者へ販売する.販売時には農業者にTUAに署名させる等のいくつかの義務がバイオメジャーから課され,これを破った場合は厳しい罰則が与えられる.
以下,バイオメジャーと種子販売業者,種子販売業者と農業者の関係に着眼し,種子販売業者が両者の利得にいかなる影響を及ぼしているかを示す.
まず,バイオメジャーと種子販売業者の関係について整理する.バイオメジャーは種子販売業者にGM種子販売を委託するだけでなく,販売時にTUAに署名をさせ,GM種子を購入した農業者がTUAに違反した使用をしていないか監視する義務を負わせている.とくに監視では,毎年農業者の種子購入記録と品種の作付面積を確認し,疑わしい点があった場合はバイオメジャーの担当者に通報しなければならない.種子販売業者は,対面での種子販売に加え,月に数回行われる農業集会への参加により,農業者の種子使用状況を把握しやすい利点があるため,バイオメジャーが独自に調査するより少ない監視費用(R)で違反農業者を取り締まることが可能になり,かつ自家採種行為の発覚率が高まる.つまり,バイオメジャーは種子販売業者を利用することにより,少ないインプット(監視費用)で同様のアウトプット(違反農業者の摘発)を生み出しているのである.この種子販売業者の機能により,式(1)と式(2)で示した監視費用(R)が低下し,自家採種を行っている農業者の発覚率が上昇するため,図2で示したグラフは上にシフトする.
次に,農業者と種子販売業者の関係について整理する.まず種子販売業者は農業者の監視義務を負い,かつ種子販売業者がバイオメジャーに代わり監視を行うことにより発覚率が上昇し,式(4)で示した自家採種による利得は減少する.したがって,自家採種時の利得を示す曲線は下へシフトする(図5).これを以下,“監視効果”と呼ぶことにする.

農業者の利得の変化
資料:著者作成.
監視義務に加え,種子販売業者はバイオメジャーや種子会社が定期的に開催する販売品種や栽培技術等に関するセミナーへの参加が義務付けられているため,販売種子の品質特性に詳しく,最新の品種・栽培情報を持ち,農業者は種子販売業者から種子を購入することにより,情報を入手できる.聞き取り調査において農業者はこれらの情報が気候変動への対応や雑草・病害虫管理に役立ち,結果として収穫量の増加につながっていると話していた.また,農業者は栽培リスクを軽減するために毎年4~6品種を作付するが,種子販売業者からの情報をもとに作付品種を決定しており,農業者の種子購入時に発生する探索費用(PF)の低下をもたらしている.さらに,種子販売業者は農業者が早期決済や大量購入した場合に種子価格の割引を提供し,かつ農業者の価格ニーズに応じバイオメジャーと価格交渉を行うため,種子購入費(PF)を低下させる機能も有していると言える.したがって,農業者の種子購入時の利得が増加するため,種子購入時の利得を示すグラフは上にシフトする(図5).これを以下,“販売効果”と呼ぶことにする.
これら種子販売業者の“監視効果”と“販売効果”により,種子購入時の利得が自家採種時の利得より高くなるため,農業者の自家採種に対するインセンティブは低下する.とくに“販売効果”は,農業者の利得を増加させることにより自家採種行為を抑制している点が評価できよう.
(2) 種子市場の余剰分析実態調査を反映させた分析モデルを踏まえ,種子市場におけるバイオメジャーと農業者間の余剰を示したのが図6である.

種子販売業者の機能を考慮した種子市場の余剰分析
資料:著者作成.
まず,バイオメジャーの供給曲線への影響を説明する.バイオメジャーは自社内に種子販売や農業者に対する監視機関を置くのではなく,種子販売業者を利用している.仮に監視機関を自社内に置いた場合,給与としての固定費が発生する.一方,監視を外部の種子販売業者に委託し,種子販売量に応じて一定の手数料を納めさせる契約を結ぶことは,監視のための費用を変動費化することを意味している.このことにより,監視の効率化が可能となる.さらに,種子販売業者を採用することにより,彼らの有する販売促進に関わる情報集約機能を利用でき,有効な販売が可能となる(販売効果).これらの効果によって,種子供給費用は減少し,バイオメジャーの限界費用曲線MCは下方へシフトする(MCからMC’).他方,種子販売業者による情報提供は“販売効果”として農業者の購入種子1単位当たりの効用を増加させる.その結果,需要量自体が増加し市場拡大することにより,需要曲線Dは右へとシフトする(DからD’).ゆえにバイオメジャーの種子販売事業における社会的余剰はABFCからA’B’F’C’へと増加する.なお,図4のA’B’F’C’で示される社会的余剰より大きくなる点を合わせて指摘しておく.
本研究では,特許権が付随するGM種子がバイオメジャーと農業者にもたらす影響を,実態調査を踏まえ,利得の変化と社会的余剰の変化に着眼し分析をした.
基礎モデルからは,まず特許権は農業者の自家採種による利得を減少させるが,バイオメジャーにとって研究開発を持続する上で不可欠であることが示された.開発費の回収が可能になるということは,新たな品種開発や技術開発への投資への可能性を示しており,長期の視点で見ればバイオメジャーのみならず,農業者の利得に正の影響を及ぼすと考えられる.また,種子市場の余剰分析では,種子市場は寡占市場であるがゆえにバイオメジャーの設定する種子価格は完全競争市場における種子価格より高くなる.これに加え,種子販売時の契約は不完備契約であり,かつGM種子は農業者が自家採種という機会主義的行動をとりやすい財である特徴を有するため,高い取引コストが発生する.したがって,さらなる社会的余剰の減少を招くことになろう.
次に,実態調査を踏まえた分析からは,種子販売業者の機能がバイオメジャーと農業者の利得および種子市場に正の影響を与えることが明らかになった.まず,バイオメジャーに対しては,監視費用の軽減や発覚率の上昇により利得を増加させる.一方,農業者に対しては,監視機能により自家採種時の利得を減少させ,販売機能により種子購入時の利得を増加させることにより,自家採種行為の抑止効果をもたらしている.そして,種子市場に対して種子販売業者は,バイオメジャーの生産費を低下させ,かつ農業者の種子需要を増加させている.つまり,農業者の自家採種,言い換えると機会主義的行動を抑制し,バイオメジャーの取引コストを減少させているのである.したがって,種子市場におけるバイオメジャーの限界費用曲線は下へシフトする.さらに販売機能が農業者の種子購入時の効用を高めることで需要曲線が右へシフトする.結果として,バイオメジャーの種子販売事業における社会的余剰の増加をもたらす.ゆえに種子販売業者は,不完備契約と特許権が付随するために生じるGM種子の特性が市場もたらす非効率の是正に寄与していると言えよう.
最後に,本研究は特許制度に焦点を当てており,特許権が付随する種子として代表的なGM種子を対象としている.現段階で特許権が農業者に与える影響について問題視されているのはもっぱらGM種子であることから本論文での議論はGM種子特有の議論であると言えよう.GM品種に関しては今後日本においても栽培され,農業者は特許権が付随するが故に種子販売時の契約(TUA)を交わさなくてはならなくなる事態が生じる可能性は極めて高い.しかる場合に種子供給者と農業者間での最適な資源配分を達成するための制度・政策設計において,本研究で得られた知見を適用できる.
(2) 今後の課題以上,特許権が付随するGM種子がバイオメジャーと農業者の利得に与える変化に加え,種子販売業者がもたらす機能が,種子市場における非効率を是正し社会的余剰を増加させることが示された.
したがって,今後の課題として,種子販売業者の行動および機能が生産者余剰と消費者余剰の変化に与える影響の詳細を明らかにし,バイオメジャーと農業者間における最適な資源配分7を達成するための要件を提示することが挙げられる.