2020 Volume 56 Issue 3 Pages 101-108
We conducted a social experiment to clarify the possibility of diffusion of natural enemy utilization technology by calling attention to hidden needs. Specifically, we prepared an opportunity to observe natural enemies and the technology demonstration at a farmer’s field for change agents and farmers. This approach aimed to improve awareness and generate interest in natural enemies. As a result, for change agents, technology transmission was promoted. For farmers, interest in natural enemies improved, and the intention to introduce this technology rose. Conversely, for change agents, the change in the promotion behavior of this technology and network with a researcher were restrictive.
我が国におけるBT剤を除く生物農薬の市場規模は,2016年に20億円を超え,全体的に増加傾向にある(里見,2019).天敵利用技術の普及要因については,EUでは残留農薬問題により使用可能な化学農薬が制限されたことに起因し,我が国では害虫の薬剤抵抗性発達に起因することが多い(里見,2019)とされる.いずれも化学農薬のみでの害虫防除が困難になったことを契機としており,化学農薬に代わる防除手段を求める実需者のニーズが顕在化し,これに天敵利用技術が合致したことで普及が進んだと考えられる.実需者ニーズが顕在化している産地では,高知県のように関係機関が一体となった普及活動が可能であり(杉本,2008),天敵利用技術の普及は防除効果を含んだ経済性,推進体制を中心に論じられてきた.しかしながら,害虫の薬剤抵抗性が発達する前に天敵利用技術を導入することができれば,化学農薬と天敵の組合せ防除の幅も広がる.そこで,本稿では害虫の薬剤抵抗性が,まだ大きな問題となっておらず,実需者ニーズが顕在化していない産地を対象に天敵利用技術の普及可能性を検討する.
ロジャーズ(2003)は,「予防的イノベーション」を将来の欲せざる出来事の発生確率を減じるために,現時点で個人が採用する新しいアイディアと定義しており,禁煙,自動車のシートベルトの使用,土壌保全活動の採用,病気に対する予防接種などを例示している.この定義によれば,薬剤抵抗性害虫がまだ問題になっていない産地での天敵利用技術の普及についても,同様に「予防的イノベーション」に該当する.「予防的イノベーション」では,技術の採用によって望ましい結果が得られるとしても,それが現時点ではなく将来となるため,採用者に報酬として低く見積もられることから普及速度が遅くなる(ロジャーズ,2003)とされる.また,化学農薬での防除に比べ,天敵利用による防除では,害虫だけでなく天敵の生息状況についても把握が必要であり,両者の密度バランスに基づく防除判断も求められることから技術としての難易度は高くなる.
以上のことから,ニーズが顕在化していない産地での天敵利用技術の普及には,より多くの労力が必要になることが想定される.このような普及が容易でない予防的イノベーションの普及手法に関しては,ロジャーズ(2003)のような心理的な側面からのアプローチが有効と考えられるが,我が国の農業経営分野ではこのような実需者視点からの研究がまだ少ない(西濱他,2019).本稿では,実践的な普及手法の確立を目指すために,社会実験1により天敵利用技術の普及可能性を検討する.
(2) 使用した天敵利用技術の特徴および産地概要本稿で検討を行う天敵利用技術は,ナスの圃場内にスイートバジル,マリーゴールドといった天敵を温存するための植物を植栽することで,天敵となるヒメハナカメムシ2をナス圃場内に定着させ,ナスの害虫であるハダニ類,アザミウマ類などの発生を抑制する技術である.ヒメハナカメムシは,害虫だけでなく,温存植物の花蜜も餌とするため,天敵温存植物の植栽によって,害虫の発生が少ない時期であっても安定的にヒメハナカメムシがナス圃場内に温存される.また,ヒメハナカメムシは土着の天敵であり,製剤化された天敵のように購入する必要がないため,生産者の経済的負担は比較的小さい.但し,少なくともハダニ類,アザミウマ類などの対象害虫以外の害虫への殺虫剤散布が必要となり,この場合はヒメハナカメムシに影響の少ない殺虫剤を選択し,散布することになる.
対象産地は,広島県東広島市,三原市の一部地域で標高が150 mから400 m地帯を中心とした夏秋作型の露地ナス産地とした.2017年の栽培農家数が90戸,栽培面積が4.5 ha,平均個別面積が5.0 a/戸,出荷体制は個別選別共同販売であり,販売金額は47百万円となっている.産地としての規模は大きくないが,ナスはJAの振興品目となっている.他県のナス産地では,難防除害虫であるミナミキイロアザミウマの薬剤抵抗性の発達に起因して天敵導入が進んでいるが3,当該産地ではミナミキイロアザミウマがまだ問題となっておらず,緊急的な対策は求められていない.
(3) 社会実験の内容および本稿の目的本技術は,当該産地にとっては「予防的イノベーション」に該当する.ロジャーズ(2003)は,「予防的イノベーション」の普及に,「行動のきっかけ」が必要であることを指摘している.「行動のきっかけ」は,イノベーションに対して好ましいと思う態度が結晶化して,明らかな行動変化に導くような出来事(ロジャーズ,2003)として説明される.本稿の社会実験では「行動のきっかけ」に繋がる主な活動として,技術普及に広く用いられる手法である現地実証に加えて,天敵を観察する機会を提供することとした.これらの活動は,潜在的な実需者ニーズを顕在化させる取組みとも言い換えることができる.一般に,生産者は,労力面,健康面への影響から化学農薬の削減という潜在的なニーズを保有すると考えられる.しかしながら,代替技術に対する認知が不十分であれば,既存技術に問題が発生しない限り代替技術に対するニーズが顕在化する可能性は低い.実際に,当該産地では,圃場で天敵を見たことがないとの声が多く聞かれ,天敵に対する認知が不足していると考えられた.そこで,天敵に対する認知度を向上させ,天敵への興味・関心を高める活動4が必要と考え,天敵を観察する機会を提供することとした.なお,本技術の導入促進手法として,将来的不安への危機意識を高める情報や経済性評価の提示といった手法も考えられるが,本稿では認知,興味・関心の向上によるニーズの顕在化を意図したために,これらの手法は使用しなかった.
社会実験の対象は,指導者と生産者の両者とした.ロジャーズ(2003)は,普及指導員,JA営農指導員のような技術の媒介者をチェンジ・エージェント(以下,CA)と呼び,技術の普及に重要な役割を担うことを指摘している.産地として,化学農薬抵抗性害虫の発生が問題となっていない場合,天敵利用技術に対する指導者の推進行動も消極的になることが想定される.このため,CAへの働きかけが重要と考え,普及指導員,JA営農指導員に対して,報告者ら研究員と共同での害虫・天敵モニタリング調査を実施することとした.この活動により本技術の困難性の一因である天敵発生状況の把握が可能になることで,天敵および本技術に対するCAの認知だけでなく,害虫・天敵に対する関心が向上し,積極的な推進行動に繋がることが期待できると考えた.
生産者に対しては,本技術の実証結果の報告だけでなく,天敵に対する興味を高める場として天敵観察会を実施した.この活動においてもCAと同様に天敵への認知,および天敵への興味の向上を期待した.
本稿は,以上の社会実験によるCA,生産者の変化を調査することで,ニーズを顕在化させる活動が及ぼす天敵利用技術の普及性への影響を明らかにすることを目的とする.
生産者圃場1か所を本技術の実証圃場とし,2018年5月31日から11月1日までの間に2週間に1回の頻度で12回,研究員2名による害虫・天敵モニタリング調査を実施した(表1).この調査へのCAの参加は任意とし,普及指導員3名,JA営農指導員2名が計13回調査に参加した(表2).
社会実験の内容および実施時期
1)■は,害虫・天敵モニタリング調査(現地実証),●は天敵観察会(約50分),○は現地実証の成果報告研修会(約20分),⇔および↑は質問紙・面接調査の実施時期を表す.
2)現地実証では,対照区を設けず,スイートバジル,マリーゴールドの植栽および天敵に影響の少ない化学農薬のみの使用によって,天敵ヒメハナカメムシが圃場内に継続的に生息し,害虫を低密度に抑制することを実証した.
参加者 | CA-1 | CA-2 | CA-3 | CA-4 | CA-5 |
---|---|---|---|---|---|
職種 | 普及 | 普及 | 普及 | JA | JA |
性別 | 男性 | 男性 | 男性 | 男性 | 男性 |
年代 | 20代 | 50代 | 30代 | 30代 | 30代 |
参加回数 | 6回 | 2回 | 1回 | 3回 | 1回 |
1)職種の普及は普及指導員を,JAはJA営農指導員を表す.
2)少なくとも各人1回は,ヒメハナカメムシを観察していることを確認している.
3)CA-3は担当地域が異なるため,CA-5は休職期間があるため参加が1回と少なかったが,この2名を除いても表4の結果は同様の傾向であったため,5名で検討した.
ロジャーズ(2003)は,CAに,高度な専門能力の習得,技術推進への積極性,対人ネットワークの構築などが求められるとしている.このことから,モニタリング調査への参加による技術普及性の変化の評価指標として,技術継承程度,技術推進行動,研究員との対人ネットワークを調査した.また,CAの害虫への関心,天敵への関心の変化についても調査した.評価指標の測定は,各項目3から5問とし,尺度法を用いた質問紙調査によってモニタリング調査の参加前と参加後に測定し(表1,表3),この間の変化によって評価を行った.尺度はリッカートスケール7件法とし,調査前は2018年4月4日から7月26日に,調査後は2018年12月12日から2019年2月4日に測定した(表1).併せて,質的評価のために2018年12月25日から2019年2月22日の間に各人1時間程度の面接調査を実施した(表1).
評価指標 | 技術継承程度 | 技術推進行動 | 研究員との対人ネットワーク | 害虫への関心 | 天敵への関心 |
---|---|---|---|---|---|
設問項目 | 天敵の判別能力 | 天敵に影響の小さい農薬の推進 | 接触頻度 | 害虫への興味 | 天敵への興味 |
天敵の計数能力 | 天敵利用の推進 | 相談の容易さ | 圃場での意識頻度 | 圃場での意識頻度 | |
天敵の生態理解 | 温存植物植栽の推進 | 相互理解 | 圃場での観察頻度 | 圃場での観察頻度 | |
温存植物の知識 | ネット等での検索頻度 | ネット等での検索頻度 | |||
天敵・温存植物の説明能力 | |||||
クロンバックα (内的整合性) |
0.93 | 0.87 | 0.86 | 0.95 | 0.87 |
1)各設問項目について,リッカートスケール7件法で,モニタリング調査前と調査後に測定した(n=10).
2)研究員との対人ネットワークについては,研究員である筆者との関係性の正確な回答は困難と考え,筆者以外のもう一人の研究員との関係性を調査し,もう一人の研究員には個別の回答結果が伝わらないように配慮した.
生産者の変化を測定するために,単収,個別面積,年代構成がほぼ同等の2地区を調査対象として選抜した.A地区の生産者に対しては,生産者圃場での天敵観察会を2018年8月27日,9月11日の2回開催し,いずれか1回への参加を促し,対象9名中計7名が参加した(表1).天敵観察会は,最初に天敵の写真を紹介し,次に試験管内で活動しているヒメハナカメムシの成幼虫を確認してもらった後で,研究員またはCAの補助によって生産者各人にナス,スイートバジル上のヒメハナカメムシを観察してもらう形式とした.なお,天敵観察会を実施した圃場は,A地区内の(1)の実証圃場であるが,害虫・天敵モニタリング調査の結果は提示しなかった.天敵観察会の終了後には質問紙調査によって,属性,ヒメハナカメムシ判別能力,天敵への興味の変化を調査した(表1).一方,対照としたB地区では,天敵観察会を実施しなかった(表1).
栽培終了後には,座学での研修会を開催した(表1).A地区では2018年12月12日に研修会を開催したところ7名が参加し,うち6名が天敵観察会への参加者であった.B地区では12月11日に開催し,対象25名中10名が参加した.この研修会では,ヒメハナカメムシを含むナスの害虫・天敵の写真を見てもらい,現地実証圃場においてヒメハナカメムシがハダニ類,アザミウマ類を抑制した結果を報告した.研修会の最後に,A,B両地区の生産者に対して質問紙調査で属性,ヒメハナカメムシ判別能力,天敵への興味の変化,本技術の導入意向を調査した(表1).
評価指標ごとのクロンバックαは,0.86から0.95と内的整合性が高かったため(表3),平均値で評価した(表4).なお,参加回数による傾向の差異は認められなかった(データ省略).
評価指標 | 技術継承程度 | 技術推進行動 | 研究員との対人ネットワーク | 害虫への関心 | 天敵への関心 |
---|---|---|---|---|---|
参加前 | 3.1 | 3.2 | 4.3 | 5.2 | 4.5 |
参加後 | 4.6 | 3.8 | 4.3 | 5.5 | 5.0 |
参加後-参加前 | 1.5 | 0.6 | 0.1 | 0.3 | 0.6 |
(検定) | * | n.s. | n.s. | n.s. | n.s. |
1)リッカートスケール7件法(7:高評価~1:低評価)での平均値.検定はウィルコクソンの符号付順位検定(片側)により,*は5%水準で有意,n.s.は5%水準で有意差なし(n=5).
まず,技術継承程度については,1.5ポイントと統計的に有意に上昇しており(表4),モニタリング調査への参加によって技術継承が進むと考えられた.CA-2は,どうしても忘れてしまうので,作期の始めには一度一緒に天敵を見てもらえた方が安心と話しており,作期の始めには目合せを実施した方がよいと考えられた.
次に,技術推進行動については,0.6ポイント上昇していたが,統計的に有意な変化ではなかった(表4).普及指導員であるCA-1は,組織体制上,継続的に推進していくことが難しいと話しており,推進行動にまで繋げるためには,このような他の阻害要因への対応が求められる.このことに関して,JAの営農指導員であるCA-5は,生産者の興味が増したので動かないわけにはいかなくなったと話しており,生産者からの活動要請によってCAの推進行動が促進される可能性が考えられた.また,CA-4は,調査への参加によって本当の意味で本技術のことが分かり,参加前に充分な推進を行っていなかったと気付いたために,参加後の自己評価が厳しくなったと話しており,参加によって評点閾値が上がったことを指摘していた.このことから,評点としての変化は小さくても,質的な変化は起こっている可能性が考えられた.
また,研究員との対人ネットワークについては,0.1ポイント上昇したが,統計的に有意な変化ではなかった(表4).CAの一人は,対象となるもう一人の研究員とのペアで調査する機会がなかったのであまり変化しなかったと話していた.モニタリング調査では,研究員とCAがペアで調査を行ったが,その際に同じペア同士での調査になることが多かったことが一因と考えられる.また,他のCAは,調査時以外の活動での関係性が影響したことを指摘していた.いずれにしても,共同調査という限られた活動だけで対人ネットワークを変化させることには限界があると考えられた.
最後に,害虫への関心,天敵への関心については,モニタリング調査への参加によって,それぞれ0.3,0.6ポイント上昇したが,いずれも統計的に有意な変化ではなかった(表4).この要因として,モニタリング調査参加前の値が,それぞれ5.2,4.5と,リッカートスケールの中間値である4を超えて高かったことが影響したと考えられる.参加前の値が中間値である4以下と低かった者だけをみると,害虫への関心については,参加前に3.8であった1名が参加後には5.8に2.0ポイント上昇していた.同様に,天敵については,参加前に3.5,3.8であった2名が,参加後には5.8,5.3へと,それぞれ2.3,1.5ポイント上昇していた.これらのことから,参加前の関心が低いCAであれば,モニタリング調査への参加によって,害虫,天敵への関心が向上する傾向があると考えられた.参加前に関心が低かったCAは,圃場で天敵によって害虫が抑えられている様子を見て,この技術が機能していることを納得したと話しており,調査への参加によって効果を実感したことが関心に影響したと考えられた.また,これまでは圃場で虫を見る機会があまりなかったが,自分でも虫が分かるようになったので葉裏を見る頻度が増えたとも話しており,害虫・天敵判別能力の向上が関心に影響したと考えられた.
(2) 生産者に対する調査天敵観察会直後の質問紙調査の結果,A地区の参加者7名中5名がヒメハナカメムシ成虫を,6名がヒメハナカメムシ幼虫を「一人で判断できそう」と回答し,1名のみがいずれも「まったく自信がない」と回答した(図1).このことから,天敵観察会への参加によってヒメハナカメムシ判別能力が身につくと考えられた.なお,60歳以上5名のうち3名が成虫を,4名が幼虫を「一人で判断できそう」と回答しており,60歳以上であっても肉眼で観察可能と考えられた.また,1名以外は,天敵観察会への参加によって天敵への興味が増したと回答した(図2).この1名は,ヒメハナカメムシ成幼虫をともに見分けることに「まったく自信がない」と回答した者であった.判別能力と興味の変化の相関関係については,成虫では相関が認められなかったが,幼虫では有意に弱い相関が認められた(表5).これらのことから,ヒメハナカメムシの判別能力と天敵への興味の関連性が示唆された.
天敵観察会への参加がヒメハナカメムシ判別能力に及ぼす影響
1)「天敵ヒメハナカメムシ成虫(幼虫)を一人で見分けることができそうですか」との設問への回答(n=7).
天敵観察会への参加が天敵への興味に及ぼす影響
1)「今回の研修会で天敵に関する興味が変化しましたか」との設問への回答(n=7).
相関係数 | 検定 | |
---|---|---|
成虫判別能力 | 0.224 | n.s. |
幼虫判別能力 | 0.683 | † |
1)判別能力,興味の変化は高評価:3~低評価:1として解析した.
2)スピアマン検定(両側)により興味の変化との相関関係を解析した(n=7).†は10%水準で有意を,n.s.は10%水準で有意でないことを表す.
A地区,B地区の生産者間には,調査年である2018年の単収,個別面積,年代構成を比較しても差異は認められず(表6),同等の産地レベルでの比較と言ってよいだろう.栽培終了後の研修会での質問紙調査の結果,ヒメハナカメムシ判別能力については,「一人で判断できそう」と回答した者は,A地区,B地区各1名と少なく,地区間の有意差も認められなかった(図3).A地区では,天敵観察会直後に「一人で判断できそう」と回答した者が成虫で5名,幼虫で6名であったが(図1),約3か月後の研修会では1名まで低下していた(図3).このことから,時間経過によってヒメハナカメムシの判別方法を忘れると考えられた.この判別方法の忘れを防ぐためには,CAが定期的な目合せを希望していたように,複数回の観察会の実施が必要と考えられた.
地区 | A | B | 検定 | |
---|---|---|---|---|
平均単収(kg/10 a) | 5,067 | 4,932 | n.s. | |
平均個別面積(a/戸) | 3.8 | 3.1 | n.s. | |
年代構成(名) | 30代以下 | 1 | 3 | n.s. |
40代 | 1 | 1 | ||
50代 | 0 | 0 | ||
60代以上 | 4 | 6 |
1)単収が1 t/10 a以下と極端に低い者は登録だけで研修会に参加しないことが多いため除外した.
2)年代は,研修会への参加者のみを集計した.
3)検定は,単収,個別面積については分散分析(A地区:n=8,B地区:n=18),年代についてはウィルコクソンの順位和検定(両側,A地区:n=6,B地区:n=10)により,n.s.は5%水準で有意差がないことを表す.
研修会参加者のヒメハナカメムシ判別能力
1)「あなたは,天敵ヒメハナカメムシを一人で見分けることが出来そうですか」との設問への回答.
2)ウィルコクソンの順位和検定(片側)において地区間に5%水準で有意差なし(A地区:n=6,B地区:n=10).
1年間での天敵に関する興味の変化については,A地区では1名を除いて興味が増加しており,天敵観察会を実施しなかったB地区でもすべての参加者の興味が増加した(図4).A地区とB地区間に有意な差は認められなかったが,A地区は「かなり増加した」とする者がもっとも多く,B地区は「少し興味が増した」とする者がもっとも多かった(図4).以上のことから,天敵観察会を実施しなくても,害虫・天敵の写真を見てもらい,現地実証の成果を報告するだけでも天敵への興味が増加すると考えられた.また,その効果は,天敵観察会の実施によってさらに増加する傾向があると考えられた.研修会後の判別能力と興味の変化の相関関係については,有意な相関が認められた(表7).この両者の関係性は,CAの質的調査でも示唆され,生産者の天敵観察会でもその傾向が見られており,天敵判別能力と天敵への興味の関係性が推察された.
研修会までの1年間での天敵への興味の変化
1)「今日も含めて今年1年で,天敵に関する興味が変化しましたか」との設問への回答.
2)ウィルコクソンの順位和検定(片側)において地区間に5%水準で有意差なし(A地区:n=6,B地区:n=10).
興味の変化 | 検定 | 導入意向 | 検定 | |
---|---|---|---|---|
判別能力 | 0.613 | ** | 0.278 | n.s. |
興味の変化 | ― | ― | 0.255 | n.s. |
1)判別能力は高評価:3~低評価:1とし,興味の変化,導入意向は高評価:4~低評価:1として解析した.
2)値はスピアマン検定(両側)による相関係数を表し,**は1%水準で有意,n.s.は10%水準で有意でないことを表す(n=16).
本技術の導入意向については,A地区,B地区共に「導入するつもりはない」と回答した者はいなかった(図5).また,天敵観察会を実施しなかったB地区に比べ,これを実施したA地区の方が,有意に導入意向が高かった(図5).このことから,現地実証の成果報告に加えて,天敵観察会を実施した方が生産者の導入意向が向上すると考えられた.但し,今回の社会実験では,B地区が栽培終了後の研修会1回への参集であったのに対し,A地区はこれに天敵観察会を加えた2回の参集となっており(表1),参集回数が導入意向の差異に影響している可能性は否定できない.研修会後の判別能力および興味の変化と導入意向の相関関係については,いずれも有意な関係性は認められず(表7),因果関係は不明確であった.
研修会参加者の天敵利用技術の導入意向
1)「あなたは,天敵利用技術を導入したいと思いますか」との設問への回答.
2)ウィルコクソンの順位和検定(片側)において地区間に5%水準で有意差あり(A地区:n=6,B地区:n=10).
本稿では,天敵の観察,本技術の現地実証といった活動により天敵利用技術に対する認知,興味・関心の向上を促し,実需者ニーズを顕在化させることを通じて,本技術の普及性を向上させることを目指した.
結果として,研究員と共同での害虫・天敵モニタリング調査の実施によるCAの変化については,本技術の技術継承程度は向上するが,研究員との対人ネットワークは,その影響に限界があることが明らかとなった.また,技術推進行動は,質的な変化が示唆されたが,組織体制などの他の阻害要因の影響により有意な変化が認められなかった.さらに,害虫・天敵への関心は,全体としての向上は認められなかったが,調査参加前に関心が低かったCAに限れば,関心の向上効果が示唆された.
生産者については,天敵観察会への参加によって天敵の判別能力を身につけ,天敵への興味が増すと考えられた.また,天敵観察会に参加した生産者の方が天敵への興味が向上する傾向が見られ,現地実証の成果報告だけでなく,天敵観察会を実施した方が本技術の導入意向が高まると考えられた.
以上から,実需者ニーズを顕在化させるための天敵の観察,本技術の現地実証といった活動により,CAでは技術継承が進み,生産者では天敵への興味・関心が向上し,生産者の技術導入意向が高まると考えられた.一方で,CAの技術推進行動,研究員との対人ネットワークへの影響は限定的であることが明らかとなった.
CAの技術推進行動への阻害要因として普及指導員は組織体制を口にしていた.普及指導員数は全国的に漸減傾向にあるが,広島県では全国平均よりも減少幅が大きく,販売農家数当りの普及指導員数でみると平成27年には全国で3番目に少ない都道府県となっている5.このような状況が続けば,広島県では普及指導員にCAとしての役割を期待することが困難になり,開発技術の普及機能の低下が懸念される.今後は,普及指導員との効率的な連携の模索,普及指導員に頼らない技術の普及方法などについても検討していく必要があるだろう.
また,本稿ではCA,生産者各人の変化に絞って検討を行ったが,今後は各人の変化をどのように組織的な活動に繋げていくかという観点からの研究が必要と考えられる.
加えて,今回の調査では,天敵判別能力と天敵への興味の変化の関係性が推察されたが,これらが本技術の導入意向に繋がるプロセスまでは明確に解明することができなかった.今後の研究では,これらの因果関係を解き明かしていくことも求められる.
実需者ニーズと技術開発の関係性については,既に顕在化したニーズに対して,これに合致し,普及が容易な技術だけを開発すべきとの考えもあるだろうが,そのことだけを追っていたのでは技術開発の機会を喪失しかねない.本技術のように生産者やCAが明確に認知できていないために,ニーズが顕在化していない技術を先回りして開発していくことも研究には求められるのではないか.そのような技術が,CA,生産者の活動の刺激となり,農業技術の発展に寄与していくとも考えることが出来る.今後は,本稿で扱ったようなニーズが顕在化していない技術の普及手法についても,研究が発展していくことを期待したい.