2023 Volume 59 Issue 3 Pages 113-120
The objective of this study is to analyze the total factor productivity (TFP) of soybean in China. The present study used a multilateral index to measure regional soybean TFP and analyzed the factors affecting TFP. This study used province-level pooled data from 2004 to 2020. The results show that the trend of soybean TFP since 2014 seems to have accelerated. However, the contribution rate of conventional production factors has been remarkably high with the increase in soybean production. In addition, the improvement in water supply development and the reduction of the number of disaster areas contributed to the increase in TFP.
中国では人口増加と所得向上を背景に,大豆関連製品に対する需要量が急増している.その結果,中国の国内大豆供給量のうち,輸入量の割合は85%(2020年)に達している(『中国統計年鑑』2021年版).加えて,新型コロナウイルスの影響により農作物の供給網の混乱が続いていること,中国の大豆輸入量の33%を占める米国との緊張関係が長期化していることから,中国では大豆の自給率向上のため,国内増産計画を打ち出した1.近年,中国政府は多額の補助金を用いて大豆作を振興しており,大豆は重要な戦略作物として位置付けられている.
しかし,1996年に大豆の輸入自由化を実施して以降,国内の大豆には国境障壁がなく,今後の経済成長による賃金上昇と為替レートの変化により,国際競争力が一層低下する懸念がある(沈,2014).よって,中国国内で大豆生産を振興するためには,全要素生産性(total factor productivity;以下,TFP)の向上を通じて,国際競争力を高めていくことが重要な課題と言える.そのため,これまでに中国大豆作のTFP変動においてどのような傾向が示され,どのような要因に規定されていたかを考察することが必要である.
これまでも,中国における農業生産性に関する研究は数多く行われてきた.大豆を対象とした先行研究としては席・彭(2014),楊・向(2021),王ら(2017),周・邵(2021),Jin et al.(2010),Liu and Li(2010),Si and Wang(2011),Wang et al.(2011)などが挙げられる.その中,Si and Wang(2011)は1983~2007を計測期間とし,大豆TFPの変化要因について農業政策の影響を取り入れたが,1996年の市場経済政策に限定している.
このように,先行研究は大豆作のTFPの推移と変化要因を明らかにしているものの,大豆に関わる農業政策とTFPとの関係の解明までには至っていない.特に2017年以降,大豆生産農家に多額の補助金が支給される政策が施行されており,生産性向上の観点からみた補助金政策の妥当性の検討が求められている.農業政策の改革がTFPに与える影響を解明することは,農業政策を検討する上での一助になると考えられる.更に,大豆の農業政策の対象地域は限定されているため,政策の対象地域のTFPが政策の非対象地域よりも高いのかという問いを解明する必要もある.
以上を踏まえ,本稿では中国大豆作のTFPを計測し,その変動の特徴及び変動要因を明らかにすることを目的とする.その際,地域別,時期別のTFPの特徴を解明する.地域は,①政策の対象地域,②政策の非対象地域の2区分より把握し,時期は政策の変化に応じた4期間を比較する.その上で,TFPの変動要因を実証分析する.
中国政府は2004年以降,農業政策の方針を搾取から保護に転換し,一連の農業振興策を開始した2.当初は,①優良品種補助政策と②農業機械購入補助政策が大豆に適用された3.こうした振興策にも関わらず,2000年代に入り,中国の大豆供給量の半分以上が輸入によって賄われるようになった.安い外国大豆が大量に輸入されるため,国産大豆の売れ行きが悪化した.こうした国産大豆の販売難に対処するため,中国政府は2008年に③臨時買付価格政策を実施した4.しかし,大豆の作付面積と生産量は減少を続け,国内生産の維持・促進には,臨時買付政策は十分な効果を示せなかった.その後,2014年に臨時買付価格政策から④目標価格政策に変更した.更に,大豆生産を振興する目的で,2017年に目標価格政策を廃止し,⑤大豆生産者補助政策を開始した.同様の政策を実施しているトウモロコシを上回る水準の補助金を設定したことで5,2014年以降大豆の作付面積と生産量は増加傾向にあった(図1と図2).

大豆の生産量の推移
資料:『中国統計年鑑』2005~21年版より作成.
1)対象地域は主産地(黒竜江,吉林,遼寧と内モンゴル自治区)を,非対象地域は主産地以外の地域を,全体は対象地域と非対象地域の合計を意味する.

大豆の作付面積の推移
1)図1と同様である.
また,上記の農業政策の対象地域について,①と②は全国に適用されたが,③~⑤はすべて大豆の主産地へ適用された.この影響を受け,主産地での作付面積は,2014年以降増加する傾向がみられる.
本稿の目的に基づき,まずマルティラテラルな指数を用いて大豆のTFPを計測する.TFPの推定方法は,パラメトリックな方法とノンパラメトリックな方法に2分される.①ノンパラメトリックなTFPの分析は,特定の生産関数を推定せず,変数の数に制限を加えることなく,すべて観測値より推定できるメリットを有する.②サンプルサイズが小さくても,ノンパラメトリックのTFPを簡便に分析することが可能である.以上の2点を踏まえ,本稿ではノンパラメトリックな方法を用いた.
(1)式は生産関数をトランスログ型で定式化して一次同次と利潤関数最大化を仮定し,トルンクビスト近似したt期からt+1期間のTFPの変化率である.
| (1) |
tは時間,iは生産要素である.YとXはそれぞれ生産量と各生産要素の投入量を表す.Sは各時点の各生産要素のコストシェアであり,生産量への寄与率を意味する.なお,(1)式のトルンクビスト生産性指数はTFPの時系列変化のみ分析可能である.
TFPの時系列の変化に加えて,地域間格差を同時に分析するには,生産性指数の相対的関係が不変(循環性をもつ)であることが必要となるが,(1)式のようにトルンクビスト生産性指数は循環性を持っていない(近藤ら,2010).TFPの地域間格差を解明するため,循環性をもつ生産性指数であるマルティラテラルな指数を援用する.そこで,山本(1990)及び近藤ら(2010)に従い,規模に関して一定であることを仮定し,a省におけるマルティラテラル生産性指数を(2)式のように計測する.
| (2) |
TFPa,tはa省におけるt年のTFP,Ya,tはt年の生産量,Xa,i,tはt年のi生産要素投入量,Sa,i,tはt年のi生産要素のコストシェア,
また,(2)式から算出されるのは各省のTFP変化率であるため,各省におけるTFP水準の初期値を別途求める必要がある.そこで,近藤ら(2010)を参考とし,分析初期年(2004年)における各省のTFPを以下の(3)式を用いて計測する.
| (3) |
TFPb,04はb省における2004年のTFP,Yb,04は2004年の生産量,Xb,i,04は2004年のi要素投入量,Sb,i,04は2004年のi要素のコストシェアを表す.なお,a省とは各省のTFP水準を設定する際の基準となるものである6.
また,(2)式及び(3)式を算出する際に,生産費の構成費用を経常財,機械,労働及び土地の4つにまとめて,これらの4つのコストシェアを算出する.要素投入量に関しては,機械(機械作業費,減価償却費,灌漑費)は機械価格指数で実質化した.経常財(種苗費,肥料費,農薬費,光熱費)は,各費目に対応する価格指数を用いて作成したTörnqvist要素価格指数で実質化した7.労働投入量は家族労働日数と雇用労働日数の合計であり,土地投入量は大豆の作付面積である.
(2) TFPの変動要因大豆作TFPの要因を定量的に解明するため,TFPとその要因を以下のように定式化して推定する.
| (4) |
jは省を意味する.TFPは(2)式と(3)式で算出した値である.説明変数(Z)として,①1人当たり省内生産額,②農業交易条件,③1人当たり栽培面積,④灌漑率,⑤災害率,⑥時間ダミー,⑦生産者補助政策ダミーを用いる.また,コントロール変数として,技術進歩の影響を表す省ごとの⑧地域ダミー(Dum)を用いる.εは誤差項を表す.
説明変数のうち,①1人当たり省内生産額は,該当省の消費者物価指数で実質化した値を用いる.1人当たり省内生産額が高い省ほど,農業への依存度が小さいため,TFPの向上を重視しない可能性が高い.よって,TFPの向上を阻害する要因と考えられる.②農業交易条件は,農産物価格指数を農業生産資材価格指数で割った値である.農業交易条件は農産物需給事情の変化と農産物の費用変化に関連するような経営環境の変化を同時に反映することができ,TFPに影響を与えると考えられる(胡,1995)8.③1人当たり栽培面積は,農産物の栽培面積を農業労働人数で除した値である.この値が大きいほど規模の経済が発揮され,TFPが高まると考えられる.④灌漑率は,農産物の灌漑面積を総作付面積で割った値である.大豆を対象とした水利整備などの財政支出額がないため,灌漑率を代理変数として利用する.⑤災害率は,災害面積を総作付面積で割った値である.災害面積は主に雹,干ばつ,台風,洪水,低温冷害などの現象により生ずる被害面積を指す.これらの災害が技術的安定性に影響を与えるため,TFP変動に反映されると考えられる(胡,1995).⑥時間ダミーは2017年以降=1,その他=0を意味する9.また,農家は大豆生産者補助政策による補助金を使い,優良品種などを投入することでTFPを高めると考える.これを検証するため,⑦生産者補助政策ダミーを取り入れた.更に,生産者補助政策の対象地域が限定であること,2017年から実施されていることの2点を踏まえ,政策の対象地域ダミー(政策の対象地域=1,その他=0)と時間ダミー(2017年以降=1,その他=0)の交差項を用いる.
また,実際に(4)式を推計した際,最小2乗法の推定結果のダービンワトソン統計量が0.48であったため,誤差項に系列相関が認められた.そこで國光(2016)の手法に倣い,被説明変数の1期前のラグ項(TFPt−1)を入れたモデルを推定する10.ただし,この場合,被説明変数のラグ項と誤差項が相関し,推定結果に偏りが生じる.この問題を回避するために,本稿ではArellano and Bond(1991)に従い,GMM(一般化積率法)を採用した.ここでは,本稿はダイナミック・パネルデータが用いられているため,GMMはラベルGMMを意味する.操作変数としては,説明変数の差分変数を利用した.
GMMの推定について,北村(2005:p. 105)を参照し,Stataコマンドのxtabondを利用した.また,GMMではデータの定常性が要求される.本稿での(4)式で用いた変数は,パネルデータに対応したパネル単位根検定(Levin-lin-Chu検定及びFisher-type検定)を行った結果,いずれの検定においてもすべての変数について「単位根あり」という帰無仮説は1%水準で棄却された.
(3) データ計測データの資料は『中国統計年鑑』及び『全国農産品成本収益滙編』である.計測期間は2004年から2020年までの17年間で,大豆を生産する10省の疑似パネルデータであるため,サンプルサイズは170となる.より厳密には,パネルデータとはクロスセクションデータを主体ごとに時系列方向に拡大したデータである(北村,2005).本稿のデータは,各省が継続的に実施した統計調査データを用い,個体属性が類似した客体を同一個体とみなす統計的照合の手法を応用して集計したものである.このようなデータは,疑似パネルデータと呼ばれる(Deaton and Paxson, 1994).この場合,1つの地域に含まれるサンプルサイズがおよそ100を超えれば,推定結果のバイアスは無視できる(Verbeek and Nijman, 1992).本稿では近年省ごとの調査サンプルサイズが公開されていないが,参考として2003年における10省のサンプルサイズの平均値は120戸である(『全国農産品成本収益滙編』2004年版).
また,10省のうち,政策の対象地域は黒竜江省,遼寧省,吉林省及び内モンゴル自治区の4つを,非対象地域は河北省,山西省,安徽省,山東省,河南省,陝西省の6つを指す.計測期間の中国大豆作に対する10省のシェアを平均値で評価すると,生産量ベースで76%を占めている.同様の方法で,10省の総生産量のうち,政策の対象地域は74%を,非対象地域は26%を占めている.
本稿で計測した中国大豆作のTFPを図3に示した.全体のTFPは2013年まで変動を繰り返していたが,TFPはほぼ停滞した.2004年のTFPを1としたとき,2013年は0.9であった.2014年以降TFPは上昇傾向にあり,2020年は1.6に達している.対数を取ったTFPを目的変数,タイムトレンドを説明変数として回帰分析し,TFPの年平均成長率を求めた結果,計測期間中の年平均成長率は3.7%であった11.

大豆作のTFP水準
1)2004年の河北省をTFP水準の基準として,各年次・各省の生産性水準を計算した.その上で,上記の非対象地域(6省),対象地域(4省),全体(10省)のTFPはそれぞれの省別の大豆生産量シェアで加重平均して算出した.
2)地域別TFPを比較しやすくするため,2004年における非対象地域,対象地域,全体のTFPをそれぞれ1とした.
また,地域ごとのTFPの推移について2つの特徴が観察された.第1に,地域に関わらず,計測期間の後期ほど,TFPが上昇する傾向にあることがわかる.第2に,対象地域と非対象地域のTFP水準について,2004~2016年まで地域格差が存在したが,2017年以降非対象地域のTFPが上昇したため,地域格差はほぼ解消している.
表1はTFPの変化率と産出,投入の相対変化を地域別・時期別に示したものである.政策の対象地域では産出及び投入の変化率は第2期まで一貫してマイナスであった.これは,中国で第2期までに実施された臨時買付価格政策が十分な成果を得られなかったことを示している.一方,第3期以降,政策の対象地域では,生産要素の投入量と生産量がともにマイナスからプラスに転じ,大幅に伸びた.特に,第4期においては,大豆の生産者に多額の補助金を支給する大豆生産者補助政策の実施により,生産意欲が回復したことを示唆している.生産要素の投入変動を分解すると,第3期以降対象地域において示されている投入の高い伸びは,すべての生産要素(経常財,機械,労働,土地)投入の高い伸びによって説明される.例えば,第4期における産出量の増加率(0.099)のうち,生産要素投入の貢献率は86%(0.085/0.099×100)であるのに対して,TFPの貢献率は僅かに14%(0.014/0.099×100)であった.
| 時期 | ①TFP | ②産出 | ③投入 | ④経常財 | ⑤機械 | ⑥労働 | ⑦土地 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 対象地域 | 第1期(2004~07年) | −0.015 | −0.028 | −0.013 | −0.006 | 0.004 | −0.020 | 0.009 |
| 第2期(2008~13年) | 0.031 | −0.047 | −0.078 | −0.030 | −0.002 | −0.040 | −0.007 | |
| 第3期(2014~16年) | 0.027 | 0.098 | 0.071 | 0.008 | 0.016 | 0.018 | 0.030 | |
| 第4期(2017~20年) | 0.014 | 0.099 | 0.085 | 0.005 | 0.006 | 0.040 | 0.034 | |
| 非対象地域 | 第1期(2004~07年) | 0.009 | −0.047 | −0.057 | −0.016 | 0.004 | −0.036 | −0.009 |
| 第2期(2008~13年) | −0.027 | −0.074 | −0.047 | −0.008 | 0.001 | −0.031 | −0.009 | |
| 第3期(2014~16年) | 0.050 | −0.004 | −0.054 | −0.015 | 0.002 | −0.033 | −0.009 | |
| 第4期(2017~20年) | 0.072 | 0.080 | 0.008 | 0.001 | 0.007 | −0.007 | 0.007 |
1)各省のTFP変化率を算出した上で,省別大豆生産量シェアを用いて加重平均し,対象地域と非対象地域ごとのTFP変化率を算出した.また,各数値は,①=②−③で,③=④+⑤+⑥+⑦という関係がある.
2)4つの時期は第2節に示した通り,農業政策の変化に従って分けたものである.
また,対象地域の第1期~第2期,非対象地域の第1期~第3期におけるTFPの上昇は,産出量が減少していることから,不健全な成長であると言える(表1).これは,中国の大豆生産の収益性が,トウモロコシなどの競合作物より低位にあったため,相対的に大豆の生産効率性が低い農家による大豆生産が低下したことが理由として考えられる.
また,第4期では,政策の対象地域と非対象地域のTFPの年平均成長率はそれぞれ2.7%,12.3%であった.非対象地域が対象地域より高い結果となった要因について,以下の2点が考えられる.第1に,第4期において非対象地域での投入の伸びが相対的に小さいため(表1),非対象地域のTFPの優位が生じたと考えられる.第2に,第4期の非対象地域では労働投入量の減少,機械投入量の増加が示されており(表1),M技術(機械的技術)が改善されたことでTFPの向上に繋がったと推察される.なお,非対象地域の大豆産出量は2016年までほぼ変化がなかったが,2017年以降増加する傾向にあり(図1),年成長率は8.3%となった.
(2) TFP変動に影響を及ぼす要因表2は(4)式の推定結果である.まず,GMMの推定値が有効であるかどうかは,操作変数の選択が適切であること及び誤差項に系列相関が存在しないことの2点で確認できる.表2に示した通り,第1に,過剰識別制約の検定によるサーガン統計量(Sargan test)は88.91であり,「過剰識別が有効」という帰無仮説が棄却できないため,選択した操作変数が適切であることを意味する.第2に,誤差項の系列相関の検定によるArella-Bond統計量(2階階差)は1.03であり,「誤差項に系列相関が存在しない」という帰無仮説が棄却されなかったため,系列相関が疑われないことを意味する12.以上を踏まえ,本稿では定式化したモデルは適切であると言える.以下では,推定結果を用いて大豆作TFPの変動要因を考察する.
| 変数 | 推定値 | 標準誤差 |
|---|---|---|
| TFPt−1 | 0.450*** | 0.088 |
| 1人当たり省内生産額 | −1.313*** | 0.438 |
| 農業交易条件 | 0.799 | 1.130 |
| 1人当たり栽培面積 | 1.879*** | 0.598 |
| 灌漑率 | 0.595* | 0.308 |
| 災害率 | −0.559*** | 0.132 |
| 時間ダミー | 0.149* | 0.284 |
| 生産者補助政策ダミー | 0.033 | 0.322 |
| 定数項 | −0.333 | 1.813 |
| Sargan検定統計量 | 88.91(0.572) | |
| Arellano-Bond統計量 | 1.03(0.302) | |
1)Arellano-Bond統計量は2階階差を指す.
2)***,*はそれぞれ係数が1%,10%の水準で有意であることを意味する.括弧内の値はp値を意味する.
まず,注目すべき点として,時間ダミーの推定値はプラスで有意である一方,生産者補助政策ダミーの推定値は有意でなかった.すなわち,第4期以降の大豆作のTFPは上昇したと示されているが,政策の対象地域と非対称地域の間で違いは認められなかった13.このことから,大豆生産者補助政策時期では主産地でのTFP上昇トレンドの主たる要因となっているとは考えにくい.
また,1人当たり省内生産額の推定値は負であり,国民所得が高い省であるほど,つまり農業生産への依存度が低下していると考えられる省ほど,TFPが小さい.こうした地域では,農業生産は粗放的に管理されている可能性があり,その影響がTFPにマイナスに現れていると考えられる14.1人当たり栽培面積の推定値はプラスで有意であるから,農業の経営規模が大きい省ほど,TFPが高いと言える.この点は,先行研究(國光,2016)の結果と整合的である15.水利整備の農業インフラ投資を表す変数である灌漑率の推定値は正で有意である.灌漑率が増加するほど,TFPが上昇することを示唆している.大豆は主に中国の北部地域で栽培されており,これらの地域の気象条件は乾燥傾向にあり,干ばつ被害を受けやすい.水利整備を充実することで,農業生産条件が整った結果,TFPの上昇に繋がったと考えられる16.災害率の推定値は負であり,災害面積の減少はTFPの向上を促進すると示されている.計測期間では,中国の災害面積の年平均成長率は5%減少していることから,災害面積の減少はTFPの向上に繋がる.また,TFPの向上は,従来のTFP向上の慣性が影響していると考えられる.
以上の結果を総合的にみると,第1に,2017年以降に実施された大豆生産者補助政策について,補助金に関する政府財政支出の一層の増投は,政策対象地域において生産要素投入の増加をもたらし,生産量の振興に繋がったと推察される.ただし,産出量の増加に関しては,TFPの寄与は相対的に小さいため,今後必要とされるのは,農家の技術力向上などの指導・普及活動を進め生産性の向上を図ることであろう.第2に,大豆作TFPの向上が,経営規模の拡大,農業インフラ整備の強化,防災対策の充実及び生産管理の粗放化の抑制などによって実現できる可能性が示唆された.
本稿では,マルティラテラル生産性指数を用い,地域別大豆作のTFPを計測した上で,TFPに対する影響要因を分析した.その結果,主に以下の点が明らかとなった.
まず,TFPの算出結果からみると,第1に,2004年から2020年にかけて大豆作TFPが変動しつつも上昇していることがわかった.計測期間後期では大豆TFPは向上する傾向にあるものの,大豆増産には生産要素の寄与率が顕著に高かった.これは大豆の生産者補助政策を実施することで,農家の生産意欲を高め,生産要素の投入に高い伸びがあったためであると考えられる.第2に,非対象地域と政策の対象地域間のTFPは地域格差があったが,計測期間後期において地域格差はほぼ解消した.
また,TFPに対する影響要因からみると,経営規模の拡大,水利整備の充実,災害面積の減少がTFPの上昇に貢献したことがわかった.一方,大豆生産者補助政策の実施がTFPに及ぼす影響は認められなかった.
以上の結果から,以下の2つのインプリケーションが得られた.第1に,生産者補助政策による大豆生産農家への補助金は,作付面積などの生産要素投入の増加を通し,大豆生産の維持・促進には効果がみられた.ただし,国際競争力向上の視点から,今後持続的安定生産を図るためには,生産性向上に繋がるような技術進歩の対策,指導,普及が望まれる.第2に,水利整備などの農業インフラ整備を充実することで,TFPの向上に繋がる.近年中国経済の減速局面において,中国政府は財政負担の増加に直面しているものの,農業インフラ整備の支援は生産性向上のため不可欠である.その際に,本稿の推定結果から明らかなように,自然災害の減少が生産性の向上を促進しているため,各種災害対策の充実が求められる.
本研究はJSPS科研費21K14925の助成を受けたものである.