2018 Volume 54 Issue 3 Pages 69-76
農業には3つの簿記様式がある.すなわち,単式簿記,複式簿記と自計式農家経済簿(以下自計式簿記という)である.筆者の1人である古塚は,モンゴルの小麦栽培農家(家族経営)に自計式簿記を普及しようとしているが,ここで改めて自計式簿記の特徴と課題を明らかにしたい1.つまり,これが本研究の目的である.既往の研究成果では,複式簿記と自計式簿記の比較研究は少なくないが,単式簿記を含めた3つの簿記様式の比較研究は古塚(1993)だけである.
そこで,本研究では,上述した3つの簿記様式を取り上げて,研究目的を達成する.研究方法は次のとおりである.第1に,本研究の目的に関連した既往の研究成果について検討する.第2に,「正規の簿記」の要件について検討する.すなわち,農業簿記の普及と「正規の簿記」とは深く関連していると考えている.農業簿記記帳の大きな目的として節税がある.この節税効果を発揮する手段が「正規の簿記」である.一般的には,「正規の簿記」イコール複式簿記とされている.このような認識が1つの要因となって,日本農業において複式簿記が普及したと考えている.第3に,「正規の簿記」の要件を満たしているか,3つの簿記様式について検討する.したがって,本研究では,この「正規の簿記」イコール複式簿記という一般的認識を検証することになる.第4に,自計式簿記の特徴と課題を明らかにする.このことは,自計式簿記をモンゴルに普及する意義付けにつながる.なお,本研究で取り扱う単式簿記は,農業所得者の青色申告用のものである.この単式簿記は,現金出納帳,売掛帳,買掛帳,生産物受払帳,償却資産台帳の5つの帳簿を備えている2.
第1に,自計式簿記の考案者である大槻正男の会計思想と,この簿記の課題についてである.この研究成果として,家串(2015)がある.家串(2015)は,自計式簿記が考案された社会経済的背景や,大槻正男の会計思想を明らかにしている.すなわち,自計式簿記は,単式簿記である和式簿記の定着と,小規模・零細な家族労作経営が大部分を占める日本農業の現状を背景として考案されたとしている.また,自計式簿記は静態論会計思想を有するために,期間損益計算,具体的には経過勘定の計上が重視されていないことを指摘している.
会計思想については家串の言う通りだが,決算整理において経過勘定が重視されていないことは課題ではないであろう.すなわち,企業会計原則の「重要性の原則」の立場から前払費用,前受収益,未払費用,未収収益が毎期末に同額発生していれば,経過勘定で処理する必要はない.また,毎期末に同額発生しなくても,大きな金額にはならない場合がほとんどである.
第2に,自計式簿記と「正規の簿記」の要件についてである.この研究成果として,古塚(1991)がある.古塚(1991)は,当時の既往の研究成果4つに基づいて,「正規の簿記」の要件を指摘している.すなわち,「正規の簿記」の要件として,「記録の網羅性」「記録の検証性」「記録の秩序性」の3つを指摘している.そして,自計式簿記が「正規の簿記」の要件を満たしており,「簿記の信頼性」を保持しながら「記録の容易性」を高めていることを明らかにしている.さらに,この3つの要件のうち,単計算である単式簿記は,自己監査機能をもつことができないことから,「記録の秩序性」を満たすことができないと述べている.すなわち,「正規の簿記」の要件のうちで,「記録の秩序性」が最も厳しい要件であることを明らかにしている.
古塚(1991)は,研究成果4つに基づいて「正規の簿記」の要件について検討しているが,本研究では,さらに多くの研究成果(9編)に基づいて,この要件について検討したい.
第3に,簿記様式の比較検討についてである.その1として,単式簿記と複式簿記を比較した研究成果として,桂(1991)がある.桂(1991)は,単式簿記と複式簿記の利点と不利点を明らかにしている.複式簿記については,極めて優れた簿記構造と高い信頼性を有し,普及指導面における格段の推奨を受けているとしている.しかし,簿記知識が乏しく,経済取引が小規模で,経済構造が極めて複雑である農家には受け入れ難い簿記であることを明らかにしている.一方,単式簿記については,複式簿記と比較して簿記知識が低くとも,簡潔かつ短時間で処理が可能で,必要に応じて分析水準を高めることができるとしている.しかし,①計算対象の一側面の欠如,②自己完了的組織の欠如,③取引の貸借複記・自検作用の欠如,という問題点を抱えている不完全簿記であり,社会的信頼度が低いとしている.自計式簿記については,単式簿記の1つとして扱われているために詳しいメリットとデメリットは検討されていない.
その2として,3つの簿記様式を比較した研究成果として,古塚(1993)がある.古塚(1993)は,「簿記の信頼性」と「記録の容易性」の2点について,3つの簿記様式を比較することにより,自計式簿記の位置づけを明らかにしている.すなわち,農家経済を計算の対象とした場合に自計式簿記は,「簿記の信頼性」を保持しながら,農家経済の構造,農家の記帳能力などを考慮して「記録の容易性」を複式簿記より高めた簿記であることを明らかにしている.さらに,自計式簿記の課題として,農業経営を計算対象とした場合に,自己監査機能を組み込むことが必要であると述べている.
本研究では,古塚(1993)と同様,「正規の簿記」の視点から3つの簿記様式を検討したい.古塚(1991)と異なる点は,上述したように古塚(1991)は「記録の秩序性」について単式簿記を論じているだけである.本研究では,3つの要件について検討する.また,古塚(1993)が明らかにした自計式簿記の課題を再検討して,農業経営を計算対象とした場合に,自己監査機能をもたせる意義と解決策を明らかにしたい.
古塚(1991)が指摘しているように「正規の簿記」の要件は,「記録の網羅性」「記録の検証性」「記録の秩序性」の3つであるといわれている.「正規の簿記」という言葉は,企業会計原則の「正規の簿記の原則」において用いられている.表1では,この「正規の簿記」に関する5項目を7名の文献(9編)に基づいて,検討している.
項目 | 「正規の簿記の原則」 の意味 |
「正規の簿記」の 簿記様式 |
検討されている簿記様式 | 3つの要件 以外の要件 |
企業会計原則における 位置づけ4) |
---|---|---|---|---|---|
新井・川村 | 正規の帳簿記録を行うこと | 複式簿記を指しているわけではないが現実的には複式簿記である | 複式簿記,その他2) | ―1) | 守られることで「真実性の原則」が達成される |
飯野 | 会計帳簿を作成する記録に関する原則であるばかりでなく,処理をも含めた原則 | 実質的に複式簿記と同じ役割を果たすものであればよい | 複式簿記,その他2) | 会計上,正当と認められた処理に基づくものでなければならない | 「真実性の原則」を支える,「重要性の原則」と密接な関係をもつ |
太田 | 正しい会計記録が財務諸表作成の基礎となることを示した原則 | 複式簿記と同じような機能を持つものであれば差し支えない | 複式簿記,単式簿記 | 会計事務処理・勘定処理に適当な制度を設けなければならない | 「真実性の原則」を裏付ける,「重要性の原則」に留意する |
加古 | 一定の要件を具備した正確な会計帳簿を作成,この会計帳簿に基づいて財務諸表を作成すべきこと | 複式簿記が最も合理的(ただし正規の簿記と複式簿記という言葉は同等ではない) | 複式簿記,その他2) | 適正な会計処理 | 「真実性の原則」を支える,「重要性の原則」が適用される |
黒澤 | 正確な会計帳簿の作成,これに基づく貸借対照表及び損益計算書の作成に関する原則 | 複式簿記の原理を意味するものではない | 複式簿記,その他2) | ―1) | 会計処理の基準の根拠となるため「真実性の原則」と並んで重要 |
武田 | 「正確な会計帳簿の作成」と財務諸表作成に関する原則(誘導法)をも含む | ―1) | 二帳簿制3),その他2) | ―1) | 「真実性の原則」を支える,会計処理における「重要性の原則」を含む |
番場 | 正確な会計帳簿を記録し,これにもとづいて財務諸表を作成すること | 複式簿記(営業取引の極めて少ない会社では単式簿記法でも認められる) | 複式簿記,単式簿記 | ―1) | 「重要性の原則」が適用される |
第1に,「正規の簿記の原則」の意味についてである.これは,①正確な会計帳簿を作成することと,②正確な会計帳簿に基づいて,すなわち,誘導法によって財務諸表を作成すること,である.この意味を具体的に述べたものが,後で検討する「正規の簿記」の要件であると解することができる.
第2に,「正規の簿記の原則」で定められている簿記様式についてである.番場(1975)は,表1に示す例外を除いて複式簿記であると述べているが,武田(2008, 2009)を除くほかの5名は,「正規の簿記」が複式簿記を指しているわけではないとしている.すなわち,複式簿記と同じ役割を果たす簿記様式であれば,「正規の簿記」として認められるとしている.したがって,「正規の簿記」は,上述した「正規の簿記の原則」の意味に一致すること,すなわち,次に検討する要件を満たす簿記様式であればよい,としている.筆者の意見は後者である.すなわち,「正規の簿記」の意味に一致して,この要件を満たす簿記様式の1つが複式簿記と考えている.
第3に,「記録の網羅性」「記録の検証性」「記録の秩序性」以外の要件についてである.太田(1975b),飯野(1999),加古(2009)に基づくと,「正規の簿記」の要件を満たすためには,簿記様式のみではなく,会計処理を含めた要件を設けるべきだとしている4.しかし,適正な会計処理は,上述した「正規の簿記の原則」の意味で述べた正確な会計帳簿の作成を意味していると考えることができるので,「正規の簿記の原則」の意味に一致していればよいことになる.すなわち,適正な会計処理は3つの要件に含まれているということである.
第4に,企業会計原則の一般原則7つにおける「正規の簿記の原則」の位置づけについてである.「正規の簿記の原則」は,企業会計原則の第2原則として設けられており,ほかの6つの原則とは密接に関わりあっている原則である.その中でも,特に第1原則の「真実性の原則」と関わりが深いことがわかる.すなわち,「真実性の原則」を達成するためには,「正規の簿記の原則」を守ることが前提となっているといえる.また,7つの原則に準ずる原則として「重要性の原則」があるが,この原則とも密接な関係をもっている.この認識は,7名で一致している.
以上の検討結果から,「正規の簿記」は複式簿記である必要はなく,3つの要件を満たす簿記様式であればよいことがわかる.
(2) 「正規の簿記」の要件と3つの簿記様式上述したように,複式簿記は,「正規の簿記」の要件を満たしているが,「正規の簿記」は複式簿記だけではない.さらに,古塚(1991)は,自計式簿記は「正規の簿記」の3つの要件を満たして「正規の簿記」であることを明らかにしている.そこで,本研究では,単式簿記が「正規の簿記」の要件を満たすかどうかを主として検討する.
このために3つの要件の意味について簡単に述べておきたい.「記録の網羅性」とは,発生した取引は全て網羅的に記録されており,漏れがあってはならないことを意味している.「記録の検証性」とは,会計記録は信頼しうる証憑書類に基づくものであり,検証可能でなければならないことを意味している.「記録の秩序性」とは,全ての会計記録が継続的・組織的になされていなければならないことを意味している.
第1に,「記録の網羅性」についてである.単式簿記では,現金出納帳の記録が義務付けられている.この帳簿が単式簿記に相当する.この現金出納帳には,現金取引は記録されるが,非現金取引は記録されない.このために単式簿記では,現金出納帳以外に,売掛帳,買掛帳,生産物受払帳,償却資産台帳の4つの帳簿を備えている.これらに,非現金取引が記録される.しかし,非現金取引の全てが記録される訳ではない.
この現金取引と非現金取引について,複式簿記では,仕訳帳に両取引が記録され,自計式簿記では,非現金取引は現金取引に分解されて,実際の現金取引とともに現金現物日記帳に記録される.例えば,「労賃として,現金5,000円と瓦20枚(1枚150円)を受け取った」という取引について,3つの簿記様式の記録を図1-1から図1-3に示している.単式簿記では, 瓦の取引については記録することができない.すなわち,単式簿記は「記録の網羅性」を満たしていない.
第2に,「記録の検証性」についてである.単式簿記では,図2に示すように発生した取引は上述した5つの帳簿に記録される.掛売買取引,生産物家計仕向など非現金取引も記録することができる.したがって,これらは検証可能である.しかし,上述したような取引例,すなわち,物々交換や手間替えなどの取引は記録ができないために検証できない.このために,単式簿記は「記録の検証性」を満たしていない.
単式簿記の記帳から決算までの仕組み
資料:馬淵(2011: p. 79)図1を引用.
複式簿記では,貸借対照表と損益計算書の当期純利益が一致するかどうか,という方法で記録と計算を検証することができる.このほかに,試算表によって,記録の検証が可能である.また,全ての取引が記録されるので証憑書類と照合することが可能である.自計式簿記では,全ての取引が現金現物日記帳と財産台帳に記録され,最終的に複式簿記の損益計算書に相当する農家経済決算A表,農家経済決算B表に基づいて,農家経済余剰が算出され,同じく貸借対照表に相当する財産台帳集計表に基づいて,農家財産純増加額が算出される.この両者が一致するかどうか,という方法で記録と計算を検証することができる.このほかに,現金現物日記帳の「残金」と手元現金の金額が一致するかどうかで,記録の検証が可能である.また,全ての取引が記録されるので証憑書類と照合することが可能である.
第3に,「記録の秩序性」についてである.単式簿記では,図2に示すように,複式簿記,自計式簿記と同様に,取引が発生してから決算まで一定の仕組みの中で記録されている.ここで注目したいのは,決算書を作成する際に,棚卸によって財産が計算されるところである.すなわち,一部の取引が記録できないために,財産の把握を実査棚卸によって明らかにしなければならない.もちろん,複式簿記と自計式簿記においても実査棚卸は必要であるが,決算における重要性は,単式簿記がほかの2者に比べて,はるかに大きい.このことは,帳簿と決算書の間に関係がない資産や金額が存在していることを意味している.すなわち,単式簿記は「記録の秩序性」を満たしていない.また,古塚(1991)は,「記録の秩序性」は,簿記が自己監査機能をもつことを暗に要求している,としている.単式簿記は,静態的計算を行わないために,この自己監査機能をもっていないのである.このことからも,単式簿記は「記録の秩序性」を満たしていないといえる.複式簿記と自計式簿記の自己監査機能については,「記録の検証性」で述べたとおりであるが,この自己監査機能をもつことは,記録と計算の2つにおいて検証できることを意味している.前者が「記録の検証性」であり,後者が「記録の秩序性」である.
以上のとおり,単式簿記は,「記録の網羅性」を満たしていないために,「記録の検証性」「記録の秩序性」がないといえる.すなわち,「記録の検証性」「記録の秩序性」は,「記録の網羅性」があることが前提となっているといえる.結論をいえば,単式簿記は「正規の簿記」ということができない.また,自計式簿記は,農家経済を記録計算の対象とした場合には,3つの要件を満たすとともに,自己監査機能を有しているので「正規の簿記」といえる.
前節で検討した内容と既往の研究成果に基づいて,3つの簿記様式を比較すると表2のとおりである.表2に基づいて自計式簿記の主な特徴を述べると,次のとおりである.第1に,農家経済を記録計算の対象としていることである.第2に,メリットであるが,その1として,兼業農家や,経営と家計が未分離な伝統的家族経営に適していること.その2として,農家経済計算において,動態的計算と静態的計算を行うので,農家経済簿について自己監査機能を発揮すること.その3として,現金取引として全ての取引を記録するので記録が易しいこと,である.第3に,デメリットであるが,その1として,農業経営計算が決算後の拡張計算になること.その2として,農業経営計算において,静態的計算ができないために自己監査機能がないこと,すなわち,この計算の信頼性が低いこと,である.その3として,その2と関連するが,自己資本比率,流動性比率などの指標に基づく財務安全性分析が農業経営においてできないことである.このことは,経営分析において大きな課題といえる.
項目 | 単式簿記(単記式単計算) | 複式簿記(複記式複計算) | 自計式簿記(単記式複計算) |
---|---|---|---|
記録される取引 | 現金取引のみ | 全ての取引 | 全ての取引 |
記録対象 | 農業経営 | 農業経営 | 農家経済 |
主要簿 | 現金出納帳,売掛帳,買掛帳,生産物受払帳,償却資産台帳 | 仕訳帳,元帳 | 現金現物日記帳,財産台帳 |
メリット | ・誰でも容易に記録,決算ができる. | ・企業的経営に適する. ・動態的計算と静態的計算をする. ・農業経営計算において自己監査機能を発揮する. ・「正規の簿記」であり信頼性が高い. |
・兼業農家,伝統的家族経営に適する. ・動態的計算と静態的計算をする. ・農家経済計算において自己監査機能を発揮する. ・複式簿記に比べて記録が易しい. |
デメリット | ・全ての取引を記帳することができない. ・動態的計算だけを行うため自己監査機能がない. ・現金出納帳以外に多くの帳簿が必要である. ・農業のお金とそれ以外を区別しなければならない. |
・高度な簿記の知識を必要とする. ・農業のお金とそれ以外を区別しなければならない. |
・農業経営計算が拡張計算になる. ・農業経営計算において自己監査機能がない. ・農業経営において財務安全性分析ができない. |
財務諸表を作成する方法 | 棚卸法 | 誘導法,棚卸法 | 誘導法,棚卸法 |
作成される財務諸表 | 損益計算書 | 損益計算書,貸借対照表 | 農家経済決算A表,農家経済決算B表,財産台帳集計表 |
「正規の簿記」であるか | 「正規の簿記」ではない | 「正規の簿記」 | 農家経済を記録計算の対象とする「正規の簿記」 |
資料:大槻他(1972),古塚・髙田(2009),馬淵(2011)を参考に筆者作成.
自計式簿記は農家経済を記録計算の対象とした「正規の簿記」であること(古塚,1991)と農業経営を計算対象とした場合の課題(古塚,1993)は,すでに明らかにしている.このことは,上述したデメリットの,その3に関連してくる.これらに基づいて本研究では自計式簿記の課題として,次のことを指摘しておく.
すなわち,自計式簿記では,複式簿記のように農業経営を対象にした記録計算においても静態的計算を行って,自己監査機能を発揮させる必要がある.このことによって,自計式簿記は青色申告において「正規の簿記」として取り扱われて,複式簿記と同じように広く普及されるであろう.これが自計式簿記の課題である.この課題を解決できれば,自計式簿記をさらに高い水準の簿記にすることができる.
この解決策は次のとおりである.すなわち,自計式簿記では,財産は固定資産,流動資産,流通資産に分類され,これらは財産台帳に記録される5.この場合,固定資産と流動資産については,家計使用割合と農業使用割合がわかるように記入される.したがって,これらの財産については,拡張計算において,農業分だけを取り出して静態的計算を行うことができる.しかし,流通資産については,全て農外資産として取り扱われる.このために現在の拡張計算では,農業分として流通資産は記入されない.そこで,流通資産から農業分だけを取り出すことができれば,農業における自己資本の増減額が計算できることになる.そして,これと動態的計算結果である農業純収益が合致することによって,自己監査機能を発揮する.この際,資本を減らす取引の調整をする必要がある.すなわち,期末において,家計支出に使用された現金と家計に仕向けた農産物が資本を減らしている.そこで,決算において,家計支出に使用された現金と生産物家計仕向額を期末農業資産にプラスする.この調整した期末農業資産の値を使用して,通常の決算を行うと,静態的計算結果である自己資本増加額と動態的計算結果である農業純収益が一致することになる.
なお,「まかない支給額」については,まかないが家計支出の一部であっても,生産物家計仕向額の一部であっても,上述した決算における家計支出に使用された現金,生産物家計仕向額の決算時の処理と反対の処理をすればよい(期末農業資産をマイナス).
このことによって,自計式簿記は農業経営計算において自己監査機能を発揮することになる.また,複式簿記でいう農業経営の期末貸借対照表を作ることができるようになるために,財務安全性分析ができるようになる.
このほかに自計式簿記の課題として,自己育成資産の処理方法がある.すなわち,自己育成資産の育成費用の処理である.この検討は別の機会に行いたい.
本研究では,「正規の簿記」は複式簿記である必要はないことを再確認した.また,研究成果が少ない単式簿記を中心に,各簿記様式が「正規の簿記」の要件を満たすかどうかを検討した.その結果,単式簿記が「正規の簿記」の要件を満たすことができない理由を検討することができた.さらに,自計式簿記と単式簿記の違いを明確にしたうえで,自計式簿記の特徴と課題を検討することができた.課題は農業において自己監査機能をもつことであった.このためには流通資産を農業と農外に分けることによって,自己監査機能をもつことができることを明らかにした.農業において自己監査機能をもつことによって,農業経営計算の信頼性が高まるとともに,これまで不可能であった財務安全性の分析が可能となり,より一層的確な経営分析を行うことができる.
農業において自己監査機能をもつことと,財務安全性の分析が可能になることが,モンゴルにおける伝統的家族経営に自計式簿記を普及することにつながる.