Journal of Rural Problems
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Short Papers
Introduction Factors for a Case of the Semi-submerged Floating Cultivation “Ukiraku” Method
Kentaro NishihamaTakayuki SakamotoKazuhiro Yamamoto
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2019 Volume 55 Issue 2 Pages 97-104

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Abstract

In this study, we interviewed people who introduced the “Ukiraku” method of cultivation to clarify the introduction factors for this method. We observed that people staying in the neighborhood tend to promote the introduction of technology. However, restraining factors of green vegetable cultivation using this technology need to considered. First is the management policy. Second, items for cultivation are limited in number. Third, cultivating green vegetables requires sales channels and extensive preparations for harvest. Compared with the similar kind of technology used in paddy rice seedling cultivation in pooled nursery, the cost of equipment is higher when using the Ukiraku method. However, the fact that land leveling and watering works can be reduced and the user’s re-invention of this method can promote Ukiraku.

1. 背景および目的

(1) 先行研究

農業経営研究では,開発技術の普及性に関して,技術導入によって得られる効果を含んだ経済性を中心に論じられることが多い.しかしながら,農業者が技術導入に関して意思決定を行う際,経済性以外の要因の関与も想定される.

浅井・山口(1998)は,水稲の病害抵抗性品種の農業経営者の導入動機に関する調査において,客観的な経営条件のみならず,経営者の価値観・志向が新技術導入の動機に大きく影響することを指摘している.同様に,山本(2006)も経営者の価値観・志向の技術導入への影響について,カーネーション経営における反射マルチ技術の導入に関する調査において実証している.

また,山本(前掲)は,酪農経営における低労働・低投資型技術の導入行動を調査し,経営者の技術力,適応力などの能力が導入阻害要因を低減・解消し,技術の導入行動を促進することを実証している.

一方,農業技術から派生し,広く一般的な技術の普及プロセスを研究してきたロジャーズ(2003)は,技術の採用速度への影響要因として「相対的優位性」,「両立可能性」,「複雑性」,「試行可能性」,「観察可能性」を提示している.それぞれに,「相対的優位性」は,新しい技術がこれまでよりも良いと知覚される度合い,「両立可能性」は潜在的採用者がもつ既存の価値観や過去の体験,ニーズに対して新技術が一致している度合い,「複雑性」は,新技術を理解したり,使用したりするのが相対的に困難であると知覚される度合い,「試行可能性」は,新技術が小規模にせよ経験しうる度合い,「観察可能性」は,新技術を導入した結果が他の人たちの目に触れる度合いと定義される.「相対的優位性」,「両立可能性」,「試行可能性」,「観察可能性」については,その度合いが高いほど新技術の採用速度が早まるとされており,「複雑性」については,その度合いが低いほど新技術の採用速度が早まる可能性が指摘されている.

また,ロジャーズ(前掲)は,利用者による「再発明」によって新技術の採用速度が早まり,新技術が継続的に使用されるようになるとする.利用者による「再発明」とは,新技術の採用そして導入段階において,利用者によって変更あるいは修正される度合いのことであり,融通の利く技術の方が「再発明」が起こりやすいとされる.「再発明」によって技術が継続的に使用されるようになる理由として,ロジャーズ(前掲)は技術の適合性が高まり,地域条件や変化する環境に一層適切に対応できるようになることで,中断が起きにくく,持続可能性がもたらされることを指摘している.

以上のように,技術の普及性は,経済性以外の要因として,実需者の心理,能力,行動などの視点からも論じられてきた.しかしながら,我が国の農業経営分野では実需者視点から技術導入要因の検討を行った研究はまだ少なく,本稿で扱うような開発者の意図とは異なる形で普及する技術についての検討は行われてこなかった.

(2) 「浮き楽栽培法」の特徴

本稿では,広島県が2012年に開発した「浮き楽栽培法」を事例として取り上げる.本技術は,プールに発泡スチロールをフロートとして浮かべ,この上で水稲育苗を行い,その後作として同様にフロート上で葉菜類栽培を行える技術である(図1).フロートにより培地が半浸水状態で維持されるため,地面の均平作業が簡素化され,潅水労力が軽減される点が特徴である.

図1.

「浮き楽栽培法」の模式図

1)水稲育苗後に,同じ設備を利用して葉菜類を栽培することが可能.

藤井・佐々木(1993)は,水稲の箱育苗が1日1から2回の潅水作業に多大な労力を必要とし,かつ作業時間が拘束されること,併せて水稲育苗後の跡地利用にも制約があることを指摘している.また,柳本他(2013)は広島県内の集落営農法人へのアンケート調査によって,潅水管理や育苗箱搬入作業の改善を求める意見が多いことを報告している.本技術は,これらの課題に応える技術として開発された.

(3) 本稿の目的

「浮き楽栽培法」は,水稲育苗の後作に葉菜類栽培を行える技術として開発されたわけだが,広島県内では開発者の意図に反して水稲育苗だけを目的として本技術が導入されることが多くなっている.なぜ,生産者は葉菜類栽培に取り組まないのであろうか.また,水稲育苗のみでの導入であれば,類似技術であるプール育苗でなく,本技術が選ばれる理由はどこにあるのか.これらの疑問に対し,経済性だけで結論を出すことは難しい.このような,開発者の意図と異なる形で普及した技術だからこそ,経済性以外の要因の影響が顕著になる可能性が高い.

そこで,本稿では「浮き楽栽培法」について実需者視点から検討することで,本技術が導入される要因をより深く探求し,これを解明することを目的とする.このことにより,「浮き楽栽培法」の効率的な普及方法の提示,および今後の実需者視点からの技術開発の促進に繋がることが期待できる.

2. 方法

本技術は,広島県内では集落営農法人を中心に普及しているため1,本技術に取り組んだことのある広島県内の11の集落営農法人の代表者または意思決定に深く関与した者に対して,面接調査を実施した(表1).面接調査は,2016年4月18日から2017年2月14日に1時間から2時間程度ずつ実施した.

表1. 「浮き楽栽培法」の導入実態およびプロセス
法人 A B C D E F G H I J K
面接
対象者
代表 栽培担当
の理事
代表 代表 栽培担当
の理事
事務局長 代表 代表 代表 代表 代表
栽培
品目
水稲 水稲 水稲 水稲 水稲 水稲 水稲 水稲 葉菜類 水稲・
葉菜類
水稲・
葉菜類
継続
状況
継続 継続 継続 継続 継続 中断 中断 中断 中断 葉菜類のみ
継続
継続
導入時期
(年)
2012 2013 2013 2013 2015 2013 2014 2015 2013 2013 2014
導入規模
(a)
11.6 7.2 1.6 6.1 1.0 2.4 4.9 1.0 0.2 0.3 8.8
技術
紹介者
研究員 研究員 研究員 近隣の
A法人
近隣の
A法人
研究員 研究員 普及
指導員
研究員 研究員・
普及指導員
研究員
視察先 研究機関 近隣の
A法人
近隣の
A法人
知人の
K法人
近隣の
G法人
相談者 研究員 普及
指導員
近隣の
A法人
近隣の
A法人
研究員 普及
指導員
普及
指導員
研究員 普及
指導員
研究員

資料:各法人への面接調査による.

1)法人間の距離が車で20分以内の場合は,近隣の法人と表記した.各法人の位置関係については,図2を参照.

本技術での栽培品目,継続状況,導入時期・規模,導入の経緯,プール育苗を選択しない理由,葉菜類の栽培意向,経営方針,生産者が行った改良点などについて調査した.また,中断した法人に対しては,中断した理由を調査した.併せて,本技術の導入プロセスを明らかにするために,本技術導入時の紹介者,視察先,相談者を調査した.

また,技術推進者の本技術の認知程度および推進状況を把握するために,広島県の普及指導員のうち,普通作および野菜を担当するすべての普及指導員,各18名,26名に対し,2016年12月から2017年1月の間に質問紙調査を実施した.本技術の認知程度は,5件法で,推進状況は,推進経験の有無を調査した.

3. 結果および考察

(1) 導入の実態およびプロセス

面接調査によって明らかとなった「浮き楽栽培法」の導入の実態およびプロセスを表1に示す.調査を行った11法人中,葉菜類栽培に取り組んだことがあるのはI,J,Kの3法人のみであり,残る8法人は水稲育苗のみでの導入であった.開発者の狙いに反して,葉菜類栽培に取り組む法人は少なく,水稲育苗のみで本技術を利用する法人が多かった.

また,11法人中,本技術での栽培を継続しているのはA~E,J,Kの7法人であり,残りの4法人は本技術に取り組んだことはあるが,既に中断していた.本技術の導入時期は,開発年の2012年から2015年であり,開発後1年目の2013年が6法人でもっとも多かった.また,本技術の導入規模は,0.2 aから11.6 aであった.I法人の0.2 a,J法人の0.3 aといった小規模の試行も可能であり,水稲育苗のみ,葉菜類栽培のみといった部分的な導入も行われていることから,本技術はロジャーズ(前掲)の「試行可能性」の度合いが高く,気軽に導入しやすい技術であると考えられる.

本技術の導入プロセスについて,技術の紹介者は研究員が8法人でもっとも多く,普及指導員が2法人,近隣法人が2法人であった.研究員からの紹介は,主に本技術を紹介するセミナーへの参加時であり,このような技術紹介セミナーの開催によって導入が促進されると考えられる.視察先は,近隣法人が3法人でもっとも多く,知人のいる法人が1法人,研究機関が1法人であった.相談先は,研究員が4法人,普及指導員が4法人,近隣法人が2法人であった.

導入プロセスへの研究機関,普及機関,法人間の距離の影響を検討するために,図2に各組織の位置関係を示す.研究員に技術導入に関する相談を行ったA,F,I,K法人は研究機関からの距離が比較的近い法人であった.一方,普及指導員に相談を行ったのはC,G,H,J法人であったが,このうち所在地を担当する普及機関と研究機関が同じ建物内にあるCを除く3法人は,研究機関からの距離が遠かった.このことから開発者である研究員からの距離の遠さを普及指導員が相談者として介在することで,本技術の導入が進んだと考えられる.また,技術紹介者が研究員からが主であったのに比べ,視察先,相談者になると,近隣法人,知人のいる法人,普及指導員といった,より身近な人を選択する傾向がみられた.さらに,法人間での情報伝達についてみると,A法人経由で導入に至ったD,E法人,G法人に視察に行ったH法人と,近隣に本技術の導入者がいることが新たな導入を促進したと考えられる.これらのことは,ロジャーズ(前掲)の「観察可能性」の高さが,技術導入を促進した事例と考えられる.

図2.

広島県内の「浮き楽栽培法」導入法人,研究機関,普及機関の位置関係

資料:筆者作成(島嶼部省略).

1)各法人は,表1に対応させてアルファベットで表示した.

2)本技術を担当する研究機関は県内1か所,普及機関は県内3か所であり,このうち1か所は研究機関と同じ建物内にある.

(2) 「浮き楽栽培法」の評価および利用者による「再発明」

本技術の導入理由に関する面接調査の結果を表2に示す.本技術の導入理由として,潅水労力の軽減が多くの法人から指摘された.水稲育苗の類似技術であるプール育苗も潅水労力軽減を狙った技術であるが(藤井・佐々木,前掲),C,J法人が指摘するようにプール育苗では苗の湛水程度を一定にするための地面の均平作業に労力を要する.これが不十分だと潅水ムラが発生し,C,D法人のように手潅水,チューブ散水での補完が必要になる.本技術は,これらの課題が解決できる点が評価されており,導入者にとってはロジャーズ(前掲)の「相対的優位性」の度合いがプール育苗よりも高かったと考えられる.

表2. 「浮き楽栽培法」の導入理由
法人 「浮き楽栽培法」の導入理由
A 楽をして良い水稲苗を作りたかった.
B 水稲育苗の潅水が手間で潅水によるぬかるみも問題になっていた.露地で導入.
C 楽そうなので導入を決定.プール育苗(手潅水で補完)にも取り組んだが,均平作業が大変で潅水労力が負担.以前は個人所有のハウスでの育苗だったが,今は露地で育苗.
D プール育苗(チューブ散水で補完)をしていたが,潅水ムラがあり生育は悪かった.
E 高齢化で水稲育苗の潅水労力が問題になっていた.プール育苗を知らなかった.
F 水稲育苗で潅水ムラが問題になっていた.プール育苗も検討したが,研究員から本技術のことを聞き導入.
G 水稲育苗の潅水が手間であった.露地でも導入.
H 水管理が楽な技術なので水稲育苗で導入.
I 研究員から試験展示圃場として栽培を依頼され,葉菜類栽培に取り組んだ.
J 一部1)助成金がもらえたので水稲育苗,葉菜類栽培で導入.プール育苗にも取り組んだが,均平作業,育苗箱搬入作業が手間.
K 助成金が全額2)もらえたので水稲育苗,葉菜類栽培で導入.助成金がなければ取り組まなかった.プール育苗,チューブ散水による育苗も継続中.

資料:各法人への面接調査による.

1)J法人は,「浮き楽栽培法」と他の水稲育苗新技術を比較する実証展示圃の委託費として助成金を受け取っている.生産者は,委託費の金額が実証展示圃の経費,労賃の一部相当という認識であったため,「一部」と表現した.

2)K法人の助成金は,新技術の導入により,「浮き楽栽培法」の設備だけでなく,ビニルハウスなどの導入費用についても自己負担なく全額受け取れる制度であったために,「全額」と表現した.

水稲育苗だけで経済性を比較すると,本技術はプール育苗に比べて育苗箱搬入の作業時間は短縮されるが,設備費は高価となる(表3).なお,プール育苗を知らなかったE法人以外の法人は,本技術の方が設備費は高価になることを認識していた.この設備費の差を埋めるために,プールの枠材費用の軽減努力が行われていた.例えば,露地で本技術を導入した法人のうちB,C法人では,枠材を用いず,畦塗機による盛り土でプール枠を作成していた.D法人は,廃材のコンクリート支柱や安価なコンクリートブロックなどを枠材として使用することで費用を削減していた.これらの行動は山本(前掲)の指摘する経営者の適応力,ロジャーズ(前掲)が指摘する利用者による「再発明」に該当し,導入を促進した要因になったと考えられる.しかしながら,プール枠費用の削減は,類似技術であるプール育苗においても同様に実践可能であることから,経済性ではプール育苗の方が,浮き楽栽培法に比べて有利である点は変わらない.

表3. 水稲育苗方法別の経済性評価
育苗方法 育苗箱搬入の作業時間 設備費
浮き楽栽培法 127分(78) 166千円(224)
プール育苗 162分(100) 74千円(100)

資料:柳本他(2013)を基に筆者作成.

1)間口7.2 m×奥行き30 mのハウス1棟(2.2 a)に水稲育苗箱720個を並べると想定して試算.

2)括弧内はプール育苗を100とした時の相対値.

利用者による「再発明」は,費用削減以外にも作業性,品質の改善を目的として実践されていた.例えば,A法人では,水稲育苗終了後のビニルフィルム回収作業を軽減するために,ビニルフィルム回収器具を自作していた.また,K法人では,育苗箱の搬入作業を容易にするために,水泳プールのコースロープのようにビニルホースをプールの仕切りとして展張していた.同じくK法人では,育苗箱の搬出作業を容易にするために,通路用の運搬台車の作成と専用レールの敷設が行われていた.さらに,C法人では,露地栽培のため水温低下による苗質悪化が懸念されることから,育苗用プールの前室として別に保温用プールの設置が行われていた.このような「再発明」が行われた状況を聞くと,A,B,C,D,K法人では作業者同士で雑談をしているときに発案がされており,法人内の協力的な関係性が「再発明」に影響した可能性が考えられる.A法人の代表者は,本技術を「完全な技術だとは思っていない.改良することに面白みがあり,応用の可能性がある技術」と話しており,これらの法人では発泡スチロールの破損,搬出時の苗の重さ,栽培上の失敗などに対してもポジティブに考える傾向がみられた.以上のことから,ロジャーズ(前掲)が指摘するように,本技術においても利用者による「再発明」が行われており,技術の継続性が増していると考えられる.

(3) 葉菜類栽培の導入に影響する要因

各法人の経営方針および本技術での葉菜類栽培に関する面接調査の結果を表4に示す.

表4. 各法人の経営方針および「浮き楽栽培法」での葉菜類栽培
法人 経営方針 「浮き楽栽培法」での葉菜類に関する意見
A 集落維持より経営が優先 本技術での野菜栽培を検討したことがある.研究にシソ栽培の試験を委託したが,試験が成功しなかったので断念.
B 地域の人を雇用したいが人手不足なので現状維持 アスパラガスを栽培しており人手不足なので,当初から水稲育苗のみを考えていた.露地なので水稲育苗終了後に耕起してスイートコーン,大豆を植栽.
C 集落維持 法人としてハウスを保有していないので,葉菜類栽培は考えていない.他にアスパラガスを栽培.
D 集落維持 アスパラガスの収穫で手一杯なので,本技術で葉菜類を作る余裕がない.
E 集落維持 本技術で葉菜類栽培ができることを知らなかった.
F 集落維持 余裕がないので野菜の栽培は考えていなかった.
G 農地維持,従業員の年間雇用が重要 本技術での葉菜類栽培も検討したが,農産物加工もしており,労力が不足するので断念.
H 集落・農地の維持 以前,集落でキュウリを栽培した時に作業補助者が年々減少して困ったことがあるので,野菜を作る気はなかった.
I 地域を守る.女性労働力の活用 小規模で生産量が少なく販路に困った.作業が楽で品質は悪くないが,セル育苗,調製作業が手間だった.
J 従業員の年間雇用 夏場の現金収入が欲しかったので葉菜類を栽培.他の作業の都合で収穫調製作業に専念できず,品質が低下.これが原因でデパートから取引が断られ,直売所のみで販売.
K 地域を守る.女性労働力の活用,雇用拡大 本技術での葉菜類栽培に専従者がいる.構成員の人脈により,直売所,レストラン,ホテル,量販店などに販路を拡大.販売先から品質の良さで高く評価.

資料:各法人への面接調査による.

C,D,E,F,H法人は,経営方針として集落維持,農地の維持を重視しており,人手不足などを理由としつつ,本技術での葉菜類栽培に消極的であった.A,G,I,J,K法人は,集落維持より経営が優先,年間雇用,雇用拡大などを方針として重視しており,これらの法人は本技術での葉菜類栽培の導入検討を行っている傾向がみられた.また,B法人は,露地で水稲育苗を行っていることから,本技術を利用しない形での跡地活用を行っていた.

結果として,集落営農法人の経営方針に集落維持掲げる法人が水稲育苗のみを選択している傾向があり,経営発展,雇用拡大を重視している法人が園芸作物栽培の検討を行っている傾向が見られた.このことから,浅井・山口(前掲),山本(前掲)の指摘した経営者の価値観・志向,ロジャーズ(前掲)の「両立可能性」が栽培作目の選択に影響したと考えられる.

葉菜類栽培に取り組んだことのある3法人のうち,I法人は試験展示圃としての取組みであり,J,K法人は助成金を受けて葉菜類栽培に取り組んでおり(表2),助成金や研究機関からの資材・労力の提供が本技術での葉菜類栽培の導入を後押ししたと考えられる.また,表4のI,J,K法人の意見から,本技術での葉菜類栽培を継続・拡大していくためには,販路および調製労力の確保が重要な要素であると考えられる.

本技術での葉菜類栽培は,収量はリーフレタスであれば土耕と同等であり(栽培技術研究部,2015),生産者からも栽培上の技術的困難性に対する大きな指摘はなかった.この意味ではロジャーズ(前掲)の「複雑性」の度合いは低かったと考えられる.また,本技術の開発時の事前アンケートで「初心者でも容易に栽培可能」であることが強く求められていたが(未発表),これと照らし合せるとニーズに合致しており,この点では「両立可能性」の度合いが高いと考えられる.一方で,販路および調製労力の確保が求められる点,A法人が指摘するように栽培可能な品目が限定される点は,「相対的優位性」の低さに繋がっていると考えられる.

次に,普及指導員の本技術の認知程度および推進状況について,質問紙調査の結果から検討を行う.本技術の認知程度について,普通作担当者は「マニュアルを一通り読んだことがある」との回答が多かったのに対し,野菜担当者は「マニュアルがあることは知っている」,「名前を聞いたことはあるが詳細は知らない」との回答が多く,認知程度は野菜担当者の方が統計的に有意に低かった(図3p<0.01).また,本技術の推進状況について,普通作担当の推進経験者の割合が44%であったのに対し,野菜担当の推進経験者の割合は15%と統計的に有意に低かった(Z検定,p<0.01).これらのことから,野菜担当の普及指導員の本技術に対する認知程度および推進経験者の割合の低さが,葉菜類栽培の導入を抑制した一因と推察される.しかしながら,今回調査を行った法人のうち,本技術で葉菜類栽培が行えることを知らなかったのはE法人のみであることから,野菜担当の普及指導員の本技術に対する認知程度および推進状況が葉菜類栽培の導入抑制要因として大きく影響したとは考えにくい.

図3.

普及指導員の「浮き楽栽培法」の認知程度

1)普通作担当者(n=18)には水稲育苗,野菜担当者(n=26)には葉菜類栽培に関してそれぞれ質問した.

2)ウィルコクソンの順位和検定で有意差あり(p<0.01).

(4) 「浮き楽栽培法」中断への影響要因

本技術の中断理由を表5に示す.G,H法人では,発泡スチロールの分割をせずに,誤って基準2の3倍の大きさのものを使用していた.近隣であるが故に,間違った使用方法も広がってしまったと考えられる.このことも影響した可能性があるが,G法人では発泡スチロールの破損,H法人では病気の発生によって,本技術を中断していた.F法人では,水稲育苗箱の搬出作業者からの苦情に対応して中断を決定していた.苦情内容としては,育苗箱が水分を含んで重い,足元が濡れる,根が発泡スチロール内に入り込んで育苗箱がはがれにくいといったものであった.I法人は,小規模での試験的な栽培で販路に困ったこともあり,栽培を中断していた.

表5. 「浮き楽栽培法」の中断理由
法人 「浮き楽栽培法」を中断した理由
F 2年間栽培したが,搬出時の作業者からの苦情(重い,濡れる,根が発泡スチロールに入り込んではがれない)があったのでプール育苗に変更.
G 1年間栽培したが,保管中の発泡スチロール(基準の3倍の大きさで使用)が風で飛散し,地域に迷惑をかけたのでプール育苗に変更.
H 1年間栽培したが,立枯病が発生.基準の3倍の大きさで発泡スチロールを使用していたので,生育が均等ではなかった.原因は特定できなかった.
I 1年間試験栽培をしてみて,野菜の品質は悪くなかったが,販路に困った.

資料:各法人への面接調査による.

F法人の搬出時の重さ,濡れ,根が発泡スチロールに入り込む事象,G法人の発泡スチロールの破損は,継続している他の法人からも指摘されている.しかしながら,継続している法人では,先に触れたように,これらの問題をあまり重要視していなかった.類似の課題が発生しても,これを重要視して中断に至るか,あまり重要視せずに継続するか,この差異が何に起因するかは今後解明していくことが求められる.

4. まとめ

本稿では,「浮き楽栽培法」について,実需者視点からみた導入要因の解明を試みた.

導入プロセスとして,研究機関が開催した技術紹介セミナーによって情報を得た法人が多く,この手法は有効であると考えられた.一方で,研究機関から距離の遠い法人では,普及指導員等を介在して導入が進んでいた.また,情報を知った後の視察,相談は,近隣法人などのより身近な存在を活用していた.近隣に本技術の導入者がいることで「観察可能性」が高まり,技術導入が促進されたと考えられる事例もみられた.今後,本技術の導入を促進するためには,法人間の関係性を深化させること,各地に拠点圃場を用意し,そこで研究員や普及指導員がセミナーを開催するような手法などが有効と考えられる.

本技術は,水稲育苗だけでの導入を考えると,類似技術であるプール育苗に比べて経済性では設備費が高価になる.これに対し,プール枠材の費用削減努力という利用者による「再発明」が行われており,このことが導入促進要因になったと考えられる.しかしながら,これだけで経済性が補完されるわけではない.これ以外の導入促進要因として,本技術では地面の均平作業,潅水作業が軽減できる点が評価されたと考えられる.また,作業性,品質の改善面でも利用者による「再発明」が行われており,技術の継続性に影響したと考えられる.

本技術を用いた葉菜類栽培の導入は,あまり進んでいなかったが,この要因として経営方針が影響していると考えられる.すなわち,本技術での葉菜類栽培の導入を検討したことのある法人は,経営発展,雇用拡大といったことを経営方針として重視しており,反対に葉菜類栽培の検討を行っていない法人は,経営方針として集落維持,農地の維持といったことを重視している傾向がみられた.また,助成金や研究機関からの資材・労力の提供が本技術の導入を促進したと考えられる.本技術での葉菜類栽培は,導入促進要因として,栽培が容易なため「複雑性」が低く,実需者ニーズとも合致するため「両立可能性」が高いが,抑制要因として,栽培可能な品目が限定され,販路および調製労力の確保が求められるため「相対的優位性」が低いと考えられる.また,本技術を用いた葉菜類栽培を推進するはずの野菜担当の普及指導員の本技術に対する認知程度および推進経験者の割合の低さが,葉菜類栽培の導入を抑制した一因になったと推察されるが,調査を実施した法人の多くは本技術で葉菜類栽培が行えることを認識していたことから,このことが大きく影響したとは考えにくい.以上のことから,葉菜類栽培の導入抑制要因として,経営方針,ならびに栽培可能な品目が限定され,販路および調製労力の確保が求められることによる「相対的優位性」の低さが強く影響したと考えられる.

最後に,本技術の中断には,失敗や作業者からの苦情などが影響していたが,中断せずに継続している法人は,同様の失敗や問題が起こったとしても,これをあまり重要視していなかった.この差異が何に起因するのかという点は疑問が残る.継続している法人では,利用者による「再発明」が作業者間の雑談の中から生まれており,これには作業者間の協力的な関係性が影響している可能性が考えられる.ロジャーズ(前掲)は,利用者による「再発明」によって技術の適合性が高まることで,技術の継続性が向上することを指摘しているが,技術の継続性には,これ以外にも導入者とその周辺の者との関係性が影響しているのかもしれない.今後,このような点も解明していくことが求められる.

本稿での考察により,実需者の視点から「浮き楽栽培法」の特徴について,より深い検討を行った.本技術による葉菜類栽培の検討で浮上した経営方針の影響,調製労力,販売面での課題などは,開発段階で十分に想定できていなかった課題である.これらのことが.実需者視点からの導入要因の検討によって明らかになったことは意義深いことであろう.また,技術の開発段階から,実需者視点からの導入要因を検討していくことで,より普及性の高い技術開発に繋げていくことが可能になると考えられる.

1  広島県内の個人農家への普及は,筆者の知る限りでは1軒のみであった.

2  基準では発泡スチロールを水稲用の育苗箱が3枚乗る大きさ(92 cm×61 cm)に分割して使用することを推奨している.

引用文献
 
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