Journal of Rural Problems
Online ISSN : 2185-9973
Print ISSN : 0388-8525
ISSN-L : 0388-8525
Book Review
[title in Japanese]
Sadaaki Sakai
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2023 Volume 59 Issue 2 Pages 96-97

Details

日本におけるスマート農業は,COVID-19パンデミックを挟んで国家的なプロジェクトの実施と社会全体のデジタル化への後押しもあって,加速度的に農業現場への実装が進んでいる.その最中において,本書は単なるレポートとして現場の動きをまとめたものではなく,その変化を農業における「イノベーション」として捉え,農業にどのような変革をもたらしているかを明らかにしている.

本書では,イノベーションの見地からスマート農業などデータに基づく解析と判断支援,自動化までに関わる技術を「デジタル」と定義し,遺伝子解析やゲノム編集に関する技術を「ゲノム」と総称して,それぞれがどのようなイノベーションを起こしているのか15名の著者が述べている.

以下,簡単ではあるが本書の構成を紹介する.

まず,第1章では編著者が本書の目的を明確にするとともに,内容が広範囲にわたることから読者の興味ある部分から読み解けるよう各章を解説している.

次に,第1部「農業イノベーションの動向と農業経営への波及効果」の第2章から第10章は主に国内の事例をもとにした報告で,はじめの第2章では「イノベーションとデジタル農業」と題して本書のキーワードである「イノベーション」と「デジタル」に関する日本国内の現状と課題を整理している.

続いて,第3章から第9章までは畑作と酪農,稲作経営の事例をもとに,今まさにデジタルやゲノムによって農業経営にどのような変化が起きているのかを詳細なデータをもとに分析している.特に,第3章の畑作における精密農業を取り上げた内容は,普及指導機関も含め知の結合がどのようになされたか報告しており興味深い.また,第6章では酪農におけるゲノム技術について,これまでの日本における育種の変遷とともに述べられており,一般にはあまり知ることの無いゲノム技術がここまで進んでいるのかと驚かされた.

第1部最後の第10章では,スマート農業について農業経営者の意思決定という視点からリスクと不確実性に関する概念モデルが示され,今後の社会実装に向けた課題を提言している.

第2部は「農業イノベーションの新たな潮流と社会改革」として,政策的な視点も含めて海外におけるスマート農業の動向に加え,今注目されている農業環境政策について第11章から第14章にわたり主に欧州の事例をもとに国内への影響も含めて述べている.特に第12章でスマート農業と環境問題に関するドイツの動向,第13章ではアグロエコロジーについてフランスの取組を令和3年5月に国が策定した「みどりの食料システム戦略」に関連して報告している.令和4年7月には「みどりの食料システム法」が施行されて各自治体も推進計画の作成や農業者の環境負荷低減事業活動実施計画の認定に取組むなど一気に環境保全型農業や有機農業に向けて舵を切った感があるが,それらの動きと対比して「デジタル」や「ゲノム」といったイノベーションが,どのような役割を果たすのか,いずれも日本の先を行く動きとして参考となった.

最終章の第15章は,編著者による要約と結論があり,この章を先に読むことで関心のある章から入ることもできるし,また全体を読み終えた後で本章によって各章の関わりを捉え直すこともできる.

今回の書評にあたって,普及指導員として岐阜県内5カ所で国のスマート農業実証プロジェクトに関わってきた者からすれば,プロジェクトにおいて実際に現場で使える技術もあれば,全く期待はずれの技術もあって,当然ながらスマート農業技術の導入が直ちに農作業の効率化や生産性の向上といった経営改善に結びつくものではない.そのようなスマート農業実証プロジェクトに関する報告書の多くが実証技術の結果にとどまっているなかで,本書では技術導入の成否ではなく,そこにイノベーションという視座を持って分析している点に注目したい.

私の体験からすれば,国のスマート農業実証プロジェクトではコンソーシアムを組織して,そこに農業経営者,試験研究員,普及指導員,開発メーカー,JA,さらには行政も加わり,技術の実証・評価はもとより,機器の改良や普及にあたっての工夫,あるいはそのための補助事業の仕組み構築まで,皆で知恵を出し合い検討する場が構築される.これは,まさに本書のいうところの「知の新結合」「共創によるイノベーション」であり,それを体感したものとすれば,スマート農業が実装されたか否かという結果ではなく,農業経営者も含めメンバーである我々が最先端の技術を実証しているというワクワク感こそがイノベーションの原動力ではなないかと思う.

学術書である以上,あくまでも客観的な分析のもとに本書は書き綴られているが,そのようなスマート農業に関わった農業経営者や関係者に起こった変化を追及し,結果「デジタル」や「ゲノム」が農業界に何をもたらすのか,更なる調査研究の必要性を感じた.

加えて,今後に期待する意味も含めいくつか指摘させていただく.

まず,第2章ではイノベーションとデジタル農業について,その主体やプロセスを詳しく述べており,精密農業・スマート農業・デジタル農業の定義づけや今後,起こりうるリスクなどにも言及している一方で,本書の表題である「ゲノム」に関する記載が少なく,もっと広範な記述が欲しかった.遺伝子組換え技術を含む「ゲノム」は敏感なテーマで調査や報告が難しいのかもしれないが,組換えや編集ならば未知な部分が多く世間が不安になる点は理解できるが,遺伝子情報を見える化してそれを有効に活用すること自体はもっと活用されるべき技術であり,今回取り上げた畜産分野のみならず,植物分野においてもゲノム技術の応用を大いに期待するところである.今後,ゲノム技術が農業界にどのような変革をもたらすのか,イノベーションという視点からもその重要性と課題を明らかにしてほしいものである.

次に,第7章で取り上げられた「コウノトリ育むお米」については,第1章で本書のキーワードを整理した表において,「デジタル」「ゲノム」いずれの技術革新にも該当しておらず,イノベーションとしてこの事例を取り上げたことは解るが,表題に沿った視点を付加していただきたかった.なお,第13章のアグロエコロジーを取り上げた事例も「デジタル」「ゲノム」いずれの技術革新にも該当していないとの批判もあるかもしれないが,第12章のドイツでのスマート農業と環境問題を取り上げた事例や「みどりの食料システム戦略」におけるスマート農業技術の位置づけ踏まえれば,第13章で農業振興策としてアグロエコロジーを取上げた意図が理解でき,第7章においてもそのような整理をすべきではなかったかと思われる.

また今回,取り上げられなかった技術に,ドローンや環境モニタリング及び環境制御,AI診断などがある.もちろん,スマート農業技術は幅広いことから一冊の本に収めることは難しい.出来るなら,今後これらの技術が農業経営者や関係者ら人の変化とともに農業界や消費者も含めた社会全体にどのような変化をもたらすのか,引き続き「デジタル・ゲノム革命時代の農業イノベーション」の視点で調査研究を進めていただき,続編の出版に期待したい.

 
© 2023 The Association for Regional Agricultural and Forestry Economics
feedback
Top