2021 Volume 57 Issue 2 Pages 61-68
This study focuses on characteristics of business networks in rural community businesses (CBs) in hilly and mountainous areas. We analyze the sweet potato community business in Iinan-cho, Shimane Prefecture, as a case study. Our key results are as follows: (1) The CB main company focuses on the promotion of production with stakeholders (SHs), such as building a system that allows rural employees to work throughout the year. (2) It expands business by securing new SHs from the existing network and its management resources. (3) Rural leaders play a central role in building business networks. In CBs in hilly and mountainous areas, it is important to have a mechanism that maximizes rural leaders’ abilities.
高度経済成長期以降の中山間地域の過疎化は,若年層の就業機会が少ないことが一因と考えられる.小田切・坂本(2004)は,小規模集落の人口減少を起点とする中山間地域問題を「人,土地,ムラの3つの空洞化」と指摘する.一方で,中山間地域の農地面積と農業産出額は4割を占め(農林水産省,2020),中山間地域では雇用を創出する重要な産業が農業であることにかわりはない.それに対して,ビジネスの手法を用いて地域課題の解決を目指すコミュニティ・ビジネス(以下,CB)は,地域の創業機会・就業機会を創出・拡大する効果が期待されている.「3つの空洞化」の対応策としてのCBは,次の3点を含む事業展開が有効であろう.第1は土地利用型のビジネス,つまり中山間地域の主要産業である土地利用型農業を核とした雇用創出と農地保全である.第2は6次産業化による雇用促進である.栽培が容易な土地利用型の作目を選定したうえで加工・販売にも取り組むことにより,付加価値の形成のみならず,年間を通じた多様な人材の雇用創出にも貢献できるであろう.第3はコミュニティ内外での多様なネットワークの構築である.小田切・坂本(2004)は,「集落機能維持困難集落」であっても,近隣集落との連携によってムラの空洞化が食い止められると指摘する.CBの事業展開においても,コミュニティ内外での多様な連携は重要であろう.特に中山間地域では,コミュニティ外の企業や他産地や行政・団体との連携により,販路開拓や新たな資源の獲得が期待できる.
これら3点を備えたCBは,属性や役割が異なる多様な主体の参画と連携が不可欠である.そのため,事業を牽引する経営体(以下,中心経営体)が中心となり,個人や組織のステークホルダー(以下,SH)と事業ネットワークを構築し,それぞれが活躍できる環境を整えることで円滑な事業展開が実現するであろう.本研究では,「事業ネットワーク」を「CBの中心経営体と,CBを構成もしくは協力するSHとの間の個別のネットワークの集合体」と定義する1.中山間地域のCBをめぐる個別のネットワークは,主に次の2種類がある.第1はパーソナルな人と人のネットワークである.秋津(1996)は,中山間地域での高齢者地域福祉に不安を抱える個人のネットワークを起点としたボランティアグループの形成メカニズムの分析を通して,人的ネットワークの重要性を指摘している.中山間地域のCBも,3つの空洞化をはじめとする地域課題の解決を志す個人のネットワークを起点とするケースが多いことが推察される.第2は,中心経営体と他組織のネットワークである.前出の人的ネットワークが形成され,それぞれの主体が事業を開始した段階では,組織間のネットワークが重要となるであろう.菅原(2008)は,未利用資源活用のCBにおいて,組織間のネットワークの重要性を指摘している.本研究の「事業ネットワーク」は,これら2者を含むものと捉える.
3つの空洞化を解決するCBのあり方を検討するためには,中心経営体と各SH間の事業ネットワークの視点からCBの事業展開のプロセスを明らかにする必要があると考える.農山漁村のCBのネットワークに関する既往研究としては,前出の菅原(2008)が挙げられる.菅原(2008)は,非食用の雑海藻を資源化するビジネスに沿岸地域が一体となって取り組む事例を通して,CBにおけるSHの重要性とともに,経営環境に応じて柔軟にネットワークを変化できる「創発型ネットワーク組織」の重要性を指摘している.しかしこの事例はプロジェクト起業型のCBであり,3つの空洞化を起点としたものではないうえ,人的ネットワークと組織間のネットワークの形成プロセスは明らかにされていない.
そこで本研究では,中山間地域で土地利用型農業の生産・加工・販売事業を展開するCBの事業化プロセスと事業ネットワークの特徴を明らかにすることを目的とする.本研究の調査対象事例である株式会社N(以下,N社)は,過疎・高齢化など中山間地域の典型的な諸問題を抱えた島根県飯南町に立地し,雇用創出と農地維持による地域振興を目的としたCBに取り組んでいる.N社は,事業年数は短いものの,CBの核をなすさつまいも生産事業は10年以上経過し,持続的なCBを実現している.
本研究の調査対象は,CBの中心経営体であるN社と,同社設立以前から本CBを発案・牽引し,事業ネットワーク構築の役割を担っている農村リーダーT氏とする.調査方法として,2018年12月,2019年11月,2020年1月にN社ならびにT氏に対する聞き取り調査,2020年2月に生産者のネットワーク組織の参与観察,2019年6月に町外のSH(大学教員)に対する聞き取り調査を実施した.
N社(表1)は,自社生産に加え,町内と他産地の生産者からさつまいもを集荷して加工・販売するさつまいも事業と,カフェの経営や観光案内業を行っている.N社は,さつまいも事業を通じた地域の生産者の農業所得増加に加え,住民・UIターン者・障がい者施設利用者の雇用創出と町内の不作付地の活用にも貢献するCBを展開している.また,販売先や公的機関,他産地など町外の多様なSHとの事業ネットワークも構築している.T氏は高校卒業後,会社員の傍ら地域振興団体を立ち上げる.その後も町議会議員や町長の公職を務めるなど,長年にわたり農村リーダーとして地域貢献活動を行っている.N社の社長はT氏の長男のY氏が務めるが,本CBの実質的な推進責任者は一貫してT氏である.N社の従業員の年代は,T氏が70代で,常勤従業員は30~40代が中心である.
法人形態 | 株式会社(2016年6月設立,資本金150万円) |
所在地 | 島根県飯石郡飯南町(標高約450m) |
経営理念 | 事業利益を確保したうえで地元と農業の活性化に取り組む 【さつまいも事業の目的】 地元の資源を活かし,高付加価値で安全な農業経営/地元の障がい者が安心して通年働ける環境づくり/UIターンの推進で地元を元気に |
事業内容 | さつまいも生産・加工・販売,飲食店の経営,アイスクリーム等菓子類の製造加工並びに販売,観光案内業,イベントの主催 |
主な取扱商品 | 生さつまいも及びさつまいも加工品,ドーナツ(13種),アイスクリーム(30種) |
従業員 | 常勤従業員:代表取締役社長1名,正社員4名(経理1名,店舗接客2名,農業部門1名) 非常勤従業員:Iターン者2名,障がい者(5~7名) |
資料:N社資料,聞き取り調査結果(2019年).
飯南町は,400メートル以上の高地と三瓶山の火山灰土を含んだ黒ボク土に特徴を持つ.この条件下で栽培されたさつまいもは,焼き芋にすると糖度が45~49度となる.一般的なさつまいもは35度前後であることから,約10度甘くなる.栽培の特徴としてはT氏によって無化学肥料栽培が行われており,それが差別化戦略に繋がっている.T氏を中心としたさつまいも加工・販売の取り組みにより,高糖度と美味しさの知名度が徐々に高まり,栽培面積は年々増加しており,産地化が進んでいる(表2).2017年5月からは,町内で生産されるシルクスイートを地域ブランドとして加工・販売している.
年 | 2015 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 |
---|---|---|---|---|---|
個人農家 | 2 | 4 | 3 | 6 | 6 |
法人 | 2 | 3 | 2 | 4 | 5 |
栽培面積 | 76a | 119a | 152a | 264a | 401a |
うちN社 | ― | ― | 92a | 100a | 178a |
資料:N社資料,聞き取り調査結果(2019年).
さつまいも事業の年間の工程は,5月の植付け,除草,収穫,選別,洗浄の順である.N社 は,T氏の出身であるU地区に加工・保管場を所有している.そのため,収穫後に行われる選別や洗浄といった作業は地域内の住民を雇用して行うことができ,冬期を含め,1年間を通してさつまいも事業で働ける仕組みが構築されている.
(2) さつまいも事業の変遷飯南町のさつまいも事業は,2007年にT氏が地元U地区の友人と地域で産業を興す目的で任意団体Kを立ち上げ,栽培経験のなかったさつまいもを10aほどの空き地で栽培しながら,同地区の生産者に栽培を推進したことから始まる(表3).なお,同地区では以前から集落営農組織が設立されていた.しかし,新たな活動の実施には全体の賛同を得る必要があり,時間を要すると考えられた.T氏が任意団体Kを設立したのはそのためでもあった.収穫したさつまいもは町内の道の駅の農産物直売所で販売されるほか,島根県内で複数のスーパーを経営する小売店Gへも販売が開始された.この契機となったのは,地元の新聞記事にさつまいも事業が取り上げられ,小売店Gのバイヤーが興味を持ったことである.2013年頃までに,さつまいも生産・販売のノウハウが蓄積され,作業が比較的容易であることや,1年間を通して働けることから,当時T氏が社長を務めていた町内の障がい者施設Aでも障がい者支援事業の一環としてさつまいも事業が取り組まれるようになった.また,同時期に,島根大学生物資源科学部の資源作物学の教員が飯南町のさつまいもに関心を持ち,調査対象として任意団体Kの農地を借り,高糖度となる要因を明らかにするため,現地調査を始めた.さつまいもの販路が県内外に拡大しつつあった2016年,隠岐の島町の生産者からのさつまいもの集荷・販売も始めた.障がい者施設Aでは社会福祉を目的とする事業のうち,規制と助成を通じて公明かつ適正な実施の確保を図られなければならないため,事業利益を確保していくことを一つの目的とするさつまいも事業に携わることが困難となってきた.そこでT氏は,2016年に,さつまいもの加工・販売に携わっていた長男Y氏とともにさつまいも事業を福祉事業から切りはなし,N社を新規に設立した(社長はY氏).T氏はN社の設立と同時に障がい者施設Aの社長の立場を退き,N社のさつまいも事業を担当している.
年 | 事項 | 栽培面積 |
---|---|---|
2007 | T氏,障がい者施設A社長に就任 任意団体Kを設立,さつまいも栽培を開始 |
10a |
2008 | 小売店Gのバイヤーと知り合い,販売開始 | 10a |
2010 | 冷凍した焼き芋を商品として販売開始 | 25a |
2013 | 障がい者施設Aでのさつまいも事業開始 島根大学教員が栽培試験を開始 |
45a |
2015 | 任意団体Kを含む4経営が参加 | 76a |
2016 | N社設立(T氏は農業部門担当) 島根大学教員が調査結果を公表 隠岐の島町での栽培開始 |
119a |
2017 | 23tのさつまいもを販売 | 152a |
2018 | さつまいものブランド化 | 264a |
2019 | さつまいも生産者協議会の発足 | 401a |
資料:N社資料,聞き取り調査結果(2019年).
N社となってからは,県外への販路チャネルも広がり,マーケット・インに基づいた栽培計画も軌道に乗ってきた.2019年には,さつまいも生産者の情報共有と共同購入・共同販売を目的とした地元生産者・法人によるネットワーク組織である,さつまいも生産者協議会が設立された.N社は事務局を担当している.
(3) SHの役割と事業ネットワーク以上の結果より,N社では町内外の幅広い連携がみられる.ビジネス(付加価値の分配,財・サービスの販売,調達・情報提供等)と長期的持続性の担保の観点から(八木,2018:p. 20),検討の対象とするSHをコミュニティの境界の観点をふまえて,町内ではN社で雇用関係にあるIターン者と障がい者施設A(利用者)を「地域雇用SH」,農業経営や生活を行う中でN社と取引関係にあるさつまいも生産者協議会の生産者と地権者を「地域取引SH」とする.町外では,財・サービスの販売関係にある販売先・消費者を「販売SH」,さつまいも事業の変革の契機となる情報や生産物(仕入れ)をもたらす町外生産者・大学教員・中間支援組織を「事業展開SH」とする(図1).T氏はN社設立以降も本CB(さつまいも事業)を主導する立場にある.T氏は,2007年にさつまいも事業を興して以降,N社と町内外へと広がるSHとの事業ネットワーク構築の推進リーダーの役割を果たし続けている.
N社の事業ネットワーク(2019年時点)
資料:聞き取り調査結果(2019年)をもとに筆者作成.
以下では,「①地域雇用SH」「②地域取引SH」「③販売SH」「④事業展開SH」の順に,各SHの役割とN社との事業ネットワークを整理する.
1) 地域雇用SHN社では,Iターン者(Ia氏)を含む正社員のほかに,Iターン者2名と障がい者施設Aの利用者数名を臨時で雇用している.N社で臨時に雇用されるIターン者2名は,N社が経営する耕地での苗植付けから収穫,その後の出荷までの一連の作業を担当している.「半定住」の形で愛知県から通うIb氏は,飯南町内の温泉利用者として通っていたことがきっかけで,さつまいも事業に関わるようになる.T氏がIターン者向けに斡旋している宿舎で,1年の半分を飯南町で生活し,作業に従事している.東京都出身のIc氏はIa氏の母親で,Ia氏のIターンを機に,自らもさつまいも事業に関わっている.Ib氏,Ic氏のいずれも,Iターン以前から農業に関心を持っており,N社とさつまいも事業は,Ia氏を含むIターン者の自己実現の場となっている.Ib氏,Ic氏両名ともさつまいも事業に高い関心を持っており,独立就農の予定はない.N社は,両名が自社のさつまいも生産を担う貴重な人材として期待している.
障がい者施設Aの利用者はN社が経営する耕地での苗植付けから収穫,その後の出荷までの作業,ドーナツの製造,カフェ飲食スペースの清掃の作業に従事している.労働時間は1日5時間程度で,障がい者施設Aの指導員が引率・指導する.各作業は,1~5名程度で行われ,障がい者施設Aの利用者の平均的な月間労働日数は,植付けから収穫までの時期(5~9月)は8日程度,収穫から出荷までの時期(10~4月)は20日程度となる.冬期の降雪量が多い中山間地域で暮らす障がい者施設利用者にとって,施設近隣での安定的な雇用機会が生まれることに加えて,N社にとっても,1年を通して安定的な労働力を確保することができている.
2) 地域取引SH町内においてN社と取引関係にあるSHとして,さつまいも生産者協議会の生産者と地権者があげられる.1つ目の地域取引SHである,2019年に設立されたさつまいも生産者協議会(以下,協議会)は,N社にさつまいもを出荷し,販売を委託している個人・団体・法人を包括した組織で,21経営(N社を含む)が加入し,そのうち10経営がN社に出荷している.協議会はCB内に形成された地元の60代以上男性中心のネットワーク組織である.組織の活動として,年に一度,町役場・JA関係者を招いた総会(2月)を開催し,栽培技術に関する情報交換を行い,N社が翌年度に見込んでいる販売量に基づいて,各自の生産量の確認を行っている.協議会では,栽培方法が要綱として会員に共有されているほか,希望する生産者にはT氏が栽培指導を行っている.また,生産者同士でトラクターなどの農機具を共同利用(融通)するなどの互助関係が形成されている.販売委託や生産指導に関しては,T氏は必ずしも協議会への加入を条件としておらず,町内の非加入のさつまいも生産者であっても,希望があれば請け負う方針をとっている.また,会員に対しても,栽培されたさつまいもの全てをN社に出荷しなければならないといった規則を設けず,希望する量だけN社に出荷し,独自に販売先を開拓している会員もいる.加えて,生産に対する支援として,生産資材をN社が一括して購入し,さつまいもの収穫が終わり,N社が生産者からさつまいもを買い取る際に,買い取り価格から生産資材の代金を差し引いて精算している.これにより,会員は購買・精算手続きの負担なく,生産に専念することができている.
N社では,N社の独自ブランドによる高付加価値販売を背景に,生産者からさつまいもを1kgあたり平均300円程度で買い取っている.これは,県内の一般的なさつまいもの買い取り価格である1kgあたり120円程度の2倍以上の価格である.これはT氏の,生産者に最大限の利益を分配することで,持続的な経営と産地育成を実現するという経営理念に基づいている.さらに,N社は,一部の協議会会員に,栽培作業や収穫が終わった後,冬場の出荷前作業を担当してもらい,賃金を支払っている.さつまいも生産は秋の収穫が終わると,冬場には畑での仕事がなくなる.その代わり,収穫されたさつまいもの洗浄や選別,加工といった出荷前作業が4月まである.それらの作業は,冬期に農作業がない農家にとって貴重な所得確保の機会となっている.このように,協議会の事務局であるN社ならびにT氏は,協議会の運営や会員の経営に対して重要な役割を担っている一方で,会員の黒子に徹し,インフルエンス活動(伊庭,2002)がみられない.
次に,2つ目の地域取引SHは,N社に農地を貸す地権者である.N社がさつまいも生産に用いる耕地はすべて借入地で,2019年は飯南町内の3名の地権者から計178aを借り入れている.これらの地権者は,いずれも高齢化と担い手不在のために,不作付地となりそうな農地を有していた.不作付地予備軍の農地をN社が借りて耕作することにより,耕地としての有効活用に加え,地権者には借地料として10aあたり年間15,000円(合計267,000円)が支払われ,高齢世帯の収入増につながっている.
3) 販売SHN社は,2019年時点で県内外24の販売先を有し,年間の販売数量は約4万t,売上高は約1,800万円になる.販売先での商品形態は,生芋のほか,焼き芋素材,大学芋,飼料,製粉加工など複数あるが,焼き芋素材が最も多い.そこでN社ではPRのために1kgあたり50円程度の利用料,または焼き芋販売額から店舗経費を差し引いた金額を徴収することで,一部の販売先に焼き芋機をレンタルしている.
さつまいもの販売先の中でも,最も販売量が多いのが県内を中心に8店舗展開している,前出の小売店Gである.2019年では小売店Gへ約17,000tと生産量の4割強を販売した.当初のさつまいも事業では,販路の確保を優先し,利益を上げることを重視していなかったため,1kgあたり25円という安価な価格で販売をはじめた.2014年から,本格的に事業を展開し始めたことを契機に,小売店Gへの販売価格が見直された.それ以来,双方による交渉によって販売価格が決められるようになり,現在では1kgあたり400円台の価格で小売店Gに販売されている.また,販売量で2番目に多い小売店Oへの販売は,小売店Gのバイヤーが小売店Oのバイヤーに紹介(取り次ぎ)したことが契機となっている.
2017年以降の販売先は,島根県内のみならず,広島県や岡山県,四国地方や東京都の小売業者にも及んでいる.また,小売店への販売だけでなく,ネット販売にも積極的に取り組んでいる.収穫される生産物は,大きさや形状にばらつきが大きいため,複数の販売チャネルや加工商品の提供によって,安定的に販売することが可能となっている.
4) 事業展開SHN社との関係を構築することで,さつまいも事業の展開や拡大に影響をもたらした事業展開SHとして,隠岐の島町の生産者,大学教員,県ブランド推進課・産業振興財団が挙げられる.
1つ目の事業展開SHである隠岐の島町のさつまいも生産者は,隠岐の島町役場を通じたT氏の勧めにより,2016年から,さつまいも生産とN社への販売委託(出荷)を行っている.T氏が隠岐の島町へ栽培指導に赴いたことで,栽培経験のなかった隠岐の島町でのさつまいも生産が開始された.また,地域取引SHの協議会の会員と同様,N社によるさつまいもの全量買い取りや生産資材の立て替えで,生産に専念できている.N社では中山間地域に位置する飯南町と海に面した隠岐の島町の,「森」と「海」という対になるイメージをさつまいものブランド名とし,商品に物語を付加して都市部の消費者に独自性を訴求している.
2つ目の事業展開SHである大学教員(島根大学生物資源科学部資源作物学)は,事業の立ち上げ当初から糖度や収量に関する現地栽培試験を継続している.協議会にも参画し,複数の会員の農地を借りることで栽培条件別の試験も実施している.栽培試験の過程で得られた研究成果は,N社をはじめ協議会会員の間で共有されており,さつまいもの品質向上につながっている.また,第三者の研究機関(国立大学法人)によって高糖度であることが実証されることで,販売先や消費者の信頼獲得と高付加価値の認知に繋がり,さつまいも事業のマーケティング展開にプラスの効果をもたらしている.
3つ目の事業展開SHである中間支援組織(県ブランド推進課・産業振興財団)は,N社へ販売先の紹介を行っている.特に,コネクションのなかった東京や四国など販売先の紹介をこれらのSHから受けたことで,販路が中国地方の外にまで拡大した.
前節の結果から明らかなように,N社がSHとの事業ネットワークを構築した背景には農村リーダーであるT氏の存在が欠かせない.そこで,本節では CBを主導する企業とSHの関係性,事業ネットワークに果たす農村リーダーの役割の2点を検討する.
(1) CBを主導する企業とSHの関係性 1) 地域雇用SH中山間地域に位置するN社は,社長を含む正社員が5名と少人数にもかかわらず,さつまいもとカフェを軸とした6次産業化と,178aもの自社さつまいも生産を実現している.その要因は,N社が,年間を通して地域雇用SH(Iターン者,障がい者施設利用者)を安定的に確保しているからであると考える.CBの事業を,「ボランティアと営利追求型の中間領域的ビジネス」(細内,2010)と捉えると,N社と地域雇用SHの関係は,農村部での雇用創出と,N社の事業多角化の双方に寄与している点で,中間領域的ビジネスを規定する関係といえよう.そして,これを実現する事業の特徴は,冬期を含めた仕事の創出による,年間を通して働けるシステムの構築とIターン者の生活環境を整備している点である.
2) 地域取引SH地域取引SHである協議会を通じた10経営や地権者に対するN社の役割は,主に次の2点に集約できると考える.第1は,出荷先に制限を設けないなど,N社が町全体のさつまいも生産振興に資する活動(共同購入,生産指導など情報共有)に特化している点である.第2は,ブランド化に基づいた高価格販売による出荷者や地権者への可能な限りの利益還元である.地域全体で同一農産物を生産することは,一定の収量の確保,共同購入,情報共有の面で優利である.N社と生産者である協議会の事業ネットワークの構築により,農地が小規模で作業がしづらい,生産資材や農機具の導入が困難という中山間地域農業の課題を解決していると考えられる.
3) 販売SH販売SHとの関係性の特徴として次の2点があげられる.第1は,焼き芋機のレンタルに代表的にみられる,N社による,互恵を尊重した販売SHとの関係づくりである.N社が販売するさつまいもの最大の強みは焼き芋にすると糖度が45度を超えるという点である.焼き芋機をレンタルすることで,販売SHの導入コストを下げると同時に,単価の高いさつまいもに,さらに付加価値をつけたうえで,消費者の購買促進を可能にしていると考えられる.第2は,販売価格の設定に代表的にみられる,販売SHとの日常的な交渉と協調である.N社とバイヤー間の交渉により販売価格が変化している.飯南町のさつまいものように,産地としての知名度が低い初期段階において低価格で販売することは,販売SHが試験的に取引しやすい.そこで消費者からの評価を高めることで,販路の拡大につながりやすいと考える.あわせて,取引価格の値上げは,販売SHとの日常的な交渉と協調があって,はじめて実現するものと考える.また,N社の互恵を尊重した関係づくりによって販売SHの信頼を得ていることも,日常的な交渉と協調を可能にしていると考える.
4) 事業展開SH一般に,中山間地域は,CBに活用できる経営資源が限られているが,N社では,3つの事業展開SHとの関係性の構築で,その課題を解決している.その特徴として次の2点があげられる.第1は,ふたつの産地を束ねたブランド化の実現である.隠岐の島町では飯南町内と同じくN社にさつまいもを出荷し,栽培面積を拡大している.N社では,森と海(島)というそれぞれの土地柄を活かした独自のブランド化によるセット販売によって,それぞれの産地の利益を実現している.また,同一の農産物を扱うことで,栽培技術や加工,販売ルートなどを共同利用できるという利点もある.このように,地域性を活かした差別化と,技術指導に基づいた安定生産の実現により,互恵関係を築くことができたと考えられる.第2は,大学教員と,N社を含む生産者との関係による情報的経営資源の入手である.当初,飯南町と大学教員との関係は,任意団体Kが生産するさつまいもの高糖度要因の栽培試験であったが,その後も栽培試験が継続し,協議会での情報共有の関係にまで発展している.これにより,高糖度要因の調査結果を消費者への販売促進情報として活用できたことに加え,化学肥料不使用による高糖度で質の高いさつまいも生産が容易になったと考える.
(2) 事業ネットワークに果たす農村リーダーの役割T氏は,農村リーダーとして本CBを一貫して主導し,すべての町内外のSHとの事業ネットワーク構築に関わってきた.そこから,事業ネットワークに果たす農村リーダーの主な役割について次の2点が指摘できる.第1は,迅速な意思決定に基づいた事業活動を早期に実現している点である.既存研究において,地域のリーダーは地域内の信頼を獲得し,地域外のネットワークを通じて知識や技術を獲得していると指摘されている(中塚・内平,2010).本事例も町内で信頼を獲得している農村リーダーが率先して事業を牽引することで,町内SHを早期に増やし,町外SHから経営資源を獲得することができたため事業の拡大につながったと考える.第2は,CBを主導する経営体を核とした事業展開を可能にしている点である.T氏がN社に属し,SHとの事業ネットワークを構築した結果,N社が各SHとのネットワークの中心にある.それにより事業が一元化することで,生産者や大学教員が参加する協議会のようにSH同士を繋げたり,地域での栽培経験に基づいた技術が隠岐の島町の生産に用いられたりしている.経営資源が限られる中山間地域において,N社が核となり,町内外のSHとも幅広くネットワークを構築することを通じて,希少性の高い技術やノウハウの相互利用を可能にしている.
本研究は,中山間地域のCBを主導する企業とSHとの事業ネットワークの特徴を明らかにすることを目的とした.N社は4類型のSHと事業ネットワークを構築しており,本研究では,①CBを主導する企業とSHの関係性,②事業ネットワークに果たす農村リーダーの役割の2点から事業ネットワークを整理した.その結果,中山間地域におけるCBの事業ネットワークの特徴として,次の3点が指摘できよう.
第1は,中心となる企業が多角化と商品の差別化で利益を確保しつつ,年間を通した雇用システムをSHと構築するなど,各SHとの互恵関係を基礎に,産地形成と生産振興に徹している点である.この点は,生産条件が不利な中山間地域のCBであるからこそ,各SHが目的達成や課題解決のために,互恵関係をより構築しやすかったものと考える.
第2は,外部からの経営資源の獲得と事業ネットワークの拡大である.今回の事例では町外SHとの事業ネットワーク構築が経営資源の獲得に加え,新たなSHの獲得の契機となることが示唆された.中山間地域の町内SHは生産者が中心となるため,町外SHとの連携により販売や事業展開に変化をもたらすとともに,それらSHの紹介を通じた事業ネットワークの構築が事業拡大の要因として考えられる.
第3は,CBを主導する経営体に属する農村リーダーが中心(ハブ)となり,事業ネットワークの構築を行っているという点である.経営資源が乏しいという中山間地域の課題を,農村リーダーのリーダーシップに基づく外部からの技術やノウハウの獲得によって克服し,さらには強みに転換できていることがあげられる.このように,農村リーダー・T氏は個々のSHとの関係性をはじめ,事業ネットワークの構築に欠かせない人材である.N社では,社長をY氏が務め,生産者が中心となった協議会を設立することによって,T氏がCBや事業ネットワークの構築に専念できる環境を整備したように,特にSHへのアクセス条件が不利な中山間地域のCBにおいては,農村リーダーの能力が最大限発揮される条件整備が重要と考える.
なお,本研究の事例は発展途上の段階にあり,さらなる実態分析や他事例との比較検証が必要である.また,本研究の事例が地域に及ぼす経済的効果を定量的に分析するまでには至らなかった.これらの点は,本研究に残された課題としたい.
本稿の作成にあたり,N社,T氏,協議会の皆様,島根大学生物資源科学部・足立文彦先生から多大なご協力をいただいた.また,本稿はJSPS科研費JP19H03062,JP18K05866の助成を受けた.記して感謝の意を表したい.