Journal of Rural Problems
Online ISSN : 2185-9973
Print ISSN : 0388-8525
ISSN-L : 0388-8525
Short Papers
Current Conditions and Challenges regarding Development of Extension Officers at the Prefectural Level: Questionnaire Survey of Agricultural Innovation Support Senior Technical Managers
Kenetsu UedaSeiki KiyonoKazuhiro Yamamoto
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2019 Volume 55 Issue 4 Pages 213-220

Details
Abstract

This study examines the current conditions and challenges in the development of extension officers using questionnaires and interview surveys administered to Agricultural Innovation Support Senior Technical Managers. The study was conducted to propose a direction for the future development of extension officers. On-the-job and off-the-job training are commonly carried out as human resource development activities for grooming extension officers. Management for preparing the system of such activities, however, does not necessarily function properly. We, therefore, performed comprehensive assessments based on principal component analysis, using the conditions of the implementation and evaluation of human resource development activities and its management as the study variables. The results demonstrated that improving comprehensive measures linking human resource development activities and management can help achieve successful human resource development.

1. はじめに―研究の背景―

わが国の公的な農業普及システムである協同農業普及事業(以下,普及事業)では,普及指導員が農畜産物の生産・飼養技術支援,効率的・安定的な農業経営のための支援,農村生活改善のための支援等を通じて,農業・農村の活性化に貢献してきた.

しかし近年では,行財政改革に伴う普及指導拠点の整理統合が進み,全国の普及指導員数は1998年度の10,634人から2017年度の7,331人へと大きく減少している1

一方で,農業・農村を取り巻く環境の変化の下,ICT利用等による新たな産地づくり支援から再生エネルギー活用の促進までの多岐にわたる農政課題への対応が普及事業には求められている.また,農林水産研究基本計画(2015年3月農林水産技術会議決定)では,農業普及システムが持つ試験研究機関と農業者の橋渡し機能を重視し,農林水産研究への普及指導員の参画を強く求めている.

そのため,普及事業を担う人的資源が縮小している現状に対し,多岐にわたる農政課題や試験研究からの要請に対応しながらも,農業者に対して適切な指導・支援を実施できる普及指導活動の水準を確保していくためには,普及指導員の人材育成が喫緊の課題であることを指摘できる.

わが国における農業普及研究は,その多くが国からの委託研究や都道府県の普及指導員によるものであったため,普及事業の運営に資するための事業内容・制度の検討(飯塚,1993杉本,2001福田,2006)を中心に進められてきたことが指摘できる(上田・清野,2016b).

そのような中で普及指導員に焦点を当てた研究として,末永(2006)は,普及指導員を異質な組織間を調整する特殊な言語媒介能力を持った人材であるとし,知識体系の異なる利害関係者間の橋渡しを行う普及指導員の機能を「知識通訳」という概念で説明している.また,安江(2007)は,地域住民や地域外の消費者をも巻き込むような重層的な拡がりをもった地域協働方式による支援機能の必要性を指摘している.内田・竹村(2012)は,普及指導員の働きが農村社会の現場における「社会関係資本構築」において機能していることを指摘している.

しかし,いずれも普及指導員の役割や機能を論じたものであるが,役割や機能を発揮するための人材育成の在り方については言及されていない.このように,普及指導員の人材育成に関する研究蓄積が不十分な中で,上田・清野(2016a,2016b)は,各都道府県の農業革新支援専門員を対象としたアンケート調査や普及指導員へのヒアリング調査から,普及指導員個人の学習や成長を分析しているが,「学習や成長のためにどのような教育訓練を実施し,その効果を定着させるためにどのようなマネジメントを行うべきか」については分析を行っていない.

2. 目的と方法

そこで本研究では図1に示すとおり,まず,①都道府県における普及指導員の業務・育成環境を概観し,人材育成環境を把握する.次に,②Off-JTおよびOJT2による教育訓練の実施状況・評価と,③「教育訓練の効果を定着させるためのツールや仕掛け,仕組み」といったマネジメントの実施状況・評価を整理する3.そして,④教育訓練の成果であるスキル・能力養成状況を確認し,普及指導員の人材育成の方向性を提示することを目的とする.

図1.

分析の視点

具体的には,各都道府県の普及事業主務課において「普及指導員の資質向上」に関する業務を主に担当する農業革新支援専門員4を対象としたアンケート調査(2017年実施,47都道府県のうち42都道府県より調査票を回収)から,普及指導員の業務・育成環境についての質問項目により,普及指導員の人材育成を取り巻く環境を整理する.次に,普及指導員に対する教育訓練とマネジメントの実施状況・評価を変数とした主成分分析と階層的クラスター分析(Ward法)により各都道府県を類型化する.そして,普及指導員のスキル・能力養成の評価についての回答をクラスター毎に集計し,Kruskal-Wallisの検定を行い,有意差が認められたものに対しては,多重比較(Bonferroni法)を行った.統計学的解析にはSPSS Statistics Version 25.0を用いた.

また上記の調査に加えて,北海道・東北地方4県,甲信越地方3県,中部地方1県,九州地方2県を対象にヒアリング調査を実施した.

3. 結果および考察

(1) 普及指導員の業務・育成環境

普及指導員の業務環境を「業務の個別性」「業務実施体制の変化」「業務の多忙化」の視点から整理する(図2).まず,「業務の個別性」については,複数職員でのチーム活動業務が増えた状況に「近い」「やや近い」という回答が59.5%である.そして,その「業務の実施体制」は,担当毎の縦割活動が増えた状況に「近い」「やや近い」と横断的活動が増えた状況に「近い」「やや近い」が同程度である.また,「業務の多忙化」については,現地指導以外の活動時間が増えている状況に「近い」「やや近い」が76.2%である.そして,総労働時間の増減の「どちらでもない」が59.5%と最も割合が高いが,増えた状況に「近い」「やや近い」も合わせて31.0%を占める.

図2.

普及指導員の業務環境

資料:都道府県普及事業主務課の農業革新支援専門員へのアンケート調査より作成.

1)n=42,単位:%.

次に,普及指導員の育成環境を示す19の質問項目に対して「当てはまる」から「当てはまらない」までの5件法による回答を表1に示す.

表1. 普及指導員の育成環境
育成環境 回答割合 育成環境 回答割合
【人材育成体制の問題】 【時間的・予算的な問題】
若手普及指導員への技術継承が不十分 81.0 人材育成に求めるスピードが高まっている 97.6
ロールモデルとなる普及指導員が不足 81.0 日常業務で職場内での人材育成業務が疎かに 66.7
「人材育成を行う」人材の育成が不十分 64.3 人材育成に係る予算確保が不十分 52.4
職場全体のコミュニケーションが少ない 35.7 【人材育成手法・評価の問題】
人材育成施策が継続的・計画的でない 33.3 普及指導員に求められる能力の質が変化 69.0
普及指導員の育成体制が不十分 23.8 人材育成に対する費用対効果が明確でない 45.2
農業革新支援専門員が役割を発揮できない 21.4 普及指導員の人材育成の方法論が未確立 31.0
職場で新人・若手を育成する意識が希薄化 16.7 必要なスキル・知識や態度・姿勢が未定義 23.8
【人事制度上の問題】 【特定階層の問題】
普及指導員の絶対数が不足 90.5 中堅職員の負担が過重 73.8
育成してもすぐに異動 78.6 中堅職員の自発的な行動が減少 54.8

資料:図2に同じ.

1)各育成環境に対して「当てはまる」から「当てはまらない」までの5件法による.回答割合は,全回答数に対する「当てはまる」と「まあ当てはまる」の割合(%)の合計である(n=42).下線は,その割合が50%を超えた項目である.

「当てはまる」「まあ当てはまる」の回答が50%を超えた項目を注視すると,人材育成体制の問題である「若手普及指導員への技術継承が不十分」(81.0%),「ロールモデルとなる普及指導員が不足」(81.0%),「「人材育成を行う」人材の育成が不十分」(64.3%)があげられた.

時間的・予算的な問題には,「人材育成に求めるスピードが高まっている」(97.6%),「日常業務で職場内での人材育成業務が疎かに」(66.7%),「人材育成に係る予算確保が不十分」(52.4%)があげられる.

また,人事制度上の問題としては,「普及指導員の絶対数が不足」(90.5%),「育成してもすぐに異動」(78.6%)が確認できる.その他,人材育成手法・評価や特定階層(中堅職員)の問題も確認された.

以上の結果から,現地指導以外の活動時間の増加や,一部の都道府県では一人当たり業務量が増加する等の業務環境の変化がみられる中で,人材育成体制の問題,時間的・予算的な問題,人事制度上の問題,人材育成手法・評価の問題,特定階層(中堅職員)の問題が顕在化し,組織内教育の縮小による普及指導員の人材育成・学習が不可避的に阻害されている事態がみられる.

(2) 普及指導員への教育訓練およびマネジメント

次に,各都道府県における普及指導員人材育成を総合的に評価するため,普及指導員への教育訓練4項目とそれらに対するマネジメント5項目の実施状況・評価を変数とした主成分分析を行った.

最初に,普及指導員への教育訓練とマネジメントの実施状況について整理する(表2).「特定の上司・先輩によるOJT制度」(92.9%),「普及指導員として担当する分野・作目の専門性を高めるOff-JT」(97.6%),「普及指導員としての役割認識や自覚を促すためのOff-JT」(97.6%)と,多くの都道府県ではOJTとOff-JTが教育訓練の両輪となっている.

表2. 教育訓練およびマネジメントの実施状況と主成分分析結果
教育訓練およびマネジメント項目 実施率(%) 主成分負荷量
第1主成分 第2主成分 第3主成分
特定の上司・先輩によるOJT制度A 92.9 0.773 −0.042 −0.365
OJT管理者,チューター・メンターへの教育の仕組みB 47.6 0.765 0.079 −0.124
Off-JTの研修目標の設定と達成度の確認B 73.2 0.708 0.036 0.280
OJT日報・週報やOJTノート等のOJTツールの活用B 47.6 0.665 −0.240 −0.203
評価・分析に基づいたOff-JTのプログラム改訂B 59.5 0.602 0.422 0.018
県の施策や事業の理解を促すためのOff-JTA 76.2 0.032 0.735 0.031
普及指導員の役割認識や自覚を促すためのOff-JTA 97.6 0.377 0.631 0.420
担当分野・作目の専門性を高めるOff-JTA 97.6 0.411 0.466 −0.034
Off-JT受講履歴の個別管理・データベース化B 61.9 0.211 0.442 0.744
固有値 2.846 1.595 0.999
累積寄与率 31.6% 49.3% 60.4%

資料:図2に同じ.

1)「教育訓練およびマネジメント項目」のうち,Aは教育訓練,Bはマネジメント項目である.

2)主成分分析には,教育訓練およびマネジメント9項目の実施状況とその評価として,「実施しており成果に満足している:+3」「実施しているが成果に満足していない:+2」「実施していない:+1」に重み付けをした変数を供した(n=41,欠損回答があった1サンプルを除く).

3)主成分負荷量の絶対値0.4以上を下線にて示す.

一方で,「Off-JTの研修目標の設定と達成度の確認」(73.2%),「Off-JT受講履歴の個別管理・データベース化」(61.9%)というマネジメントは確認できるが,「評価・分析に基づいたOff-JTのプログラム改訂」(59.5%),「OJT管理者,チューター,メンターへの教育の仕組み」(47.6%),「OJT日報・週報やOJTノート等のOJTツールの活用」(47.6%)は,5割前後の実施率に止まっている.

次に,主成分分析の結果を整理する(表2).第1主成分は.教育訓練およびマネジメント項目のいずれも主成分負荷量が正値を示し,主成分負荷量4.0以上が9項目中6項目であることから,教育訓練とマネジメントの総合評価的指標であると考えられる.

第2主成分における主成分負荷量の絶対値4.0以上の項目は,いずれもOff-JTに関する項目である.正値の項目は,「県の施策や事業の理解を促すためのOff-JT」「普及指導員の役割認識や自覚を促すためのOff-JT」「担当分野・作目の専門性を高めるOff-JT」という教育訓練の内容を示している.一方,負値の項目は「評価・分析に基づいたOff-JTのプログラム改訂」と「Off-JT受講履歴の個別管理・データベース化」というOff-JTのマネジメント項目である.つまり,第2主成分は「教育訓練のうちOff-JTの内容に重きをおくのか,それともOff-JTの効果を定着させるマネジメントに重きをおくのか」,そのタイプを表していると考えられる.

そして,第3主成分では,正値を示すのがOff-JTの教育訓練とそのマネジメントの内容を示す項目であり,一方,負値を示すのがOJTの教育訓練とそのマネジメントの内容を示す項目である.そのため,第3主成分は「OJTとOff-JTのどちらの教育訓練・マネジメント項目を実施・充実を図っているのか」,そのタイプを表していると考えられる.

次に,累積寄与率と固有値の両者を考慮し,主成分得点をもとにWard法によるクラスター分析を行った結果,3つのクラスターを得た(表3).クラスターⅠは,第3主成分得点は負値となっていることと,教育訓練とマネジメントの総合評価的指標であると考えられる第1主成分得点が大きいことから,OJTを基軸としながらOff-JTも含めた教育訓練とそれらに対するマネジメントの両者を実施・充実を図っている都道府県であると考えられる.

表3. 主成分得点のクラスター別平均値
第1主成分 第2主成分 第3主成分
クラスターⅠ(n=13) 1.112 0.352 −0.445
クラスターⅡ(n=14) −0.598 0.690 0.481
クラスターⅢ(n=14) −0.434 −1.016 −0.068

資料:図2に同じ.

1)各都道府県の主成分得点を変数とした(n=41,欠損回答があった1サンプルを除く).

次に,クラスターⅡは,第1主成分得点が負値で,第2主成分得点と第3主成分得点が正値である.つまり,OJTよりもOff-JTを基軸とした教育訓練を,教育訓練の効果を定着させるマネジメントよりもOff-JTの内容を実施・充実させることで普及指導員の人材育成を行う都道府県であると解釈できる.

最後に,クラスターⅢは第1主成分得点から第3主成分まですべて負値であり,特に第2主成分得点の絶対値が大きい.このことから,当該クラスターは,第2主成分得点が負値の項目である「評価・分析に基づいたOff-JTのプログラム改訂」や「Off-JT受講履歴の個別管理・データベース化」というOff-JTによる教育訓練効果の定着を図るマネジメントに重きをおいていると解釈できる.

(3) 普及指導能力・スキルの養成状況

次に,クラスター毎のスキル・能力養成の達成状況を確認する.普及指導員は,地域の農業構造,対象作目,対象農家の技術レベルや受容態度等が多様に組み合わさるなかで,スペシャリスト機能(高度な技術及び知識の普及指導を行う機能)及びコーディネート機能(農業者,内外の関係機関等と連携して地域課題の解決を支援する機能)の両機能を併せて発揮することが求められる.そのため,両機能を発揮するための基盤となる知識・スキルは,領域普遍性を持つと考えられる.

そこで,経済産業省によって「職場や地域社会の中で多様な人々と共に仕事を行っていくうえで必要な基礎的な能力」と定義される「社会人基礎力」5,そして普及指導員の熟達化に関する上田・清野(2016a)の研究6を参考に,普及指導員に求められる18個のスキル・能力を整理した.そして,それら18個のスキル・能力について5年程度以前と比較した養成達成状況を回答してもらい7,クラスター毎に表4に示した.アルファベットが異なる小文字は多重比較の結果,統計的に5%水準で有意差があることを示している.

表4. スキル・能力養成の評価におけるクラスター間比較
スキル・能力 評価1) P値2)
クラスターⅠ クラスターⅡ クラスターⅢ
多くの視点から必要なデータを探り出す力 0.46a −0.29b 0.14ab 0.01
問題の所在を把握して物事の本質を捉えていく力 0.31a −0.36b 0.00ab 0.03
農業政策の具体的内容を理解してそれを推進する力 0.23 0.14 0.29 0.52
上位方針を理解して方針に沿って行動していく力 0.38 0.07 0.07 0.25
与えられた課題を効率よく確実に実行する力 0.54 0.14 0.29 0.38
多様なステークホルダー(利害関係者)を調整する力 0.15 −0.21 −0.07 0.45
課題解決に向けて具体的な手順・計画を構成する力 0.54 0.07 0.29 0.25
従来にない新たな対応方策を作り出す力 −0.31 −0.50 −0.21 0.47
複数の対応方策の中から最善策を選択する力 0.23 0.00 0.07 0.49
相手の望んでいることを聞き出し対応を考える力 0.54a −0.14b 0.00ab 0.04
柔軟な対応の中で相手の納得を促す力 0.38 −0.14 −0.21 0.04
自分の考えや行動などを深く省みる力 0.46a −0.21b 0.00ab 0.01
担当する作目・部門の専門的知識を深く理解する力 0.69 0.07 0.29 0.17
担当以外の作目・部門の専門的知識も広く理解する力 0.00 −0.21 −0.07 0.64
対象の状況を理解し課題解決へと全体を牽引する力 0.08 −0.36 −0.14 0.20
対象の状況を理解し全体の調和をとって方向づける力 0.15 −0.07 −0.07 0.47
対象の理解度を判断し理解しやすいように説明する力 0.31 0.07 −0.07 0.19
多様な視点から物事を考えて相手の意見を引き出す力 0.23a −0.36b −0.07ab 0.04

資料:図2に同じ.

1)能力養成の評価は,5年程度以前と比較して「養成できている:+2」「まあ養成できている:+1」「変わらない:0」「あまり養成できていない:−1」「養成できていない:−2」に重み付けをしたスコア値の平均である(n=41,欠損回答があった1サンプルを除く).スキル・能力毎に異符号のクラスター間で有意差あり(a, b: p<0.05).

2)Kruskal-Wallis検定の結果による有意確率.

クラスターⅡは,「多くの視点から必要なデータを探り出す力」「問題の所在を把握して物事の本質を捉えていく力」「相手の望んでいることを聞き出し対応を考える力」「自分の考えや行動などを深く省みる力」「多様な視点から物事を考えて相手の意見を引き出す力」という5項目において,クラスターⅠと比較して有意に評価が低い結果となった.

このような普及活動を実践する上で重要であると考えられるいくつかのスキル・能力の養成状況が,クラスターⅡの都道府県において低く評価された要因として,クラスターⅡではOJTとOff-JTの両者を包括的に拡充している都道府県が少なく,Off-JTかOJTのどちらかを拡充させるという対応にとどまっている点にあると考えられる(表5).なぜならば,Off-JTの役割は,実務経験を整理・体系化し,問題処理能力の技能を高めることにある(小池,2005).また,自分がくぐった実務経験が自分にもたらしたことの意味を内省する場としてOff-JTの有用性が指摘されている(中原・金井,2009).つまり,Off-JTを実施する上では,業務経験を集積するOJTとの関係性が求められるといえる.

表5. 教育訓練のこれまでの拡充状況
クラスターⅠ クラスターⅡ クラスターⅢ
Off-JTとOJT 38.5(5)  7.1(1) 23.1(3)
Off-JTのみ 23.1(3) 23.1(3) 28.6(4)
OJTのみ  7.7(1) 23.1(3) 23.1(3)

資料:図2に同じ.

1)2014年度から2016年度までの期間に教育訓練を拡充した都道府県の割合(%).( )内の値は回答数.

それに加え,Off-JTは,多くの受講者を同時に教育するシステムであるため,その理解度や取り組み姿勢のばらつきを前提としたマネジメントを講じることが求められる.しかし,前掲表3に示す通り,クラスターⅡは,教育訓練の効果を定着させるマネジメントよりもOff-JTの内容を重視している.

そのため,Off-JTとOJTという2つのアプローチをそれぞれ個別的に扱う二元論的な教育訓練の実施や,「組織としてどのようなツールを活用し,どのような仕掛けを実行し,それらをどのような仕組みとして構築するべきか」といったマネジメントの視点が不十分な状態では,教育訓練の効果が十分に得られないと考えられる.

(4) 人材育成事例

都道府県が普及指導員の人材育成体系を構築するには,全国的な傾向や課題を把握し,優良事例をベンチマークした上で,自県の検討を行うことが重要であると考えられる.そこで,クラスターⅠに分類された都道府県のうち,Off-JTとOJTが接合した教育訓練,「教育訓練の効果を定着させるためのツールや仕掛け,仕組み」といったマネジメントに特徴がある2県8について,その概要を以下に整理する.

1) A県

A県では,これまで普及組織を支えてきたベテラン職員の大量退職期を迎え,近年では毎年30名程度の新任者が採用されている.一方で,職員数適正化計画に基づいたこれまでの新規採用の抑制により,各年代の中で30代中堅の普及指導員が最も少なく,一人の新任普及職員9を育てるためには,一人の上司や先輩だけでは対応しきれない状況にある.

そこで,新任普及職員が普及センターに配属された場合,普及事業主務課では当該普及センターに所属する主任普及指導員を中心とした複数職員によるトレーニングチームを結成させている.そして,OJT実施計画書・確認票や相互振り返りシート等のマネジメントツールを活用しながら,職場ぐるみのOJTを実施している.

また,Off-JTの実施主体である普及事業主務課は,研修目標の設定,Off-JT実施前の動機づけや実施後の振り返りの内容を主任普及指導員と共有することで,新任普及職員がOJTを通じて実践したことを,Off-JTで深く洞察し,そこから更にOJTで実践する,というサイクルを促進させている.

2) B県

B県の普及指導拠点に配置されている普及職員数の年齢構成をみると,50歳代が54%と過半を超えている一方で,20代と30代は合計しても30%に満たない状況にある(2018年4月1日現在).今後,ベテラン職員の大量退職期を迎えるにあたり,若年職員への技術・技能継承が課題となっている.

そのため,B県では2015年に普及指導員人材育成計画を策定し,Off-JTによる学習内容を現場で直面する業務の状況に近づけるためにケーススタディやロールプレイングの導入や,Off-JTの内容が講師から受講者への一方向の知識伝達だけにならないように,ブレーンストーミングやKJ法10を用いたグループディスカッションを実施する等,Off-JTの拡充に取り組んできた.

これに加えて,普及指導員がそれぞれ,過去のOff-JTの受講履歴とその評価を記載した「普及指導員研修カード」を作成することで,自己の能力やキャリア,意欲に応じて,必要な研修を計画的に受講できるようにしている.併せて,普及指導員が自身の研修計画を立案する際に,「普及指導員習熟度チェック表」による自己診断を行うよう指導をしている.このチェック表は,作物や野菜,経営等の指導を担当する専門項目と普及指導業務の経験年数別にチェックできることから,スキル・能力の到達状況を可視化するツールとなっている.

4. おわりに

本研究では,各都道府県の農業革新支援専門員を対象としたアンケート調査により,多くの都道府県では普及指導員に対してOff-JTとOJTによる教育訓練が行われているが,それら教育訓練の効果を最大化するためのマネジメントが不十分であることを確認した.

さらに,教育訓練とそのマネジメントの実施状況・評価を変数とした主成分分析から,Off-JTとOJTの包括的な教育訓練の実施,その教育訓練に対するマネジメントが重視されないままでは,人材育成効果が十分に得られないことが示唆された.

次に,上記の普及指導員の人材育成における課題に対応している2県の農業革新支援専門員に対するヒアリング調査を行った.A県では,普及事業主務課によって職場全体が関わるOJTの仕組みの構築,OJTツールの活用,そしてOJTとOff-JTを包括的に実施する仕掛け,等のマネジメントが併せて行われている.B県では,Off-JTで学ぶべき内容や状況を,学んだことを適用する場所や状況に近づける工夫をする等のマネジメントや,Off-JT参加理由や目標の明確化等の受講者のレディネスの形成を促進するマネジメントを併せて実施・充実させている.

以上の結果から,今後の普及指導員の人材育成においては,必要となるスキル・能力を獲得できるように,教育訓練とマネジメントを併せた総合的な人材育成施策の充実が必要だと考えられる.

最後に,以下の点を残された課題として提示しておく.本研究では,都道府県における普及指導員の人材育成の動向や課題という組織的人材育成の視点から,普及指導員人材育成の成功要因を探索的に明らかにした.今後は,その成功要因となる可能性が指摘できる「教育訓練とマネジメントの両者からなる総合的な施策の充実」に注視しながら,個別のケース検討を積み重ねることで,さらなる検証が求められるところである.

また,本研究では,育成の対象となる普及指導員の成長(スキル・能力養成の状況)を農業革新支援専門員による評価を通じて間接的に把握することにとどまっている.そのために,普及指導員個々人に焦点を当て,どのようなマネジメントが有効であるのかを具体的・実証的に明らかにしていくことで,普及指導員の人材育成施策をデザインしていくことが必要である.

付記

本研究は,JSPS科研費JP17K07982の助成を受けて行った研究成果の一部である.

1  農林水産省生産局技術普及課「協同農業普及事業をめぐる情勢」(2018年4月)を参照の事.なお,普及指導センター数には支所・駐在所等を含む.また1998年度の普及指導員数は専門技術員と改良普及員の合計であり,2017年度の普及指導員数は実務経験中の普及職員等が含まれる.

2  本調査では,OJTを「職場の特定の上司や先輩が部下や後輩に対し,具体的な仕事を通じて,職務に必要な能力を組織的・計画的・継続的に指導し,修得させる活動のこと」と示し,アンケートの回答を得た.

3  OJTやOff-JT等の教育訓練は,学んだ個人が,自身の行動を変化させたり,現場への変化をもたらしたりすることで,組織の目標達成に与えるポジティブな影響が持続するように,様々なマネジメントが必要となることが指摘されている(関根・齊藤,2017).

4  農業革新支援専門員は,普及指導員の資質向上に関する業務を通じて,県域段階から職場段階まで多段階で行われる教育訓練やマネジメントを客観的に把握・評価できると考えられることから,調査対象者として設定した.

5  「社会人基礎力」とは,「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」の3つの能力(12の能力要素)から構成され,経済産業省が2006年から提唱している.

6  上田・清野(2016a)は,普及指導員が熟達していく過程で習得するものとして,「普及活動の基礎技術・技法」「農家とつながる」「人・組織を動かす」「普及活動の構成力」「普及活動の推進力」の5つの能力(13の能力要素)を挙げている.

7  2014年3月に示された「協同農業普及事業実施についての考え方-ガイドライン-」を踏まえ,各都道府県では普及指導員の人材育成基本方針を策定し,新たな人材育成施策を実施している.そのため,本研究では人材育成基本方針の策定前(アンケート実施時から5年前)を基点とした現状での成果(能力養成の評価)を質問した.

8  2事例の主成分得点[第1,第2,第3]は,A県が[2.072,−1.080,0.625],B県が[2.101,0.119,0.706]である.

9  普及指導員資格試験の受験資格を得るまでの実務経験中の新任職員のことである.

10  KJ法とは,問題解決の糸口を見つけたり,新しいアイディアを生み出したりする発想法として川喜田(1967)が開発した.企業研修や学校教育,ワークショップ等の様々な場面で広く用いられている.

引用文献
  • 飯塚節夫(1993)『新しい農業普及の進路―普及事業の主体性確立に向けて―』全国農業改良普及協会.
  •  上田 賢悦・ 清野 誠喜(2016a)「普及指導員の熟達過程に関する探索的研究」『フードシステム研究』23(3):247–252.https://doi.org/10.5874/jfsr.23.3_165
  •  上田 賢悦・ 清野 誠喜(2016b)「普及指導員の人材開発・育成における現状と課題:都道府県農業改革支援専門員へのアンケート調査から」『農業普及研究』21(2):53–67.
  • 内田由紀子・竹村幸祐(2012)『農をつなぐ仕事―普及指導員とコミュニティへの社会心理学的アプローチ―』創森社.
  • 川喜田二郎(1967)『発想法―創造性開発のために―』中公新書.
  • 小池和男(2005)『仕事の経済学 第3版』東洋経済新報社.
  •  末永  聡(2006)「農業における普及職員の橋渡し的役割に関する研究―知識通訳の視点から―」『農業普及研究』11(1):85–94.
  • 杉本忠利(2001)『岐路に立つ普及事業』全国農業改良普及協会.
  • 関根雅泰・齊藤光弘(2017)「研修転移」中原淳編『人材開発研究大全』東京大学出版会:315–340.
  • 中原 淳・金井壽宏(2009)『リフレクティブ・マネージャー』光文社新書.
  •  福田 浩一(2006)「主要先進諸国における農業普及事業の類型化による現状分析と動向に関する研究」『農村生活研究』49(3):28–39.
  •  安江 紘幸(2007)「公共視点と個別視点を統合した農家参加型普及サービスによる農業支援機関と住民との地域協働」『環境科学会誌』24(4):353–362.
 
© 2019 The Association for Regional Agricultural and Forestry Economics
feedback
Top