Journal of Rural Problems
Online ISSN : 2185-9973
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ISSN-L : 0388-8525
Research Article
About Farming Support Organization for People Such as NEET and Hikikomori
Takeshi Ueda
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2021 Volume 57 Issue 4 Pages 125-135

Details
Abstract

Many of those in the Not in Education, Employment or Training (NEET) category in Japan and hikikomori are concerned about falling into poverty as the labor market does not accept them. Providing employment opportunities not only to persons with disabilities, who are the main target of “agriculture and welfare collaboration,” but also to those who are in NEET and facing social issues such as hikikomori would contribute to solving the problems. Considering these problems, the purpose of this study is to clarify the requisite for establishing the farming support organization, that is working to provide the employment for people such as in the NEET category and those who are hikikomori. Following verification, this study showed that the combination of the employment form (permanent/temporary) and working area (wide/narrow) reduces the barrier for NEET and hikikomori to work. Further, the study revealed that the combination will be more effective if the farming support organization which will help them, has the function to procure resources as well as to provide support to NEET and hikikomori and contribute to the realization of Decent Work.

1. はじめに

(1) ニート・引きこもり等の人々への就労支援にかかる課題

ニート・引きこもり等の人々をはじめとする若者の就労難が社会的問題として顕在化している.ニート1や引きこもり2を要因として通常の就労が困難となった場合,ミッシングワーカーとして労働市場の対象外となり,生活困窮に陥ったとしても障害者総合支援法3や生活保護法等のセーフティーネットから抜け落ち貧困層となることが懸念される.一方で,これらの人々を対象とする就労支援策は極めて限定的である.

ニート・引きこもり等の人々への就労をはじめとする支援は,1990年代よりフリーター問題4への対応の一つとして捉えられてきたが,その体制は十分ではなかった.その理由として,当時の彼らに対する社会的な理解は「就業意欲の低い若者」だったからである(小杉・堀,2004).2000年代に入り,就労が可能と推測されるニート・引きこもり等の人々に対して,政府は2003年に「若者自立・挑戦プラン」を制定し,2005年「厚生労働省委託事業・若者自立塾」による宿泊研修事業(2011年廃止)や,2006年「若者サポートステーション事業」における相談や職業体験活動を実施する体制を整えるに至る.このような事業は,一定程度,事業対象者の就業意欲を高め,一般的な就労を実現する機能を果たしてきた.ただし,比較的就労準備性5の低い若者に対しては,効果的な「就職」支援が見い出されるに至っていない.加えて,ニート・引きこもり等の人々の就労問題は,「就職」支援に引き続き「就労」を維持するための継続的な支援を必要とする(横井,2006).

このような経緯を経た後,2008年のリーマンショック後の生活保護受給者の増大を機に,2015年に生活困窮者自立支援法が制定される.同法の事業内容はこれまでの保護から社会参加へ大きく転換するものである.また,事業対象者として,失業者や低所得者に加えて,社会的孤立により生活困窮に陥る恐れのあるニート・引きこもり等の人々が含まれる.

事業の具体的な内容としては,まず,自立に向けた相談体制の整備であり,全ての福祉事務所への生活支援員と就労支援員の配置と,訪問支援を含めた就労に関する相談対応が強化された.また,任意事業として,就労準備支援事業,家計相談支援事業,一時生活支援事業,子どもの学習支援事業の4事業による,比較的就労準備性の低いニート・引きこもり等の人々に対する中間的就労6への支援策が制度化された.さらに,中間的就労に向けた就労訓練を実施する事業所に対する認定制度7が設置されたが,認定就労訓練事業所への公的助成はないため,事業主体となる特定非営利活動法人等の取り組みは広がっていないのが現状である.すなわち,ニート・引きこもり等の人々に対する就労支援のための法整備が進む一方で,その事業を実施する主体の育成への取り組みが脆弱であるが故に,ニート・引きこもり等の人々に対する就労支援は課題が多い.

(2) ディーセント・ワークの実現

ディーセント・ワークは,それぞれの人々の能力に応じた多様な働き方を尊重し,社会として支援することを目標としており,「だれもが働きがいのある人間らしい仕事」(国際労働機関(ILO)駐日事務所)と定義される.この概念は単に金銭を得る経済活動を超えた社会的な含意を有している.武田(2011)は,「ディーセント・ワークとは,人間の誇りを失わずに社会の人々に喜んでもらえ,自然や環境と共生し,地域の発展にも貢献するような仕事をすること」であり,また,「ディーセント・ワークの中心をなすものは,あくまで具体的で有用な使用価値の創造である.自分たちや地域の人々にとって真に必要とされ,かつ喜びともなる物やサービスを作り出すことは,貨幣で測られる価値を超えたものして受け止められるであろう」としている.このように,ディーセント・ワークは,誰もが人間らしい仕事を持てることであり,障がい者をはじめとする社会的に支援を要する人々が仕事を通じた自己実現と社会からの評価を可能とすることが求められる.

また,池上(2016)は,「農福連携は,競争や利潤追求という儲かるだけが農業という理解と対極にあり,障がい者やニート・引きこもりなど様々な属性を持つ労働主体が関与することにより,「新しい農業」として社会的価値を創造するディーセント・ワークの理念に叶ったもの」としている.生活困窮者自立支援法の制定から6年が経過し,今後,地方からの様々な問題提起などを踏まえた検討が進むと考えられるが,その際,ディーセント・ワークの理念が叶えられているかが重要である.

しかしながら,ニート・引きこもり等の人々への行政の支援体制は脆弱であり,支援する特定非営利活動法人等も極めて僅少である.行政の縦割りなどの「硬直性」や厳しい経済情勢下での「財政規律の維持」などにより,支援体制の充実や公的支援の拡充は容易でない.生活困窮者自立支援法制定から4年経過した2019年においても,任意事業である就労準備支援事業の地方自治体での進捗率48%であり,制度を所管する多くの地方自治体の現場では,依然として,福祉と労働の縦割りにより,就労に繋ぐ働きかけは十分と言えない.宮本(2017)は「この制度は自治体の執行において,多くの壁に突き当たっている」としているように,生活困窮者自立支援法の理念が地方自治体などの現場に浸透するには,まだまだ時間を要する.

(3) 研究の課題

以上の問題認識に立つ本研究は,ニート・引きこもり等の人々の農業就労(以下:就農)に関して,先進的な「就農支援に取り組む事業所等」(以下:就農支援組織)を対象に,その成立要件を明らかにすることを課題とする.具体的には,労働力不足が深刻化している地方を就農先とする就農支援組織を分析事例として,課題への接近を図る.

2. ニート・引きこもり等の人々への就農支援にあたっての課題

(1) ニート・引きこもり等の人々への就農支援

農業はニート・引きこもり等の人々に対して,達成感,他者との関わりを提供する等の効果があることが明らかにされている(中本・胡,2015).加えて,心身の健康回復プロセスに寄与し,集中力,コミュニケーションスキル等の改善をもたらす効果も指摘されている(中本・胡,2016).そのためニート・引きこもり等の人々への就労支援では,就農が一つの選択肢として有望と考えられている.また,労働力不足に悩む地方では,障がい者やニート・引きこもり等の人々に対して,地域農業を担う人材としての期待がある(西岡,2017a).

しかし,認定就労訓練事業所への公的助成が存在しないなどその支援体制には課題があり,就農支援組織は極めて少数である.小柴(2017)によると,法人の運営は,ニート・引きこもり等の人々への支援自体によって,大きな負担を負うことになる.例えば,兵庫県神戸市に所在する特定非営利活動法人Xは,障がい者を対象とする就労継続支援A型事業所において,ニート・引きこもり等の人々を支援しているが,利用者の受け入れは2名に留まるとしている.すなわち,ニート・引きこもり等の人々の就農について,就農者側と就農先の両方から期待がある状況にも関わらず,その進展が見られないのが現状である.そのため,農業と医療・福祉分野の連携強化を踏まえた広域的な支援体制整備が必要とされている(中本・胡,2016).

一方,障がい者への就労支援における農業への取り組みはニート・引きこもり等の人々におけるそれとは対照的である.国による就労継続支援事業所などへの公的助成に加えて,地方自治体は独自の取り組みを実施している.小柴・吉田(2016)は地方自治体が中間支援組織の設置主体となり,特定非営利活動法人K協議会による農家から福祉事業所への農作業の斡旋や,N雇用推進協議会による受け入れ農家の発掘やジョブトレーナーによる支援など障がい者の就農に向けた地域における多様な取り組みを紹介している.

このように障がい者への就農支援では,公的助成の対象となる多くの就労継続支援事業所が設置され,それを支援する中間支援組織による多様なサービスが展開されるなど,高い成果が得られている.このような実績を背景として,ニート・引きこもり等の人々への就農支援についても,今後の推進が期待されているところである.

(2) ディーセント・ワーク推進にあたっての行政の課題

ニート・引きこもり等の人々への効果的な支援を検討する上で,行政における課題を明らかにしておくことは重要である.ついては,ディーセント・ワークの推進に着目し,その行政の取り組みにおける課題を検討する.なぜなら,ディーセント・ワークは,「行政が施策を進めるうえでの中心的な目標とすべきもの」(西谷,2011)であり,単に金銭を得る経済的な活動としての仕事を超えた社会的な意義を有しており,かつ,「社会的な支援の枠組みの中で実現していくことが重要」(朝日,2008)とする保護雇用の理念が包含されているからである.すなわち,ディーセント・ワークは,健常者だけでなく,障がい者やニート・引きこもり等の人々など,社会的に支援を要する人々が,自己実現と社会からの評価を求める仕事のあり方そのものであり,本研究の課題と問題意識を同じくするものである.

さて,ディーセント・ワークの推進における第一の課題は,行政の支援体制の整備である.ニート・引きこもり等の人々など生活困窮している人々への行政の支援体制は,労働行政と福祉行政に二分化している(松井・岩田,2011).労働行政は,就労の準備が整ったニート・引きこもり等の人々には支援を行うが,社会的な孤立や病気など複合的な課題を抱えた人々には支援の対象とし難い.一方,福祉行政は,生活保護受給者に向けた支援が主であり,両者の狭間に置かれた多くの人々が存在する.西岡(2017b)によると,労働行政は,多様な就労阻害要因を理解せず「阻害要因がない」対象者を求人や訓練等に繋ぐ支援に腐心し,また,福祉行政は,雇用システムに期待し,求人に繋ぐことのみに腐心していると指摘する.すなわち現行の行政の支援体制は,縦割りの弊害により,こぼれおちる多くの人々が存在し,ディーセント・ワークの理念から程遠い状況となっている.支援を必要とするあらゆるニート・引きこもり等の人々に対し,労働行政と福祉行政が一体として当る必要がある.

第二の課題は,行政による支援のための財源確保である.例えば,前述のニート・引きこもり等の人々を中間的就労に向けて支援する認定就労訓練事業所への公的助成が存在しないことである.この理由について,鏑木(2020)は,認定就労訓練事業所の運営経費は公費で賄うのでなく社会福祉法人改革8の一環として,社会福祉法人に自主的な社会貢献活動を求めるためとしている.

このことは,多くの内部留保を有する社会福祉法人では可能かもしれないが,ニート・引きこもり等の人々を支援する財政基盤の脆弱な特定非営利活動法人等では自主財源の捻出は困難であり,質・量の両面において,ディーセント・ワークの理念を反映できない事態を招いている.

3. 分析枠組みの構築

(1) ニート・引きこもり等の人々が就農する形態

ニート・引きこもり等の人々が就農する形態(以下:就農形態)は,就農要素である雇用形態と就農者の移動範囲によって決定される.また,雇用形態については,年間を通じた常雇と農繁期における一時雇に区分される.同様に,就農者の移動範囲については,移住を前提とした全国エリアの広域と同一県域内の自宅等から通うことを前提とした狭域に区分される.これら就農形態である雇用形態及び就農者の移動範囲により4つに類型化することが可能である(図1参照).

図1.

ニート・引きこもり等の人々が就農する類型

出典:筆者作成

雇用形態を構成する類型要素について,常雇は農家には継続的な勤労意欲を有する良質な人材を,ニート・引きこもり等の人々には安定的な職場を提供する.一時雇は,農家には,農業参加のハードルが低いことから多くの労働力を,ニート・引きこもり等の人々には,容易に仕事につける利便性を提供する.一方,就農者の移動範囲を構成する類型要素について,広域は,農家には移住を前提とすることから目的意識が明確な良質な人材を,ニート・引きこもり等の人々には多くの選択肢を提供する.狭域は,農家には募集活動や採用手続きの簡便さによる安価な確保費用を提供する.ニート・引きこもり等の人々には,環境を変えずに日常生活の中で農作業に従事することによる精神的な負担感の軽減をもたらす(表1参照).

表1. ニート・引きこもり等の人々の就農形態の4類型を構成する類型要素
       就農要素類型要素
対象
雇用形態 就農者の移動範囲
常雇 一時雇 広域 狭域
農家 良質な人材 多くの労働力 良質な人材 安価な確保費用
ニート・引きこもり 安定した職場 利便性 多くの選択肢 精神的負担感の軽減

出典:筆者作成

1)それぞれの特性はデメリットとして裏返しになる

次に,上記の就農形態の4類型について,現実社会における状況を確認する(図1参照).

Ⅰ型の常雇と広域の組み合わせにおいては,農家は良質な人材を集めることができる.一方,ニート・引きこもり等の人々は安定した職場と多くの選択肢を有しており,現実社会においても,事例として見受けられる.Ⅱ型の常雇と狭域の組み合わせにおいては,都市では先述の兵庫県神戸市に所在する特定非営利活動法人Xの事例が該当するが,閉鎖的になりがちな地方では,ニート・引きこもり等の人々が同一県域内で常雇のために移動するケースを想定することは難しく(小杉,2004),事例としても存在しない.Ⅲ型の一時雇と狭域の組み合わせにおいては,農家は農繁期において多くの労働力を安価な費用で確保することができる.一方,ニート・引きこもり等の人々は,容易に仕事に就ける利便性を有し,精神的な負担感も軽減しており,現実社会においても,事例として見受けられる.Ⅳ型の一時雇と広域の組み合わせにおいては,ニート・引きこもり等の人々が地方に移住した上で,一時雇により生計を得ることは現実的でなく,事例も存在していない.

以上により,本研究では,分析対象として,現実社会に存在する,Ⅰ型常雇・広域及びⅢ型一時雇・狭域に区分される事例を用いることとする.

(2) 分析枠組みとする二類型の課題と支援組織の機能

ニート・引きこもり等の人々にとって,就農は,容易ではないだろう.そのため,Ⅰ型,Ⅲ型の就農形態を用意できたとしても,各類型での就農を可能とする支援組織の取り組みが必要となる.

Ⅰ型常雇・広域では,ニート・引きこもり等の人々は,移住を前提として広域に移動するため「精神的な負担感の軽減」を図る必要がある.農家は,常雇には,農業にかかる一定の知識・経験を求めるため,事前訓練など「労働力としての質の確保」を必要とする.Ⅲ型一時雇・狭域では,ニート・引きこもり等の人々は,農作業を通じて自立をめざすため,農繁期限定でなく「年間を通じた安定した就農機会の提供」を実現する必要がある.一時雇は農業参加のハードルは低いものの,農家は「農作業としての質の確保」を必要とすることを忘れてはならない.

このような課題解決は容易ではないことから,行政の支援体制が脆弱な中,先進的な事業主体である就農支援組織には,二つの機能が求められる.第一に資源調達機能である.自らの経営資源だけでなく,外部からの十分な支援を求め得る組織にあっては,1.人的資源,2.物的資源,3.資金を調達し,ニート・引きこもり等の人々への就農支援を強化することが有効となろう.第二に支援機能である.ニート・引きこもり等の人々は,農業に関する知識・経験に乏しく,農家も対応についての経験等がないと考えられるため,就農に至るまでの支援が必要となる.具体的には,1.ニート・引きこもり等の人々が就農のきっかけとなる「就農へのインセンティブの付与」,2.労働力(農作業)としての質の確保のための「就農訓練等」,3.就農継続に向けて農家側に求められる対応を指導する「農家バックアップ」が考えられる.以上により導出した就農支援組織に求められる機能については,事例分析において,詳細に確認する.

(3) 研究対象とする事例

研究対象とする就農支援組織として,Ⅰ型常雇・広域に区分される事例は,(株)泉州アグリとする.当団体は青森県弘前市の農業労働力不足に困窮するりんご農家へ大阪府泉佐野市からニート・引きこもり等の人々を就農訓練した上で「常雇」として「広域」に労働力を移動している.

また,Ⅲ型一時雇・狭域に区分される事例はJA全農大分とする.当団体は大分県の中山間地域において一時労働力を確保できずに,農業を断念するケースに対し,県内の都市部(大分市,別府市等)から「一時雇」として「狭域」に労働力を移動している.

4. 事例分析

(1) (株)泉州アグリの支援活動

(株)泉州アグリは,2000年より任意団体として大阪市内でニート・引きこもりの若者の自立についての相談事業等を通じて支援してきた「おおさか若者就労支援機構」を前身とする.2002年に特定非営利活動法人化し,2005年厚生労働省からの「若者自立塾」事業の受託を機に,泉佐野市に拠点を移し宿泊形式による生活訓練等を実施してきた.2009年までの4年間で約100名が入塾し,そのうち7割が一般就労するという高い実績を上げている.2015年に社会的な課題をビジネス手法により解決しようとして,まちづくりプランナーから転身したO氏や「おおさか若者就労支援機構」創設時から関わるK氏を中心とするメンバーにより,農業部門に特化した(株)泉州アグリを新たに設立した.耕作放棄地農地約7.5haを借り,50種類の農産物の生産と沿線電鉄である南海電車と連携した農産物の販売,泉州特産品の水ナス加工など,農業を通じた数多くの就労体験・訓練を実施している.社員は22名で,その多くはニート・引きこもり等の利用者から登用されている.ニート・引きこもり等の人々には,開放型の農業は効果が大きいため,市町村の福祉相談機関等を通じて利用者となるケースが多い.また,ニート・引きこもり等の人々の症状は,一進一退することが多く,個々の状況に応じたきめ細やかな支援を継続する必要がある.(株)泉州アグリは,事前に働く時間や作業内容について,段階を踏みながらきめ細かく支援する「支援付き就労」により全国的にも高い実績を上げており,市町村の福祉相談機関等からの信頼も厚い.

2015年12月,「都市と地方をつなぐ就労支援カレッジ事業」が,大阪府泉佐野市と青森県弘前市の自治体共同事業として,内閣府の地方創生交付金事業に採択された.本事業は,図2のように,両市の連携協定のもと,泉佐野市でニート・引きこもり等の人々を「支援付き就労」による就農訓練を実施したうえで,深刻な農業労働力不足に直面している弘前市のりんご農家での農業体験を経て,移住へ繋ぐことを狙いとしている.実施期間は2015年12月から2021年3月までの5年4ヶ月である.実施にあたって,泉佐野市(まちの活性課)は,内閣府より地方創生交付金の交付を受け,(株)泉州アグリ,特定非営利活動法人おおさか若者就労支援機構,生活困窮者の就労支援組織であるA‘ワーク創造館の三者からなる連合企業体に事業委託した.

図2.

(株)泉州アグリの支援体系

「都市と地方をつなぐ就労支援カレッジ事業」

資料:聞き取り調査により筆者作成

泉佐野市での就農訓練は,(株)泉州アグリが「泉佐野で農にまつわるイロハを学ぶ5日間」プログラムにより,農作業体験や店舗販売,水なすなどの加工品製造など多様な訓練を繰り返し,農業の習熟度をあげている.弘前市での農業体験をする前に,泉佐野市で概ね100日程度の就農訓練を実施している.地方創生交付金事業の対象となった2015年12月から2021年3月までの間に,泉佐野市での就農訓練に654名が参加した.

また,青森県弘前市での農業体験には2泊3日と2週間のコースがある.弘前市は,りんご農家に対し,ニート・引きこもり等の人々が就農継続できるよう,支援している.具体的には,イラストなどを多用した栽培マニュアル「初心者がりんご農家で働く前に知っておきたい弘前のりんご栽培のこと」を作成した.本マニュアルを通じて,農家がニート・引きこもり等の人々を栽培指導するにあたり,予めりんご栽培のプロセスや農作業手順の理解を求めることや,農作業を分解して,習熟度合いに応じた農作業分担を提示している.また,新たに健康福祉部就労自立支援室を設置し,住宅の斡旋や生活相談など,公民連携による「しごと・生活一体型支援」を実施している.2016年2月から2021年3月までの間に231名が農業体験を行い,3名の二地域居住(冬は泉佐野市居住)の効果がでている.

さらに,りんごの収穫時期の秋(9~11月)に限定されることなく,2017年7月より石川県加賀市の梨(7~9月),2020年4月より北海道小清水町のビート(4~5月),愛媛県八幡浜市のみかん(11~12月)による広域連携に取り組むことにより,当初の移住目的だけでなく,交流人口の拡大も含めた,多様な就農機会の提供を始めている.また,本事業の有意性が評価され,2021年4月から2023年3月まで,厚生労働省の「地域課題解決型就職氷河期就労支援事業」に採択され,継続が可能となっている.

(2) JA全農大分の支援活動

引き続く人口減少の中,大分県の中山間地域における農家の労働力確保は困難となり,農業の存続が危うくなっている.例えば高齢化により収穫時の15kgの白菜を手押し車で運搬できないため農業を断念する農家が数多く出てきた.また,農繁期に一時的な応援を得ることができないため,他府県の青田買い業者に収穫作業を依頼するしかなく,JAは地元農産物を集荷できないなど多くの課題が現れてきた.

そのため,2014年4月,JA全農大分が,大分県内の大分市,別府市などの都市部から深刻な労働力不足に直面している中山間地域へ労働力を移動させる「労働力支援事業」を始めた.

「労働力支援事業」は,図3のように,JA全農大分が事業全体をコーデイネートし,労働力支援にかかる実務はパートナー企業である(株)菜果野アグリが担っている.具体には,JA全農大分が,組合員である農家から農作業の支援要請を受け,農作業現場の下見,受諾の可否等,契約に先立って事前調整を行う.県内に4箇所あるJAは農家との契約などの事務手続き,収穫物の選果場での仕分けなどを担っている.(株)菜果野アグリは,農作業員の募集,現場への送迎,経験豊かなリーダーによる農作業の指導,最寄りのJA選果場への出荷などを担っている.(株)菜果野アグリは元建設会社で,労働者派遣等のノウハウを有する実績から,JA全農大分がパートナー企業に認定した.

図3.

JA全農大分の支援体系「労働力支援事業」

資料:聞き取り調査により筆者作成

 資金の流れ

 資金以外の業務の流れ

事業の特徴は,農業経験のない人でも農作業を行えるよう,①給料の日払い,②柔軟な勤務時間,③作業現場への送迎の3点により,「1日単位でいつでも都合のいい時に農作業の仕事がある」という,参加のハードルを大きく下げたことにある.また,作業工程ごとにイラストによるマニュアルを作成し,農作業を標準化している.募集は,インターネットを活用しており,このような情報が,多くのニート・引きこもり等の人々に広まり,就農意欲を引き出した.現在,利用者のうち,ニート・引きこもりなどの人々が半数を占め,就農機会の提供という社会的意義は大きい.

農家とJAとの契約は請負契約であり,農作業に農家は一切関与しない仕組みになっている.労働力支援にかかる直接的な費用は農家が負担し,(株)菜果野アグリの運営経費に充てている.農家がJAに支払う請負契約料は,例えば1反のキャベツ収穫作業では,約9万円である.請負契約であるため,時間単価としての積算はないものの,当該作業には9人が従事しており,1時間当たり約1,500円に相当する.農家としては,これまでのお互い助け合う,結(ゆい)からすると破格の料金であったが,農作業の質の高さと,農地での農作業から選果場への出荷まで一括して行われるなど,負担軽減が顕著であったため,利用が広がった.また,賃金も最低賃金を上回っており,数多くの労働力を確保できている.事業全体のコーデイネートに要する間接的経費は,農家支援の観点からJA全農大分が負担しており,事業の安定性を確保している.

「労働力支援事業」を継続するには,希望すればいつでも仕事に就けることが重要であり,2016年より,年間を通じた就農機会を創出するため,冬・春の農閑期での栽培品目として,新たにキャベツを営農指導した.大分県におけるキャベツの栽培面積は事業開始前の2014年は約10haであったが,2017年では約45haと約4.5倍に増加した.また,年間の労働力支援総数は,2014年は1,248名であったが,2018年は20,117名と飛躍的に増加している.

「労働力支援事業」の構築には,JA全農大分のH課長が,2014年の事業立ち上げ時から現在まで一貫して関わっている.農家との契約にかかる労働者派遣法の解釈や農作業マニュアルの策定,パートナー企業の認定など多くの課題に関わってきた.

これまでの「労働力支援事業」は,JAグループ内で完結しており,本事業を利用するニート・引きこもり等の人々の多くは,行政の相談機関等の社会資源を活用する機会がない.このため,2020年4月より(株)菜果野アグリは大分県から就労訓練事業所の認定を受け,福祉,労働機関等との連携を図り,ニート・引きこもり等の人々を自立に繋ぐ取り組みを始めている.

5. 考察 就農支援組織の成立要件の解明

ニート・引きこもり等の人々の就農を支援する就農支援組織の成立要件を解明するためには,第3節において整理した課題に対して.資源調達機能,支援機能がどのような役割を果たしたのか,その論理を明らかにすることが必要である(表2参照).

表2. 就農支援組織に求められる機能
   就農支援組織の機能
類型・課題
資源調達機能 支援機能
人的資源(キーパーソンの存在) 物的資源 資金 就農へのインセンティブ付与 就農訓練等 農家バックアップ
常雇・広域(泉州アグリ)・ニート等の精神的な負担感軽減・労働力としての質の確保 20年の支援実績を有する経験 広域連携により就農できる農地の調達 外部資金(地方創生交付金) 市町村等との連携による就農意欲の引き出し 高度な就農訓練 しごと・生活一体型支援
一時雇・狭域(JA全農大分)・安定した就農機会の提供・農作業としての質の確保 組織課題解決に向けた取り組みの一貫性 農閑期における営農指導により,年中就農できる農地の調達 自主財源 大幅な雇用側の条件整備 マニュアル・標準化 農作業に関与する必要なし

資料:聞き取り調査により筆者作成

(1) 「常雇・広域型」

「常雇・広域型」はニート・引きこもり等の人々が常雇として移住することを目的に広域に移動する,達成には困難が伴うパイロット事業的な形態である.

まず,就農するニート・引きこもり等の人々に対する「精神的な負担感の軽減」には,就農継続に向けて農家側に求められる対応を指導する,農家バックアップ「支援機能」が重要である.本事例では,地元自治体による,わかりやすい農作業マニュアルによる習熟度合に応じた農作業分担の提示や,生活相談の実施など,公民連携による「しごと・生活一体型支援」を行なっている.

第二に,ニート・引きこもり等の人々を雇用人材として育成するための「労働力としての質の確保」では,就農訓練等「支援機能」が重要である.本事例では,前身のおおさか若者就労支援機構を含めて20年に渡ってニート・引きこもり等の人々を支援してきた経験(人的資源「資源調達機能」)に基づく高度な就農訓練9を実施している.また,市町村等との連携により,就農を希望するニート・引きこもり等の人々の就労意欲を引き出している(就農へのインセンティブ付与「支援機能」).なお,本事業には,外部資金である地方創生交付金を充てている(資金「資源調達機能」).

今後,移住や交流人口の拡大に向けては,年間を通じた仕事の確保等が課題であり,単一の自治体との連携のみならず,広域連携により農繁期ごとに農地を調達し,労働力を移動する取り組みを始めている(物的資源「資源調達機能」).

(2) 「一時雇・狭域型」

「一時雇・狭域型」は中山間地域の農家の労働力不足に対し,ニート・引きこもり等の人々を一時労働力として狭域に移動することにより解決を図る形態である.

まず,ニート・引きこもり等の人々が,農作業を通じて自立をめざすためには,農繁期限定でなく「安定した就農機会の提供」が重要である.本事例では,農閑期におけるキャベツの営農指導により,年中収穫できる農地の調達(物的資源「資源調達機能」)と賃金の日払い,柔軟な勤務時間,作業現場への送迎という大幅な雇用側の条件整備(就農へのインセンティブ付与「支援機能」)により,ニート・引きこもり等の人々の就農意欲を引き出し,現在では事業全体で2万人を超える一時労働力を確保している.

第二に,「農作業としての質の確保」が重要である.常雇のような高度な訓練による労働力の育成は要しないものの,農家にとっては,農作業の標準化により,一定の質が担保されていることが重要である.本事例においても,事前の受諾の可否を判断する中で対応可能な農作業に限定するとともに,作物ごとのわかりやすいイラスト入りのマニュアルによる農作業の標準化を徹底している(就農訓練等「支援機能」).また,本事業の構築には,農家の実態を熟知しているJA全農大分のH課長が,事業立ち上げから一貫して関わるキーパーソンの存在(人的資源「資源調達機能」)とJA組織による安定した自主財源(資金「資源調達機能」)に依拠する点が大きい.なお,本事業は請負契約であるため,農家は農作業に関与する必要がない(農家バックアップ「支援機能」).

当初の事業の狙いは,農業労働力不足に対する農家支援が主であったが,2020年4月より,認定就労訓練事業所として,参加者の半数を占めるニート・引きこもり等の人々の自立を支援する役割も担っている.

(3) 小括

前項までの分析結果において,ニート・引きこもり等の人々の就農支援に向けて,雇用形態と就農地域(移動範囲)の最適な組み合わせにより,就農する条件が緩和されることを明らかにした.その上で,その組み合わせが機能するために,支援組織に求められる資源調達機能と支援機能の内容と必要性を明らかにした.すなわち,雇用形態・就農地域(移動範囲)は,個々のニート・引きこもり等の人々の個性に照らして働きやすさを確保するための条件となる.同時に,雇用する側にとっては,農業経営に求められる労働力の質を確保する条件となる.

一方,支援組織は,それぞれの雇用形態と就農地域(移動範囲)の組み合わせにより,支援組織自身の活動を効率的に継続するための資源調達機能の必要性を示した.加えて,同じく,就農に関わる障壁を低減し得る支援機能の必要性を示した.

ニート・引きこもり等の人々の個性は多様である.また,それぞれに必要とする就農支援は一律ではない.しかし,就農条件に関する雇用形態と就農地域(移動範囲)の組み合わせと,これを補完し,障壁を低減し得る,資源調達機能と支援機能を支援組織が充足することにより,就農の可能性は大きく広がることが明らかになった.

以上により,支援組織によるニート・引きこもり等の人々への就農支援は,ディーセント・ワークの視点から,次の二点について有効であることが指摘できる.

第一に,資源調達機能は,ニート・引きこもり等の人々にとっての安定的な就農機会を提供する上で,有効であった.すなわち,物的資源(農地)や資金などの調達は,効率的に継続した支援を可能とした.その結果,支援組織は,ニート・引きこもり等の人々に,安定的な就農機会を提供した.第二に,支援機能は,ニート・引きこもり等の人々にとっての就農機会を広げる点で有効であった.すなわち,就農訓練や農家へのバックアップなどの支援活動は,就農に関わる障壁を低減した.その結果,支援組織は,ニート・引きこもり等の人々に,幅広い働き方ができる就農条件を提供した.なお,このような先進的な支援組織の取り組みを広げるには,公の役割が欠かせない.

6. 今後の推進に向けて

新型コロナウィルス感染症が拡大する中,雇用不安が広がり,ニート・引きこもり等の人々が社会的孤立や生活困窮に陥ることが懸念される.このような時こそ,行政の縦割りを排除し,公の役割を強化する必要がある.

今後,ニート・引きこもり等の人々の就農を推進するには,公の役割として,二点が重要である.第一は,本研究における支援組織の成立要件を普遍化することである.例えば「一時雇・狭域型」は,JA全農大分による成功モデルであるが,全国のJA全農組織において適用可能である.2020年7月より厚生労働省社会援護局が主催する「農業分野等と連携した就労支援の機能強化モデル事業」において,JA全農大分の取組みをモデルとして,就農支援の強化を図る検証が始められており,その成果が全国に広がることを期待したい.

第二は,本研究において問題提起をした認定就労訓練事業所への公的助成については,生活困窮者の対象が幅広く,財源の制約等により,当面,実現は困難と考えられる.このため公的助成については,一律ではなく,中間的就労に結びついた人数や利用者の満足度など成果指標に基づく助成から実施すべきではないだろうか.

米澤(2011)は,「社会的に支援を要する人々に対する社会的排除の中心的課題は,労働市場からの排除の克服にある」とする.これまで制度の狭間にあったニート・引きこもり等の人々も,生活困窮者自立支援法の制定により,ようやく支援が講じられようとしており,その推進に期待する.しかしながら,先行的に展開されている障がい者では,障害者総合支援法による,最低賃金の確保や工賃倍増などの金銭的な価値に重きがおかれ,ディーセント・ワークの理念である,「誰もが働きがいのある人間らしい仕事」の実現にはなお,課題を有する.就労支援では,「労働市場で通用する能力を身につけるだけでなく,個人の状況に適合できる仕事を生み出す」ことが重要である(Laville et al., 2006).次回の研究課題として,就農支援が,ニート・引きこもり等の人々や労働力不足に直面する農家にどのような効果があるのか,更には,ニート・引きこもり等の人々の多様な働き方を自立に繋げる支援のありかたなどについてさらに検証を深めていく.

1  ニートとは,15歳から34歳までの非労働力人口のうち家事も通学もしていない者,約60万人(総務省「労働力調査2020」).

2  引きこもりとは,就学,就労等の社会参加を回避し,原則として,6ヵ月以上にわたって,家庭にとどまり続けている状態の者,約70万人(内閣府「ひきこもり生活実態調査2018」).

3  障害者総合支援法は2007年に制定された障害者の経済的自立を支援する障害者自立支援法に新たに難病等を対象に加えた総合的な支援を目指す法律.

4  フリーター問題とは,一律の定義がないものの『国民生活白書』(2003)において,「15~34歳の若年(ただし,学生と主婦を除く)のうち,パート・アルバイト(派遣を含む)及び働く意思のある無職の人」をフリーターと定義し,2002年段階で417万と推計され,急増するフリーターへの就労支援が当時の政策課題となった.

5  就労準備性とは,働くことについての理解・生活習慣・作業遂行能力や対人関係のスキルなど,働くための基礎能力.

6  中間的就労とは,直ちに一般就労が困難なものに対し,軽易な作業の提供から個々の状況に応じた就労支援プログラムを提供すること.

7  認定制度とは,生活困窮者に対し,就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練と行う事業を実施する事業者に対し,一定の基準に該当する事業であることを認定すること.

8  2016年3月制定の「社会福祉法等の一部を改正する法律」により,内部留保の多い社会福祉法人に対して,本来の社会福祉事業に充てることを求めるなど,社会福祉法人の抜本的な制度改革が実施された.

9  大阪府泉佐野市において,1週間ごとの農作業プログラム「泉佐野で農にまつわるイロハを学ぶ5日間」において,概ね100日程度の就農訓練を実施している.

引用文献
 
© 2021 The Association for Regional Agricultural and Forestry Economics
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