Journal of Rural Problems
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Book Review
[title in Japanese]
Takeshi Nishimura
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2023 Volume 59 Issue 2 Pages 98-99

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本書は,生物多様性保全型農法の効果的な普及方法を検討した学術書である.本書で言及される生物多様性保全型農法とは,生きものブランド米の栽培技術体系のことを意味する.生きものブランド米は,地域のシンボルとなる特定の生きものの生息環境や餌場を創出する取り組みを通して栽培された米のことであり,慣行栽培米と比較して高い価格プレミアムを実現している.こうした米のブランド化には,米の品質や規格の統一と生産量確保が欠かせないため,地域内での農法の普及が必要となる.また,生きものの生息環境や餌場の確保のためには,取り組み面積の拡大が求められる.一方,農業者はコスト増加や米の収穫量低下などを理由に当該農法の導入に積極的になるとは限らず,普及は容易には進まない.そこで,どうすれば速やかに普及できるかが実践的課題となる.

本書は,序章と終章を除き,5つの章から構成される.多くの紙幅が割かれた(全160ページ中48ページ)序章では,農業技術の普及に関する先行研究がレビューされ,本書で用いられる用語や概念が示される.本書で分析対象となる農法は2つ,すなわち,兵庫県豊岡市のコウノトリ育む農法と新潟県佐渡市の朱鷺と暮らす郷づくり認証制度の認証要件を満たす農法(「生きものを育む農法」(江の設置,冬期湛水,魚道の設置,ビオトープの設置,無農薬無化学肥料栽培)のうち1つ以上の実施を含む)である.本書は,前者をコウノトリ農法と呼び,後者をトキ農法と呼ぶ.

第1章「「生物多様性保全型農法」の技術的・経営的特徴」では,2つの農法の特徴が整理され,慣行農法との違いが示される.

第2章「農法の開発段階における普及主体と農業者の行動」では,コウノトリ農法の開発にあたって開発主体が果たした役割,農法の開発に農業者が協力した動機,そして農業者が普及段階で果たした役割が述べられる.豊岡農業改良普及センター,豊岡市,JAたじま,そして農業者への聞き取り調査を踏まえ,農法の開発に協力した農業者は普及に貢献することから,普及主体が農業者に協力を求める意義が指摘される.

第3章「農法の普及段階における普及主体の行動とその影響」では,豊岡農業改良普及センター,豊岡市,JAたじま,佐渡市,JA佐渡,そして農業者への聞き取り調査に基づき,2つの農法間の普及過程の違いが確認される.また,普及曲線の形状に影響を及ぼした要因が明らかにされる.

第4章「農業者による農法の導入動機の形成要因」では,コウノトリ農法を導入した農業者の動機を把握するとともに,動機形成に影響を及ぼす農業者の属性が示される.農業者に対するアンケート調査に基づき,コウノトリ農法を導入した主な動機が,米の差別化および買取価格の高さであると論じられる.同時に,コウノトリの野生復帰という社会的ニーズは主な導入動機とはならないことが指摘される.これらのことから,農法の普及段階においては,社会的ニーズよりも農業者のニーズに適合することが重要であると結論づけられる.

第5章「農業者による農法の導入・中断・非導入の意思決定要因」では,農業者に対するアンケート調査の結果,先行導入者は後発導入者と比較して社会的ニーズが導入動機となること,また,冬期湛水よって発生する問題やエコファーマーの更新手続きの面倒さなどが中断理由となることが示される.さらに,要件を満たす水田がなかったり,農法やエコファーマーの申請が面倒なことが非導入の理由となるとされる.これらの結果を受けて著者は,冬期湛水の代わりに江の設置により当該農法を継続できることを農業者に説明することで中断者数は減少する可能性があると結論づける.

本書は生物多様性保全型農法の普及過程における関係主体の意思決定に注目し,農法の効果的な普及方法について論じており,大変興味深い内容となっている.ただし,評者は全体を通じて若干読みにくい印象を受けるとともに,いくつかの疑問を残したまま読み終えた.以下では,評者が抱いた疑問を3点に絞って指摘する.

まず,農法の普及率の計算方法についてである.第2章では,農法の普及率を把握する際,その地域の全農業者数に対する農法導入者数の比率ではなく,その地域の水稲作付面積に対する農法を適用した水田面積の比率が用いられる.この理由を当該農法の適用面積を拡大する農業者がいるためとしている.本書では農法の導入後の中断にも注目していることから,こうした判断は理に適っている.ところが,第5章における分析では,農業者の意思決定は農法を導入するか否か,導入後に中断するか否かのそれぞれ二値として把握され,当該農法が適用される水田面積の増減は考慮されない.本書に一貫性を持たせるならば,ここでは水田面積の増減理由を検討すべきではないだろうか.また,第1章に示されるコウノトリ農法の普及率と第3章に示される普及率が整合的でないことも読者に混乱を招く原因となり得る.

次に,本書で頻出する技術適用の難易度についてである.第1章では,コウノトリ農法とトキ農法それぞれの技術適用の難易度を比較し,前者の方が相対的に高いとする.この難易度は普及率に影響する要因のひとつであるため,重要なキーワードである.しかしながら,技術適用の難易度の高低がどのように決まるのかに関する記述が本書には見当たらない.それにもかかわらず,第3章ではこの難易度が変化する.第1章の記述を汲み取ると,冬期湛水などの水管理がこの難易度を高くすると読める.それでは,江の設置,冬期湛水,魚道の設置の中でどれが技術適用の難易度が高いのか.そしてそれはなぜか.

最後に,本書で議論される農法の普及とはいったい何であるのかについてである.序章では,朱鷺と暮らす郷認証米を生産するための一連の技術体系をトキ農法と呼んでいる.しかし,本書ではあたかもトキ農法の導入が朱鷺と暮らす郷づくり認証制度の認証要件を満たすことの言い換えであるかのように議論が進む.例えば,第5章の記述に従うと,エコファーマーの更新をしなければトキ農法を中断したとみなされる.こうした記述は,農法の普及の文脈においては奇妙ではないか.エコファーマーを更新しなかった農業者全員が化学肥料の使用量を増やしたり,設置した江や魚道を破壊するわけではないだろう.一方,冬期湛水を止めて,代わりに江を設置した農業者はトキ農法を継続したとみなされる.ここで,「生きものを育む農法」の中から冬期湛水を選択する農業者と江の設置を選択する農業者では,農法が異なると考えるのが自然ではないか.また,冬期湛水の継続に困難が生じていること(圃場が柔らかくなり,機械作業に支障を来すなど)にこそ,農法改善に対する農業者のニーズがあるはずである.こうしたニーズに応えながら,農法は普及するのではないか.

生きものブランド米以外の生物多様性保全型農法の普及に関する研究はまだ十分ではなく,今後この分野の研究は一層盛んになると考えられる.農法の普及に携わる研究者や実践者には,本書の一読をぜひお勧めしたい.

 
© 2023 The Association for Regional Agricultural and Forestry Economics
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