Journal of Rural Problems
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Plenary Lecture
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Atsuyuki Asami
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2022 Volume 58 Issue 1 Pages 1-3

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本日は第71回地域農林経済学会大会にご参集いただき,誠にありがとうございました.大会シンポジウムに先立ち,少しだけ話をさせていただきます.本学会がみつめてきたものは「地域」です.地域の把握の仕方に本学会の特徴があります.これは,1999年に学会で編集された『地域農林経済研究の課題と方法』(富民協会)において,中間領域(メゾ)を対象とする「メゾエコノミクス」として提唱されました.それ以来,この観点からの議論が展開してきました.これを再考してみたいと思います.

注目したいのは,第50回大会の原洋之介による基調講演です.そこでは,地域研究と経済学との中間領域としてのエリアエコノミクスの観点からメゾをみつめ,事例研究などの非計量的アプローチと大量のデータから仮説を検証する計量経済学的アプローチを繋げることこそが,メゾエコノミクスの最大の宿題としています.この中で原が紹介している,クリフォード・ギアーツ(2001)によれば,これは「収斂するデータ」と「発散するデータ」の問題です.前者は事例研究,後者は統計分析に対応します.すなわち彼の言葉によると,国勢調査などから得られる大量の観念的算術に基づく発散するデータでは,数えられるものだけが把握できるものという分析になってしまい,多様で雑多な測定,観察,描写された事実は記述されません.一緒に年を取り互いの生活に関与していることで得られる収斂するデータによって補完しあう理解が必要であることが主張されています.また河村能夫も,2019年に若手研究者に対し地域農林業研究には,必要な因子以外は求めない強い仮説と,見過ごしているかもしれないという姿勢から全体を見る弱い仮説があり,本学会は,この双方を認めてきた点に特徴があるとしています.つまり地域がメゾであるがゆえに,事例研究と計量研究の,あるいは質的研究と量的研究の葛藤が,本学会では繰り広げられてきました.

ただしここで留意したいのは,領域と方法論の混同です.たとえば経済学は計量研究,人類学は事例研究という二分法でとらえるのは混乱であるといえます.経済という領域に対しても計量研究と事例研究があり,文化という領域にも事例研究と計量研究があります.実際に計量経済学も質的研究の欠如を補う方向で展開がなされてきています.ミクロ計量経済学の説明変数に,調査に基づく質的要因を加え,実験経済学によって,精確に人間の質的な行動を数量化する研究が多く展開しています.しかしそれでも数量化できない重要な情報は膨大であり,事例研究は極めて大切です.重要なのは,方法論の違いよりも領域の違いに注目することではないでしょうか.経済を説明する変数に,経済以外の多様な領域の事例研究や計量研究に基づく成果を組み込んでこそ,メゾエコノミクスの本領が発揮されます.シンポジウムのテーマ「農林業問題への多様な接近」は,まさにこの点に注目した問題提起となっております.

それでは,領域のメゾとして,多様な領域をどのように繋げればよいのでしょうか.これは青木昌彦(2014)の比較制度分析の考え方が,ヒントを与えてくれます.人々の間の関係は経済,社会,政治,法,組織,倫理,文化といった様々な領域(ドメイン)において形成されています.各領域において人々は,他の人はどういう行動をとるのかという「予想」に基づいて行動を選択して,その結果として,その選択行動から逸脱する誘因のない社会的な均衡状態が生まれます.そして人々の他者の行動予想が調和されて「信念」となり,信念をもたらす要約表現が各領域でのルールとなり「制度」となって,安定した均衡状態を常にもたらすことになります.

ところが,各領域で均衡状態は複数存在してしまいます.しかし,次のように他の領域との関係から一つの均衡状態が選択されます.第一は,制度的補完性です.各領域の均衡は独立ではなく,それぞれの均衡が,相互に補完しあい強めあう関係で選択されてきます.第二は,リンクされた均衡です.代表的なものとして,農村地域での経済活動と社会生活の均衡状態が結びついているということです.社会生活での村八分という罰則があるため,農業活動での身勝手な行動は抑制されるという考え方です.これは経済の社会への「埋め込み」としてとらえられます.第三は,歴史経路依存性です.以上2点を考慮しても合理的に説明しきれない均衡は,地勢を含めた歴史的な条件によって決まってきます.

以上から,他の領域との繋がりと歴史から,その領域の状態がひとつに決まることが説明されます.地域農林経済という領域を考えるにあたっても,他の多様な領域とのリンク,補完性,そして歴史を知ることが極めて重要なのではないでしょうか.

説明がまだ抽象的なので,地域の核である集落における社会と経済のリンクという題材で,領域の繋ぎを,具体的に説明させてください.歴史も重視するという意味で,現代につながる終戦直後期を取り上げます.集落は経済的機能と社会的機能の総合として成立しています.農業は,水利組合など多様な集団的活動で成り立っており,ルールを守ることがその基盤です.しかし農家が利己的に行動すると,相互にルールを守らないことが選択される状況に陥ります.そうならないのは,農村ではルールを破った時の1回限りの利得が,遵守したときの利得の将来的な総和の現在価値を下回るからだと説明されます.しかしそれ以上に,集落では積極的に協力してルールを守っていこうとします.これは社会関係資本としての「協力の効用」であり,これがあるがゆえに,望ましい均衡が成立します.しかし協力の効用は,人間関係において形成されるものであり,経済領域ではなく社会生活領域において強化されます.ここに社会と経済のリンクがあり,社会生活領域への「埋め込み」を考えていかなければなりません.

社会生活の中で協力の意識が強化されるのは,自治活動や祭祀などの領域に現れますが,ここでは結婚式に注目してみます.村内で結婚式が行われていた時期であり,記録が残っている昭和20年から23年の農家経済調査整理簿を用いて,婚姻での支出を整理しなおしてみました.計算の結果,結婚式で供される飲食費,つまり共食費と所得的収入は相関していました(表1).共食は人間関係の親密度を高め,協力の効用を強化しますので,その機会を所得が高い階層ほど提供していたことになります.因果関係はわかりませんが,数量的に相関を記述することができます.豊かな家が親密度を高める機会を提供する,という信念が現実の行動と一致して結婚式の領域における均衡となっていたと解釈できます.

さらに整理簿では,食事の材料や酒類の支出を細かく記録している世帯もありますので,事例研究に相応するのですが,ひとつひとつの記載世帯の記録を慎重に観察すると,所得が高い階層は結婚式で酒類の提供の割合が高いという事実を発見しました(表1).酒類が共食のカギとなっています.つまり当時は集落の結婚式で,酒類に基づく共食の機会を豊かな階層が提供することで,協力の効用が強化され,いわば「経済に埋め込まれた社会」としてそれが地域での集団的生産活動を実現したと解釈することができます.サンプリングや変数の制御といった問題に常に直面しますが,数量的分析に加え,事例的に観察することで,経済と社会のリンクを,ギアーツがいうような多様な測定や観察としてとらえることができる,といえるのではないでしょうか.

表1. 終戦直後期農村の結婚式支出(Tobit分析)
共食費 酒提供割合
所得的収入 0.0026 0.0000128
t値 (3.99) (2.43)
カイ二乗値 15.75 5.62
観測数 651 54

地域は経済領域だけで独立しているのではありません.多様な領域がリンクし補完しあったメゾとして均衡し,歴史がそれを支えています.多様な領域を学び,地域経済とのリンクを解析することこそ,メゾエコノミクスの本質であると考えます.これこそが,今期のシンポジウムが求め,この学会が追及しているものではないでしょうか.

引用文献
  • クリフォード・ギアーツ(2001)「インボリューション 内に向かう発展」(池本幸生訳)NTT出版.
  • 青木昌彦(2014)「青木昌彦の経済学入門 制度論の地平を広げる」筑摩書房.
 
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