Journal of Rural Problems
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Plenary Lecture
Exploring Policy Approaches for Further Development of Organic Farming in Denmark
Masayasu Asai
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2024 Volume 60 Issue 1 Pages 11-18

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Abstract

The new Common Agricultural Policy of the European Union, started from 2023, set special goals to facilitate transition towards more sustainable food systems of Member States. The contribution of organic farming to the goal is expected to be high, but actual development of organic sector is still far from the target (25% of organic land in the EU by 2030). Therefore, more holistic policy approaches to expand organic farming are needed. Denmark, as the focal country of this paper, has been a pioneer to support organic farmers as well as other stakeholders in the organic supply chains. The aim of this paper is to explore Denmark’s policy approaches with special focus on “push policy” for organic conversion and “pull policy” for organic market expansion. In Denmark, the “push policy” includes direct payments to farmers who switch to organic farming and maintain organic practices, and free organic certification system, while the “pull policy” covers various forms of support for further development of domestic and international organic markets, and programmes to support them, e.g. having school canteens serve more organic meals. This paper concludes that the Danish policy approaches of having both “push” and “pull” strategies have helped the country expand their organic farming programme successfully.

1. はじめに

EUでは2023年1月より新しい共通農業政策(CAP)が開始された.新CAPでは,これまで以上にEUフードシステム全体の健康・環境に対する配慮が強化されたことが特徴と言える.これは,2019年12月に公表された「欧州グリーンディール」における2050年の温室効果ガス(GHG)のゼロ排出目標や,翌年5月の「ファーム・トゥ・フォーク(F2F)戦略」および「生物多様性戦略2030」で示された,より健康的で持続可能な食料供給の実現と生物多様性の保全を背景としている.これら一連の動きを受け,新CAPでは環境・気候変動対応策が拡充された(平澤,2021).

F2F戦略と生物多様性戦略では,2030年までの農薬・肥料・抗生物質の削減目標や生物多様性の高い景観特性を有する農地の一定確保といった目標が設定され,大きな話題となった.注目すべきは,これら目標の達成には有機農業の貢献を最大化する必要があり,2030年までにEU全農地面積に占める有機農業の割合を25%に拡大するという目標も設定されたことである.しかしながら,2021年の実績値は約10%であり,目標達成に向けた道のりは容易ではない.

そこで本稿では,有機農業の普及・拡大に向けて,EUおよび加盟国ではどのような政策的アプローチがとられており,どのような課題があるのかを明らかにすることを目的とする.具体的にはデンマークの取組に焦点を当て“有機農業への転換促進を主目的とする政策”(プッシュ政策)および“有機市場の拡大を主目的とする政策”(プル政策)という二つの政策的アプローチに着目して整理を行う.デンマークを選択した理由には,同国が1987年に世界で初めて有機農業に関する政策支援を導入し,それ以降,積極的に有機農業への転換支援を継続していること,また有機食品の一人当たり消費額がEU加盟国内で最も高いこと等が挙げられる.

2. EUにおける諸政策と有機農業の位置づけ

(1) 有機農業拡大の現状と課題

有機農業の拡大がもたらす環境影響を推計したIFOAMの2022年レポートによれば,EU27カ国における総農地面積の25%を有機栽培に転換できた場合,2020年の実績値と比べて肥料使用量の18.6%分,農薬散布量の20~23%分,農業分野由来GHG排出量の15%分をそれぞれ削減できるとしている(IFOAM Organics Europe, 2022).

しかしながら,有機農地面積自体は過去10年間(2012~2021年)で年平均6%の増加を続けているものの,25%目標の達成には,今後2030年までに従前の倍近い年増加率または27000 km2分の農地を毎年有機転換していく必要がある(図1).また,図2が示すように,現行の有機農地では,有機栽培に移行しやすい永年牧草地や青刈飼料の割合が高いことが特徴であり,有機転換へのハードルがより高い穀物などの耕作地の割合については慣行農地の方が高いことも課題といえる(平石,2022).

図1.

有機農地面積および割合の推移

資料:Eurostat(2024)「Organic crop area by agricultural production methods and crops」より筆者作成.

図2.

慣行・有機農地の作物シェア2020年

資料:EU Commission(2023a)「Organic Farming in the EU」より筆者作成.

(2) アクションプラン,CAP,新制度

F2F戦略で示された2030年目標を達成するには,これまで以上に有機農業の拡大を促進する必要がある.そこで,欧州委員会は2021年3月に有機生産推進のためのアクションプランを発表し,具体的な三つの行動軸を示した(図3).真に有機農業の拡大を促進していく上では川上から川下までトータルに考えた支援が必要であるとの考えから,有機転換を後押しする生産現場での支援のみならず,消費者の信頼確保や有機農産物供給網の強化,有機農業に特化した研究開発の拡充といった総合的な取組を念頭に置いていることが特徴といえる.

図3.

有機生産推進のためのアクションプラン

資料:EU Commission(2023b)「Action plan for the development of organic production」より筆者作成.

このアクションプランの財源は,新CAPの第二の柱の農村振興政策予算や第一の柱の直接支払い(所得支持)における「エコスキーム」に対する予算(直接支払い予算額の25%相当を割当)等が利用される.エコスキームとは,従前のグリーニング支払いに比べてより高度な気候変動や環境保全に親和的な生産活動を対象とする農業環境支払いであり,加盟国の任意で有機農業への支払いもエコスキームの一つと見なすことができる.

有機農業の制度については,これまで欧州理事会規則(EC)No834/2007で基本的なルールが定められていたが,2022年1月より欧州議会および理事会規則(EU)2018/848に基づく新規制度に移行された.新制度では,適用対象製品の拡大がなされ,また流通経路の短縮化や家畜飼料の地元生産原則の強化,グループ認証の導入等が新たに組み込まれた.

3. デンマークにおける有機農業と振興政策

(1) デンマーク有機農業の概要

デンマークの国土はおよそ43,000 km2で,北海道の面積のほぼ半分程の小国である.しかし,その国土の6割以上を農地が占め,集約的な畜産生産に秀でており,欧州各国や日本・中国等東アジアへ豚肉や乳製品の輸出を盛んに行っている農業国である.その一方で,1970年代以降の急速な集約的農業の発展は,家畜排せつ物からの地下水・河川流域への窒素流失をもたらすことになった.特に,国内の最高地点が海抜173メートルと国土の大半が平地であるデンマークでは,飲用水の硝酸汚染や海洋沿岸域での富栄養化等,深刻な問題をもたらした.このような反省から,国民の環境への関心が高まるとともに,農業活動に起因する環境負荷の低減を目的とした粗放的な生産や有機農業への政策支援が活発に行われるようになった.

デンマークでは1987年に有機農業生産についての最初の法律が制定され,有機農業への転換,有機食品生産・販売,有機農業についての情報提供・助言・調査に対して補助金が交付されることとなった.当初,有機食品は価格面の問題から野菜と穀類の販売に限定されていたが,1988年からは全国で有機牛乳の販売が始まり,有機酪農家たちによる組織的販売が行われるようになった.1990年には有機食品の販売を促進するために,政府によるラベル表示制度が導入され,現在に至るまで有機食品にはデンマーク語で「有機」の意味を示すØkologiskの頭文字をとったØラベルが表示されている(図4).

図4.

デンマークの有機認証Øラベル

資料:Ministry of Food, Agriculture and Fisheries of Denmark(2024)「Danish organic logo」より借用.

1993年には,デンマーク最大手スーパーマーケットチェーンが有機食品の販売価格の値下げを決行し,それまで馴染みの低かった有機食品への消費者購買意欲を促進させた.これ以降,その他の大手スーパーマーケットチェーンもこれに続き,有機食品の流通・低価格販売に力を入れるようになった.現在,有機食品販売シェアの9割以上はスーパーマーケットが占めており,最も重要なチャネルであるとともに,これが欧州トップの有機食品消費量を誇る一つの要因と考えられている.

5は,デンマーク全体の有機農地面積(転換中も含む)および有機農家戸数の推移を示したものである.図より1990年代後半から2000年代初頭にかけて第一の有機転換ブームがあったことがわかる.これらの農家は,主にユトランド半島西部の50ヘクタール以上の農地を保有していた大規模酪農家で,有機牛乳の高値販売と転換への補助金がインセンティブとして大きく働いた.また,酪農では耕種に比べて有機農法へ転換しやすいということも,有機耕種への転換よりも有機酪農への転換が多く観察された理由であった.しかし,2000年代前半に入ると,有機牛乳の過剰生産とそれに伴うプレミアム価格の低下によって,多くの酪農家が慣行農法に戻るという事態が続いた.その後,有機農地面積と有機農家戸数はいずれも2015年頃まで横ばい傾向が続く.

図5.

デンマークにおける有機農地面積および有機農家戸数の推移

資料:Eurostat(2024)「Organic crop area by agricultural production methods and crops」より筆者作成.

この状況を打破すべく,2015年春にデンマーク政府は「Organic Action Plan 2015」を開始した.このアクションプランでは,2020年までに国内総農地面積に占める有機農地の割合を2007年の値から倍増するという野心的な目標を掲げた.ここで特筆すべきは,目標達成のため単に補助金によって慣行農業者の有機転換を促すだけではなく,国内外におけるデンマーク産有機食品のプロモーション活動や,品質水準や収量の向上を目的とする研究開発への支援を行うことで,総合的に「有機食品の需要を拡大=有機農地の拡大」を目指したことである.本アクションプランの下,有機果物や野菜の需要が伸びたことや生乳クオータ制度の廃止を受けて有機酪農の生産が増えたこと等も後押しして,第二の有機転換ブームを迎えた.2021年には有機農地面積が30万ヘクタール以上を超え(全農地面積のおよそ12%),有機農家戸数も4,151戸と過去最高を記録した.2007年の有機農地面積は15万ヘクタールほどだったことから,過去15年間で二倍に拡大したことになる.

近年,農業経営の少数・大規模化が顕著に進むデンマークでは,有機農業もその例外ではない.2022年における有機農家一戸当たりの平均面積は約76ヘクタールで,慣行農家の平均値(75ヘクタール)をやや上回る.EU加盟27カ国の有機農家平均面積は41ヘクタールとされることから,デンマークの有機経営規模は加盟国内でも相対的に大きいことが理解できる.この他,多くの有機酪農家は搾乳ロボットを導入している等,近代化が進んでいることも特徴である.

2020年にデンマーク政府は,有機農業の国家成長プランを発表し,2030年までに有機農地,有機食品の国内売り上げならびに輸出額を2020年比の二倍に増やす計画を発表した.有機農地に関しては,全農地に占める有機農地の割合が20%以上になることを目標としている.これまで以上に有機農業を拡大・普及させるためには,どのような政策が有効なのだろうか.以下,プッシュ政策とプル政策の二つの政策的アプローチに着目して整理を行う.

(2) プッシュ政策

有機農業の拡大を目指す上では,慣行農業から有機農業への転換を増やしていく必要がある.本稿では,この有機転換の促進を主目的とする政策をプッシュ政策と定義する.具体的には,有機農業への転換・実施にかかる追加費用あるいは所得減少分を財政資金によってサポートする「有機農業支払い」,そして有機認証とラベリングを通じて消費者の購買行動に影響を与え,間接的に農業者の有機農業への転換につなげる「有機認証制度」の二つの取組に着目する.

まず,有機農業を実施する上での懸念点としては,慣行農法と比べて一般的に収量が低いこと,そして労働集約的であること等から生産費用が高いことが挙げられる.そこで,有機農法によって生じる追加費用または所得損失を補償するため,有機農業への転換と有機農地維持の二つの時期に分けて,有機農業者に対して面積(ha)当たりの支払いを実施している.デンマークでは,いずれも直接支払い(所得支持)の一部である「エコスキーム」における農業環境支払いとして予算を充てている.2023年からの新CAPでは表1に示すような主に四つの項目に関して支払いが行われている.

表1.

有機農業に対する助成額(2024年版)

内容 助成単価(DKK/ha)
有機農業支払い1) 1200
有機転換支援:最初の2年間 +1600
有機果物・ベリー +4000
堆肥散布の少ない有機農家 +650

資料:Innovation Centre for Organic(2024)「Økologisk arealstøtte 2024」より筆者作成.

1)有機農業支払いに加えて,以下該当項目がある場合,追加助成が上乗せされる.

慣行農業から有機へ転換した場合,最初の二年間は面積単価1600デンマーククローネの助成がなされる.また,有機認証を受けた農地の維持に関しては,毎年面積単価1200デンマーククローネが,年に最低一回実施されるDanish Agricultural Agencyによる検査をパスした有機農家に対して支払われる(有機農業支払い).これらに加えて,有機栽培が難しいとされる果物・ベリー類を栽培する農家に対して単位面積当たり4000デンマーククローネが助成される.このほかにも,作物養分となる堆肥の散布量が極端に少ない農家(ヘクタール当たり65 kg以下の窒素しか散布していない場合)に対して,面積単価650デンマーククローネの支払いが行われる.これは,耕種に特化した有機農家で,かつ畜産農家が極端に少ない地域に位置しているため,補完的な堆肥の購入先が少ない有機農家に対する救済措置である.その他,デンマーク政府では化学合成肥料や農薬へ高い税率を課すことによって,有機農業への転換も促進している.

デンマークにおいて有機農産物として扱われる食品にはEUおよびデンマーク国内の有機認証ラベルが表記されている.このEUラベルを得るためには,まずEUの有機産物の生産と表示に関する規則(EU 2018/848)に記載されている有機農業についての条件を遵守し,これに従って生産を行わなければならない.さらにデンマーク国内で生産ないし検査を受けた有機農産物に関しては,デンマーク国内の有機認証であるØラベルも表記できる.後述するようにデンマーク産の有機食品に対する消費者の信頼は高く,多くの場合,ØラベルとEUラベルが併用されている.

有機農家として認可されるためには,デンマーク食料農業水産省内のDanish Agricultural Agencyに対して,農場の規模,収穫量,家畜頭数等の情報とともに申請を行う必要がある.Danish Agricultural Agencyは,全国に複数の事務所を保有しており,各地域内の申請農家に対する有機農業生産の認証査定および認証後の継続検査を行っている.すべての有機農家は,年に最低一回,当局による検査を受けなくてはならない.認可を受けた有機農家は,毎年,生産報告書の提出を義務づけられているが,報告書に記載された財務内容,施肥計画,肥育計画,獣医の訪問記録等に基づき実地検査が行われる.軽度の法令違反の場合には,警告または生産物の有機食品としての一定期間の除外措置がとられる.重大な違反には,罰金や有機認証の取消も行われる.

Øラベルは,その商品の生産だけではなく,加工,梱包を行っている農場および工場に対してもデンマーク当局が検査を実施していることを示すものである.このような商品の加工,梱包の検査はデンマーク食料農業水産省内のDanish Veterinary and Food Administrationが執り行っている.海外の有機食品においても,最終工程である加工・梱包・表示がデンマーク国内で行われたものに対しては,Øラベルの検査を受けることができ,検査項目をパスできればラベルの使用が許される.ここでも有機農産物を扱う事業者への抜き打ち検査を行い,特に農家と食品加工業者の間の生産物の流れについては,契約の当事者双方の帳簿をクロスチェック検査する.

このように,デンマークでは厳しい取締り体制を確立することで,デンマーク産の有機食品に対する消費者の高い信頼を勝ち取っている.国内調査によればデンマーク国民の98%がØラベルを認知しており,他国の有機認証ラベルよりも総じて高い信頼を寄せていることがわかっている.また,上述のように有機認証の検査・発行を行うのはすべてデンマーク食料農業水産省内の機関であり,認証に伴うコストはすべて政府が負担している.個別農家への直接的負担がないことも有機農業が広く普及している理由の一つと言える.

これら以外にも,有機転換を志す慣行農家への普及員によるアドバイザリーサービスの向上,有機農業に関連した育種研究,有機養豚生産システムの確立に向けた研究開発等,より効率的かつ生産的な有機農業を行うための基礎活動への助成支援も積極的に行っている.例えば,2018年には有機農業関連の実証研究プロジェクト「Green Development and Demonstration Programme」と有機農業の研究開発・普及に特化した研究機関ICROFS(the International Centre for Research in Organic Food Systems)に対して2500万デンマーククローネを拠出した.

(3) プル政策

有機農業への転換に焦点を当てたプッシュ政策に加えて,国内外における有機産物の流通経路を拡大することによって有機市場そのもののを大きくし,また有機部門の国際競争力を高めようという動きも積極的に進められている(プル政策).安定した有機市場の確立は,慣行農家の有機農業への転換意欲を高めることに繋がる.また,小さな国内市場だけでは成長が望めないデンマークでは,元来から農業を輸出産業として積極的に海外展開する方針を徹底し,農業・食品分野のイノベーションおよび農家への知識普及,大規模な農場経営を行える優秀な人材育成等を通じて高い国際競争力を維持してきた.

6はデンマーク産有機産物の輸出高の推移を示したものである.乳製品を中心にデンマーク産有機産物の輸出量は伸び続けており,2020年はコロナ禍の影響で下落したものの,有機肉・肉製品の輸出増の影響で2021年以降は再び成長が見込まれている(図4).現在,有機産物輸出高の半数を占めるのはドイツ(2021年:50%)への輸出で,これに続いてスウェーデン(13%),オランダ(7%),フランス(4%)といった近隣国への輸出が続く.最近では中国への有機乳製品の輸出条件の緩和を取り結ぶ等,アジア地域へのマーケット拡大も進めている.2021年度の有機産物輸出高の4%は中国への輸出となり,重要な取引先となってきている.「Organic Action Plan 2015」の一環として,デンマーク政府は,有機産物の輸出を支援する活動に対して総額450万ユーロの助成(2015~2018年)を行ったり,有機フェアの開催といった国内市場の成長促進を目的とした有機産物プロモーション活動への支援(2015~2018年に330万ユーロ)を行ったりと,国内外における有機産物の流通経路の拡大に力を入れている.

図6.

デンマーク産有機産物の輸出高の推移

資料:Organic Denmark(2023)「Organic market report 2023」より筆者作成.

またデンマーク政府では省庁の垣根を越えて,学校給食,政府機関や軍事基地,また病院,介護施設等の食堂といった公的施設で調理される食材の60%を有機産物へ転換するという目標にも取り組んでいる.このような有機産物の調達を法律で定めた公的調達は世界的にもヨーロッパでしか見られず,デンマーク以外では,フランス,アイスランド,イタリア,ノルウェー,スイスが取り組んでいる(Rousset et al., 2015).デンマーク政府では,2015–2018年の間に,800万ユーロの予算を充てて,有機メニューへの補助金や公的調達を希望する施設に対するアドバイス・支援等を行った.有機産物の流通経路の拡大や食の安全性という観点はもとより,学校給食等では食育としての意義も込められており,将来の有機食品の消費者を育成していくという点からも重要な取組みと言える.

4. 考察:有機農業拡大の課題と有効アプローチ

デンマークではプッシュ政策とプル政策を両軸におき,総合的なアプローチを試みてきたことが近年の有機農地の拡大に繋がっていると考えられる.図5が示すように,90年後半から2000年前半にかけて行われた補助金政策とプレミアム価格を基盤としたプッシュ政策は,慣行農家を有機転換へと駆り立てるには十分な成果を果たしたが,有機市場そのものがまだ脆弱であり,有機農業セクターには残らず再び慣行農業へと再転換してしまう農家が続出した.デンマーク政府は,この経験から,安定したマーケットの確保と維持こそ有機転換を支えていく上での重要課題であることを認識し,国内外の流通経路の拡大や有機製品のプロモーション支援,安定的な卸先となる公的施設食堂への調達支援といったプル政策へも力を入れるようになった.

今後の更なる普及・拡大を検討する上で考えられる課題について,いくつか考察してみたい.まず,一つ目の課題として考えられるのが近年の物価高騰に伴う,有機農産物の購買意欲の低下である.例えば,デンマーク国内の小売売上における有機食品・飲料の総売上高は,過去20年間ずっと右肩上がりに上昇を続けてきたが1,2021年に初めて減少を記録した.もともとデンマークの一人当たり有機食品の消費額は,欧州ではスイスに次いで二番目に高く2,同国の安定した有機食品への購買力の高さを示してきたが,今回の物価高騰はデンマークのような堅実な消費者に対しても少なからず影響を与えることを示すこととなった.また2022年の国内調査によれば,有機食品の主な購買層は,「コペンハーゲン市民」,「30代または60歳以上」,「単身または8歳以下の子供がいる世帯」となっており,デンマークのように消費額の基準が極めて高い国においても,有機食品を購買できるのは,「都市部の住民で食への意識が高く,経済的に余裕がある家庭,そして離乳食等の利用頻度が高い家庭」に絞られる傾向にあることを示している(Organic Denmark, 2021).このような状況下で,例えば,国内の有機食品販売シェア2位のスーパーマーケットであるREMA1000では,「有機食品=値段が高い」というイメージを払拭し,より身近で買いやすい食品になることを目指して,慣行食品との価格差を是正するよう努めている.今後このような企業努力の成果が消費者の認識と購買行動をどう変えていくのか注目していきたい.

二つ目の課題は,近年ますます重要なテーマとなっている気候変動と食料安全保障の議論である.IFOAM Organics Europe(2022)が算出したように,有機農地が拡大すれば,化学肥料や農薬の利用が抑えられ,その製造過程や散布作業に伴って発生するGHGの排出量も抑えることができる.一方,これら環境ベネフィットとトレードオフの関係になりうるのが収量である.Joint Research Center(JRC)が欧州農業の統計データをレビューした結果によれば,慣行農業と比べて有機耕種では5~30%,有機酪農では8~33%ほどの収量減が確認されている(EU Commission, 2023a).ロシアのウクライナ侵攻や中国の輸出規制によって食料の安定的な生産と供給がますます重要になっている中,この収量減を政策的にどう捉えるかは大きな課題といえよう.また,この議論に追い打ちをかけるのが近年の異常気象である.例えば,デンマークでは,2023年の5~6月は史上まれにみる干ばつが続いたが,翌7月は最も降水量の多い月となり,農業経営に壊滅的な影響をもたらしたという.このような不測の事態が多発しうる中で少しでも安定的な農業生産を継続していくためには,適切なタイミングで必要な量の農薬散布や化学肥料を行うことが今まで以上に必要になってくるのかもしれない.実際,地下水汚染防止の観点から厳しい環境規制を強いてきたデンマークでは,兼ねてより,低投入型で効率の良い農業生産の実施を政策的にも推し進めており,またデジタル技術を駆使した精密農業のノウハウも広く蓄積されてきている.このような環境保全と食料安全保障の議論において,農薬や化学肥料を利用しない有機農業の立ち位置が今度どのように変わるのか(あるいは変わらないのか)今後も観察していきたい.

以上のように有機農業の普及が決して容易ではない状況下において,有機農業の発展を今後牽引していくのはスマートな消費者の存在ではないかと考える.近年では,有機認証のラベルに加え,植物性食品ラベルや製品製造過程でのCO2排出量を示すラベル等,デンマークの食品売場は様々な認証やラベル表示で溢れるようになった.これらの認証制度やラベルの意味を正しく理解し,嗜好や信念に沿った食の選択ができるスマートな消費者を育てていくことが有機農業の発展を支えて行くうえで鍵になると考える.こういった中で,デンマーク政府が力を入れる学校給食等での有機農産物の積極的な利用は食育という観点からも極めて重要な取組と言える.また興味深いのは,デンマーク政府が掲げた有機農業政策2023年度の重要項目の一つに「植物性食品の促進」が挙げられたことである.同国では,肉などの動物性食品に偏った食事を見直し,野菜や大豆を中心としたプラントベースフードを選択する消費者が増えているが,興味深いのはデンマーク国内で売られている植物性食品の実に96%が有機認証を取得している製品ということである(Organic Denmark, 2021).このように消費者ニーズの変化にうまく対応しながら,新しい有機農業の普及の形を模索していくこともデンマーク研究から得られた示唆と言える.

1  デンマーク国内の小売売上における有機食品・飲料の総売上高は,2003年には20億デンマーククローネであったが,2020年には160億デンマーククローネまで伸びた.

2  2021年におけるデンマークの有機食品の1人当たり消費額は年間383.55ユーロで,欧州ではスイス(424.56ユーロ)に次いで2番目に高い(FiBL Statistics, 2024).EU加盟国としては1番となる.

引用文献
 
© 2024 The Association for Regional Agricultural and Forestry Economics
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