2021 Volume 57 Issue 2 Pages 38-45
Soil erosion, often referred to as “red soil erosion,” has been considered as a major environmental issue in Ishigaki Island. It affects not only sugarcane farming, but also the degradation of fisheries, coastal ecosystems, and coral reefs, eventually leading to economic loss in tourism. This study sheds light on the management strategy of sediment retention ponds as many of them remain unmanaged and filled with sediments, gradually degrading coastal fisheries and ecosystems. An economic model was developed to illustrate how sediment retention ponds are sustainably managed under alternative scenarios. This study suggests that frequent dredging in sediment retention ponds is required to reduce the management and environmental costs. It also focuses on the effective use of dredged sediment and community-led management.
沖縄県の赤土等の土砂流出は,1960年代半ば以降に社会問題として認識されるようになった.1971年の沖縄振興開発特別措置法を皮切りに,赤土流出防止条例の制定や沖縄県赤土等流出防止対策基本計画が策定された.赤土の流出は,農業経営や沿岸漁業への影響にとどまらず,沿岸生態系やサンゴ保全,さらには観光業や地域経済への影響も危惧されている.かつて赤土の流出源は開発事業によるものであったが,近年では農地からの流出が80%を超えるようになっている.
赤土の流出削減対策は,農学的手法と工学的手法に大別される.農学的手法とは,マルチング,横畝栽培,緑肥,グリーンベルト(ゲットウ,ハイビスカス,ベチバー等),サトウキビの株だし栽培等である.作付品目や農法を変更することで,圃場レベルでの土砂流出を抑制する方法である.坂井他(2015)は,圃場レベルでの対策が進まない理由として,農業の外部不経済の問題を挙げている.農学的手法を用いた追加的対策費用を政策介入によって支援しない限り,赤土流出問題の解決は難しいとしている(坂井他,2015).
他方,工学的手法とは,勾配修正,排水路の整備,沈砂池の設置である.沈砂池とは,農地から流れ出た土砂が海へ流出する前に貯水池に一旦貯め,そこで土砂を沈砂させることで,海への土砂流出を軽減する貯水池のことである.比嘉他(1994)は,沈砂池の設置によって土砂流出量が4割から6割削減できるとし,USLE(Universal Soil Loss Equation)に基づく土砂流出量の予測において保全係数として0.4~0.6を乗じることを提唱している.沈砂池の設置は,重要な赤土対策と位置づけられ,沖縄県石垣島だけで約300の沈砂池があると言われている.しかしながら,多くの沈砂池では浚渫が行われておらず,その機能を十分に果たしているとは言い難い状況である.赤土の流出対策としての沈砂池の効果については,工学的な視点から検証されてはいるが1,維持管理に関する研究は寡聞にしてしらない.本研究は,沈砂池の持続的な資源管理,つまりストックマネージメントの経済分析を通じて,沿岸漁業・生態系保全を促す資源管理モデルを考察することを目的とする.
石垣島の耕地面積は約5300haであり,782の農業経営体(販売農家)がある(石垣市,2020).農業経営体の約6割はサトウキビやたばこ等の工芸農作物を作付けし,農業産出額では石垣牛で有名な肉用牛が全体の約7割を占めている.沖縄県赤土等流出防止対策基本計画の中で,石垣島海域も土砂流出量が多い重点監視海域に指定されている.表1は,その重点監視海域の農地面積と土砂流出量である.沖縄県赤土等流出防止対策基本計画では,2021年までにこの流出量を約半分にすることを目標としている(沖縄県,2014).
重点監視区域 | 農地面積(ha) | 流出量(t) | 面積あたり流出量(t/ha) |
---|---|---|---|
平久保地先海域 | 208.72 | 2540.69 | 12.2 |
伊原間湾 | 167.27 | 1482.49 | 8.9 |
野底崎南海域 | 39.85 | 317.53 | 8.0 |
浦底湾 | 31.94 | 394.49 | 12.4 |
川平湾 | 113.39 | 1513.72 | 13.3 |
枝崎湾 | 75.39 | 1110.27 | 14.7 |
名蔵湾 | 605.54 | 6000.19 | 9.9 |
石垣島東南海域 | 663.2 | 9282.3 | 14.0 |
宮良湾 | 1075.42 | 17032.35 | 15.8 |
計 | 2980.7 | 39674.0 | 13.3 |
資料:沖縄県(2014)『沖縄県赤土等流出防止対策基本計画』
流出した赤土は沿岸漁業へ被害をもたらす.沿岸漁業への被害としては,モズクを中心に一漁協あたり2000万円前後の被害が報告されている(呉,2000).しかしながら,こうした被害は金銭的に評価できるほんの一部であって,沿岸生態系やサンゴ礁への経済的損失についての評価は極めて難しい.沖縄県赤土等流出防止対策基本計画では,サンゴ礁の経済的価値として,観光・レクリエーション(2324億円/年),漁業(106億円/年),海岸防護機能(559億円/年)等の数値を紹介している2(沖縄県,2014).
沈砂池への流入土砂量をM,沈砂池の初期容積をS0,沈砂池での土砂の捕捉率(trap efficiency)をteとするとき,有効容積Stのときの沈砂池の堆積土砂量を次のとおり定義する.
有効容積が初期容積と等しいとき(St=S0),堆積土砂量は,Mとteの積として表される.海へ流出する土砂量(Et)は,沈砂池に入ってきた土砂量(M)と堆積土砂量の差になるので次のようになる.
例えば,有効容積がゼロ(St=0)のときは,沈砂池の堆砂機能がないため,流出土砂量(Et)は流入土砂量(M)と等しくなる.t年における浚渫土砂量をXtとすると,沈砂池の有効容積Stの変化は以下のように定義できる.
Stの前の係数をαに置きかえると次のようになる.
浚渫が実施されないかぎり沈砂池の有効容積は一定割合(α<1)で小さくなり,その結果,沿岸への流出土砂量(Et)の増加を招くことになる.浚渫を実施すれば(Xt>0),沈砂池の有効容積は増え,流出する土砂量を抑制することができる.
次に,海への土砂流出による環境費用(ECt)は,土砂流出量(Et)の増加関数と仮定する(α2>1).
環境費用と浚渫費用はトレードオフの関係にある.沈砂池のストックマネージメントを実施すれば,浚渫費用は発生するが,土砂流出量は軽減し,将来的な環境費用を抑制できる.何もしないと当座の浚渫費用は節約できるが,沈砂池が土砂で埋まるにつれて海への土砂流出は増大し,環境被害を生じることになる.
浚渫費用(Ct)は,浚渫土砂量の一次関数とする.
以上をまとめると,沈砂池の資源管理問題は,浚渫土砂量(Xt)を操作変数,有効容積(St)を状態変数として,環境費用(ECt)と浚渫費用(Ct)の最小化を目的とする動的問題として扱うことができる.
沈砂池の有効容積を「再生可能資源」としてとらえ,沿岸漁業や生態系への環境費用及び浚渫費用の最小化問題から沈砂池の資源管理のあり方を考察する3.
上記の動的問題は,以下のハミルトニアン(H)の最大化問題として解ける.
ハミルトニアンはMost Rapid Approach Pathの条件を満たしており,最適な有効貯水容積(St*)が存在し,その有効容積を維持することが最適解となる(Kamien and Schwartz, 1991).最適有効容積を決定する関係式は(1)式に表される.
(1) |
(1)式左辺は,最適有効容積を増やしたときに避けられる限界環境費用である.浚渫を実施して有効容積を確保しておけば,海への土砂流出量を減らし,結果として沿岸漁業や生態系への被害を軽減できる.そのため(1)式左辺は,沈砂池の資源管理によって削減できる環境費用の限界価値と解釈できる.右辺のc2は,浚渫費用の単価である.短期的(静的)最適化問題であれば,限界環境費用と浚渫費用が等しいところで最適有効容積は決定される.しかしながら,将来にわたり持続的に維持管理することを念頭におけば,割引率(r)と堆砂率(1−α)を用いて,割引現在価値として評価されなければならない.長期的かつ持続的な資源管理の意思決定では,最適有効容積(St*)は,短期的最適化問題と比べて極めて大きくなる.現状の沈砂池管理において浚渫が十分に行われていない背景には,環境費用が考慮されていないことに加え,長期的かつ持続的な視点を持った意思決定が行われていない可能性が考えられる.上記の均衡解からそれぞれの変数が変化したときの比較動学の結果を表2に示した.
α1 | α2 | M | te | S0 | r | c2 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
S* | + | + | + | + | − | − | − |
土砂流出による環境被害が大きい(α1,α2の値が大きい)ところほど,頻繁に浚渫を実施して最適容積(St*)を大きく維持する必要がある.同様に,土砂流入量(M)が多い,あるいは捕捉率(te)が高い沈砂池ほど堆砂機能を維持するために最適容積を大きくしておく必要がある.他方,流入土砂量に対して大きな沈砂池(S0)であれば問題を先送りできるため最適容積は小さくなる.割引率(r)が高いほど,沈砂池が土砂で埋まり,その機能を果たさなくなったときに生じる環境費用は割引されるので,問題を先送りするインセンティブとなる.最後に,浚渫費用(c2)が高くなると当然のことながら浚渫の頻度,量は少なくなり,結果的に最適容積も小さくなる.上記の沈砂池の資源管理モデルは沈砂池のマネージメントに関していくつかの示唆を与える.第一に,環境費用と浚渫費用の合計を最小化しているが,環境費用が明示的に認識されないかぎり,「何もしない」ことが最適解となる.第二に,沈砂池が土砂で埋まるまでは問題を先送りできるため,特に,割引率や浚渫費用が高い場合には,そうした結論に導かれやすい.
前節の資源管理モデルは,個々の沈砂池を対象としていたが,実際には流域にいくつもの沈砂池が存在する.この節では,多数の沈砂池が存在する流域を想定し,資源管理モデルの解を数値解析よって得て,その結果から流域を対象とした最適な資源管理モデルについて考察する.
一つ目の修正は,流域に設置された沈砂池の数をnとし,流域全体からの流出土砂量をn*Etとする.そのときの流域全体の環境費用は,以下のように定義できる.
流域内での沈砂池数の増加に伴い土砂流出量は正比例で増えるが,環境費用は正比例以上に増加すると仮定している.
次に,セットアップ費用を資源管理モデルに追加する.浚渫を行うには,ショベルカー等の重機を用意する必要があり,浚渫量にかかわらず発生する費用が少なからず存在する.そのために,浚渫費用を以下のように再定義する.
セットアップ費用(c1)を取り入れることで,ハミルトニアンが不連続な関数となり,3節で示した解析的均衡解を得ることはできない.そこで,ダイナミックプログラミングを使った数値解を導出する.資源管理問題を数値的に解くために,操作変数(Xt)と状態変数(St)を初期容積の0.5%刻みにして表現し,ポリシーイタレーションアルゴリズムを使って解いた(Miranda and Fackler, 2002).
表3は,ダイナミックプログラミングに使ったパラメーターである.捕捉率はUSLEの保全係数として使われている0.6とした.浚渫費用の単価(c2)は小川他(2005)の数値を使い,セットアップ費用(c1)は10万円とした.その他の数値は沈砂池の標準的な値を用いている.環境費用のパラメーターは,定数(α1)を1000円,指数(α2)を1.3とした.この数値を基に,表1の重点海域の土砂流出量から環境費用を計算すると,平久保地先海域で約2700万円,伊原間湾で約1300万円となる.これらの数値は,呉(2000)で報告されているモズク等への漁業被害金額に近くなる.一方,指数(α2)を1.5とすると環境費用は飛躍的に拡大する(図1).α2=1.5のときは,サンゴ礁や沿岸生態系への被害に伴う環境費用を含む想定である4.
変数 | 表記 | 単位 | 数値 |
---|---|---|---|
割引率 | r | /1年 | 0.03 |
流入土砂量 | M | m3 | 75 |
捕捉率 | te | 0.6 | |
初期容積 | S0 | m3 | 500 |
費用関数 | |||
セットアップ費用 | c1 | 円 | 100,000 |
浚渫費用の単価 | c2 | 円/m3 | 3500 |
環境費用 | |||
定数 | α1 | 円 | 1000 |
指数 | α2 | 1.3 | |
流域内の沈砂池の数 | n | 1,5,10 |
土砂流出量と環境費用
表3のパラメーターを使った最適な有効容積の推移は図2となった.流域に沈砂池が一つしかない場合(n=1)は,「何もしない」ことが最適解となった.何もしないと7年後に50%の有効容積を失い,15年後には初期容積の4分の一しか残っていない.流域内の沈砂池が少ないときには,たとえ赤土が海に流出してもその被害は少ないため,浚渫費用をかけるよりかは「何もしない」ことが最適解となる.流域内の沈砂池の数が5つであれば(n=5),初期容積の43%を失ったときに,沈砂池の数が10であれば(n=10),32%の有効容積を失ったときに浚渫を実施することが最適となる.初期容積の6割から7割を維持するように浚渫を実施している.つまり,土砂流出量が多く,沈砂池が多く設置されている流域ほど頻繁に浚渫を実施して,環境被害を軽減させる必要があることを示唆している.上記のようなストックマネージメントが実施された場合,海へ流出する赤土の量を約5割から6割削減することができる.
最適な沈砂池管理:有効容積の推移
図3は,n=10の下で,他のパラメーターを変化させたときの最適な有効容積の推移である.まず,セットアップ費用(c1)をゼロにすると,初年度を除き毎年浚渫を実施して,97%の有効容積を維持することが最適解となる.セットアップ費用がないため,一度に多くの土砂を浚渫するメリットはなくなる.Most Rapid Approach Pathに見られるように,一旦最適有効容積に到達したら,それを維持することが最適行動となる(Kamien and Schwartz, 1991).これは3節(1)式で示した解析的均衡解の存在と整合的な結果となっている.
最適有効容積の推移:シミュレーション
次に,沈砂池での捕捉率(te)を0.6から0.3に変更させた場合,維持すべき最適有効容積に大きな変化はなかった.図2では初期容積の32.5%土砂が埋まったら浚渫を実施すべきとの解であったが,図3では31%の容積が失われたときに浚渫をすべきとの結果になった.大きな違いは,浚渫の間隔である.捕捉率が低い場合,沈砂池に土砂が溜まりづらくため,有効容積を失うスピードが遅い.図2の浚渫の周期は5年であったのに対して,図3の浚渫の周期は9年と4年も長くなっている.現状の沈砂池の資源管理において,浚渫があまり実施されていない背景には,沈砂池の補足率は想定している値よりも低く,堆砂機能を十分に果たしていない可能性も考えられる.
最後に,流入土砂量をM=75からM=100に変更したときの結果を示した.図2では初期容積の68%で浚渫を実施しているが,図3では図2より約10%も多く有効容積を維持している.表2の比較動学の結果のとおり,流入土砂量が多いところほど,浚渫を頻繁に実施して沈砂池の堆砂機能を高く維持することが経済的に最適であると示された.
(3) 沈砂池のストックマネージメントの経済分析沈砂池のストックマネージメントを実施したときとしなかったときの割引現在価値を表4に示した.ダイナミックプログラミングの結果から最適資源管理が行われた場合の割引現在価値を算出できる.表4左は,漁業被害のみを想定したとき(α2=1.3)の結果であり,表4右は,サンゴ礁や沿岸生態系への被害と漁業被害の両方を想定したとき(α2=1.5)の結果である.表4の「浚渫によるストックマネージメント」は,浚渫費用と環境費用の割引現在価値を示している.また,「何もしない」は,浚渫を実施しなかった場合の環境費用の割引現在価値である.
漁業被害(α2=1.3) | サンゴ・生態系被害+漁業被害(α2=1.5) | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
流域における沈砂池の数 | 流域における沈砂池の数 | |||||
流入土砂量 | n=10 | n=5 | n=1 | n=10 | n=5 | n=1 |
浚渫によるストックマネージメント 環境費用+浚渫費用(A) |
浚渫によるストックマネージメント 環境費用+浚渫費用(A) | |||||
M=100 | 174,930,000 | 77,558,000 | 11,546,000 | 381,100,000 | 150,330,000 | 18,242,000 |
M=75 | 124,510,000 | 54,960,000 | 7,632,800 | 264,010,000 | 103,190,000 | 12,649,000 |
M=50 | 75,961,000 | 33,043,000 | 4,167,700 | 154,200,000 | 60,984,000 | 7,432,900 |
何もしない 環境費用(B) |
何もしない 環境費用(B) | |||||
M=100 | 231,350,000 | 93,957,000 | 11,595,000 | 902,780,000 | 319,180,000 | 28,548,000 |
M=75 | 152,300,000 | 61,851,000 | 7,632,800 | 557,830,000 | 197,220,000 | 17,640,000 |
M=50 | 83,156,000 | 33,772,000 | 4,167,700 | 277,880,000 | 98,246,000 | 8,787,400 |
ストックマネージメントの経済効果 (A−B)/B*100 |
ストックマネージメントの経済効果 (A−B)/B*100 | |||||
M=100 | −24.4% | −17.5% | -0.4% | −57.8% | −52.9% | −36.1% |
M=75 | −18.2% | −11.1% | 0.0% | −52.7% | −47.7% | −28.3% |
M=50 | −8.7% | −2.2% | 0.0% | −44.5% | −37.9% | −15.4% |
「何もしない」に比べて,浚渫費用と環境費用の合計が最大で24.4%抑制されている(表4左).特徴的なのは,沈砂池のストックマネージメントの経済効果は,流域での土砂流出量が多いところほど高いことである.つまり,圃場レベルでの農学的手法による赤土対策が難しく,沈砂池への流入土砂量が多い地域ほど,沈砂池による赤土対策の経済効果が高いことを示唆している.また,流域に多くの沈砂池が設置されているところほど,浚渫によるストックマネージメントの経済効果が高いことが明らかになった.
流域内の沈砂池数が一つのときのダイナミックプログラミングの最適解は「何もしない」になった(図2,n=1).このような場合には,ストックマネージメントの経済効果はゼロとなる(表4左).石垣島の流域内には多数の沈砂池が設置されている.石垣島の農業流域における土砂動態を分析した大澤他(2004)の研究によれば,流域面積12.5haに対して大小9基の沈砂池があると報告されている.そのため,農業地域内の土砂流出量が多く,すでに多くの沈砂池が設置されている流域では,浚渫費用をかけることによって赤土による環境被害を大幅に抑制できる可能性を示唆している.
サンゴ礁や生態系保全に関する環境費用を想定したときの結果を表4右に示した.ストックマネージメントの経済効果は格段に大きくなり,環境費用と浚渫費用の割引現在価値は約半分となる.沈砂池数が一つのときでも,3年に1回浚渫を実施して赤土流出を削減することが最適解となった.サンゴ礁及び生態系保全と赤土の関係は不明なことも多いが,赤土流出によって多大な環境被害が想定されるときには厳格な沈砂池マネージメントが必要となる.
中村他(2010)は,北海道の畑作地帯にある11の沈砂池の維持管理状況を調べ,うち6つは堆砂機能が全くない満砂状態,9つの沈砂池では土砂の除去が実施されていない実態を明らかにした.今後の沈砂池の機能維持に関して,地域全体での資源管理を提案している点は興味深い.
流域・地域全体での沈砂池の資源管理には,どのようなメリットがあるのであろうか.第一に,少ない費用で多くの環境被害を抑制できる.本稿の経済分析においても沈砂池が一つの場合には,浚渫によるストックマネージメントの効果は小さかったが,流域内に多数の沈砂池がある場合には,十分な経済効果があるとの結果を示した.また,流域内の沈砂池を同時に浚渫すれば,セットアップ費用や運搬費の軽減につながる可能性もある(中村他,2010).重要なのは,浚渫した土砂の有効利用の方法や保管場所を地域・流域単位で検討できる点である.浚渫した土砂を客土として農地に還元したり,勾配修正や法面工事のために使用したり,堆積土砂の特性に応じた地域資源の有効活用が期待できる.
第二に,赤土対策は,発生源と被害の特定が難しく汚染者負担の原則を当てはめられない.流域・地域全体の利害関係者を巻き込むことで,発生源や被害の特定ではなく,地域資源の活用と保全に目を向けるようになる.さらに,地域全体での活動に対しては,公的資金を導入しやすい点も重要である.「多面的機能支払交付金」を利用した沈砂池の管理はその良い例である.
第三に,沈砂池を体験学習や教育の場として活用する取り組みも始まっている.大澤他(2019)は,沈砂池内には多種多様な水生昆虫類が生息していることから,子供たちに虫とり体験や環境教育と場として沈砂池が利用できると提言している.生物群の生息場所(いわゆるビオトープ)としての機能に着目し,それを地域の環境教育に生かそうとする取り組みである.
沈砂池を所有する農業者個人にとって浚渫を実施する経済的インセンティブはない.たとえ海域の環境保全のために,自分だけで浚渫を実施しても,他の沈砂池で資源管理を行われていなければその効果は薄くなってしまう.流域・地域による資源管理は,こうしたモラルハザードを防ぐ効果もあると考えられる.沈砂池という農業インフラを地域の公共財としてとらえ,その機能と価値を最大化する方策を地域単位で検討できる点において,流域・地域による資源管理は優れていると考えられる.
本稿では,これまであまり注目されてこなかった沈砂池の資源管理問題に焦点を当て,その資源管理モデルの経済分析を行った.沈砂池において浚渫が実施されていない理由として,環境への影響が意思決定において考慮されていない点に加え,将来の環境費用を過少評価する短期的な意思決定及び沈砂池の低い捕捉率の可能性を指摘した.また,沈砂池への流入土砂量が多く,流域内に多くの沈砂池が設置されているところほど,沈砂池における赤土対策の経済効果が高いことを示した.以上のことから沈砂池の資源管理は,流域・地域を中心とした沈砂池の資源管理が有効であると考えられる.
最後に,今後の課題を挙げておきたい.第一に,流域・地域のよる沈砂池の資源管理のメリットを述べたが,赤土対策の利害関係者は,農業関係にとどまらず漁業者,観光業者等多岐にわたっている.土地改良区や農業集落を中心とした資源管理に加えて,今後は,沿岸漁業,サンゴ礁保全といった漁協や自然保護団体等を含んだより広範囲な協力・連携が求められてくるであろう5.
第二に,沈砂池は土砂流出の多い農業地域において重要な役割を果たしている農業インフラであるにも関わらず,その維持管理状況に関するデータや研究は極めて限れられている.農業インフラのストックマネージメントを実施していくためには,既存の施設・設備のデータベース化が不可欠である.また,限られた予算で沈砂池の長寿命化を図っていくためには,維持管理状況に関わるデータも必要となる.沈砂池の数,場所,維持管理状態に関するデータベースの構築が望まれる.
本研究はJSPS科研費JP18H04151「沿岸生態系と農地を相互保全する地域再循環システムに基づく流域型農業環境革新の展開」の助成を受けました.