Journal of Rural Problems
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Book Review
Yasuo Ohe Community-based Rural Tourism and Entrepreneurship: A Microeconomic Approach
Kohei Yagi
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2021 Volume 57 Issue 3 Pages 123-124

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近年,観光は地方創生の切り札とされ,ルーラル・ツーリズムを持続的なビジネスとして実施できる地域の創出は,地方への誘客促進や農山漁村振興策として有望視されている.本書は,そのルーラル・ツーリズムの担い手の実態へミクロ経済学の枠組みから接近した貴重な書籍である.特に,文化財の保全や教育機能,健康・レクリエーション機能といった農業・農村の多面的機能による正の外部効果について,それらを内部化する手段としてルーラル・ツーリズムを位置付けた点は,今後の農業・農村政策にも寄与し得る貴重な貢献と言える.

本書は,4部構成となっている.第1部は「イントロダクション」として,Chapter1で本書の目的を提示している.そこでは,(1)ルーラル・ツーリズムを捉える概念枠組みの提示,(2)コミュニティベースのルーラル・ツーリズム(CBRT)が発展する上での課題と制約の明示,(3)それらの課題をどのように乗り越えるかの分析の3点を挙げている.その上で,先述した正の外部効果の内部化に係る本書の基礎的な概念枠組みを提示している.Chapter2では,その後の議論の背景として日本のルーラル・ツーリズムの課題や政策動向等を整理している.

第2部は「CBRTの役割」と題し,まずChapter3で,宿泊施設を提供する集落ほど耕作放棄地率が低い点を重回帰分析で明らかにし,その背景も分析している.Chapter4では,女性農家が活躍する農園のルーラル・ツーリズムの取組事例を提示し,事業の多様化を通じて多面的機能の活用が進んだ点等が整理されている.Chapter5は,定年退職者の農家によるルーラル・ツーリズムの事例を分析し,多品目少量生産がルーラル・ツーリズムに適しており,生産性の低い定年退職者のような農家にも適用可能な点を示している.Chapter6は,景観形成やレクリエーション,土地保全といった多面的機能とコミュニティの活動の関係を分析している.

第3部は「CBRTの挑戦」として,まずChapter7で,農家民泊経営者の将来の経営方針へ影響する要因を分析し,更に,分析対象地域の14年後の状況と比較している.Chapter8では千葉県の廃校を活用した事例を分析し,ルーラル・ツーリズム事業が住民の自信やコミュニティの繋がりに寄与する一方,コミュニティでの意思決定の原理が優先される課題がある点が整理されている.Chapter9ではルーラル・ツーリズムの労働生産性を分析した他,地域資源の内部化の程度の把握のため,地域農産物を活用した活動数と売上高の関係を明らかにしている.

第4部は「困難の克服と起業家精神」と題し,Chapter10では道路建設が近隣の農園に及ぼす効果や,統合型のツーリズム活動におけるビジネスパフォーマンスの規定要因を分析している.Chapter11では,農産物ブランド化の地域への影響について,売上や雇用を改善させる直接効果と,宿泊業や飲食業の来訪客増加の間接効果の2つに分け,それぞれの規定要因を同時推計している.Chapter12では,農家民泊経営主体へのアンケートにより訪問客との密接な情報交換が地域資源の活用へ良い影響を及ぼす点を明らかにし,また地域資源の活用度合いのインデックスを作成している.Chapter13では,資本や技術,マーケティングの知識が不足する農家を補助するNPOの役割について事例を紹介しながら論じている.Chapter14でもNPOに着目し,NPOによる観光プログラムの開発や実行の過程や課題について事例分析を行っている.Chapter15では,農業体験サービス経営者における農業の多様性の進展に伴う教育機能の外部効果の内部化の実態を分析し,内部化による生産性の向上が限界費用を低減させる効果が,需要増の効果を上回る点等が示されている.Chapter16では,訪問客数や人的ネットワークの有無が農業体験事業のビジネス化へより有効な点が明らかにされている.最後にChapter17で,結びの言葉により本書を締めくくっている.

以上,駆け足で各Chapterの内容を整理したが,本書はChapterごとにミクロ経済学等を用いた概念枠組みを提示し,また学術的な貢献や政策提言を詳述している.そのため,ルーラル・ツーリズムの研究者の他,行政の担当者にとっても今後の政策方針を検討する上で必読の書と言える.とりわけ冒頭で述べたように,農業・農村の多面的機能による正の外部効果を内部化する手段としてルーラル・ツーリズムを位置付けた点は,農業・農村政策でのルーラル・ツーリズムの立ち位置を高めるものとなろう.

以下では,本書を読んで評者が気になった点を述べる.ただし,評者は農山漁村滞在型旅行での旅行者の行動は研究しているものの,担い手側の研究は現状では十分取り組めておらず,認識に間違いのある点があれば何卒ご容赦いただきたい.

第一に,事例分析のChapterが手薄な点が挙げられる.本書は計量的な実証に重きを置いたものではあるが,事例分析のみのChapterも複数存在する.その際,いずれのChapterも1事例の提示に留まっており,該当するChapterで得られた知見をどこまで一般化して良いか疑問が残る.多様な事例を類型化して分析し,得られた知見に事例ごとで相違があるかを比較することで,より一般化した知見を得られるものと考える.この点については,本書で挙げられた点を仮説として,ルーラル・ツーリズムの研究者全体で共有すべき課題が提示されたと考えるべきかもしれない.

第二に,第一の視点で述べた内容とも被るが,ルーラル・ツーリズムと一言に述べても,一個人が進めるものから集落単位,自治体単位,広域連携といった様々なケースが存在し,それぞれ直面する課題が異なる可能性があるが,そうした点は論じられていない.現状では一個人や集落単位の事業が多いものの,今後,自治体単位や広域連携による事業が広がり得ることを勘案すると,各事業が乗り越えるべき課題の検討も必要であろう.特に,広域連携や自治体単位での取り組みは多様な地域資源の活用が見込める一方,ステークホルダー間の調整に労力がかかる.一方,一個人が進める上ではステークホルダー間の調整は少ないものの,地域資源の十分な活用が難しい可能性がある.本書は,閉鎖的なネットワークと開放的なネットワークという視点で,実施主体の特徴は整理しているものの,ルーラル・ツーリズムを進める主体の規模別の研究は,より効果的な推進策を検討する上で必要であろう.これらの点は,制度経済学やミクロ経済学で概念枠組みを提示できる内容でもあり,複数の事例を比較した研究の今後の課題の一つである.

以上の指摘はあるものの,計量経済学の手法で農業・農村の多面的機能による正の外部効果の内部化の程度等を分析した本書は,ルーラル・ツーリズム研究を進める上での一つの指針となる重要な書籍である.なお,本書は洋書であるため,本稿での用語に不適切なものがあれば,それは評者の和訳に問題があるということであり,深くお詫び申し上げたい.新型コロナウイルスの感染拡大で観光業が疲弊しているが,今後は,ワクチンの普及による事態の改善が期待される.その際,どういった施策を取ることが必要か検討する上でも,本書の内容は一つの指針となる.今後のルーラル・ツーリズム研究のバックグラウンドとして,また政策立案のエビデンスとして,本書はぜひ読んでおくべき書籍である.

 
© 2021 The Association for Regional Agricultural and Forestry Economics
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